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第50話 昼食に毒キノコを食べてみる(前編)


 昼も近くなり、俺たちはキッチンカーの前へテーブルを出していた。


 森から戻ってきたばかりのバンデランテは、まだ落ち着かない様子で周囲を見回している。


 赤いランクル。


 紺色のキッチンカー。


 湖畔に並ぶ見たこともない道具の数々。


 俺たちにとってはすっかり日常の風景だが、初めて見るバンデランテには、何もかも珍しく映るのだろう。


「さて、そろそろ昼飯にするか」


「そうですね。その前に、さっき回収したあれを試してみません?」


「あれ?」


 良太が【買い物加護】を操作する。


 次の瞬間、テーブルの上へ薄茶色の肉厚なキノコが何本か現れた。


「さっきの毒キノコか」


「毒キノコじゃと?」


 バンデランテがぎょっとした顔でこちらを見る。


 良太は一本持ち上げた。


「森で見つけた【森雫茸《しんてきだけ》】です」


「森雫茸……?」


 バンデランテの表情が変わった。


「お、おぬしら! それを食うつもりか!?」


「そのつもりですけど」


「やめておけ!」


 思った以上の勢いで止められた。


「それは強い毒を持つキノコじゃぞ! 腹を壊す程度では済まん。下手をすれば命を落とす!」


「やっぱり有名な毒キノコなんだな」


「有名も何も、森を歩く者なら手を出さんのが普通じゃ!」


 バンデランテは呆れたようにひげをなでる。


「見た目はうまそうなんじゃがな。だからこそ厄介なんじゃ」


「そこなんですよね」


 良太がうれしそうにうなずいた。


「毒さえなければ美味しいのかなと思いまして」


「なぜそうなるんじゃ……」


 もっともな疑問だ。


「別に無理して食べる必要もないぞ」


 俺はキッチンカーへ目を向ける。


「怖いなら、今日はベヒーモスのステーキにしておくか?」


「……ベヒーモス?」


 今度は別の意味で固まった。


「ベヒーモスじゃと?」


「ああ。熟成させている肉がまだある」


「ちょ、ちょっと待て」


 バンデランテが両手を上げる。


「毒キノコの次に、なぜベヒーモスの肉が出てくるんじゃ?」


「前に倒したのが残っているんだよ」


「倒した……?」


「正確にはバハが倒したんだけどな」


「きゅー?」


 自分の名前が聞こえたからか、テーブルのそばにいたバハが顔を上げる。


 バンデランテは、その小さな姿へ目を向けた。


「……この小さいのが?」


「ああ」


「…………」


 バンデランテが目を細める。


 すると、その表情が一瞬で変わった。


「なっ――!?」


「どうした?」


「ば、バハムート……!?」


 バンデランテが椅子から腰を浮かせた。


「こ、この小さいのが、バハムートじゃと!?」


「わかるのか?」


「わしは【鑑定】持ちじゃ! 見間違えるものか!」


 なるほど。


 バンデランテも【鑑定】を持っているのか。


「きゅ~?」


 当のバハは、自分が騒がれている理由がわからないのか、不思議そうに首を傾げている。


「……本当に、バハムートじゃ」


 バンデランテはもう一度バハを見てから、俺たちへ顔を向けた。


「おぬしら、なぜバハムートを連れて普通に旅をしとるんじゃ……」


「まあ、いろいろあってな」


「いろいろで済ませてよい話なのか……?」


「それで、そのバハムートがベヒーモスを倒したんだ」


「…………」


 バンデランテはしばらく黙り込んだ。


「……それなら、ベヒーモスの肉があるのも納得じゃ」


 まあ、気持ちはわかる。俺たちもはじめてバハに会ったときは驚いたしな。


「バンデランテさん、ベヒーモスはあとでも食べられます。それより今日はこっちを試したいんですよ」


 良太は森雫茸を指さした。


「ウンディーネさん、お願いします」


 ふわりと青い光が現れる。


 その瞬間、バンデランテがまた目を見開いた。


「なっ……精霊!?」


「お」


 俺も思わずウンディーネを見る。


 バンデランテの視線がはっきりと青い光を追っている。


「精霊がバンデランテにも姿を見せてくれたのか」


「そうみたいですね。森では見えていませんでしたけど」


「ああ」


 精霊たちは誰にでも姿を見せるわけではない。


 誰に姿を見せるかは、精霊たち次第だ。


 少なくとも、今はバンデランテにも見えている。


「お、おぬしら……精霊まで連れておるのか?」


「精霊たちも一緒に旅をしている仲間だな」


「仲間……」


