第40話 10日目、魔王と湖底調査
連休のあいだは6:00と18:00に投稿します(なろう側だけ)
楽しんで頂けたら嬉しいです!
翌朝――
湖畔には爽やかな朝の風が吹き抜けていた。
三台のランクルは、いつものようにコの字に並べられ、その中央ではのんびりとした朝の時間が流れていた。
食後のコーヒーを飲み終えたころ、足元に淡い光の魔法陣が広がる。
「おはよう」
「おはようございます」
現れたのはマオとバンポーさんだった。
この日のマオは、生成りのブラウスに、ふんわり膨らんだかぼちゃパンツ(ドロワーズ)という格好をしている。
ずいぶん身軽な格好になったな。
俺は思わず笑みを浮かべる。
「もう持ってきたのか」
マオの首には、昨日プレゼントしたデジタルカメラが大切そうにかけられていた。
小さな手でそっとカメラに触れる。
「宝物」
その一言を聞いて、良太も嬉しそうに笑った。
「たくさん撮ってきたんですか?」
「ん」
マオは首からカメラを外すと、良太に差し出した。
「いっぱい」
良太はカメラを受け取り、再生ボタンを押す。
画面には、古びた石造りの砦。
どこまでも広がる雄大な草原。
切り立った断崖。
巨大な滝。
見たこともない魔物たち。
そして――
「これは……植物園か?」
思わずつぶやく。
画面には、巨大な温室を思わせる建物が映っていた。
その内部には色とりどりの花々や見たこともない樹木が整然と植えられ、かなり奥まで続いている。
同じ場所を撮影した写真が何枚も並んでいた。
「きれいですね」
良太も感心したように見入る。
「好き」
短い返事だった。
「そうか」
それ以上は聞かなかったが、マオにとって大切な場所なのだろう。
「じゃあ、この写真は探索している間に印刷しておきますね」
良太はカメラからメモリーカードを取り出すと、フォトプリンターに差し込んだ。
「シルフは、このボタンを押して、写真が出てきたらウンディーネに渡して」
シルフは良太の指さすボタンをじっと見つめ、小さくうなずく。
「ウンディーネは、この写真を魔力水に一度くぐらせてください。劣化しにくくなります」
続いてアルバムを開きながら説明する。
「そのあとシルフが優しく乾かして、乾いた順番に、このアルバムに挟んでいってください」
二柱の精霊は真剣な様子で作業の流れを見つめていた。
「これで帰ってくるころには、アルバムが完成しているはずです」
良太はカメラに予備のメモリーカードを入れ、マオに返した。
マオは受け取ったカメラを、さっそく首から提げる。
「便利だな」
俺が笑うと、マオも小さくうなずいた。
「それじゃあ、約束どおり湖底へ行きましょうか」
「ん」
◇ ◇ ◇
俺は白いトゥループキャリアへ歩いていく。
「それじゃあ、出発しようか」
運転席のドアを開くと、マオは迷うことなく助手席の前まで歩いていった。
当然のようにドアを開け、小さな体でひょいと乗り込む。
その様子に、思わず笑ってしまう。
「すっかり助手席が気に入ったみたいだな」
「ん」
マオはシートベルトを締めながら、小さくうなずいた。
一方、後ろでは良太が観音開きのバックドアを開ける。
「どうぞ」
良太はバンポーさんを先に車内へ案内し、自分も続いて乗り込んだ。
二人は左右の対面シートに向かい合うように腰を下ろす。
バハは嬉しそうに二人の間を行ったり来たりしたあと、良太の隣へちょこんと座った。
「きゅっ」
「シートベルトも忘れずにな」
俺が声をかけると、それぞれベルトを締めていく。
全員が装着したのを確認し、キーをひねった。
――ブルルルル……。
聞き慣れたディーゼル音が静かに響く。
「じゃあ、行きます」
俺は【車両召喚】を開き、脳内のガレージに意識を向けた。
昨日、湖底へ置いてきたグレーのランクル105を選択する。
「【車両入れ替え】」
――その瞬間。
何のゆれも、衝撃もない。
ただ、窓の外だけが一瞬で入れ替わった。
湖畔の景色は消え、代わりにどこまでも青く澄んだ水中世界が広がる。
朝日が湖面から差し込み、幾筋もの光が湖底を照らしていた。
「おお……」
バンポーさんが感嘆の息を漏らす。
「本当に、一瞬で湖底へ移動したのですね」
