第52話 ランクルを調べるドワーフの鍛冶師
「そういえば、まだ肝心なことを聞いてなかったな。バンデランテは、なんで一人であんな森まできたんだ?」
食後のテーブルで、俺はバンデランテに尋ねた。
昼飯も終わり、今はそれぞれ飲み物や果物を楽しみながら休憩している。
俺と良太、バンデランテ、バンポーの四人は同じテーブルを囲み、コーヒーを飲んでいる。
マオとバハは別のテーブル。
良太が出した果物に夢中になっていた。
マオは大粒のブドウを一粒ずつつまみ、ハイエルフの姿になっているバハは、大きなイチゴを両手で持ってほおばっている。
「きゅ~♪」
「ん。甘い」
あっちは放っておいても大丈夫そうだな。
バンデランテはコーヒーを一口飲んでから、カップをテーブルへ戻した。
「その話じゃったな」
「ああ。北の山を越えてきたってところまでは聞いたけど、何のために山へ入ったのかは聞いていなかったからな」
「鉱石を探しておったんじゃ」
「鉱石?」
俺が聞き返すと、バンデランテがうなずく。
「正確には、風属性の魔力を帯びた鉱石や魔石、宝石の類じゃな。あの山では昔から、ごくまれに質のよいものが見つかることがあっての」
「風属性……」
思わず良太と顔を見合わせる。
さっきバンポーから受け取った二つのグリフォンの魔核も風属性だったはずだ。
「もしかして、さっきの魔核と相性がいいんですか?」
「うむ」
バンデランテが力強くうなずいた。
「同じ属性を持つ素材同士は相性がいい。もちろん何を作るかにもよるが、風属性の魔核を使うなら、あの鉱石はかなり有用じゃ」
「へえ……」
それは気になるな。
さっき話していた腕輪にも使えるのだろうか。
「そういや、バンデランテは自分の工房を持っているんだよな?」
「もちろんじゃ。弟子も何人かおるぞ」
「弟子までいるんですか」
良太が聞き返す。
「うむ。まあ、わしも長いこと鍛冶師をやっとるからの」
そう言って、バンデランテがひげをなでる。
「じゃが、工房にこもって槌を振るっておるだけではない。わしは昔から、自分で素材を見に行くのが好きでの」
「自分で鉱石を探しに行くんですか?」
「うむ。人から買った素材でも物は作れる。じゃが、どんな土地で採れたものか、どんな魔力を含んでおるのか――実際にその場所へ行かなければわからんこともある」
「職人だなあ」
俺がそう言うと、バンデランテは少し得意そうに鼻を鳴らした。
「それに今回は、わし自身が欲しかった素材じゃからな。弟子まで危険な山へ連れていく必要もなかろうと思って、一人で出たんじゃ」
「それで北の山へ?」
「ああ」
バンデランテはコーヒーを一口飲む。
「以前その青い鉱石が見つかった場所を中心に探しておったんじゃが、途中で山が崩れての。帰りに使うつもりだった道が完全に塞がれてしもうた」
「なるほど。それで別の道を探したのか」
「そういうことじゃ」
山の中で道を塞がれれば、俺たちならランクルやレーダーがあるからどうとでもなる。
だが、徒歩で山に入っていたバンデランテにとっては大問題だったはずだ。
「来た道を戻ろうにも通れん。仕方なく別の道を探して下っておったら、いつの間にか知らん場所へ出てしもうてな」
「それで自分がラズライト湖の近くまで来てることも知らなかったのか」
「うむ。思っておったより、ずいぶん南まで来てしもうたようじゃ。山を下りたあと、水を求めて森へ入ったんじゃ」
「それで場所がわからなくなったのか」
「ああ。山の中なら地形や方角を見ながら歩けるんじゃが、深い森ではそうもいかん。見通しも悪いしの」
「よく無事だったな……」
「山歩きには慣れとる。食料も多めに持っておったしの」
あの大きな背負い袋は、そのためのものだったのか。
「しばらく森の中を歩いておったら、川を見つけての」
「川?」
「ああ。水さえあれば当面は困らん。それに、川沿いに下っていけば、いずれ人の住む場所へ出られるじゃろうと思ってな」
「それで川沿いを進んだのか」
「うむ」
おそらく、その川がラズライト湖へ流れ込んでいる川だったのだろう。
バンデランテは川を頼りに、森の中をさらに南へ進んだ。
