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第42話 大庭園と五号車

 本日は二話投稿しています。

 この前にも一話投稿していますので、まだお読みでない方は、ぜひそちらからお楽しみください。


 世界樹の実を堪能した俺たちは、再び庭園の探索を始めることにした。


 世界樹を離れ、さらに奥へ続く石畳の小道を歩いていく。


 先ほどまで花壇が広がっていた景色も、進むにつれて少しずつ姿を変えていった。


 背の高い木々が増え、その根元には色鮮やかな草花が広がっている。


 透き通った小川は途中でいくつにも枝分かれし、小さな池を作りながら庭園の奥へと続いていた。


「……!」


 少し先を歩いていたマオが、不意に足を止める。


 視線の先には、淡い紫色の花が群生していた。


「知らない」


 すぐにカメラを構える。


 カシャッ。


 一枚撮ると、今度はしゃがみ込んで花をじっくりと観察する。


 花びら。


 葉の形。


 茎の色。


 しばらく眺めたあと、満足したように小さくうなずいた。


「ん」


 そして何も採らずに立ち上がり、再び歩き始める。


 その後も、珍しい植物を見つけるたびに立ち止まっては写真を撮っていた。


 そんなマオを眺めながら、俺たちも庭園の奥へ進んでいく。


 ――それから、しばらく歩いたころだった。


 俺は足を止め、後ろを振り返る。


 巨大な世界樹は、すでに木々の向こうへ半ば隠れている。


 前を見れば、庭園はまだまだ先まで続いていた。


「……なあ」


 俺は周囲を見回す。


「ここ、広すぎないか?」


「え?」


 良太も足を止めた。


「外から見た結界って、たしかに大きかったけど……」


 俺は世界樹のある方角へ目を向ける。


「もう結構歩いてるよな?」


「そうですね……」


 良太も違和感に気づいたようで、周囲を見回した。


 中央には、あれほど巨大な世界樹がそびえ立っている。


 そこからさらに歩いてきたというのに、庭園の端らしきものはまったく見えない。


「言われてみれば、おかしいですね」


「だろ?」


 俺は首をかしげる。


「外から見た大きさと、中の広さが合ってない気がするんだよな」


「ん」


 マオが何でもないことのようにうなずいた。


「空間、広げてある」


「……空間が?」


「ん」


 俺と良太はそろってマオを見る。


 マオは庭園を指さした。


「外より」


「中、広い」


「そんなことまでできるのか……」


 俺が感心していると、マオの視線がふと俺たちから外れた。


 少し離れた木の根元に、透き通るような白い花が咲いている。


「……!」


 マオはすぐにバンポーさんを見た。


「爺」


「説明」


「かしこまりました」


 説明を任せると、マオはカメラを手に白い花のもとへ小走りで向かっていった。


 カシャッ。


「……もう行っちゃいましたね」


 良太が苦笑する。


「ふふっ。よほど楽しいのでございましょう」


 バンポーさんは穏やかに笑うと、改めて俺たちへ向き直った。


「マオ様のおっしゃる通り、おそらくこの庭園には、空間を拡張する魔法が施されているものと思われます」


「つまり、外から見える結界よりも、中のほうが広いってことですか?」


「はい。そのように考えて間違いないかと」


 バンポーさんは周囲へ視線を巡らせる。


「空間を拡張する魔法そのものは存在いたしますが、これほどの規模となれば、私も初めて目にいたします」


「なるほどな……」


 俺は改めて庭園の奥を眺めた。


 木々の向こうにも、まだ緑が続いている。


「だから、いくら歩いても端が見えないのか」


「これ……」


 良太が苦笑する。


「思っていたより、とんでもなく広い場所なのかもしれませんね」


 そのとき、少し離れたところから再びシャッター音が響いた。


 カシャッ。


 見れば、マオはすでに別の花の前へしゃがみ込み、夢中になってカメラを構えている。


「……楽しそうだな」


「ですね」


 俺と良太は顔を見合わせて笑った。





 ◇ ◇ ◇





 再び歩き始めると、庭園の景色はさらに大きく変わっていく。


 整然と並んでいた花壇はいつしか姿を消し、代わりに自然の森を思わせる景色が広がっていた。