 バンデランテは青い光を目で追いながらつぶやく。


 ウンディーネたちは気にする様子もなく、大きなボウルへ透き通った魔力水を満たしていく。


 そこへシルフが森雫茸を浮かせ、水の中へ沈めた。


「今度は風の精霊まで……」


「シルフさんですね」


「…………」


 やはり、こっちの世界でも精霊は珍しいようだ。


「これで毒が抜けるはずなんです」


 良太の言葉に、バンデランテが森雫茸へ視線を戻す。


「精霊の水でか?」


「はい。ウンディーネさんの魔力水には、毒を浄化する効果があるんですよ」


「そんなことまでできるのか……」


 しばらく魔力水へ浸してから、良太が一本取り出した。


「では、もう一度確認しますね」


 良太が【鑑定】を使う。


 しばらくして、タブレットへ結果が表示された。


「おっ」


「どうだ?」


「毒性反応が消えています。食用可能になっていますね」


「本当にか」


「はい」


 すると、バンデランテも身を乗り出した。


「待て。わしにも見せてみろ」


 森雫茸をじっと見つめる。


「…………」


 どうやら【鑑定】を使っているようだ。


 やがて太い眉がゆっくりと上がった。


「……本当じゃ」


「毒は消えているか?」


「ああ。間違いない」


 バンデランテは目を見開いたまま、森雫茸とボウルの魔力水を交互に見比べる。


「森雫茸から毒性が完全に消えておる。食用可能じゃ……」


「これなら大丈夫そうだな」


「ですね」


「いや、待て」


 バンデランテが顔を上げる。


「たしかに【鑑定】ではそう出ておるが……本当に食うのか?」


「食うぞ」


「即答か……」


「せっかく毒が抜けたんだからな」


「まあ……わしの【鑑定】でも食えると出ておる以上、止める理由もないんじゃが……」


 長年、毒キノコとして避けてきたものを食べるのは抵抗があるか。


「別にバンデランテは無理して食わなくてもいいぞ」


「先輩と僕で試してみましょう」


「そうするか」


「……おぬしら、妙なところで度胸があるのう」


 度胸があるわけじゃない。


 【鑑定】で毒がないことは確認できているし、もし腹を壊してもランクルに逃げ込めばいい。


「せっかくですから、キノコのバターソテーにしましょう。味もわかりやすいですし」


「いいな。味付けは塩とコショウくらいでいいだろ」


「ですね」


 シルフが森雫茸を薄く切り分けていく。


 シュッ、シュッと風の刃が走り、肉厚なキノコが均等な厚さに揃えられた。


 熱したフライパンへバターを落とす。


 ジュワッ――


 溶けたバターの香りが広がり、そこへ森雫茸が並べられる。


 サラマンダーが火力を調整し、表面がゆっくりと色づいていく。


「……いい匂いじゃな」


 バンデランテがぽつりとつぶやく。


「毒キノコとは思えないだろ?」


「もともと、匂いだけは悪くないんじゃ」


「じゃあ毒が抜けたら当たりかもしれないな」


「おぬしら、本当に食うんじゃな……」


 バターを吸った森雫茸へ軽く塩とコショウを振る。


 焼き上がったものを皿へ移し、俺は一切れ箸でつまんだ。


「先輩、僕も一緒にいきます」


「おう」


「本当に大丈夫なんじゃろうな……」


「もし腹が痛くなったらランクルに座れば治るぞ。怪我も治っただろ」


 俺は赤いランクルを指さす。


「それはそうなんじゃが……」


 俺と良太は同時に口へ運ぶ。


 噛んだ瞬間、じゅわっと汁があふれた。


「……うまっ」


「これ、おいしいですよ!」


 肉厚で、しっかりとした歯ごたえがある。


 噛むほどに濃い旨味が出てきて、バターの香りにも負けていない。


「椎茸とも違うな。もっと肉っぽい」


「エリンギより旨味が強い感じですね」


「毒キノコなのが惜しいな」


 俺たちが普通に二切れ目に箸を伸ばすのを見て、バンデランテの表情が変わっていく。


「……本当に何ともないのか?」


「今のところはな」


「僕やバンデランテさんの【鑑定】でも問題なしですからね」


「むぅ……」


 バンデランテはしばらく皿をにらんでいたが、やがて一切れ手に取った。


「……わしも食ってみる」


「無理しなくていいぞ」


「ここまで来たら気になるわい」


 恐る恐る口へ入れる。


 数回噛んだところで、太い眉が上がった。


「……うまい」


「だろ?」


「なんじゃこれは……。森雫茸がこんな味じゃったとは」


 もう一切れ。


「これまで毒キノコとして避けておったものが……」


「もったいなかったですね」


「普通は食わん!」


 それはそうだ。


