第48話 北側の森を探索
あのあと良太と相談し、俺たちは近くの森を探索することにした。
さきほどのマオの話を聞いて、すぐにでも北にある滝や山を見に行ってみたい気持ちもあったが、まずはこの近辺の森を調べてからということで落ち着いた。
湖の西側から北側にかけて広がる森。
以前、ベージュのランクルで湖畔を走ったときにも眺めていたが、中へ入るのは今回が初めてだ。
「とはいっても、いきなり俺たちが入る必要もないか」
「そうですね。まずは【自動操縦】で偵察してみましょう」
俺たちはグレーのランクル105に乗り込む。
キャンプサイトに並ぶ車両の中から、今回は赤いショートを使うことにした。
「森の中なら、小回りの利くショートのほうが取り回しもいい。まずはこいつで行ってみよう」
「わかりました。何があるか楽しみですね」
俺は【自動操縦】を発動する。
赤いランクルのエンジンが掛かり、無人のままゆっくりと動き始めた。
今回は魔物を狩るのが目的じゃない。
森の中がどうなっているのか。
車で走れる場所はあるのか。
どんな植物や魔物がいるのか。
まずはそのあたりを調べるための偵察だ。
「速度は抑えておこう。せっかく何かあっても、飛ばしていたら見落としちまうからな」
「そうですね。のんびり見ていきましょう」
赤いランクルがキャンプサイトを離れ、森へ向かっていく。
木々の手前まで来ると、車体の周囲で淡い光が瞬いた。
シルフだ。
前方に生い茂った草が風になでられたように揺れる。
次の瞬間――
シュシュシュッ――
細かな真空刃が走り、進路を塞いでいた下草や垂れ下がった細枝が次々と刈り取られていく。
「こういうところでもシルフは便利だな」
「キャンプ地を作るときにも、いつもきれいに刈ってくれますからね」
「ああ。これなら無理に草を踏み倒しながら進む必要もない」
もちろん太い木まで切り倒して、一直線に進むつもりはない。
大きな木は避け、通れそうな場所を選びながら、その進路上にある下草や細枝だけをシルフに刈ってもらう。
赤いランクルは、そうして森の奥へ入っていった。
グレーの105のフロントガラスには、赤いランクルのドラレコ映像がヘッドアップディスプレイのように重なって表示されている。
「さて、何があるかな」
「食べられるものが見つかるといいですね」
「お前は相変わらずだな」
「大事じゃないですか。異世界の森ですよ?」
「まあ、それは否定しない」
俺だって、ここでしか手に入らない食材があれば興味はある。
映像の中では、赤いランクルが木々の間を縫うように進んでいく。
大草原とはまるで違う。
背の高い木々が頭上を覆い、枝葉の隙間から差し込む陽光が地面にまだら模様を作っていた。
地面には落ち葉や枯れ枝が積み重なり、その下はところどころ黒っぽく湿っている。
「結構、地面が柔らかそうだな。腐葉土もかなり積もっていそうだ」
「雨が降ったら、もっと大変そうですね」
「普通のタイヤならな」
赤いランクルのタイヤが湿った地面に沈み込み、腐葉土を押しのけながら進んでいく。
俺はその様子を見ているうちに、ふと気になった。
「……ちょっと待てよ」
「どうしました?」
「ドラレコの視点を車外に切り替えてみる。こういう地面を走っているベヒーモスマッドを、外からじっくり見たことはなかったよな」
「ああ、確かにそうですね」
ドラレコの視点を切り替え、赤いランクルを斜め前方から眺める。
「もう少し速度を落としてみるか」
歩くより少し速い程度まで減速させ、ゆっくりと回転するタイヤに目を凝らす。
「……やっぱり変わっているな」
「何がです?」
「タイヤだよ。接地するところを見てみろ」
湿った腐葉土に接地する直前、ゴツゴツとしたブロックがわずかに形を変えている。
柔らかい場所では地面をつかむように広がり、木の根を踏み越える瞬間には、それを包み込むように変形する。
タイヤ自体の潰れ方も場所によって微妙に違っていた。
「説明書には、地形に合わせてトレッドパターンと空気圧を自動調整するって書いてあったけど……本当に走りながら変えているんだな」
「こうして見ると、結構動いてるんですね」
「ああ。運転していると外から見えないからな」
さらに観察していると、ブロックの隙間に入り込んだ泥や腐葉土が、接地面を離れた瞬間に次々と飛んでいく。
「おっ、見ろ」
「はい?」
遠心力だけではない。
溝の奥に入り込んだ泥まで、かき出されるようにきれいに排出されていた。
「シルフだな」
回転するタイヤの周囲で淡い光が瞬いている。
シルフが風を操り、溝に入り込んだ泥や腐葉土をかき出しているようだ。
「普通のM/Tなら泥が詰まればグリップが落ちる。でも、これなら詰まりようがない」
「シルフさんが毎回きれいにしてくれてるんですね」
「ああ。ノームが地形に合わせてブロック形状を調整して、シルフが空気圧を調整したり、泥を排出したりする。このコンビで、常に一番グリップする状態を維持しているってことだな」