「そこまではよかった……最初は川沿いを下っておったんじゃが、途中から崖が続いての。そのまま進めなくなったんで、仕方なく森の中を迂回したんじゃ」
バンデランテが苦い顔をする。
「そこで魔物に襲われた」
「やっぱりか」
「どんな魔物だったんです?」
「熊に似た奴じゃ。かなり大きかったが、まあ、倒せん相手ではなかった」
「倒したのか?」
「当然じゃ」
バンデランテが胸を張る。
鍛冶師だからといって、戦えないわけではないようだ。
考えてみれば、魔物のいる世界で一人で山へ鉱石を探しに行くような男だ。
それなりに腕が立たなければ、そもそもそんなことはできないだろう。
「じゃあ、あの怪我は?」
「途中で防護魔導具を壊されてからは、少々手こずっての」
「防護魔導具?」
「ああ。わしが作った、全身を結界で守る魔導具じゃ。さっき話した腕輪と似たようなものじゃな」
「なるほど。自分でも使っていたのか」
「当然じゃ。もっとも、あれほど上等な魔核を使ったものではないがの」
「壊されたあとは生身だったわけか」
「ああ。最後に一発もらっての」
バンデランテが左脚を軽く叩く。
「魔物は仕留めたんじゃが、そのまま斜面を転がり落ちてしもうた。途中で木や岩に何度もぶつかって、左脚までやってしもうた」
「ああ……それで」
森で見つけたとき、腕や顔にも傷があった。
魔物との戦闘だけでなく、斜面を転がり落ちたときについた傷も混ざっていたのだろう。
本人は倒したと言っているが、最後に一発もらって斜面を転がり落ちたのなら、本当に仕留められたのかは少々怪しい。
まあ、本人がそう言うなら、今はそういうことにしておこう。
「立とうとはしたんじゃが、脚に力が入らん。どうやら折れとるとわかっての」
「それで、あの木のところで休んでいたのか」
「休んでおったというより、動けんかっただけじゃな」
バンデランテが苦笑する。
「荷物も武器も手元にはあった。じゃが、脚が折れてはどうにもならん。さて、どうしたものかと考えておったら――」
そこで俺を見る。
「森の奥から、誰も乗っておらん赤い鉄の塊が走ってきた」
「ランクルな」
「あのときは魔物より恐ろしかったぞ」
「そんなにかよ」
「当たり前じゃ!」
バンデランテが声を上げる。
「見たこともない鉄の塊が、誰も乗っておらんのに木々の間を走ってくるんじゃぞ! しかも目の前で止まったと思ったら、いきなり人の声まで聞こえてくる!」
「それは怖いですね」
良太が笑う。
「笑い事ではないわ!」
まあ、バンデランテからすればそうなるか。
俺たちにとっては便利な【自動操縦】だが、この世界の住人から見れば、無人で走るランクルなんて怪異そのものだろう。
「それでも乗ったんだから大したもんだ」
「ほかにどうしろというんじゃ。脚は折れとる。逃げることもできん。しかも鉄の塊から『助ける』と言われたんじゃぞ」
「結果的には助かっただろ?」
「それについては感謝しとる」
バンデランテはそう言って、左脚を伸ばしてみせる。
今では骨折していたとは思えないほど普通に動いている。
「しかし……」
バンデランテが赤いランクルへ目を向けた。
「改めて考えても、あれはとんでもない乗り物じゃな」
「まだちゃんと見ていないもんな」
「そうじゃ!」
急に食いついた。
「さっきから気になって仕方がないんじゃ! あの赤いのもそうじゃが、そっちの青い大きな車もじゃ。何の金属を使っておる? どうやって動いとる? あの車輪は何じゃ? それに――」
「待て待て」
俺は思わず笑いながら止める。
さすが鍛冶師だ。
怪我が治って腹も満たされた途端、今度はランクルへ食いついてきた。
「あとで好きなだけ見せてやるよ」
「本当か!?」
「ああ。ただし、たぶん見てもわからんぞ」
「ほう?」
バンデランテの眉が上がる。
「鍛冶師に向かって、ずいぶんなことを言うではないか」
「じゃあ、あとでじっくり調べてみろ」
「望むところじゃ」
ずいぶん乗り気になったな。
そんな俺たちの会話にはほとんど興味を示さず、マオは相変わらず果物を食べ続けている。
