第49話 ドワーフと遭遇
俺はドラレコの映像を拡大し、木の根元に座り込んでいる男の様子を確認する。
背は低いが、肩幅は広く、腕も太い。
顔を覆うように伸びた立派なひげ。
俺が知っているファンタジーの知識が正しければ、おそらくドワーフだろう。
問題は――その状態だ。
「……やっぱり、かなり怪我をしているな」
「ですね。服も破れてますし、血も出てます」
片脚を投げ出すように座り込み、ほとんど動こうとしない。
意識はあるようだが、とても自力で森を歩ける状態には見えなかった。
「どうします?」
「助ける」
そこは迷う必要もない。
ランクルの存在は、できる限りこの世界の人には知られないようにしてきた。
だが、人命にはかえられない。
「ここまで来たら仕方ない。ランクルを近づけるぞ」
「わかりました」
俺は【自動操縦】で赤いランクルをゆっくりと前進させる。
相手を驚かせないよう速度を落とし、木々の間を縫うように少しずつ距離を詰めていく。
やがて――
ドラレコの映像の中で、男がわずかに顔を上げた。
「気づいたな」
「ですね」
低く響くディーゼルエンジンの音が聞こえたのだろう。
男はこちらへ顔を向け、目を見開いている。
森の奥から見たこともない鉄の塊が、無人のまま自分へ近づいてくるのだ。
警戒されても無理はない。
俺は赤いランクルを少し離れた場所で停止させる。
男は片手を地面について体を起こそうとしたものの、すぐに顔をゆがめて木の幹へ背中を預けた。
「逃げられないのか」
「たぶん……」
やはり脚を痛めているらしい。
「まず話が通じるか確認するぞ」
「はい」
俺は赤いランクルの【無線機(Ver.1.1)】を外部スピーカーへ切り替え、音量を絞る。
「――聞こえるか?」
男の肩がびくりと跳ねた。
『……!』
周囲を見回している。
「驚かせて悪い。敵じゃない」
できるだけ落ち着いた声で続ける。
「怪我をしているように見えたんで声を掛けた。俺の言葉はわかるか?」
男は目の前のランクルをにらむように見つめたまま、しばらく何も答えない。
やがて、その口がゆっくりと開いた。
『…………誰じゃ』
「通じた」
「先輩、無線入ったままです」
「おっと」
慌ててボタンから手を離す。
「とりあえず、会話はできそうですね」
「そうだな」
俺は改めて無線をつないだ。
「俺たちはこの森を探索していた旅人だ。その車は俺たちのものだ」
『……車?』
「目の前にある乗り物のことだ。詳しい説明はあとでする。それより、怪我をしているんだろ?」
『…………』
「動けるか?」
『……無理じゃな。左脚をやられた。立つこともできん』
なら、なおさら放っておけない。
「わかった。今から助ける」
男の眉がわずかに動く。
『……おぬしがか?』
「ああ」
『どこにおる?』
「少し離れたところだ。とりあえず、そのまま動かなくていい」
『…………』
男はしばらく黙ったままランクルを見つめていたが、やがて短く答えた。
『……わかった』
「良太。あの怪我じゃ、自力で乗るのは無理そうだな」
「シルフさんたちに手伝ってもらいましょう」
「それがいいな」
俺はランクルをさらに近くへ寄せ、遠隔で助手席側のドアを開く。
――ガチャッ。
誰も触れていないドアがひとりでに開き、男が目を見開いた。
『……なんじゃ、これは』
「今からその乗り物に乗せる。そのまま動かないでくれ」
『乗せると言っても――』
言い終えるより先に、ランクルの周囲で風が動いた。
シルフたちだ。
『……なんじゃ?』
次の瞬間、男の体がゆっくりと地面から浮かび上がる。
『なっ――!?』
「大丈夫だ。暴れないでくれ」
『いや、待て! わしの体が浮いとるぞ!』
シルフたちはそのまま男をランクルへ運んでいく。
「あ、荷物もあるな」
木の根元には大きな背負い袋。
少し離れた場所には、柄の短い戦斧も落ちていた。
「良太、あれも持っていってやろう」
「そうですね。武器まで置いていったら、この森じゃ困るでしょうし」
背負い袋と戦斧も風に乗って宙へ浮かび、後部座席へ収められる。
『お、おい! それまで浮くのか!?』