説明書で仕組みは知っていたが、実際に外から見ると印象がまるで違う。
「すげえタイヤだな、これ……」
「先輩、楽しそうですね」
「そりゃ楽しいだろ。普段は運転席からじゃ見えない部分だからな」
しばらくベヒーモスマッドの動きを眺めてから、ドラレコの視点を前方へ戻す。
赤いランクルは木々の間を縫い、さらに森の奥へ進んでいった。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、赤いランクルを森の奥へ走らせた。
シルフに下草を刈ってもらいながら、ゆっくりと進んでいく。
途中、何度か見慣れない植物を見つけたものの、特に変わったことはない。
レーダーにも赤い反応はなかった。
「このあたりは意外と平和だな」
「そうですね。もう結構進みましたよね?」
「ああ。速度を落としているから、距離にしたら大したことないけどな」
さらに進ませ、少し開けた場所へ出たところで――
レーダーの端に、赤い点が一つ現れた。
「ん?」
「どうしました?」
「赤い反応が出た」
一つ。
さらにもう一つ。
少し遅れて、三つ目が現れる。
「魔物ですね」
「みたいだな」
討伐が目的ではないので、こちらから近づく必要はない。
ところが――
「……向こうから来てるな」
三つの赤い点が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
俺はドラレコの視点を反応のある方向へ向けた。
木々の間で背の高い草がゆれる。
その奥から、灰色の獣が姿を現した。
「狼……か?」
「狼っぽいですね」
一見すれば元の世界の狼に似ているが、体は一回り以上大きい。
その後ろから、さらに二匹。
三匹の狼によく似た魔物が、赤いランクルを遠巻きに眺めていた。
「こっちに気づいてますね」
「まあ、これだけデカいものが森の中を走ってりゃな」
赤いランクルは速度を変えず、そのままゆっくりと進んでいく。
「今回は無視だな。討伐が目的じゃない」
「ですね。探索を続けましょう」
三匹の狼は一定の距離を保ちながら後ろをついてくる。
その様子を眺めていて、ふと思い出した。
「……バハがいないんだよな」
「ああ……」
「以前は、バハちゃんを見ただけで魔物が逃げていきましたもんね」
「これが普通の反応なのかもしれんな」
普段はSSランクのバハがすぐそばにいる。
並の魔物からすれば、俺たちに近づくこと自体が自殺行為なのだろう。
だが今、森を走る赤いランクルは無人だ。
当然、バハもいない。
「バハの護衛効果って、俺たちが思っている以上に大きかったのかもな」
「何もしなくても魔物が近寄ってこないんですから、相当ですよね」
しばらく後ろをついてきた三匹だったが、こちらが何の反応も示さないと、一匹、また一匹と足を止めた。
最後の一匹もやがてきびすを返し、木々の向こうに姿を消した。
「まあ、戦う理由もないしな」
「はい。今日は探索ですから」
俺はドラレコの視点を前方へ戻した。
◇ ◇ ◇
狼たちの反応が消れたのを確認し、さらに森の奥へ進ませる。
しばらくすると、良太が映像を見ながら声を上げた。
「先輩、ちょっと止めてもらっていいですか?」
「ん? 何かあったか?」
「あそこです。木の根元」
言われた場所にドラレコの視点を向ける。
湿った落ち葉が積もった大木の根元に、いくつものキノコがまとまって生えていた。
「キノコか」
「結構ありますね」
赤いランクルを停車させ、視点を近づける。
傘は肉厚で大きく、薄い茶色。
見た目だけなら普通に食えそうだ。
「食えそうに見えるけどな」
「異世界のキノコですからね。見た目だけで判断するのは怖すぎますよ」
「そりゃそうだ」
元の世界のキノコですら素人判断は危険だ。
「こういうときこそ【遠隔買取査定】ですね」
「頼む」
「はい。じゃあ――【遠隔買取査定】」
良太が映像に映るキノコを指定する。
しばらくすると、良太が声を上げた。
「出ました。――【森雫茸】。森林の湿った場所に群生するキノコ。食用には適さない。強い毒性あり、ですね」
「やっぱり毒キノコかよ」
「危なかったですね」
「まあ、査定せずに食うことはないけどな」
「それもそうですね」
良太は表示を眺めながら、少し考える。
「……でも、これってちょうどいい実験材料なんじゃないですか?」
「何がだ?」
「ウンディーネの魔力水ですよ」
「ああ……」
魔力水には毒素を浄化する効果がある。
「毒キノコまで食えるようになるか試すってことか?」
「はい。説明には毒も解除されると書いてありましたよね? このキノコで試してみましょうか」
「なるほどな」
毒が抜ければ普通に食べられるのか。
それとも、毒とは関係なく味そのものが食用に向かないのか。
試してみる価値はありそうだ。
「よし。何本か回収しておこう」
「ですね。実験するなら湖畔へ戻ってからにしましょう」
今回はあくまで森の探索だ。