魚の群れが車の横をゆったりと泳ぎ、水草が穏やかな流れに合わせてゆれている。
マオは窓の外を眺め、小さくうなずいた。
「きれい」
俺はゆっくりとアクセルを踏み込む。
白いランクルは、湖底を走り始めた。
◇ ◇ ◇
しばらく進むと、昨日ドラレコで確認した遺跡が少しずつ近づいてきた。
崩れた石柱。
朽ちた石畳。
そして、その奥にたたずむ石造りの建造物。
昨日よりも近い距離から眺めるその姿は、さらに大きく、圧倒的な存在感を放っていた。
そのときだった。
カシャッ。
小さなシャッター音が車内に響く。
助手席では、マオが首から提げたカメラで窓越しに遺跡を撮影していた。
しかし、液晶画面を確認すると、小さく首をかしげる。
「……遠い」
マオは小さくつぶやくと、シートベルトを外した。
「【水中結界】」
淡い光がマオの体を包み込む。
続いて、
「【転移】」
その姿が助手席からふっと消える。
「えっ!?」
俺たちは思わず前方へ目を向けた。
白いランクルの数メートル前に、マオが立っていた。
マオが歩き出すと、体を包む淡い結界が進む方向に広がっていく。
その内側だけ水の抵抗が消えているのか、マオは地上と変わらない足取りで、白いランクルと遺跡の両方が入る位置まで歩き、カメラを構えた。
カシャッ。
今度は遺跡の正面へ向き直る。
巨大な建造物。
立ち並ぶ石柱。
崩れた外壁。
ゆっくりと構図を変えながら、一枚、また一枚と撮影していく。
気になる彫刻を見つけると、そばまで歩いていき、細かな装飾も写真に収めた。
カシャッ。
カシャッ。
一通り撮り終えると、液晶画面で写真を順番に確認する。
やがて、満足そうに小さくうなずいた。
「【転移】」
次の瞬間には、何事もなかったかのように助手席へ戻っていた。
シートベルトを締め直し、カメラを首にかけ直す。
俺は苦笑しながら尋ねる。
「……今、何したんだ?」
「【水中結界】」
「写真」
良太は目を丸くした。
「マオちゃん、水の中でも平気なんですか!?」
「ん」
「水中結界」
「水、平気」
バンポーさんが穏やかに微笑んだ。
「【水中結界】は、マオ様だけがお使いになれる魔法でございます」
「なるほど……」
俺も納得してうなずく。
マオは大切そうに胸元のカメラに手を添えた。
「よし。それじゃあ、もう少し近くまで行ってみよう」
白いランクルは、遺跡へ向かってゆっくりと走り出した。
◇ ◇ ◇
遺跡へ入ると、石柱が左右に立ち並んでいた。
その間をゆっくりとすり抜けていく。
柱の一本一本は、大人五人が手をつないでも回りきれないほど太い。
その表面には、長い年月を物語るような細かな傷や欠けが刻まれていた。
「大きいですね……」
良太が思わず息をのむ。
「昨日ドラレコで見たときより、ずっと迫力があります」
「ああ。実際に目の前まで来ると、想像以上だな」
白いランクルは石畳の上をゆっくりと進む。
ガタガタとした衝撃はほとんどない。
神様による魔改造のおかげで、車内は驚くほど静かだった。
バンポーさんは窓越しに周囲を観察していた。
「石材も見たことがございませんな……」
「魔王国にもありませんか?」
「ええ」
バンポーさんは首を横に振る。
「少なくとも、私の知る建築様式とはまったく異なります」
そのときだった。
「止めて」
マオが前を指さした。
「ん?」
俺はゆっくりとブレーキを踏む。
車は巨大な石柱の前で停止した。
マオは窓の外をじっと見つめている。
「彫刻」
俺たちは揃って視線を向けた。
石柱には、何かが彫られていた。
人。
鳥。
獣。
そして翼を持つ巨大な何か。
いくつもの姿が刻まれた彫刻は風化しているものの、その精巧さは今なお失われていない。
「ドラレコで拡大できますか?」
良太が尋ねる。
「ああ」
俺はナビを操作した。
次の瞬間、フロントガラスに半透明のヘッドアップディスプレイが浮かび上がる。
ドラレコの高倍率映像が石柱を映し出し、細かな彫刻まで鮮明に映った。
「すごい……ここまで鮮明なんですね」
良太が思わず声を漏らす。
「肉眼では見落としてしまう細工まで見えております」
バンポーさんも感心したようにうなずいた。
しかし、俺たちにはその彫刻が何を意味しているのかわからない。
「…………」