「あんたの荷物だろ? 一緒に積んでおくぞ」
『……すまん。助かる』
男が助手席へそっと下ろされると、ドアが閉まった。
――バタン。
「先輩、乗せられましたね」
「ああ。あとはランクルに任せておけば――」
言いかけたところで、男の表情が変わった。
『……なんじゃ?』
血のにじんでいた腕の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
『傷が……』
今度は左脚へ目を向け、恐る恐る膝を曲げる。
『……痛く、ない?』
「効いているな」
「ですね」
俺たちにとっては見慣れたランクルの回復効果だが、初めて体験する男は何度も腕や脚を確かめている。
『どうなっとるんじゃ……』
「その中にいれば怪我は治る。完全に治るまで座っていてくれ」
『こんなもん……聞いたこともないぞ』
男は今度は車内を見回し始める。
ダッシュボード。
ハンドル。
シフトレバー。
ドア。
そして、自分が座っているシート。
『……これが、乗り物じゃと?』
「ああ。ランクルっていう車だ」
『ラン……クル……』
初めて聞く言葉を確かめるように繰り返し、シートを太い手で何度か押す。
『なんじゃ、この椅子は……ずいぶん柔らかいのう』
そこかよ。
思わず笑いそうになった。
「先輩。このままこっちへ連れてきます?」
「その前に、少し話を聞こう」
助けると決めた以上、救助まではいい。
だが、まだ名前すら知らない相手だ。
俺は無線をつなぐ。
「まず、名前を聞いてもいいか?」
間を置いて、男がこちらを向く。
『……バンデランテじゃ』
「バンデランテか。俺は拓海。こっちは良太だ」
「よろしくお願いします」
良太も無線越しに声を掛ける。
『タクミに、リョウタ……おぬしらの声は聞こえるが、姿が見えんのう』
「俺たちは少し離れた場所にいる。そのランクルを遠くから動かしているんだ」
『……これを?』
「ああ」
バンデランテは無人の運転席を見つめる。
『……わしには、さっぱりわからん』
「まあ、そうだろうな」
俺はいったん無線を切り、良太へ目を向ける。
「名前は?」
「確認してみます」
良太が【遠隔買取査定】を使う。
「合ってますね。バンデランテさんです。種族もドワーフで間違いありません」
「そうか」
少なくとも、名前について嘘をついているわけではないらしい。
もちろん、それだけで信用するつもりはないが、一つ確認できただけでも十分だ。
俺は再び無線をつなぐ。
「待たせたな」
『いや、構わん』
バンデランテは治ったばかりの左脚へ視線を落とした。
『それにしても……本当に治っておる……』
「もう痛くないのか?」
『ああ。まったくじゃ。折れておったはずなんじゃがな……』
「骨折まで治ったか」
「みたいですね」
ランクルの回復効果は、今回もしっかり働いている。
バンデランテは腕にあった傷も確かめてから、助手席のシートへ深く体を預けた。
『わしは……助かったということでよいのか?』
「そうなるな」
『…………』
しばらく沈黙したあと、バンデランテは深く息を吐いた。
『タクミ、リョウタ』
「ん?」
『助かった。礼を言う』
さっきまでの警戒した声とは違う、低く真剣な声だった。
『このまま誰にも見つからなんだら、わしはあそこで死んどったじゃろう』
「まあ、無事ならそれでいい」
『そういうわけにもいかん。命を救われた恩は、必ず返す』
ずいぶん律儀な男だ。
俺としては、たまたま見つけた怪我人を助けただけなんだが。
「それより、どうしてあんなところで怪我をしていたんだ?」
『……それなんじゃがな』
バンデランテの表情が曇る。
『その前に一つ聞かせてくれ』
「なんだ?」
『ここは、どのあたりじゃ?』
「ラズライト湖の北側にある森だ。湖へ流れ込んでいる川の近くだな」
『ラズライト湖……?』
バンデランテが目を見開いた。
『そんなところまで来ておったのか……』
「自分がどこにいるのか、わからなかったのか?」
『ああ。少々、面倒なことになってのう』
そう言って、治ったばかりの左脚へ手を置く。
