第43話 マオの運転指導
連休中(本日まで)は6:00と18:00の二回投稿をします(なろう側だけ)
ぜひ、お楽しみください!
庭園をひと回りして戻ってきた五号車が、俺たちの前でゆっくりと停車する。
運転席では、ハイエルフの姿になったマオが満足そうにハンドルを握っていた。
「楽しかった」
「それはよかった」
俺も笑ってうなずく。
マオはもう一度ハンドルに視線を落とし、名残惜しそうにその感触を確かめている。
「そうだ、マオ」
「ん?」
「この車に乗るなら、もう一つ教えておくことがある」
俺は運転席へ近づくと、ハンドルに取り付けられた一つのボタンを指さした。
「これ、押してみてくれ」
「これ?」
「ああ」
マオが言われたとおりにボタンを押す。
カチッ。
車体の下から、小さな作動音が聞こえた。
「これでマフラーが【癒やしモード】に切り替わった」
「癒やし?」
「ちょっとアクセルを踏んでみろ」
「ん」
マオが軽くアクセルを踏み込む。
ブォン――
先ほどまでとは違う、どこか柔らかな排気音が庭園へ響いた。
ただ静かなだけではない。
耳に届く音そのものが、不思議なほど心地いい。
その音が広がると同時に、五号車の周囲に咲いていた花々が、風もないのにふわりとゆれる。
「……!」
マオが運転席から身を乗り出し、近くの花に目を向ける。
「植物」
「元気になった」
「わかるのか?」
「ん」
マオは嬉しそうにうなずいた。
その横で、バンポーさんも興味深そうに五号車を眺めている。
「これは、どのような仕組みなのでございますか?」
「このランクルには特殊なマフラーが付いていて、【癒やしモード】にすると、周りの生き物を癒やす音と波動を出してくれるんです」
「ほう……」
「植物にも効果があるから、この庭園とは相性がいいと思います」
バンポーさんはゆっくりとうなずいた。
「しかし、このような場所で長時間動かしても、空気を汚したりはしないのでございますか?」
「はい、それも大丈夫です」
俺は五号車のマフラーに目を向ける。
「そもそも、このランクルの排ガスは特殊な触媒で浄化されるようになっています。空気を汚したり、植物に悪影響を与えたりすることはありません」
「なるほど……」
バンポーさんが感心したように目を細める。
「そこまで考えられているのでございますな」
「神様が造った車ですからね」
良太が苦笑しながらつけ加えた。
「もう何があっても驚けませんね」
「それもそうだな」
俺も笑う。
マオはそんな俺たちの会話には加わらず、近くに咲く花をじっと見つめていた。
もう一度、軽くアクセルを踏む。
ブォン――
柔らかな音色が広がり、花々が嬉しそうにゆれる。
マオの口元がわずかに緩んだ。
「これ」
「好き」
「だと思ったよ」
俺はうなずく。
「この庭園で乗るときは、ずっと【癒やしモード】にしておいてくれ。走っていれば、植物も元気になるからな」
「ん」
俺は笑いながら、改めて周囲を見回す。
色とりどりの花々。
巨大な世界樹。
その先には、まだ探索していない場所がどこまでも続いている。
少し考えてから、五号車に視線を戻した。
「……よし。このランクル、ここに置いていくか」
「ここにですか?」
良太が聞き返す。
「ああ」
俺は五号車のボディを軽く叩いた。
「一台ここに残しておけば、俺たちが外にいてもドラレコで庭園の様子を確認できるだろ」
「あっ」
良太もすぐに納得した。
「なるほど。何か変化があってもわかりますね」
「そういうことだ」
白いランクルにもドラレコは搭載されている。
だが、あれはこのあとも俺たちが使う車だ。ここへ置きっぱなしにはできない。
「それに、【車両入れ替え】にも使える」
俺は続ける。
「今回はリアカーと白いランクルを入れ替えたけど、リアカーじゃドラレコは使えないからな」
「五号車をここに置いておけば、次からはこの車と入れ替えられるってことですね」
「ああ。必要なら別のランクルをこっちへ入れることもできる」
「それは便利ですね」
良太がうなずく。
そこで俺は、まだ運転席に座っているマオに目を向けた。
「それと、マオ」
「ん?」
「俺たちがいないときでも、ここに来たらこのランクルは好きに使っていいぞ」
マオが目を瞬かせる。
「……いい?」
「ああ」
俺は笑ってうなずいた。
「ここに置いておくだけじゃもったいないからな。庭園を見て回るときにでも好きに乗ってくれ」
「ん」
マオの顔がぱっと明るくなる。
「乗る」
「ただし、さっき言ったとおり、ここでは【癒やしモード】な」
「わかった」
「ずっと、これ」
マオはハンドルのボタンを指さした。
「ああ」
俺は笑ってから、もう一言つけ加える。
「それと、別に運転するときだけじゃなくていいからな」
「?」
マオが首をかしげた。
「疲れたときや怪我したときは、このランクルで休んでくれ。中にいれば回復できるから」
その横で、バンポーさんも穏やかにうなずく。
「王都で伺った、あの加護でございますな」