マオはしばらく黙ったまま、彫刻を見つめていた。
「私にも見覚えがございません」
バンポーさんも首を横に振った。
遺跡の奥には、巨大な建造物が静かにたたずんでいる。
あれが何なのか、今の俺たちにはまだわからない。
◇ ◇ ◇
白いランクルは、建造物の正面でゆっくりと停止した。
目の前には、高さ十メートルはあろうかという巨大な扉。
継ぎ目一つ見当たらず、長い年月を経たとは思えないほど、その姿は静かな威厳を放っている。
マオはじっと扉を見つめ、シートベルトを外した。
「行く」
小さくつぶやく。
「【水中結界】」
淡い光がマオの体を包む。
「【転移】」
次の瞬間、助手席から姿が消えた。
現れたのは扉の前だった。
マオはゆっくりと扉へ歩み寄る。
その表面に、小さな手をそっと当てた。
マオは目を閉じる。
淡い光がその手から扉に流れ込んでいく。
しかし――
何も起こらない。
そのときだった。
白いランクルのボディが輝き始めた。
「先輩……!」
良太が驚いたように声を上げる。
ボディ全体を包む柔らかな金色の光。
それがゆっくりと一か所へ集まり、一体の光の妖精――アルフの姿を形作った。
アルフは白いランクルの周囲をふわりと一周すると、その体が何筋もの光へと分かれる。
それらは意思を持つように扉へ近づき、その表面をゆっくりとなぞるように漂っていく。
マオは不思議そうに首をかしげた。
「……?」
しばらくすると、何筋にも分かれていた光は再び一つへと戻り、アルフは白いランクルのボディへ吸い込まれていった。
車体を包んでいた光も、ゆっくりと消えていく。
マオは扉から手を離した。
「【転移】」
助手席へ戻る。
「封印」
「封印?」
俺が聞き返す。
「開かない」
「開きそうもないのか」
「ん」
目の前の扉は、俺たちを拒むように固く閉ざされたままだ。
◇ ◇ ◇
白いランクルは巨大な扉を後にし、建造物の外周をゆっくりと進んでいく。
石造りの壁はどこまでも続き、入り口らしきものは見当たらない。
半周ほど回ったころだった。
「止めて」
マオが静かに言った。
俺は車を止める。
「どうした?」
マオは前方を指さした。
建物の裏手。
そこには半球状の巨大なガラスドームのようなものがあった。
「ガラス……?」
良太が目を凝らす。
俺はフォグライトも点灯した。
ヘッドライトに加えて強い光が半球を照らし出すと、バンポーさんが小さくつぶやいた。
「違う……あれはガラスではございません……結界です」
半透明だったドームが光を受けて淡く輝く。
その向こう側には――
「うわぁ……」
良太が思わず声を漏らした。
一面に咲き誇る色とりどりの花。
見上げるほど大きな樹木。
澄んだ小川。
花々の間を舞う無数の蝶。
湖底とは思えない、まるで庭園のような光景が広がっていた。
マオはシートベルトを外す。
「【水中結界】」
淡い光がマオの体を包む。
「【転移】」
次の瞬間、助手席から姿が消え、結界の前に現れた。
マオはゆっくりと手を伸ばす。
その手が半球に触れると、淡い波紋が広がった。
マオはしばらく静かに目を閉じる。
やがて小さくうなずいた。
「……平気」
「【転移】」
次の瞬間、マオの姿が結界の内側へ移っていた。
「入れた!?」
良太が目を丸くする。
結界越しに見ていると、マオは庭園をゆっくりと見回し、近くの花へ目を向けた。
一匹の蝶が肩に止まり、すぐに飛び立っていく。
見たところ、危険な様子はない。
「【転移】」
再び助手席へ戻る。
「平気」
そして俺たちを見回した。
「連れて行く」
小さく手を掲げる。
「【転移】」
視界が金色の光に包まれた。
次の瞬間。
俺たちは、花々が咲き誇る静かな庭園の中へ立っていた。
あとがき
この回でマオが着ているブラウスとドロワーズのイメージをカクヨムの近況ノートに投稿しました。過去回のマオの衣装も投稿しているので、よかったら合わせてお楽しみください。
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051606846310616
※作中では今のところ10歳ほどの見た目ですが【認識改変】でハイエルフになっているマオに着てもらっています。




