第39話 夕食後の団欒
連休中は6:00と18:00の一日二話投稿をしています(なろう側だけ)
ぜひ、お楽しみください!
夕食を終えた俺たちは、コーヒーを片手に湖を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
夕焼けはいつしか群青色に変わり、湖面には無数の星が映り込んでいる。
テーブルの中央では、江戸切子の花瓶に活けられた野花が、ランタンの灯りを受けて幻想的な輝きを放っていた。
静かな時間が流れる中、バンポーさんが穏やかに口を開く。
「そういえば先日、お土産としていただいたお酒ですが」
俺たちは顔を上げる。
「お気に召しましたか?」
「ええ」
バンポーさんは目を細めながらうなずいた。
「長年生きて参りましたが、あれほど香り高い酒は初めてでございました」
「本当ですか?」
「はい」
バンポーさんはテーブルのグラスを手に取り、話を続ける。
「特に琥珀色の酒……ウイスキーと仰いましたかな。あれは実に素晴らしいものでした。口に含んだ瞬間の香りもさることながら、飲み込んだあとも長く余韻が残るのです。つい時間を忘れ、一人でゆっくり味わってしまいました」
俺も笑みを浮かべる。
「気に入ってもらえたならよかった」
「葉巻との相性も抜群でございまして」
バンポーさんは穏やかな表情のまま続ける。
「一日の終わりに、あの酒の入ったグラスを傾けながら葉巻を楽しむ時間は、まさに至福でございました」
良太がこちらを見る。
「先輩」
「ん?」
「せっかくですし、バンポーさんにプレゼントしましょう」
良太は【ネットショッピング】を開いた。
「高級なクリスタル製のロックグラスがあります」
画面には、美しいカットが施されたクリスタルグラスが映し出されている。
「これはきれいだな」
俺も思わず見入る。
「ウイスキーを飲むなら、こういうグラスのほうが似合うと思いまして」
「それはいい。これにしよう」
良太が購入ボタンを押す。
軽い電子音とともに、美しく輝くクリスタル製のロックグラスがテーブルに現れた。
江戸切子とはまた違う、澄み切った透明感と重厚な輝きを放っている。
ウンディーネがそっと手をかざす。
透き通った水がグラスの内側を滑るように流れ、曇り一つなく洗い上げていく。
続いてシルフが柔らかな風を送り、水滴を一つ残らず乾かした。
良太は【ネットショッピング】から、先日バンポーさんが一番気に入ったウイスキーを取り出す。
俺は琥珀色のウイスキーを、新しいグラスにゆっくりと注いだ。
「どうぞ」
バンポーさんに差し出す。
「これからは、そのお酒を飲むときに使ってください」
バンポーさんはしばらく言葉を失う。
やがて、両手で大切そうに受け取る。
「……ありがとうございます。このような美しい酒器までいただけるとは思ってもおりませんでした。大切に使わせていただきます」
その表情を見るだけで、かなり気に入ってもらえたことがわかる。
それを見ていた良太が、俺に顔を向けた。
「バンポーさんだけ飲んでいるのもあれですし、先輩も飲んだらどうですか? 酔ってもランクルのシートに座れば、すぐ酔いも醒めるでしょうし」
俺も笑う。
「それもそうだな。じゃあ、俺はビールにしよう」
良太は瓶ビールと大きめのジョッキを購入した。
ウンディーネがジョッキをきれいに洗い上げ、シルフが凍らない程度まで優しく冷やしていく。
俺は栓抜きで王冠を外し、ゆっくりとジョッキに注いだ。
黄金色のビールの上に、きめ細かな白い泡がふんわりと広がる。
「それじゃあ」
俺はジョッキを掲げる。
バンポーさんも新しいクリスタルグラスを持ち上げた。
「乾杯」
「乾杯」
澄んだ音が、静かな湖畔に心地よく響いた。
しばらく談笑を楽しんだあと、俺はふと思い出したように口を開く。
「そういえば、前から気になっていたことがあるんです」
「何でしょう?」
バンポーさんが穏やかに微笑む。
「俺たちには、いただいた魔剣がありますけど、防具はまだ何もないんです」
俺は自分の服に目を落としながら苦笑する。
「最近は外で活動することも多いですし、防具があったほうが安心かなと、良太と話していたところなんですよ」
バンポーさんは静かにうなずいた。
「それでしたら、防具作りにおいてはドワーフに依頼するのが最善でしょう」
「ドワーフですか」
「ドワーフ!?」
良太が勢いよく立ち上がった。
「本当にドワーフがいるんですか!?」
「もちろんでございます。鍛冶や彫金を得意とする種族ですな」
「うわぁ……」
良太がぐっと拳を握る。
「エルフに続いて、ついにドワーフまで……!」
