第51話 昼食に毒キノコを食べてみる(後編)
森雫茸の味見が一段落しても、バンデランテはテーブルに置かれた二つの魔核を興味深そうに眺めていた。
「それにしても、見事な魔核じゃのう……」
「ずっと見ているな」
「当たり前じゃ。Sランク、それも風属性の魔核じゃぞ」
バンデランテは魔核へ顔を近づけ、じっくりと観察する。
「これほどのものを二つもそろえるとなれば、そう簡単なことではないぞ」
「マオが倒したらしいぞ」
「…………」
バンデランテがマオを見る。
「まあ……マオ様なら、そうじゃろうな」
さすがに、もう驚きもしない。
「そういえば、さっき防具を作るために魔核が必要だと言っておったな?」
「ああ。俺と良太で一つずつ使うつもりだ」
「ふむ……」
バンデランテは俺たちの格好を上から下まで眺める。
今日も動きやすい普段着だ。
「じゃが、おぬしら。鎧を着て旅をするようには見えんのう」
「それなんだよ」
俺は苦笑する。
「車を運転するから、重い鎧なんか着たくないんだ。できれば今みたいな格好のまま身を守れるものがいい」
「僕たちの場合、防具を着込むと逆に邪魔になりそうですからね」
「なるほどのう……」
バンデランテは腕を組み、立派なひげをなでる。
しばらく考えてから、二つの魔核へ視線を戻した。
「ならば、鎧にする必要はない」
「ほかに何かあるのか?」
「腕輪じゃな」
「腕輪?」
「ああ。魔核を核にして、身につけた者の全身を守る結界を張る。そういう防護魔導具にすればよい」
「そんなことができるのか」
「できる」
バンデランテは迷いなくうなずいた。
良太が興味深そうに身を乗り出す。
「ドワーフの国に、そういうものを作れる職人さんがいるんですか?」
「何を言っとる」
バンデランテは太い眉を上げた。
「わしが鍛冶師じゃ」
「バンデランテが?」
「ああ。これでも長いこと鍛冶で飯を食っておる」
なるほど、鍛冶師だったのか。
ドワーフと聞けば鍛冶師というイメージはあったが、全員が鍛冶師というわけでもないだろうし、勝手に決めつけるのもどうかと思って今まで聞いていなかった。
「じゃあ、この魔核を使った腕輪も作れるのか?」
「設備と素材さえあればな。武器や鎧だけでなく、魔導具の細工もわしの仕事じゃ」
バンデランテは二つの魔核を見比べる。
「これほどの魔核じゃ。半端な素材と組み合わせるのは惜しい。それに、加工するなら国にある工房を使いたい」
「となると、やっぱりドワーフの国へ行く必要があるわけか」
「ああ。わしも国へ戻らねばならんからのう」
俺と良太は顔を見合わせる。
もともと北の山には行ってみるつもりだった。
そこへドワーフの国があり、案内してくれるバンデランテまでいる。
さらに、俺たちが欲しかった防具――いや、防護魔導具まで作ってもらえるかもしれない。
行かない理由はなさそうだ。
すると、それまで黙って話を聞いていたマオが俺を見た。
「車でいく?」
「ん?」
マオは北の方角を指さす。
「ドワーフの国」
「ああ……」
そういうことか。
以前、港町へ行こうとしたとき、マオから【転移】で送ろうかと聞かれたことがある。
あのとき俺は、せっかく異世界を旅しているんだから、ランクルで向かいたいと断った。
そのときのことを覚えていて、先に聞いてくれたのか。
「陸続きなら、景色を見ながらランクルで向かうかな」
「ん」
マオはそれだけ答えて、小さくうなずいた。
「僕もそのほうがいいですね。途中に何があるのかも見てみたいですし」
「だな。目的地だけじゃなく、そこまでの道中も楽しみたい」
そもそも俺たちの旅は、急いでどこかへたどり着くためのものじゃない。
深い森を北へ進み、その先にそびえる山を越える。
そして、その向こうにあるドワーフの国へ。
話を聞いているだけでも、なかなか面白そうな旅になりそうだ。
そこで、ふと思い出す。
そういえばマオが来たなら、湖底の大庭園で進めてもらっている捜査について、途中経過を聞いておきたいところだ。
俺は口を開きかけ――やめた。
今はバンデランテがいる。
助けたばかりで、信用できそうな相手ではあるが、まだ知り合って半日も経っていない。
わざわざここで聞かせる話でもないだろう。
捜査のことは、あとでマオと二人になったときにでも聞けばいい。
それより今は――
「バンデランテ。ドワーフの国まで、ランクルで行けそうか?」
「らんくるで……」
バンデランテは赤いショートへ目を向ける。
「まず、そのランクルとやらが、どこまで走れる乗り物なのかをわしは知らんのじゃが」
「そういや、そうだったな」
森からここまで一瞬で移動してきただけで、まだまともに走っているところすら見せていない。