『わしは北にある山を越えてきた』
「北の山?」
思わず良太と顔を見合わせる。
さっきマオから聞いたばかりの場所だ。
「その山の向こうから来たのか?」
『ああ』
バンデランテはうなずく。
『わしらドワーフの国は、その山のさらに奥にある』
「…………」
「先輩」
「そういうことか」
まさか森を調べ始めたその日に、北の山を越えてきたドワーフと出会うとは思わなかった。
しかも、そのさらに奥にはドワーフの国があるという。
俺たちがこれから北へ向かうなら、これ以上ないほど詳しい話を聞ける相手かもしれない。
「どうする?」
「このまま置いていくわけにもいきませんし、こっちへ来てもらいません?」
「俺もそれがいいと思う」
怪我は治ったとはいえ、ここは魔物が棲む森の中だ。
それに、北の山やドワーフの国についても詳しく聞きたい。
「よし。連れて帰ろう」
「ですね」
俺は無線をつなぐ。
「バンデランテ。このあと、何か行くあてはあるのか?」
『いや……ここがラズライト湖だというなら、すぐに帰れるような場所でもない。まずは今後のことを考えんとな』
「だったら、俺たちのところへ来るか?」
『おぬしらのところへ?』
「ああ。湖畔の拠点で野営をしている。俺たちもあんたに聞きたいことがあるし、飯くらいは出せるぞ」
『飯か……』
バンデランテは少し考えるように、ひげをなでた。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わない」
『いや。命を助けてもらった相手じゃ。今さら疑っても仕方あるまい。それに、わしもおぬしらには聞きたいことが山ほどある』
「じゃあ決まりだな」
『世話になる』
俺は無線を切った。
「それじゃあ戻すか」
「【車両入れ替え】ですね」
「ああ」
湖畔にはグレーのランクル105が停まっている。
あれと、バンデランテを乗せた赤いショートを入れ替えればいい。
俺は再び無線をつなぐ。
「バンデランテ。今からその車ごと、俺たちのところへ移動させるぞ」
『……車ごと?』
「ああ。一瞬で着く」
『一瞬で……? ここから湖畔までか?』
「そういうことだ。座っていれば大丈夫だから、そのまま動かないでくれ」
『……わかった』
バンデランテの返事を聞いてから、俺たちはグレーの105から降りる。
良太も降りたことを確認すると、俺はその105へ目を向ける。
「じゃあ、入れ替えるぞ」
「はい」
俺は【車両入れ替え】を発動した。
次の瞬間――
目の前に停まっていたグレーの105が姿を消し、その場所には赤いショートが現れていた。
「よし、成功だ」
助手席には、ついさっきまで森の奥にいたバンデランテ。
目を大きく見開いたまま、完全に固まっている。
「先輩、固まってますよ」
「まあ、そうなるよな」
バンデランテはゆっくりと窓の外へ目を向けた。
フロントガラスの向こうには、森ではなく青く輝くラズライト湖。
少し離れたところには、紺色のキッチンカーが停まっている。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
驚きの声が湖畔へ響き、良太が思わず吹き出した。
俺は助手席の窓を軽くノックしてから、ドアを開ける。
「はじめまして、バンデランテさん」
「…………」
バンデランテが、ぎこちなくこちらへ顔を向ける。
「おぬしらが……タクミとリョウタか?」
「ああ。俺が拓海。こっちが良太だ」
「よろしくお願いします」
バンデランテは俺たちと湖、その向こうのキッチンカーを順番に見回し、深々と息を吐いた。
「……わしは、とんでもない奴らに拾われたのかもしれんのう」
「そこまで大げさなもんじゃないぞ」
まあ、今日初めてランクルを見た人からすれば、そう思うのも無理はないか。
森を少し調べてみるだけのつもりだった。
それが毒キノコを見つけ、最後には北の山を越えてきたドワーフまで拾って帰ってきた。
聞きたいことはいくらでもある。
「まあ、詳しい話は飯でも食いながらにしようぜ」
まずは、この新しい客人を迎えるところからだ。




