第36話 湖底遺跡の調査
本日は、二話投稿しています。
この前にも一話投稿していますので、まだお読みでない方はそちらからお楽しみください。
「いよいよ遺跡調査ですね」
「ああ」
「まず赤いランクルに【ハウジング】を付与して、それから【車両入れ替え】を使います」
「すると、湖底に置いてあるグレーの105と位置が入れ替わるわけだな」
「はい。僕たちは赤いランクルに乗ったまま、一瞬で湖底へ行けます。代わりに105が湖畔へ戻ってきます」
「帰りは逆だな」
「はい。もう一度【車両入れ替え】を使えば、赤いランクルが湖畔へ戻ってきます」
「便利だな」
俺はうなずいた。
「行きも帰りも一瞬か。まさに転移魔法だ」
「しかも車ごとですからね。荷物を運ぶ必要もありません」
「これなら、水中だろうが山奥だろうが関係ないな」
「はい。ただ……」
良太は少しだけ表情を引き締めた。
「昨日も言いましたけど、あの湖にはSランクのタキタロウがいました。同じような魔物が、まだいる可能性もあります」
「ああ。油断だけは禁物だな」
俺たちは互いにうなずき合った。
いよいよ、湖底に眠る古代遺跡の調査が始まる。
◇ ◇ ◇
俺たちは赤いランクルに乗り込んだ。
俺は車体に手を添える。
「【ハウジング】」
淡い光が車体を一瞬だけ包み込み、すぐに消えた。
「よし」
俺は軽くうなずき、ハンドルを握る。
「湖底遺跡か……」
「いよいよですね」
良太もシートベルトを締め直した。
「昨日はドラレコ越しに見ただけでしたけど、今日は実際に中を調べられます」
「ああ。【鑑定】の実験も無駄じゃなかったな」
「はい。現地でしかわからないことを、しっかり見てきましょう」
「準備はいいか?」
「いつでも」
俺はうなずいた。
「それじゃあ、行くぞ」
「はい」
俺は新たに授かったスキル――【車両入れ替え】を発動した。
――その瞬間。
ゆれはない。
衝撃もない。
ハンドルを握る俺も、助手席の良太も、後部座席にいるバハも、そのままだ。
ただ一つ――
窓の外の景色だけが、一瞬で入れ替わった。
森と湖は消え去り、代わりに青く澄んだ水中世界が広がる。
白い砂地。
ゆらゆらとゆれる水草。
神のヘッドライトに照らされた石畳。
まるで最初からそこへ停まっていたかのように、赤いランクルは湖底に静かに佇んでいた。
「……」
俺たちは思わず息をのむ。
「本当に、一瞬でしたね」
「ああ」
俺は窓の外へ目を向けたまま、小さく笑う。
「転移したっていうより、世界のほうが入れ替わったみたいだ」
「まさに、そんな感じですね」
静かな湖底には、音のない水中世界が広がっている。
フロントガラスの向こうには、古代王都の一角が静かにその姿を横たえていた。
石畳は闇の奥へまっすぐと伸び、その先には崩れた建物や石柱がぼんやりと浮かび上がっている。
「それじゃあ……」
良太はゆっくりと息を吸い込む。
「本物の【鑑定】、始めますか」
「ああ」
良太は助手席の窓越しに、門柱のようにも見える巨大な石柱へ視線を向けた。
数千年前に造られたとは思えないほど、その表面には精巧な彫刻が刻まれている。
ドラレコ越しではぼんやりとしか見えなかった細かな模様まで、今ははっきりと確認できた。
「いきます……【鑑定】」
良太が静かにスキルを発動する。
その瞬間、石柱の周囲に淡い光が浮かび上がった。
「おっ……」
良太がわずかに目を見開く。
「どうだ?」
「出ました。やっぱり現地で直接観察すると発動します」
「何て書いてある?」
良太は表示された内容を読み上げる。
「名称――『オルフェンデール王国・第一外郭門』」
「外郭門?」
「はい。建立はおよそ四千八百年前。用途は『王都防衛施設』です」
「王都防衛施設か」
「状態も『保存状態・良好』って出ています。四千八百年前の建造物とは思えませんね」
「たしかにな」
良太は石柱を見つめたまま、小さく息を吐く。
「ここからですね」
良太はさらに石柱に意識を集中させる。
「……!」
「どうした?」