俺は思わず笑った。
どうやらドワーフの国へ向かう前に、案内役へランクルという乗り物を説明するところから始める必要がありそうだ。
◇ ◇ ◇
ひとまず話も落ち着いたところで、俺はテーブルに残った森雫茸へ目を向けた。
「まあ、せっかく昼飯の途中だったんだ。話は食いながらにしようぜ」
「そうですね。まだ森雫茸もたくさんありますし」
「まだ食うのか……」
バンデランテがあきれたようにつぶやく。
「毒は抜けているんだから、もうただのキノコだろ」
「理屈ではそうなんじゃがな……」
まだ抵抗は残っているか。
「良太、せっかくだから、何種類か食べ方を試してみるか」
「いいですね。旨味が強いので、シンプルな料理が合いそうです」
良太は残っている森雫茸を見ながら少し考える。
「塩焼き、醤油焼き、あとはさっきのバターソテーでも作ってもらいましょうか」
「それでいこう」
俺たちの話を聞いていた精霊たちが、うれしそうに光を瞬かせた。
シルフが森雫茸をふわりと浮かせる。
シュッ、シュッ――
小さな真空刃が走り、肉厚な傘と軸が食べやすい大きさへ切り分けられていく。
その横ではサラマンダーがコンロへ火を灯した。
フライパンが熱せられ、まずは何もひかずに森雫茸が並べられる。
ジュウゥゥ――
水分をたっぷり含んだキノコが、すぐにいい音を立て始めた。
「いい匂いじゃのう……」
バンデランテの鼻がぴくりと動く。
「食いたくなったか」
「毒がないとわかっておるからな」
「さっきまであんなに警戒していたのに」
「うるさいわい」
まず焼き上がったものには、軽く塩だけが振られる。
続いて二つ目。
こちらは両面へ軽く焼き色を付けたところで、最後に醤油をひと回し。
ジュワッ――!
熱された醤油の香ばしい匂いが一気に立ち上った。
「これは間違いないな」
「匂いだけでご飯が欲しくなりますね」
最後はバターソテー。
フライパンへ落とされたバターが溶け、森雫茸へ染み込んでいく。
仕上げに塩とコショウ。
三種類の森雫茸が、それぞれ別の皿へ盛り付けられた。
「完成ですね」
「見た目だけなら、完全に普通のキノコ料理だな」
「これがさっきまで毒キノコじゃったとは思えんわい」
「バンデランテも、もう慣れたな」
「わしの【鑑定】でも毒がないことは確認したからのう」
俺たちは、まず塩焼きから手を伸ばした。
「いただきます」
一切れ口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、肉厚な身からじゅわっと汁があふれた。
「……やっぱりうまいな」
「塩だけだと、キノコ自体の味がよくわかりますね」
さっき食べたバターソテーよりも、森雫茸そのものの旨味が強く感じられる。
肉厚で弾力があり、それでいて硬くはない。
「これは塩だけでも十分だな」
「ん。おいしい」
マオは小さくうなずきながら、もう一切れ取っている。
「きゅー!」
バハもご機嫌だ。
続いて醤油焼き。
「これは……」
口へ入れた瞬間、思わず頬が緩む。
「俺はこれが一番好きかもしれないな」
「わかります。醤油が合いますね」
「うむ……」
バンデランテまで真剣な顔でうなずいている。
「これまで毒キノコとして捨てておったのが惜しくなってきたわい」
「また採りに行けばいいだろ」
「普通のドワーフは毒を消せんわ!」
「そうか」
「おぬしらと一緒におると、たまに何が常識なのかわからなくなるのう……」
最後にバターソテー。
こちらはすでに味見しているが、やはり濃厚な旨味とバターの相性がいい。
「どれも当たりですね」
「次に森へ入ったら、また採っておくか」
「いいですね」
毒キノコを見つけて喜んで持ち帰る。
元の世界にいた頃なら絶対に考えられない話だ。
だが、ウンディーネの魔力水がある今となっては、毒があるというだけで食材候補から外す必要もなさそうだ。
こうなると、森に生えているほかの毒キノコも少し気になってくる。
もちろん、毒さえ抜けばなんでもおいしくなるとは限らないだろうが。
そのあたりも、今度少しずつ試してみるか。
「ん」
「ん?」
マオが何かを差し出してきた。
見れば、小さなカメラだ。
「写真にして」
「ああ、これですか」
良太が受け取る。
「今日も結構撮ったんです?」
「ん」
マオがうなずく。
最近はすっかり写真を撮るのが気に入っていて、ベージュのランクルで湖底の大庭園を走り回っている。
またずいぶんと枚数が増えていそうだ。
「じゃあ、精霊さん。お願いします」
良太はカメラを精霊たちへ渡した。
そこから先は、俺たちが手伝う必要すらなかった。