ここで一つ見つけるたびに実験していたら、いつまで経っても先へ進めない。
良太が【遠隔買取査定】を操作すると、森雫茸が一本、また一本と光に包まれて消えていく。
買い取るわけではなく、査定した品物を【買い物加護】で一時的に保留する。
「とりあえず、このくらいあれば十分ですね」
「他にも見つけたら回収しておこう。せっかくなら何種類か試してみたいしな」
「いいですね。毒キノコ食べ比べです」
「字面が怖すぎるだろ」
「魔力水があるから言えることですよ」
「それはそうだが……」
俺は苦笑しながら、再び赤いランクルを発進させた。
◇ ◇ ◇
毒キノコを回収したあとも、赤いランクルを森の奥へ進ませる。
奥へ行くにつれて、景色にも少しずつ変化が出てきた。
二人では抱えきれないほど太い木。
赤や紫の小さな実をつけた低木。
地面を覆う巨大なシダ。
気になるものは多いが、全部を調べていたらきりがない。
「思った以上にいろいろあるな」
「食べられそうなものだけでも、かなりありそうです」
「今日は下見くらいに考えたほうがよさそうだな」
「ですね。また改めて来ましょう」
森は逃げない。
一日で全部調べる必要もないだろう。
さらに奥へ進むと、地面には緩やかな起伏が増えてきた。
小さな沢を越え、木の根がむき出しになった斜面を登っていく。
それでも赤いランクルが苦戦する様子はない。
ベヒーモスマッドが柔らかな地面をつかみ、足回りを大きく動かしながら凹凸を越えていく。
「このくらいじゃ何ともないか」
「普通に走ってますもんね」
「もうちょっと荒れてくれたほうが面白いんだけどな」
「今日は探索ですよ、先輩」
「わかってるよ」
笑いながら、そのまま先へ進ませる。
さきほど狼と遭遇してから、レーダーには何度か赤い反応が現れていた。
だが、こちらへ近づいてくるものはいない。
離れた場所を移動していたり、赤いランクルに気づくと遠ざかっていったり。
こちらもすべて無視している。
「思ったより普通に探索できるな」
「赤いランクルだけなら、危険もほとんどありませんしね」
「こういう使い方ができるなら、【自動操縦】を覚えた意味も大きいな」
安全な場所から、危険かもしれない場所を先に調べられる。
大草原でのまとめ狩りにも便利だったが、本来はこういう偵察にこそ向いている能力なのかもしれない。
そんなことを考えながら進ませていた、そのときだった。
「……ん?」
レーダーの端に、新しい反応が現れた。
「良太」
「はい?」
「これ……赤じゃないよな」
良太もフロントガラスに投影されたレーダーを見る。
「……青ですね」
「ああ」
魔物を示す赤ではない。
人を示す、青い反応。
しかも一つだけ。
「こんな森の奥に人がいるのか?」
「冒険者とかでしょうか」
「かもしれんが……」
俺は赤いランクルをその場で停止させた。
青い点は、そこからそれほど離れていない。
だが、動いていなかった。
「止まってますね」
俺はレーダーに映る青い点を見つめる。
「いきなり近くまで行く必要はないな。ドラレコで確認できるところまで移動するぞ」
「はい。それがいいと思います。向こうに気づかれそうになったら、その場で【格納】しちゃえばいいですし」
「そうだな。ランクルのことは、なるべく知られないほうがいい」
「格納しちゃえば、こっちまで後を追われる心配もありませんからね」
俺は【自動操縦】で赤いランクルをゆっくりと前進させる。
青い反応との距離を確認しながら、木々の間を慎重に進んでいく。
しばらくして――
「……先輩、映りました」
「ああ。止めるぞ」
フロントガラスに投影されたドラレコ映像の端に、木の根元に座り込む人影が映っていた。
「ここから確認しよう」
俺はドラレコの視点を切り替え、その人影を拡大する。
背丈は低い。
だが、子どもではない。
肩幅は広く、腕も太い。顔には立派なひげを蓄えている。
「……ドワーフ?」
「たぶん、そうじゃないですか?」
俺たちはまだ、この世界のドワーフを実際に見たことがない。
それでも、その姿は俺が想像していたドワーフとかなり近かった。
だが――
「怪我してるな」
片脚が不自然に投げ出されている。
服もところどころ破れ、腕や顔には血がにじんでいた。
そばには荷物らしき袋と、何かの道具が転がっている。
「……意識、あるんですかね」
「わからんな」
少なくとも、元気に休憩しているようには見えない。
こんな森の奥で一人きり。
しかも、怪我をして動けなくなっているように見える。
ただ事ではなさそうだった。
「良太」
「はい」
「探索はここまでだ」
俺は木の根元に座り込む小柄な男を見つめながら、次にどうするべきか考え始めた。
あとがき
良太の能力【買い物加護】に設定を追加しています。
Lv30【買い物加護】買うときだけでなく売るときにも一時保存でき、取引をキャンセルした場合も元の場所に戻ることなく手元に出せる。
『第6話 戦闘後の後始末』に加筆しています。




