第38話 ベヒーモス肉のハンバーグ
本日は二話投稿しています。
この前にも一話投稿していますので、まだお読みでない方は、そちらからお楽しみください!
夕日が湖面を茜色に染め始めるころ。
三台のランクルに囲まれた湖畔で、俺たちは夕食の支度を始めようとしていた。
「そういえば先輩」
ポップコーンをつまみながら、良太が【ネットショッピング】の画面を見つめた。
「レベルが上がったからでしょうか。カメラ用品だけじゃなくて、高級な食器なんかも買えるようになってますよ」
「へぇ」
俺も興味を引かれ、タブレットをのぞき込む。
画面には海外ブランドの食器や、美しいクリスタルグラスが次々と並んでいた。
「江戸切子もあります。それに……高級なクリスタルグラスまで」
「ずいぶん品揃えが増えたな」
「花瓶なんてどうです? テーブルに置いたらきれいだと思いますよ」
「それはいいな」
良太が江戸切子の花瓶を購入する。
透明な切子細工は、夕日に照らされるだけで宝石のようにきらめいていた。
すると、その様子を見ていたシルフが勢いよく飛び上がる。
風のような速さで近くの草地へ飛んでいくと、色とりどりの野花を一本ずつ摘み始めた。
白い小花。
淡い紫の花。
鮮やかな黄色の花。
長さの違う茎を器用に抱えながら戻ってくる。
その間に、ウンディーネは花瓶に透き通った水を満たしていた。
戻ってきたシルフは一本ずつ高さを合わせ、向きを変え、色合いのバランスを確かめながら丁寧に活けていく。
最後にウンディーネが水面を指先で優しくなでる。
すると、水の中で茎がふわりと自然な位置へ落ち着いた。
夕日を受けた江戸切子は虹色の光をテーブルに映し出し、花々をさらに鮮やかに見せている。
「きれいですね」
良太も花瓶に目を向けたまま、しばらく眺めている。
「ああ。花瓶一つでこんなに雰囲気が変わるんだな」
テーブルの上に小さな彩りが加わるだけで、いつもの湖畔がどこか高級レストランのテラス席のように感じられる。
良太は再びタブレットに目を落とした。
「海外ブランドのお皿もたくさんありますよ」
画面には、白磁に金の縁取りが施された高級皿や、美しい模様のスープ皿が並んでいた。
俺は少し考え、苦笑する。
「高級な皿が並んでいたら、割るのを気にして飯がうまくなくなりそうだな」
「たしかに」
「食器は、ある程度丈夫なもので十分だろ」
「ですね」
良太は丈夫そうな平皿やスープ皿、サラダボウルをいくつか選び、購入していく。
シンプルながら落ち着いた色合いで、料理を引き立ててくれそうな食器ばかりだった。
「俺たちが使うコップも丈夫なものでいいぞ」
「了解です」
「コーヒーカップは中が黒いものだと、インスタントをケチって薄く淹れても、ちゃんとコーヒーっぽくなるんだよな」
「なんですかその節約術は」
「中が黒いとドリップ式のコーヒーも五杯くらい淹れられるんだよ」
「それで思い出しました。昔、おもちを焼いたときも割れ目の中にだけ醤油を入れれば無駄にならないとか言ってましたよね」
「皿も汚れなくていいだろ」
そんな話をしながらも良太は実用的なグラスを揃えていく。
その様子を見ていて、ふと思いついた。
「でも、バンポーさんがまた来たら、いいクリスタルグラスを贈るのはありかもしれないな」
「それ、喜んでもらえそうですね」
「酒も好きそうだったしな」
良太がうなずく。
「じゃあ、そのときは一番褒めていたお酒も一緒に出しましょう」
「ああ。それがいい」
夕日に照らされた江戸切子の花瓶を眺めながら、俺も満足してうなずいた。
「さて」
俺はキャンピングチェアから立ち上がる。
「今日の夕飯は何にするか」
良太がすぐに笑顔を浮かべる。
「せっかくですし、ベヒーモスのお肉でハンバーグなんてどうでしょう?」
俺も自然と笑みがこぼれる。
「いいな」
「ステーキは食べましたし、挽き肉にしてもおいしいのか試してみたいです」
「決まりだ」
良太はさっそく【ネットショッピング】を開いた。
「じゃあまずは、ミンサーを買いますね」
ぽん。
銀色に輝く業務用ミンサーが、キッチンカーの調理台に姿を現した。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、始めようか」
俺は保存しておいたベヒーモスの肉塊を取り出す。
赤身と白い脂が美しい層を描く極上の肉だ。
「改めて見ると、本当にきれいなお肉ですね」
「ああ。ステーキも最高だったし、ハンバーグにしても絶対うまい」
俺は包丁を手に取り、肉をミンサーに入る大きさに切り分けていく。
「小指の先端を切らないでくださいね」
「そんなフリには乗らねーよ」
横では、良太が【ネットショッピング】で購入したハンバーグの料理本を開いていた。
「今日は先生役ですね」
「頼む」
「任せてください」
良太が最初のページを開く。
「まずは玉ねぎをみじん切りにして炒めるそうです」
すると、待っていましたと言わんばかりにシルフが包丁を受け取った。
トントントントントン――
小さな体とは思えないほど正確な包丁さばきで、玉ねぎを細かく刻んでいく。
ところが、半分ほど切ったところで手を止めた。
「ん?」
シルフは包丁を調理台に置くと、残った玉ねぎへ小さな手を向ける。
その周囲で風が渦を巻き――
シュパパパパッ――!