「追加で情報が出てきました……建築様式は『オルフェンデール王国前期様式』。王都を守る第一防衛線として建設されたそうです」
「なるほど」
「材質は『白蒼花崗岩』。魔力を通しにくく、風化にも非常に強い石材みたいですね」
「だから今でも形が残っているのか」
「みたいです」
良太はそのまま【鑑定】を続けていたが、やがて眉を寄せた。
「……あ」
「どうした?」
「この先も表示されているんですが……読めません」
良太は目を細める。
「建立した人物や、建設された経緯らしき項目はあるんです。でも、文字がぼやけていて内容まではわかりません」
「全部わかるわけじゃないんだな」
「みたいですね。まだ僕の【鑑定】では、このくらいが限界みたいです」
良太は苦笑しながら肩をすくめた。
「でも、十分ですよ」
良太は助手席の窓から石畳の奥を見つめる。
「少なくとも、この先に大きな町……いえ、王都があったことだけは間違いなさそうです」
俺も静かにうなずく。
神のヘッドライトが照らす石畳は、なおも遺跡の奥へと真っすぐ続いていた。
その先には、四千八百年前に造られた王都の街並みが静かに眠っている。
「次は、この道を調べてみます」
良太は石柱から視線を移し、ランクルの前方へまっすぐ伸びる石畳に意識を向けた。
「【鑑定】」
淡い光が石畳を包み込む。
「どうだ?」
「名称は――『王都中央街道』です」
「街道か」
「はい。王都を東西に通っていた主要街道みたいですね」
「やっぱり王都だったんだな」
俺はフロントガラスの向こうを見つめる。
石畳は見渡す限り続き、その両脇には崩れた建物や石柱が点在していた。
ところどころには広場のような開けた場所も見える。
良太はさらに意識を集中させる。
「……こっちはあまり増えませんね」
「そうなのか?」
「道幅や建設時期、それに王都を通る主要な幹線道路だったことくらいです」
「全部わかるわけじゃないんだな」
「はい。【鑑定】も何でも教えてくれるわけじゃありません」
良太は石畳の先へ目を向けた。
「これだけ建物が残っていますからね。名前や用途はわかっても、それだけで歴史や当時の暮らしまで見えてくるわけじゃありません」
「なるほどな」
俺も周囲を見回す。
石造りの建物はどれも入口が狭く、ランクルが入れるような造りではない。
「建物の中も気になるな」
「ええ。中へ入って調べれば、新しくわかることもありそうです」
「全部を調べるのは骨が折れそうだ」
「はい。でも急ぐ必要はありません」
良太は笑みを浮かべる。
「旅を続けながら、少しずつ調べていけばいいんです」
俺もうなずいた。
「一度で全部わかるより、そのほうが面白そうだな」
顔を見合わせ、俺と良太は小さく笑った。
まだ、俺たちはこの遺跡のほんの入口に立っただけ。
石畳はなおも遺跡の奥へと続いている。
ここには、まだ知らないものがいくらでも眠っていそうだ。
◇ ◇ ◇
「少し進んでみるか」
「はい」
俺は赤いランクルをゆっくりと発進させた。
タイヤは四千八百年前に造られた石畳を静かに踏みしめていく。
舗装はところどころ崩れているものの、驚くほど原形を保っていた。
「これだけ年月が経っているのに、道として機能しているんですね」
「昔の職人は大したもんだな」
道幅は広く、およそ二台の馬車が余裕を持ってすれ違えそうだ。
左右には石造りの建物が整然と並び、その多くは屋根こそ崩れ落ちているものの、壁だけは今なお残っていた。
「区画まできれいに残っていますね」
「ああ。計画的に造られた町だったんだろうな」
ランクルは時速十キロほどでゆっくりと進む。
急ぐ必要はない。
四千八百年前に造られた街並みを、一つひとつ目に焼き付けるように。
「先輩、あそこ」
良太が前方を指さす。
石畳の先が大きく開け、広場のような空間が姿を現した。
中央には噴水らしき円形の石造りがあり、その周囲を囲むように何本もの石柱が並んでいる。
さらに奥には、高さ五メートルほどもある石像が、今なお王都を見守るように立っていた。