 そんなやり取りをしていると、少し離れた場所が淡く輝いた。


「ん?」


 見覚えのある転移の光。


 光が収まると、そこにはマオとバンポーさんが立っていた。


 最近のマオは、湖底の大庭園でベージュのオープンカーを運転するため、ハイエルフの姿でいることが多い。


 今も十六歳ほどに見えるハイエルフの姿で、長い金髪を風に揺らしている。


 身にまとっているのは、白を基調としたハイエルフの民族衣装だ。


「お、マオ。バンポーさん」


「こんにちは、拓海殿。良太殿」


「ん」


「きゅー!」


 バハがうれしそうに鳴く。


 その横で――


 ガタンッ。


 椅子が倒れる音がした。


「……どうした?」


 振り返る。


 バンデランテが立ち上がったまま、目を見開いてマオを見つめていた。


「ま……」


「ん?」


「マオ様……!?」


 次の瞬間。


 バンデランテが勢いよくその場へ膝をついた。


「お、お目にかかれて光栄にございます!」


「おいおい」


「バンデランテさん!?」


 額が地面につきそうな勢いだ。


 一方のマオは――


「ん?」


 いつもと変わらない様子だ。


「マオ、この人のこと知っているのか?」


 マオはバンデランテをじっと見る。


「知らない」


「そうですか」


 良太が苦笑する。


 俺はまだ平伏したままのバンデランテを見る。


「バンデランテはマオを知っているのか?」


「知らぬ者がおるものか!」


 バンデランテが顔を上げた。


「我らドワーフにとって、マオ様は大恩ある御方じゃ!」


「大恩?」


「今から四十年ほど前――我らの国が滅びかけたことがある」


 バンデランテは姿勢を正す。


「山脈の奥から突如として強大な魔物どもが押し寄せた。国の兵だけでは防ぎきれず、大きな被害が出た。そのとき、我らを救ってくださったのがマオ様じゃ」


「マオが?」


「ああ」


 バンデランテは力強くうなずいた。


「マオ様は次々と魔物を討ち取り、我らの国を救ってくださった。その功績は今でも国中で語り継がれておる」


 俺はマオへ目を向ける。


「そんなことしていたのか?」


「ん」


 相変わらず説明が短い。


 するとマオが、少し考えるように首を傾げた。


「爺とバハムートも一緒」


「え?」


 バンデランテが顔を上げる。


「爺……?」


「バハムート……?」


 マオが小さく手を上げた。


「ん」


 淡い光が広がる。


 【認識改変】だ。


 次の瞬間――


 バンポーさんは長身のハイエルフの男性へ。


 そしてバハも、ハイエルフの少年になっている。


 二人とも、マオと揃いの民族衣装。


 それを見たバンデランテの目が、さらに大きく見開かれた。


「なっ……!」


 バンポーさんを見る。


 次にバハを見る。


 もう一度バンポーさんへ。


「ジー様……!」


 続いてバハへ視線を移す。


「バー様……!」


 そして勢いよく平伏した。


「ま、まさか御二方まで……!」


「お久しぶり――と言いたいところですが、私はあなたと直接お会いした記憶はありませんね」


 バンポーさんが穏やかに笑う。


「四十年前は、多くのドワーフの方々とお会いしましたから」


「は、はい! わしは当時、遠目にお姿を拝見した程度でございます!」


 なるほど。


 バンデランテ本人が直接三人と親しくしていたわけではなく、国を救った英雄として姿を覚えていたのか。


「それで、三人でドワーフの国を救ったってことか?」


 俺が尋ねると、バンポーさんがうなずいた。


「その功績もあり、Sランク冒険者に昇格する大きなきっかけになったのですよ」


「なるほどな……」


 マオたちがSランクになった理由の一つが、ドワーフ王国の救援だったわけか。


「マオ様たちがおられなければ、今のドワーフ王国はなかったかもしれん」


 バンデランテは真剣な表情で言う。


「それ以来、我らの国では御三方のことが語り継がれておる」


「ん」


 マオは小さくうなずくだけだ。


 だがバンデランテは、今度はバハをじっと見つめ始めた。


「しかし……」


 その表情が固まる。


「まさか……バー様が、バハムートだったとは……」


「きゅー?」


 認識上はハイエルフの姿なのに、声だけはいつものバハだ。


 バンデランテはしばらく呆然としてから、恐る恐るマオへ顔を向けた。


「マオ様、このことは……」


「内緒にしとく」


「ははぁ!」


 即座に深々と頭を下げる。


 この様子なら、秘密が漏れる心配はなさそうだ。