「おおっ?」
細い風の刃が何度も走り、残っていた玉ねぎが一気に細かなみじん切りに変わっていく。
「包丁よりそっちのほうが早いのか……」
俺がつぶやくと、シルフは満足そうに切り終えた玉ねぎを見下ろした。
「また一つ要領を覚えましたね」
「だな」
こうして見ると、シルフも料理をするたびに少しずつ要領を覚えているのがわかる。
その隣では、サラマンダーがすでにフライパンを温め始めている。
炎は強すぎず、弱すぎもしない。
フライパン全体が均一に熱されたところに、みじん切りになった玉ねぎを投入する。
ジュワッ――
甘い香りが立ち上る。
サラマンダーは炎の色をわずかに変えながら、火力を細かく調整していく。
立ち上る熱気や余分な湯気はシルフの風にさらわれ、甘く香ばしい匂いだけが調理スペースに心地よく残る。
「もう、この匂いだけでお腹が空きますね」
良太が笑う。
十分に甘みを引き出した玉ねぎは皿に移され、シルフの風でゆっくりと冷まされていく。
その間に俺は、切り分けた肉をミンサーに入れ始めた。
ゴリ……ゴリ……ゴリ……。
力強い音とともに、きめ細かな挽き肉が出口から次々と押し出されてくる。
「やっぱり文明の利器は便利ですね」
「包丁で叩くより、ずっと早いな」
挽き肉が大きなボウルに山のように積み上がっていく。
そこに炒めた玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵、塩、コショウ、そしてナツメグを加えた。
良太は料理本をめくりながらうなずく。
「ここからは、粘りが出るまでしっかりこねるみたいです」
「よし」
俺は袖をまくり、ボウルに両手を入れた。
押し込む。
返す。
また押し込む。
一定のリズムで何度もこねていく。
その横では、シルフが肉だねに柔らかな風を送り続けている。
「そんなことまでできるのか」
俺が感心していると、良太も本から目を離さずうなずく。
「脂が溶ける前に仕上げたほうが、肉汁を閉じ込められるみたいですね」
しばらくすると、肉だねにしっかりと粘りが出てきた。
「はい。そのくらいでいいみたいです」
良太はページをめくる。
「あ、次は成形です」
写真を指さしながら説明を続ける。
「丸くまとめたら、両手で軽く叩いて中の空気を抜くそうですよ」
「空気を抜くのか」
「焼いたときに割れにくくなるみたいです」
「なるほど」
俺は肉だねを手に取り、丸く形を整える。
そして――
パンッ。
パンッ。
両手の間で軽く打ちつけながら、中の余分な空気を丁寧に抜いていく。
「最後は真ん中を少し窪ませるみたいです」
料理本をのぞき込みながら、見本どおりに指先で中央を軽く押した。
「これでいいのか?」
良太は写真と見比べる。
「はい。見本とほとんど同じですよ」
シルフが柔らかな風で表面をそっとなでる。
すると表面は滑らかに整い、美しい楕円形のハンバーグができ上がった。
「おお……」
思わず声が漏れる。
「店で出てくるやつみたいだな」
同じ手順で次々と成形し、調理台の上に並べていく。
鉄板が十分に温まったところで、サラマンダーが小さくうなずく。
俺はそこに一つずつハンバーグを並べていく。
ジュゥゥゥゥ――
豪快な音とともに、表面に少しずつ焼き色がついていく。
焼けた肉の香りがシルフの風に乗り、調理スペースへふわりと広がる。
「これは……反則ですね」
良太が笑いながら鼻をひくつかせる。
「腹が減ってきた」
片面がしっかり焼けたところで、俺は一つずつ丁寧に裏返す。
こんがりと焼き上がった飴色の焼き目。
肉汁がじわりとにじみ出す。
ウンディーネが鉄板の空いた場所に少量の水を落とす。
俺はすぐに蓋を被せた。
立ち上った蒸気が中に満ち、ハンバーグはゆっくりとふっくら膨らんでいく。
やがてサラマンダーが小さくうなずいた。
焼き上がりの合図だった。
◇ ◇ ◇
焼き上がったハンバーグが、大皿に次々と盛りつけられていく。