「ん。これおいしい」
「きゅー!」
バハも隣でご機嫌だ。
俺はコーヒーを一口飲み、改めてバンデランテを見る。
工房を構え、弟子まで抱えている鍛冶師。
しかも風属性の青い鉱石を探すため、自分で山へ入るほど素材にも詳しい。
俺たちがこれからドワーフの国へ向かううえで、これ以上ない案内役になってくれそうだ。
食事を終え、しばらく湖を眺めながら休んだあと、マオとバンポーは湖底の大庭園へ戻っていった。
「じゃあ、またあとでな」
「ん」
「拓海殿、良太殿。それでは失礼いたします」
マオが小さく手を上げる。
淡い光が二人を包み――次の瞬間、その姿が湖畔から消えた。
俺も庭園調査の途中経過は気になっているが、今はバンデランテがいる。
詳しい話を聞くのは、またあとでいいだろう。
バハもマオについていきたそうにしていたが、今回は俺たちと一緒に留守番だ。
前にバハがいない赤いランクルだけで森を探索したとき、魔物が普通に近づいてきたからな。
拠点にいる間は、なるべくバハにも残ってもらったほうが安心だろう。
「さて……」
振り返る。
「…………」
バンデランテが赤いランクルの前で腕を組んでいた。
さっきからずっとこれだ。
「気になるのか?」
「当たり前じゃ」
バンデランテはゆっくりとフロントフェンダーへ近づく。
「森ではそれどころではなかったからのう。改めて見ると……実に妙な乗り物じゃ」
「妙って」
「悪い意味ではない」
太い指で、赤いボディへそっと触れる。
コンコン。
今度は指の背で軽く叩いた。
「……金属、なのか?」
「一応な」
「一応とはなんじゃ」
「俺にも詳しいことはわからないんだよ」
何しろ神様が創った車だ。
ヒヒイロカネを神の魔法で加工したボディだと説明されても、俺に製法までわかるはずがない。
バンデランテはそんな俺の返事を聞きながら、今度はボディへ顔を寄せた。
「継ぎ目がきれいすぎる……。いや、それ以前に、この金属はなんじゃ?」
やっぱり鍛冶師だけあって、見るところが違う。
「【鑑定】してみたらどうだ?」
「とっくにやっとる」
「もうやってたのかよ」
「当然じゃ」
バンデランテが険しい顔でボディをにらむ。
「じゃが、よくわからん」
「わからない?」
「ああ。ヒヒイロカネという名は出る。じゃが、わしの知る金属ではない。それに――」
再び赤いボディへ手を当てる。
「金属だけではない。何か途方もない力が幾重にも重なっておる」
「神様の魔法で創ったらしいぞ」
「またさらっと、とんでもないことを言うのう……」
バンデランテはあきれた顔をしたものの、すぐに視線を下へ移した。
今度はタイヤだ。
「この黒い輪も気になっておった」
「タイヤな」
「タイヤ……」
しゃがみ込み、ベヒーモスマッドのブロックへ太い指を押し当てる。
「柔らかい……。これであの重さを支えておるのか?」
「そうだ」
「しかも――」
バンデランテの手が止まった。
「……ベヒーモス?」
「ああ、使われているぞ」
「…………」
ゆっくり俺を見る。
「さっき食おうとしておった肉と同じベヒーモスか?」
「同じ個体ではないが」
「食うだけではなく、乗り物にまで使っとるのか……」
バンデランテはなんとも言えない顔でタイヤへ視線を戻した。
さらにホイール、リーフ、シャックル、ホーシングと、下回りを順番にのぞき込んでいく。
「おい、拓海」
「なんだ?」
「この骨のようなものは?」
「ホイールか? なんとかの霊竜っていう竜の骨らしい」
「…………」
「こっちのフレームはアダマンタイト合金」
「アダマンタイトじゃと?」
バンデランテが勢いよく顔を上げた。
「説明にそう書いてあったんだ」
「……おぬし、簡単に言うがな。アダマンタイトは並の鍛冶師では加工すらできん金属じゃぞ」
「そうなのか?」
「当然じゃ。そもそも、あれを加工できるのは特別なスキルを持つ鍛冶師くらいじゃ。ドワーフにも何人かおるがな」
「なるほど……」
そういう金属だったのか。
以前、マオが【魔剣創造】でアダマンタイトの金属棒から魔剣を創っていたが、あれも普通なら簡単にできることではなかったらしい。