「はい。だから、ここで何かあったときも、とりあえず車内で休めば大丈夫です」
「それは心強い限りでございます」
「ん」
マオは素直にうなずいた。
そしてハンドルを両手で握り直す。
「大事に乗る」
「ははっ。別に多少ぶつけても壊れないけどな」
「大事に乗る」
「ああ」
同じ言葉を繰り返すマオに、俺は笑ってうなずいた。
するとマオは、隣に立つバンポーさんへ顔を向ける。
「爺も」
「はい?」
「運転」
マオは運転席を指さした。
「私が、でございますか?」
「ん」
バンポーさんは少し目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「それでは、せっかくですので挑戦させていただきましょう」
マオが運転席から降りると、今度はバンポーさんがその席へ座った。
ハンドルを握り、足元のペダルやシフトレバーに視線を向ける。
「なるほど……」
マオは助手席へ乗り込み、バンポーさんに操作を教え始めた。
「右」
「アクセル」
「左」
「ブレーキ」
「こちらが前進で、こちらが後退でございますな」
「ん」
「簡単」
マオは得意げにうなずく。
その様子を後ろから見ていた良太が、小さく笑った。
「さっき先輩が教えてたのに、もう教える側になっていますね」
「マオらしいな」
俺も笑いながら後部座席へ乗り込む。
良太もその隣へ座った。
するとバハはひょいと飛び上がり、後部のロールバーの上にちょこんと腰を下ろす。
「きゅ!」
全員が乗ったことを確認すると、バンポーさんはブレーキを踏んだまま、教わったとおりにシフトレバーを動かした。
「では……参ります」
「ん」
「ゆっくり」
「承知いたしました」
慎重にアクセルを踏み込む。
ブロロロロ……。
五号車がゆっくりと走り出した。
「おお……」
バンポーさんが小さく声を漏らす。
バンポーさんのハンドル操作は、思った以上に滑らかだ。
「爺」
「右」
「はい」
「そこ」
「なるほど」
マオの短い指示に従いながら、バンポーさんは庭園の小道をゆっくりと進んでいく。
「さすがですね。もう普通に運転していますよ」
良太がそう言うと、俺もうなずいた。
「ああ。上手いな」
「皆様をお乗せしておりますからな。慎重に参りましょう」
そう答えながらも、バンポーさんの表情は楽しそうだ。
助手席のマオも満足そうにうなずいている。
「上手」
「ありがとうございます」
「きゅ~♪」
後部のロールバーでは、バハが気持ちよさそうに風を浴びていた。
屋根もフロントガラスもない五号車の車内を、庭園の爽やかな風がそのまま吹き抜けていく。
俺は後部座席から周囲を見渡す。
色とりどりの花々。
見上げるほどの巨木。
透き通った小川。
歩いていたときとは違い、景色が次々と後方へ流れていく。
「やっぱり、こういう場所を走るならオープンは最高だな」
「ですね。景色もよく見えますし、風も気持ちいいです」
良太も楽しそうに周囲を眺めている。
俺はシートに体を預けながら、前方に目を向けた。
「さて……」
庭園は、さらに奥へと続いている。
「この先には、何があるんだろうな」
五号車は心地いいエンジン音を響かせながら、まだ見ぬ庭園の奥へゆっくりと走っていく。
しばらく進むと、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。
色鮮やかな花々は次第に少なくなり、代わって背の高い木々が目立つようになってくる。
道も、それまでの整えられた石畳ではない。
ところどころ石が沈み、隙間から草が伸びている。
長い年月、人の手が入っていないことがよくわかる。
「ずいぶん、雰囲気が変わってきましたね」
良太が後部座席から周囲を見回した。
「ああ」
俺もうなずく。
「さっきまでとは別の場所みたいだな」
だが、この程度の荒れた道なら五号車でも問題ない。
ゆっくり走っている限り、大きくゆれることもなく進んでいく。
バンポーさんも道の状態を見ながら、丁寧にハンドルを切っている。
「爺」
「左」
「はい」
マオの指示に従い、少し大きく左へ回り込む。
その先では、太い木の根が石畳を押し上げていた。
「なるほど。これは避けたほうがよろしいですな」
「ん」
五号車は木の根を避け、再び道へ戻る。
「それにしても、マオちゃんの短い説明だけでよくわかりますね」
良太が感心したように言う。
「それは俺も思った」
俺が笑うと、助手席のマオが振り返った。
「わかりやすい」
「自分で言うのかよ」
「ん」
バンポーさんはそんな俺たちのやり取りに穏やかな笑みを浮かべながら、五号車を走らせていく。
「きゅ~♪」
後部のロールバーの上では、バハがご機嫌だった。
全身に風を受けながら、ときおり左右へ顔を向けて景色を眺めている。
しばらく走ったところで――
「ん?」
俺は前方に目を凝らした。
「何かあるな」
「どこです?」
「あそこ。木の向こうだ」
良太も身を乗り出して前を見る。
木々の隙間から、白っぽい何かがのぞいていた。
自然の岩ではない。