シルフがカメラとプリンターを操作し、撮影された写真を順番に表示していく。
印刷する写真を選び終えると、プリンターが動き始めた。
ウィーン――
一枚。
また一枚。
次々と写真が排出されていく。
途中で用紙がなくなれば補充し、インクが減ればカートリッジを新しいものへ交換する。
「もう全部覚えてるんだな」
「何回もやってますからね」
写真は、印刷して終わりではない。
ウンディーネが一枚ずつ魔力水へ通し、劣化を防ぐための保護を施していく。
水から引き上げられた写真は、シルフの風ですぐに乾く。
最後は順番を整え、そのままマオのアルバムへ収めていった。
「……俺たち、もう何もしなくていいな」
「完全に覚えましたね」
「ん」
マオは満足そうだ。
バンデランテは、キノコを食べる手を止めて一連の作業を眺めていた。
「……今度は何をしとるんじゃ?」
「写真をアルバムに入れているんだよ」
「しゃしん?」
「まあ、それはあとで見せてやる」
一から説明していたら、また長くなりそうだ。
良太も精霊たちの作業を眺めていたが、ふとマオへ顔を向けた。
「そうだ。マオちゃん」
「ん?」
「僕たちがドワーフの国へ行っているあいだ、このキッチンカーはここに置いていくと思います」
マオが良太を見る。
「なので、写真がたまったら、僕たちがいなくても精霊さんたちにお願いしてください。今みたいにカメラを渡せば、あとは全部やってくれると思いますよ」
「ん」
「用紙やインクの交換もできますし、魔力水に通して乾かして、アルバムに収めるところまで覚えてくれましたから」
マオが精霊たちを見る。
「お願いできる?」
精霊たちが一斉に光を瞬かせた。
「大丈夫みたいですね。用紙とインクはマオちゃんに渡しておきましょう」
「これなら俺たちがいなくても、マオのアルバムは増やせるな」
「ん」
マオがうれしそうにアルバムを抱える。
「それともう一つ」
良太は【ネットショッピング】から、新しいカメラを取り出した。
「これは、マオちゃんにあげたカメラと同じものなんですが、違うレンズを付けてあります」
「どう違うんだ?」
「前のは標準ズームレンズといって、広角から中望遠域までをバランスよく撮れる一般的なレンズです。こっちはマクロレンズといって、花を撮るマオちゃんにはぴったりなんですよ」
そう言うと、良太は試しにテーブルの花瓶へカメラを向けた。
カシャッ。
「こんな感じで、小さなものを大きく写せます。花の雄しべや雌しべなんかも、アップできれいに撮れますよ」
良太がカメラのディスプレイをマオへ見せる。
画面いっぱいに、肉眼ではなかなか気づかない雄しべや雌しべの細かな形まで、くっきりと写っていた。
マオが青い瞳を大きく見開き、画面をのぞき込む。
「……きれい」
「たしかに、これはきれいだな」
「これもマオちゃんにあげますので、たくさんお花を撮ってくださいね」
良太はマクロレンズを付けたカメラと、先ほど話していた予備の写真用紙、交換用のインクをテーブルへ並べていく。
「うれしい」
マオは新しいカメラを受け取ると、さっそく花瓶の花へレンズを向けた。
カシャッ。
すぐにディスプレイを確認し、今度は少し角度を変える。
カシャッ、カシャッ。
すっかり夢中になっている。
その姿を、バンポーさんが微笑ましそうに見守っていた。
「普通はレンズを交換して使うんですが、マオちゃんは【収納】持ちなので、レンズごとにカメラがあったほうが便利だと思います」
「なるほどな。使わないほうは【収納】に入れて、撮りたいものに合わせてカメラごと使い分けるのか」
「そういうことです。レンズの交換中にセンサーにゴミが付くのも防げますね」
俺たちが話している間も、マオは夢中でシャッターを切っている。
これで、俺たちが旅に出ているあいだも、写真のことは精霊たちに任せられそうだ。
マオが湖底の大庭園で何を撮るのかは知らないが、戻ってきた頃には、またアルバムが何冊か増えているかもしれない。
まあ、それも帰ってきてから見せてもらう楽しみの一つだろう。
俺は残っていた森雫茸の醤油焼きを一切れつまむ。
毒キノコから始まった昼飯だったが、結局三種類とも当たりだった。
そして食卓には、いつもの良太とバハだけでなく、マオとバンポーさん。
さらには、今日知り合ったばかりのドワーフまでいる。
森へ入る前には想像もしなかった昼飯になったものだ。
さて――
腹も満たされたことだし、そろそろバンデランテから北の山とドワーフの国について、詳しく聞かせてもらうとするか。
あとがき
本来のマオは金髪赤目の十歳くらいの姿ですが、ハイエルフの姿では金髪青目で、人間でいうと十六歳くらいの見た目です。