 頭上では大きく枝を広げた木々が重なり合い、その隙間から柔らかな光が差し込んでいる。


 足元には背の低い草花が広がり、ところどころに小さな泉が湧き、清らかな小川が流れている。


 人の手で造られた庭園というより、一つの森そのものだった。


 少し先では、マオがしゃがみ込み、珍しい花にカメラを向けている。


 カシャッ。


 カシャッ。


 今度は葉の裏側までのぞき込み、また一枚。


「……今日は全部回るの無理そうだな」


「そうですね」


 良太も苦笑する。


「マオちゃん、この調子だと一日かかりそうですね」


「ん」


 少し離れたところから返事だけが聞こえてきた。


「否定しないのかよ」


 俺は笑いながら、再び歩き始める。


 それからしばらく、俺たちは森のような庭園をゆっくりと進んでいった。


 小川を渡り、木々の間を抜け、時には珍しい植物を眺めながら歩く。


 やがて木々が途切れ、少し開けた場所へ出た。


 地面は柔らかな草に覆われ、周囲には色とりどりの花が咲いている。


 その向こうには、先ほどまで歩いてきた森が広がっていた。


「このあたりなら十分だな」


 俺は足を止める。


「何がです?」


「五号車だよ」


「あっ」


 良太もすぐに気づいた。


「ここに置いていくんですね」


「ああ」


 俺はうなずく。


 今回、この庭園へ来てわかったことがある。


 ここは想像していた以上に広い。


 しかも世界樹をはじめ、まだ調べ切れていないものがたくさんある。


 一度ですべてを見て回るのは難しい。


「ここには、また来ることになるだろうしな」


「間違いないですね」


 俺は右手を前へかざす。


「【車両召喚】」


 次の瞬間――


 ベージュ色のランクル70ショートが草地の上に現れ、わずかな高さから着地した。


 五号車。


 赤い一号車と同じショートボディだが、こちらは幌を外したオープン仕様だ。


「おお!」


 良太が目を輝かせる。


「五号車ですね!」


「ああ」


 俺は満足してうなずいた。


 マオも興味深そうに近づき、車内をのぞき込む。


「屋根」


「ない」


「オープンカーだからな」


 俺はそう答えてから、ふとフロントガラスへ目を向けた。


「そうだ」


 周囲を見回す。


 開けた草地の周囲には木々や花々が広がっているが、当然ながら他の車が走ってくるような場所ではない。


「ここなら、フロントガラスを倒しても平気だな」


 俺は留め具を外し、フロントガラスをゆっくりと前方へ倒していく。


 これで屋根だけでなく、目の前をさえぎるフロントガラスもない。


 庭園の風を直接感じられる、完全なオープン状態になった。


「よし」


 俺は満足して運転席を眺める。


「これなら景色もよく見える」


 マオはしばらく五号車を見つめる。


 そして、運転席をのぞき込んだ。


「……乗るか?」


 俺が笑って尋ねる。


「ん。乗る」


 俺が運転席を指さすと、マオは迷うことなく乗り込んだ。


 小柄な体をシートに収め、目の前のハンドルを両手で握る。


「どうだ?」


「ん」


 マオは満足そうにうなずいた。


「いい」


「そりゃよかった」


 しかし――


 マオが足元をのぞき込む。


「……届かない」


「あっ」


 俺も運転席をのぞき込んで気づいた。


 十歳ほどの小さな体では、シートに深く腰掛けるとアクセルやブレーキに足が届かない。


「さすがにその体じゃ無理か」


「ん」


 マオは一度ランクルから降りた。


「なら」


 小さくつぶやく。


「【認識改変】」


 その瞬間、マオの体が淡い光に包まれた。


 光が消えると、そこに立っていたのは十歳ほどの少女ではない。


 長い金髪と尖った耳を持つ、十六歳ほどのハイエルフの少女。


 冒険者として活動するときの、身長百六十センチくらいの姿だ。


「これでいい」


 再び運転席へ乗り込む。


 今度はシートに座っても、アクセルとブレーキにしっかり足が届いている。


「……あれ?」


 良太が不思議そうに首をかしげる。


「でも、それって【認識改変】ですよね? 見た目を変えているだけなのに、ペダルまで足が届くんですか?」


「ん」


 マオは何でもないことのようにうなずいた。


「車も」


「マオも」


「大きいと思ってる」


「車まで騙せるんですか……」


 マオも……?