その横には、新しく買った平皿に盛られた彩り豊かなサラダ。
香ばしく焼き色の付いたジャガイモとニンジン。
湯気を立てるコーンスープ。
そして炊きたての白いご飯。
テーブルの中央では、江戸切子の花瓶に活けられた野花が夕暮れの光を受け、美しく輝いていた。
「いい感じですね」
良太が満足そうにうなずく。
「ああ。食器が変わるだけで、ずいぶん雰囲気も変わるな」
俺がキャンピングチェアに腰を下ろした、そのときだった。
少し離れた場所に淡い魔法陣が広がる。
「来たか」
金色の光が静かに立ち上る。
「こんばんは」
「こんばんは」
現れたのは、マオとバンポーさんだった。
今日のマオは、白いタイトなブラウスに、グレーのサスペンダーつきバルーンスカートという格好をしている。
あたりに漂う香ばしい匂いに、マオが小さく鼻を動かす。
「いい匂い」
バンポーさんも目を細めた。
「これはまた、実に食欲をそそる香りですな」
「今日はベヒーモスのハンバーグを作ってみたんだ」
俺がそう答えると、良太も続けた。
「ステーキは食べましたけど、挽き肉にしたらどうなるのか気になりまして」
「ほう……」
バンポーさんは興味深そうに料理を眺める。
「肉を細かく挽き、一つにまとめ直した料理ですか」
「元の世界では定番料理なんです。ぜひ感想を聞かせてください」
そんな話をしている間に、マオはいつの間にかキャンピングチェアに座っていた。
「食べる」
つい笑ってしまう。
「ははっ。いただきますが先だな」
マオは少し首をかしげたあと、
「……いただきます」
と、小さくつぶやいた。
その姿に、俺も良太も笑みを浮かべる。
「それじゃあ」
俺は手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「ん」
「きゅっ!」
ナイフがハンバーグにゆっくりと入る。
すると抵抗らしい抵抗もなく、刃がすっと沈んでいった。
切り口から透き通った肉汁があふれ出す。
湯気とともに濃厚な肉の香りが一気に広がった。
「これは……」
バンポーさんが目を見開く。
マオは一口大に切り分け、そのまま口へ運んだ。
ゆっくりと味わったあと、小さくうなずく。
「おいしい」
短い一言だが、気に入ったのは十分に伝わってきた。
「きゅーーーーっ!」
バハは夢中になってハンバーグにかぶりつく。
頬をいっぱいに膨らませながら、しっぽをぶんぶんと振っている。
俺もハンバーグを一口頬張る。
「……柔らかいな」
驚くほどふんわりとした食感だ。
噛むたびに甘い肉汁が口いっぱいに広がり、ベヒーモス特有の濃厚な旨味があとから押し寄せてくる。
「これはすごいな」
「こんなに柔らかいのに、肉の旨味が全然負けてませんね」
良太も目を丸くした。
バンポーさんもゆっくりとうなずく。
「肉汁が実に上品ですな。噛むほどに旨味があふれ、いつまでも口の中に余韻が残ります」
「ベヒーモスはステーキも最高でしたけど、ハンバーグも負けてませんね」
「いや、これは甲乙つけがたいな」
俺も満足してうなずく。
ふと横を見ると、マオが空になった皿をこちらへ差し出していた。
「おかわり」
良太が思わず吹き出す。
「気に入ってもらえたみたいですね」
「みたいだな」
俺は笑いながら、焼きたてのハンバーグをマオの皿に載せる。
夕暮れの湖畔では、今日も穏やかな食事の時間がゆっくりと過ぎていった。
あとがき
白いタイトなブラウスに、グレーのサスペンダーつきバルーンスカートのマオが、ハンバーグを食べているところのイラストをカクヨムの近況ノートに投稿しました。
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051606844679850
※作中のマオは十歳ほどの見た目ですが、イラストのモデルは【認識改変】でハイエルフになったマオなので、目の色や耳の形が違います。