魔剣を創り出すための特殊なスキルだからこそ、不壊とされるアダマンタイトにも手を加えられたわけか。
「それで、こっちのリーフは世界樹」
「…………」
「シャックルにはフェンリルの――」
「待て」
バンデランテが地面へ片膝をついたまま、額を押さえる。
「ひとつずつ聞かせろ。頭が追いつかん」
そういえば俺も、良太がランクルの仕様説明を読み上げていったときには、頭にまったく入ってこなかったな。
横で見ていた良太が笑っている。
「僕たちも最初はそんな感じでしたよ」
「おぬしら、今は慣れすぎじゃ」
それは否定できない。
俺たちにとっては毎日乗っているランクルだ。
だが鍛冶師のバンデランテからすれば、希少どころではない素材が車一台に詰め込まれていることになる。
しばらくして、バンデランテが立ち上がった。
「……中も見てよいか?」
「いいぞ」
俺が運転席のドアを開ける。
バンデランテは外に立ったまま、開いたドアから恐る恐る車内をのぞき込んだ。
森では車内をろくに見る間もなかったが、今ならじっくり観察する余裕がある。
「この木は……」
さっそくダッシュボードに目を留めた。
「金剛大樹の化石芯材だったかな」
「金剛大樹……」
指先で木目をなぞる。
コンコン。
今度はダッシュボードを指の背で軽く叩き、音まで確かめ始めた。
「これほどの材を、こんな大きさで……」
次はシート。
その次はハンドル。
ドアの内張。
目に入るものを片っ端から【鑑定】していく。
やがて――
「……わからん」
バンデランテが開いたドアから顔を上げた。
「何が?」
「どうやって作ったのかじゃ」
「ああ」
「素材の一部は【鑑定】でわかる。じゃが、それをどう加工して、どう組み合わせたらこうなるのかがわからん」
バンデランテはもう一度、車内を見回す。
「普通なら、良い武器や防具を見れば、ある程度は作り手の考えが読める。ここをこう鍛えた、ここに魔力を流した、こういう意図でこの素材を選んだ――とな」
「鍛冶師ならではだな」
「じゃが、こいつは違う」
バンデランテがダッシュボードへ手を置く。
「技術が高いとか、そういう話ではない。わしの知っとる鍛冶の延長線上にない」
なるほど。
その言い方はわかりやすい。
神様が創ったものなのだから、当然といえば当然なんだろうが。
「これじゃ、俺たちのランクルを整備するのは無理そうだな」
「整備?」
「壊れたところを直したり、部品を交換したりすることだ」
「そんなことはわかっとる……これは壊れるのか?」
「壊れない」
「なら、わしに何を直せというんじゃ」
「だよな」
思わず笑ってしまった。
やはり、このランクルに専属の整備士はいらないな。
壊れない。
摩耗しない。
汚れても走れば勝手にきれいになる。
足回りどころか、タイヤの空気圧まで精霊が勝手に調整してくれる。
整備士泣かせなんてものではない。
だが――
「まあ、そのうち普通のランクルも買うつもりだけどな」
「普通の?」
「ああ。神様仕様じゃないやつを買うんだ」
俺は赤いショートを見ながらうなずく。
「もっと古くて、単純なやつだ。余計なものを外して、山や岩場を走って遊べるようにしたい」
「ほう」
バンデランテの目つきが変わった。
「それは壊れるのか?」
「無茶をすればな」
「部品もすり減る?」
「すり減るし、折れることもあるだろ」
「…………」
さっきまで困惑していたひげ面に、初めてわかりやすい笑みが浮かんだ。
「それなら、わしにも触れそうじゃな」
「ああ。そのときは頼むかもしれない」
「任せておけ!」
ずいぶんうれしそうだな。
神様仕様のランクルを見せたときより、壊れると聞いたときのほうが目を輝かせている。
俺にもその気持ちは、少しわかる。
どんな悪路でも何事もなく走り切ってしまう今のランクルは最高だ。
だが、自分でラインを選び、失敗すればスタックし、無茶をすればどこかが壊れる。
そんな普通の四駆で遊ぶのも、それはそれで面白い。
ヨンマルショートの幌車でも手に入ったら、バンデランテと一緒にいじってみるのも悪くないかもしれない。