「はい。代々受け継がれてきた鍛冶の技術は大変素晴らしく、優れた防具も数多く生み出しております」
マオも小さくうなずく。
「お酒」
「ん?」
「持っていく」
「酒?」
「喜ぶ」
バンポーさんが微笑んだ。
「ドワーフは大の酒好きですから。特に拓海様たちのお酒なら、きっと興味を示すでしょう」
「なるほど」
俺はうなずく。
「酒を手土産にすれば、話くらいは聞いてもらえそうだな」
バンポーさんは続ける。
「素材と魔核さえ揃っていれば、きっと素晴らしい防具に仕立ててくださるでしょう」
「素材はあるんですけどね」
俺は苦笑する。
「この前、魔剣を作ってもらったのと同じアダマンタイトならある。でも魔核はないな」
「ある」
マオが即答した。
「Sランク」
「魔核、あげる」
俺は慌てて首を横に振る。
「いやいや、それはさすがにもらえないよ」
「平気」
マオはあっさりと言う。
「グリフォン」
「二つある」
「え?」
良太が目を丸くする。
「Sランクのグリフォンの魔核が二つもあるんですか?」
「ん」
マオは当然のようにうなずく。
「魔王大陸」
「いっぱいいる」
「えぇっ!?」
良太が声を上げた。
「あんなSランクの魔物が、いっぱいいるんですか!?」
バンポーさんは苦笑しながらうなずく。
「魔王大陸では、こちらの大陸ほど珍しい存在ではございません」
バンポーさんはそこで一度言葉を区切る。
「もっとも、ベヒーモスやグリフォンなどが人の暮らす地域へ近づけば、放っておくわけにも参りません。そうした際には、マオ様自ら討伐へ向かわれることもございます」
「マオちゃんが……」
良太がマオへ目を向ける。
マオはコーヒーを一口飲み、小さくうなずいた。
「ん」
俺は腕を組み、小さくうなる。
「でもなぁ……そこまでしてもらうなら、こっちも何かお礼をしたいよな」
しばらく考えていた良太が、ふと顔を上げた。
「先輩」
「ん?」
「魔王国には、写真ってありますか?」
「しゃしん?」
マオが首をかしげる。
バンポーさんも不思議そうな顔をした。
「聞いたことがございませんな」
「そうですか」
良太は白いランクルへ向かうと、グローブボックスから一冊のアルバムを取り出してくる。
「今日撮った写真を入れておいたんです」
アルバムを開き、一枚の写真をマオへ差し出す。
そこには昼間、この湖で撮影した集合写真が収められていた。
湖を背景に並ぶ俺たち。
中央では嬉しそうに笑うバハ。
その一瞬が、そのまま紙の上に写し取られている。
「……!」
マオの赤い瞳が少しだけ大きくなった。
隣からのぞき込んだバンポーさんも静かに息をのむ。
「これは……皆様、そのままではありませんか」
写真と目の前の俺たちを何度も見比べる。
「まるで、その瞬間を切り取ったかのようですな……」
「これが『写真』です」
良太は笑顔でうなずいた。
「この景色や人の姿を、そのまま記録できるんですよ」
マオは写真を両手で持ち、小さく首をかしげる。
「絵……違う?」
「はい」
良太は首を横に振った。
「これは絵じゃありません。光を使って、一瞬の景色をそのまま写し取っているんです」
「一瞬……」
バンポーさんが小さくつぶやく。
「はい。撮るだけなら、本当に一瞬ですよ」
良太は立ち上がる。
「せっかくですから、もう一枚撮ってみましょう」
そう言うと、白いランクルからカメラバッグを持ってきた。
三脚を開き、慣れた手つきでカメラを固定する。
構図を確認しながら、みんなに声をかけた。
「先輩は真ん中にお願いします。マオちゃんはその隣ですね。バンポーさんは後ろから少しのぞく感じで、バハちゃんは前です」
「きゅっ!」
バハは嬉しそうに返事をすると、俺の足元にちょこんと座った。
「それじゃあ、セルフタイマーを使います。このカメラのレンズを見ていてください」
良太はシャッターボタンを押し、小走りで俺たちの隣に並ぶ。
カメラの前面で、小さなランプが点滅を始めた。
「三、二、一――」
カシャッ。
小気味よいシャッター音が、静かな湖畔に響く。
「もう撮れました」
良太はカメラを手に取り、満足そうにうなずいた。
「今度は、この写真を紙に印刷します」
良太は【ネットショッピング】で購入した小型フォトプリンターをテーブルに置き、カメラとケーブルで接続する。
印刷ボタンを押すと、静かな駆動音とともに、一枚の写真がゆっくりと送り出されてくる。
「おお……」
バンポーさんは目を見開く。
真っ白だった紙に少しずつ色が乗り、先ほど撮影した光景が、そのまま浮かび上がっていく。
やがて印刷が終わると、良太はできあがった写真をマオに手渡した。