明らかに人工物だ。
「建物……ですかね?」
「たぶんな」
「爺」
「はい?」
マオが前方を指さす。
「あっち」
「承知いたしました」
バンポーさんがゆっくりとハンドルを切った。
木々の間を抜けるように進んでいくと、やがて視界が開ける。
「あれか……」
俺はその先に目を向けた。
そこにあったのは、白い石で造られた大きな東屋だった。
世界樹の周囲にあった庭園とは違い、こちらはずいぶんと古びて見える。
何本もの細い石柱が円形の屋根を支え、その周囲を色とりどりの花々が取り囲んでいた。
長い年月を経ているはずなのに、崩れた様子はない。
石柱にはつる植物が絡みつき、屋根から差し込む柔らかな光が、その葉を鮮やかに照らしている。
「休憩する場所だったのかな?」
俺は五号車から眺めながらつぶやいた。
「そう見えますね」
良太もうなずく。
「こんな庭園を眺めながら休めたら、最高でしょうね」
「ん」
助手席のマオも東屋を見つめる。
「いい場所」
「きゅ!」
後部のロールバーの上に座っていたバハも、元気よく鳴いた。
そのときだった。
東屋の向こうから、淡い金色の光がふわりと舞い上がる。
「あっ」
良太が声を上げた。
「あれ、アルフじゃないですか?」
光は木々の間を縫うように飛び、こちらへ近づいてくる。
やはりアルフだった。
「どこ行ってたんだ?」
俺が声をかけると、アルフは答える代わりに五号車の周囲をくるりと一周した。
そしてマオの前で一度止まり、ふわふわと上下にゆれる。
「ん?」
マオが首をかしげた。
アルフは再び飛び上がる。
東屋を通り過ぎ、さらに奥へ向かう。
しかし、すぐに振り返り、その場で待っていた。
「また案内してくれるみたいですね」
「ああ」
俺は笑った。
「まだ何かあるらしいな」
「行く」
「きゅ!」
バハも後部のロールバーの上で元気よく片手を上げた。
「では、参りましょう」
バンポーさんが再びアクセルを踏み込む。
ブロロロロ……。
五号車は白い東屋の横を通り過ぎ、先導するアルフを追って庭園のさらに奥へ走り始めた。
木々の間を縫うように続く道を、ゆっくりと進んでいく。
やがて前方を飛んでいたアルフが、ふわりと高く舞い上がる。
「ん?」
マオが顔を上げた。
その先で木々が途切れ、明るい光が差し込んでいる。
「開けているな」
バンポーさんがゆっくりとアクセルを緩める。
木々の間を抜けた瞬間――
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。
そこには、大きな泉が広がっていた。
水は底まで見通せそうなほど澄み渡り、青とも緑ともつかない美しい色をしている。
水面には大きな葉がいくつも浮かび、その間から青や白の花が咲いていた。
岸辺にも見たことのない水草や小さな花々が群生し、柔らかな風が吹くたびに静かにゆれている。
「きれいですね……」
「ああ」
五号車は泉のほとりでゆっくりと停車した。
アルフは嬉しそうに水面へ飛んでいくと、すれすれを滑るように飛び回る。
「ここ」
マオが五号車から飛び降りた。
「好き?」
アルフに尋ねると、淡い金色の光が何度も明滅する。
「そうみたいですね」
良太が笑った。
マオは泉の岸辺に咲いている青い花を見つけた。
「……!」
目を輝かせ、そのまま小走りで駆け寄ると、すぐに首から提げたカメラを構える。
カシャッ。
続いて水面に浮かぶ白い花。
カシャッ。
水中で淡く光っている細長い水草。
カシャッ。
「また始まったな」
俺は笑う。
「今日はもう、止まりそうにありませんね」
良太も苦笑した。
バンポーさんは夢中になって写真を撮っているマオを見つめ、穏やかに目を細める。
「しばらくはこちらへ通うことになりそうですな」
「毎日」
離れたところから、マオの声が返ってきた。
「やっぱり毎日来るのか」
「ん」
返事をしながらも、マオは写真を撮り続けている。
思わず笑ってしまう。
これなら、俺たちが急いで庭園のすべてを調べる必要もないだろう。
マオなら植物を見て回るついでに、まだ誰も気づいていない場所まで見つけるかもしれない。
それに――
俺は五号車に目を向ける。
これからはドラレコで、庭園の様子を外から確認することもできる。
マオが何か見つければ、いずれ俺たちにも話が伝わってくるだろう。
「まあ、今日はこのくらいにしておくか」
「そうですね」
良太も広大な庭園を見回す。
「全部調べようとしたら、何日かかるかわかりませんし」
「ん」
マオは青い花へカメラを向けたままうなずく。
「調べる」
「頼んだぞ」
「ん」
カシャッ。
返事と同時に、またシャッターの音が響いた。
その向こうでは、アルフが楽しそうに泉の上を飛び回っている。
世界樹に、白い東屋。
そして、透き通った美しい泉。
この広大な庭園には、まだまだ俺たちの知らないものが眠っているのだろう。
けれど、それを一度に知る必要はない。
またここへ来ればいい。
俺は泉のほとりに佇む五号車を眺めながら、そんなことを思った。