 バンデランテはまだ落ち着かない様子で椅子へ戻る。


 さっきまで毒キノコを食べるかどうかで大騒ぎしていたはずなのに、今度は四十年前に自分たちの国を救った英雄たちと同じテーブルを囲むことになった。


 それにしても――


 バンデランテはマオたちのことをよく知っているが、今のところマオを『Sランク冒険者』として認識しているだけだ。


 魔王だということまでは知らない。


 まあ、わざわざ俺たちから教えることでもないか。


 マオが自分から話すまでは、黙っておこう。


 そんなことを考えていると、バンポーさんが何かを思い出したように良太へ顔を向けた。


「そうでした。良太殿にお渡しするものがあります」


「僕にですか?」


「ええ。先日お話しした、リバーシのアイデア料です」


「え、もうですか?」


「はい。本日はそれで動いておりました」


 そう言って、バンポーさんは【収納】から小さな革袋を取り出した。


「こちらをお納めください」


「ありがとうございます」


 良太は素直に受け取り、袋の口を開く。


「……魔核?」


 中から出てきたのは、二つの魔核だった。


 どちらも淡い緑色を帯びており、内側では風が渦を巻いているような光が揺らめいている。


「ずいぶんきれいな魔核だな」


「ちょっと【鑑定】してみますね」


 良太がタブレットを操作する。


 そして表示された結果を見た瞬間――


「……えっ?」


「どうした?」


「せ、先輩。これ……」


 良太が目を見開いたまま、俺へタブレットを向ける。


「二つとも、Sランクのグリフォンの魔核です。しかも風属性……」


「Sランク!?」


 思わず声が大きくなった。


「以前、マオ様が討伐されたグリフォンのものです」


 バンポーさんはさらりと言う。


 リバーシのアイデア料と聞いていたから、てっきり金貨か何かだと思っていた。


「いやいや、さすがにこれをもらうわけにはいかないだろ」


 俺がそう言うと、バンポーさんは穏やかな表情のまま答えた。


「以前、防具を作るための魔核がないと仰っていた話を、マオ様が覚えていまして」


「マオが?」


「ん」


 マオが小さくうなずく。


「それならば、お支払いは金貨よりも魔核のほうが良いだろうと、マオ様がおっしゃいました」


 なるほど。


 たしかに以前、魔剣を作ったことでSランクの魔核を使い切ってしまい、防具用の魔核がないという話はしていた。


 だからといって、Sランクの魔核を二つとは……。


「ですが、これは……」


 良太も二つの魔核を見つめたまま、すぐには言葉が出てこない。


「今後の販売分については別に歩合でお支払いいたしますが、まずはアイデア料としてお納めください」


「これとは別に、売れた分も払ってくれるんですか?」


「もちろんです」


「……先輩」


「ああ……」


 俺と良太は顔を見合わせる。


 どう考えても、俺たちが想像していたアイデア料の規模ではない。


 そこでマオを見ると――


「ん」


 小さくうなずいた。


「……わかった。そこまで言ってくれるなら、ありがたくもらっておこう」


「そうですね」


 良太は改めてバンポーさんへ頭を下げた。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」


「ええ。ぜひそうしてください」


「ん」


 話がまとまったところで、ふと隣を見る。


 バンデランテが黙り込んでいた。


「…………」


 さっきから二つの魔核を食い入るように見つめている。


「どうした、バンデランテ?」


「……いや」


 視線がまったく魔核から離れない。


「見事な魔核じゃと思ってのう……」


「バンデランテでも珍しいのか?」


「当たり前じゃろう!」


 突然、大きな声が返ってきた。


「Sランクじゃぞ! それも風属性の魔核じゃ!」


「風属性だと、さらに珍しいのか?」


「珍しいというより、価値が高い。風、土、光属性の魔核は街や屋敷の結界にも使えるからのう。これほど質の良いものなら、欲しがる国や貴族、魔導具師や鍛冶師はいくらでもおるわい」


「結界か……」


 そういえば――


 以前、ベヒーモスの魔核を手に入れたときにも、街の結界に使えるという話を良太から聞いた覚えがある。


「そんなものを二つも……」


 俺は改めてテーブルの上に並んだ魔核を見る。


 どうやら俺たちは、思っていた以上にとんでもないものを、もらってしまったようだ。




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