マオは先ほどの写真と見比べ、小さくうなずく。
「……すごい」
その言い方に、つい笑ってしまう。
「ああ。撮った写真なら、こうやって何枚でも作れるぞ」
「便利」
バンポーさんは感心したように写真を見つめる。
「これほど短時間で、このような美しい絵姿を残せるとは……まさに奇跡の道具ですな」
良太は少し考えてから、笑みを浮かべた。
「それなら、このカメラをマオちゃんにあげます」
マオが顔を上げる。
「……いい?」
「もちろんです」
良太は笑顔でうなずいた。
「魔王国の景色や皆さんの日常を撮って持ってきてください。こちらで印刷すれば、アルバムとして残せます」
「うれしい」
マオは差し出されたカメラを両手で受け取った。
「プリンターもお渡ししたいところなんですが、家庭用の電気が必要なんですよ。太陽光パネルやポータブル電源なんかも必要になってしまいますから」
マオは受け取ったカメラをじっと見つめる。
「宝物」
小さくつぶやき、カメラを胸にぎゅっと抱き寄せた。
その姿を見て、俺も良太も思わず笑みを浮かべる。
「きゅ~♪」
バハも嬉しそうに鳴いた。
その後、良太は電源の入れ方からシャッターの切り方、撮った写真の確認方法まで、一つひとつ丁寧に説明していく。
マオもバンポーさんも飲み込みは早く、何度か試し撮りをするころには、すっかり使い方を覚えてしまっていた。
「これなら大丈夫そうですね」
「ええ」
バンポーさんは感心したようにうなずく。
「これなら、魔王国の景色も皆様にお見せできそうですな」
マオは大切そうにカメラを抱え、小さくうなずいた。
「ん」
◇ ◇ ◇
カメラの使い方を一通り教え終えると、再び穏やかな時間が流れ始めた。
俺はふと思い出し、ビールジョッキをテーブルに置く。
「そういえば、今日の午後に湖の底を調べてきたんですよ」
「湖底ですか?」
バンポーさんが興味深そうに顔を上げる。
「はい。ちょっと気になる場所がありまして」
俺は赤いランクルへ視線を向けた。
「ドラレコに映像が残っています。せっかくですし、ご覧になりますか?」
「ん」
マオが小さくうなずく。
バンポーさんも赤いランクルへ目を向けた。
俺は赤いランクルへ歩み寄ると、運転席に乗り込み、ナビ画面を操作する。
「今日の湖底探索っと……」
目的の映像を選択し、再生ボタンを押した。
次の瞬間――
白いランクルの横腹に、巨大な映像が鮮明に映し出される。
「……!」
マオの赤い瞳が少しだけ大きくなった。
バンポーさんも椅子から立ち上がる。
「こ、これは……!」
湖面。
そして、ゆっくりと水中へ潜っていく景色。
魚の群れが目の前を横切り、ゆれる水草まで鮮明に映し出されていた。
しかも――
景色が動いている。
「絵が……動いております……」
バンポーさんは目を見開いたままつぶやく。
マオも映像から目を離さない。
「すごい……」
俺は思わず苦笑した。
「これは神様の技術だな。元の世界にも動画はありましたけど、ここまでの性能じゃありませんでした」
良太も肩をすくめる。
「神様が魔改造してくれたドラレコですから」
映像はそのまま湖底へ進んでいく。
やがて、巨大な石造りの遺構が姿を現した。
静かな湖底に眠る古代遺跡。
崩れた石柱。
巨大な門。
水草に覆われた石畳。
いつしか、俺たちは言葉を失ったまま映像を見つめていた。
「これは……」
バンポーさんが息をのむ。
「私も初めて目にする遺跡です」
映像はさらに奥へ進んでいく。
石畳の先に広がる中央広場。
噴水跡を囲むように並ぶ幾本もの石柱。
その奥に立つ巨大な守護像。
さらに先には、ひときわ大きな建造物の影も映っていた。
長い年月を経た今も、その姿には静かな威厳が残っている。
「こんな場所が、あの湖の底にあったなんて……」
良太が小さくつぶやく。
バンポーさんは腕を組み、真剣な表情で映像を見つめていた。
「少なくとも、私の知る限りでは、このような遺跡の記録はございません」
「魔王国にもないんですか?」
「ええ」
バンポーさんは静かに首を横に振る。
「私が目を通した文献にも、残されておりませんでした」
そのときだった。
「おもしろい」
マオが短く言う。
赤い瞳は、映像に釘づけになっていた。
「行ってみる」
俺は苦笑しながらうなずく。
「俺も案内したいのは山々だけど、今日はもう暗いからな」
「明日なら時間もありますし、一緒に行きませんか?」
良太がそう尋ねると、マオは迷うことなくうなずいた。
「ん」
「明日、行く」
静かな湖畔を心地よい夜風が吹き抜ける。
湖底に眠る古代遺跡。
明日は、マオたちと一緒に続きを調べることになりそうだ。