「広場か」
「みたいですね」
俺はランクルをゆっくりと広場に乗り入れる。
神のヘッドライトが辺りを照らすと、水草に覆われた石像の全貌が少しずつ浮かび上がった。
長い剣を大地に突き立て、正面を真っすぐ見据える一人の人物。
王なのか。
英雄なのか。
それとも、この国を築いた誰かなのか。
「まずは、あの石像から調べてみましょう」
良太は静かに息を整え、その石像に視線を向けた。
「【鑑定】」
再び淡い光が石像を包み込む。
数秒後、良太がゆっくりと口を開いた。
「名称――『王都中央広場・守護像』です」
「守護像?」
「はい。王都中央広場に建てられた記念碑の一つみたいです」
「王様じゃないのか」
「そこまでは書いてありませんね」
良太は表示された情報を読み進める。
「建立は約四千七百九十年前。材質は『白蒼花崗岩』です」
「ここでも、その石材が使われているのか」
良太は石像へさらに意識を集中させた。
「……追加で出ました」
「何て書いてある?」
「建立目的は……『王都の象徴』としか出ていません」
「王都の象徴か」
「はい。それから、この像は王都中央広場の中心に建立されたとあります」
「なるほど」
「『白蒼花崗岩』は、とても耐久性の高い石材みたいです」
「だから四千八百年も形を保っているのか」
「少なくとも普通の石ではなさそうですね」
良太はさらに【鑑定】を続けていたが、やがて目を細めた。
「また、ぼやけていますね」
「まだ続きがあるのか?」
「はい。誰を模した像なのか、建立を命じた人物、それに当時の出来事らしい項目もあるんですが……そこから先は読めません」
「なるほどな」
俺は石像を見上げる。
長い年月を経たとは思えないほど、その姿には威厳が残っていた。
もし当時、この像がこの広場に立っていたなら、多くの人々が見上げていたのだろう。
「また謎が増えたな」
「一つわかると、一つ気になることが増えますね」
「探索ってのは、そういうもんか」
「ですね」
俺も笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
ランクルは再びゆっくりと走り始める。
広場を抜けると、街道はさらに遺跡の奥へ向かって真っすぐ続いていた。
左右には石造りの建物が規則正しく並び、その先にはひときわ大きな建造物の影がぼんやりと見えている。
「あれは……」
良太が目を細める。
「先輩、あの建物だけ大きさが違います」
「ああ」
俺も視線を向けた。
遠目にもわかるほど堂々とした造り。
王城なのか。
神殿なのか。
それとも、この王都で最も重要な施設なのか。
この距離からでは、まだ判別できない。
「気になりますね」
「ああ。でも今日はここまでにしておこう」
俺は小さく笑った。
「続きを楽しみにできるのも、旅の醍醐味だからな」
良太もうなずく。
「【車両入れ替え】がありますし、またすぐ来られますからね」
「そういうことだ」
俺は後部座席で窓の外を眺めているバハへ目を向けた。
「バハも初めての水の中だからな。時間を空けて、また来よう」
「きゅ?」
バハは首をかしげる。
俺は優しく笑った。
「湖畔に戻って遊ぶか」
「きゅー!」
バハが嬉しそうにひと鳴きする。
「それじゃ、一度戻りますか」
「そうしよう」
俺は【車両入れ替え】を発動した。
――その瞬間。
何の揺れも、衝撃もない。
ただ、窓の外だけが一瞬で入れ替わる。
青くゆらめいていた水中世界は消え去り、代わりに湖畔の丘と、どこまでも広がる青空が現れた。
「何度見ても、不思議な能力ですね」
「そうだな」
俺は苦笑する。
「本当に、世界のほうが入れ替わったみたいだ」
俺たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
湖底に眠る古代遺跡。
今日見られたのは、そのほんの一部に過ぎない。
次はどんな景色が待っているのか。
そんな期待を胸に、俺たちは再び穏やかな湖を見渡した。