「良太、マオ自身もこのサイズが普通だと思っているってことじゃないか?」


「ん」


 マオは気にした様子もなく、ハンドルを握った。


「ええ……それ、もう認識を改変するってレベルじゃないような……」


 俺も苦笑しながら運転席をのぞき込む。


「まあ、マオなら今さらか」


 ペダルにきちんと足が届いているのを確認してから、シフトレバーへ目を向けた。


「それにしても、マオが運転するかもと思って、オートマにしておいてよかったな」


「おーとま」


「ああ。これなら操作も簡単だからな」


 俺はアクセルとブレーキ、それからシフトレバーを順番に指さしていく。


「右がアクセル。こっちがブレーキ。走るときはブレーキを踏んだまま、シフトをDに入れる」


「D」


「そう。ブレーキも右足で踏むんだ。あとはゆっくり離せば走り出す。速度を上げたいときはアクセルを踏む。止まりたいときはブレーキだ」


「ん」


 マオは真剣な表情でうなずく。


「わかった」


「じゃあ、まずエンジンをかけてみるか」


「ん」


 教えられた通りにマオがエンジンを始動する。


 ――ブルルルルン……。


 静かな庭園に、ガソリンエンジンの音が響いた。


 マオがわずかに目を見開く。


「音」


「違う」


「ああ」


 俺はうなずく。


「こいつはガソリン車だからな。今まで乗ってきたディーゼルのランクルとは、燃料もエンジンの仕組みも違うんだ」


「ガソリン」


「そう。まあ、燃料は自動で補充されるから、マオは気にしなくていいぞ」


「ん」


 マオは納得したようにうなずくと、もう一度エンジン音に耳を傾けた。


 ――ブルルルル……。


「これ」


「好き」


「ははっ。気に入ったか」


「ん」


 マオは満足そうにうなずいた。


「それじゃ、少し走ってみるか」


「ん」


 マオは助手席を指さした。


「爺」


「私でございますか?」


「ん」


「一緒」


 バンポーさんは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「かしこまりました」


 バンポーさんは助手席へ乗り込み、シートに腰を下ろす。


「では、マオ様の運転を楽しませていただきましょう」


 俺は運転席の横から、もう一度マオに声をかける。


「最初はゆっくりな。ブレーキを踏んだままDに入れて、それからゆっくり足を離す」


「ん」


 マオは言われた通りにシフトレバーをDへ入れた。


 そして、そっとブレーキから足を離す。


 ランクルがゆっくりと動き始めた。


「……動いた」


 マオの声がわずかに弾む。


「そのまま真っすぐ。少しだけアクセルを踏んでみろ」


「ん」


 そっと右足に力を入れる。


 ――ブルルルル……。


 五号車はゆっくりと速度を上げ、草地の上を走り始めた。


 屋根もフロントガラスもない。


 庭園を走る穏やかな走行風が、そのまま二人の体を包み込む。


 マオの長い金髪が風になびいた。


「おお……」


 バンポーさんが珍しく感嘆の声を漏らす。


「これは実に気持ちのいいものですな」


「ん」


 マオも嬉しそうにうなずく。


 少し進んでは曲がり、また真っすぐ進む。


 最初こそ慎重だったものの、マオの運転はすぐに滑らかになっていった。


「さすがですね」


 良太が遠ざかっていく五号車を眺めながら笑う。


「もう普通に運転してますよ」


「ああ」


 俺も満足してうなずいた。


「やっぱりオートマにして正解だったな」


 五号車は庭園の中を、ゆっくりと走っていく。


 運転席では、マオが風になびく金髪を気にする様子もなく、楽しそうにハンドルを握っている。


「爺」


「はい?」


「楽しい」


「ふふっ。それは何よりでございます」


 少し離れた場所からその様子を眺めながら、俺も自然と笑みを浮かべた。


「気に入ったみたいだな」


「ですね」


 良太も嬉しそうにうなずく。


 湖の底に眠っていた、誰も知らない大庭園。


 色とりどりの花が咲き、世界樹がそびえるその場所を、ベージュのランクルがのんびりと走っていく。


 まさかこんな場所でランクルを走らせることになるとは、少し前の俺なら想像もしなかっただろう。


 けれど――


「こういうのも悪くないな」


 俺は小さく笑った。


 まだ見ぬ庭園の奥へと続く道を、五号車はゆっくりと走っていくのだった。




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