第34話 9日目 転移魔法?で湖の底へ
翌日も、俺たちは遠隔まとめ狩りを繰り返した。
大草原を巡るランクルからは、何度も【H○T LIMIT】が流れ、精霊たちが次々と魔物を一掃していく。
経験値は確実に増え、レベルも順調に上がっていった。
だが――
レベル80を超えたあたりから、Next経験値が増えたうえに、狩り場も枯れ気味になり、レベルが上がりにくくなってきた。
俺たちのレベルは、現在85。次のレベルまでのNext経験値は200万を超えている。
「いったん、ここまでですかね。また新しい称号を得て、基本獲得経験値が上がったりしたら、大草原で狩るのもいいかもしれません」
「そうだな。十分に稼げただろう」
「レベル80を超えたことで、また新たなスキルを授かりましたよ。先輩は【車両入れ替え】で、僕は【鑑定】です!」
「鑑定は今までにもあっただろ。買取査定の情報欄を読む形で」
「そうなんですが、今回は正式な【鑑定】スキルなので、知りたい情報をもっと詳しく調べることができます。今までの【買取査定】でも名前や説明は見られました。でも【鑑定】は、その中の一つを選んで、さらに詳しく調べられるみたいです」
「たとえば、どんなことができるんだ?」
「そうですね。たとえば僕を鑑定すると、まず名前や年齢なんかが表示されます。そこから『名前』をさらに鑑定すると、生い立ちや両親の名前までわかるみたいです」
「へぇ」
「さらに父の項目にフォーカスすると……」
良太はしばらく画面を見つめる。
「あれ? ここから先はぼやけてますね」
「全部見られるわけじゃないんだな」
「そうみたいです。使い込めば見られるようになるのか、それとも別の条件があるのか……そこはまだわかりません」
「なるほどな。使い方によっては、かなり強力なスキルのようだ」
「そうなんです。先輩の【車両入れ替え】もすごいですよ」
「お? どんなやつだ?」
「所有している車両同士の位置を入れ替えるスキルですね」
「ん?」
良太がにやりと笑う。
「先輩! これがあれば、【自動操縦】で遠くまで走らせた車両と入れ替えて、その場所に瞬時に行けるじゃないですか! 転移魔法のように使うこともできるってことです」
「ほお! それは便利だな。じゃあ、安い車を買って、あちこちに走らせておけば……」
「先輩、安い車だと、目的地に着く前に魔物にベコベコにされるか、段差で動けなくなって終わりじゃないですか?」
「そりゃそうか。魔物が相手じゃ普通の車はもたないな」
「でも、この能力はいろいろ応用できそうです。たとえば、休憩中も魔改造車を一台走らせておけば、僕たちが休んでいる間も移動を続けられますし」
「それはすごいな。何もなければ一日千キロくらい進めるかもしれないな」
「あとは……」
良太は腕を組み、ぶつぶつとつぶやき始めた。
「敵の戦力がわからない相手でも、一台を安全な場所に待機させておけば、緊急時には必ず脱出できます。無謀な挑戦じゃなく、安全に威力偵察ができるようになるってことですね」
「それは大きいな」
「それに、この湖畔に一台置いて森を探索して、帰りは【車両入れ替え】で一瞬。翌日は森に残した車両と入れ替えて、その続きから探索もできます」
良太は次々と使い道を挙げながら、小さくうなずいていた。
「なるほどな」
俺は湖に視線を向ける。
「それなら前に手に入れた【ハウジング】と組み合わせて、まずは湖の底を調べてみるか。安全を確認できたら【車両入れ替え】で俺たちも向かえばいい」
◇ ◇ ◇
俺は遠隔操作でグレーのランクル105を湖岸に停める。
「まずは準備だな」
「あっ、説明書にも書いてあります。水中に入る前に【ハウジング】を起動してください、と」
「よし」
俺は【ハウジング】を発動する。
《【ハウジング】を展開します》
《水中用結界を形成》
《エンジンルーム内、酸素供給開始》
《キャビン内、酸素循環開始》
《水中活動モードへ移行しました》
車体全体が淡い光に包まれる。
しかし、それも一瞬だけ。
光が消えると、外見は何一つ変わらない。
「これで準備完了みたいですね」
「ああ」
俺は遠隔操作でトランスファーをL4(四輪駆動・ロー)に切り替える。
続いて、シフトも一速に入れる。
「湖底の様子も分からないしな。ゆっくり行こう」
「そのほうが安心ですね」
105は静かに走り始めた。
砂利を踏むタイヤが、小さく音を立てる。
ざりっ……ざりっ……。
ゆるやかな湖岸をゆっくりと下っていく。
前輪が静かに水面に触れた。
波紋が幾重にも広がる。
そのまま速度を変えることなく前進。
タイヤは水際の地面をしっかりと捉え、四輪で踏みしめるように、水中に入っていく。
バンパー、グリルと順に沈み、ボンネットもゆっくりと青い水に包まれていく。
だが、エンジンの回転は乱れることなく安定したままだ。
《エンジン出力、正常》
《結界圧力、正常》
《車内環境、正常》
やがて水位はフロントガラスを越え、ルーフまで達する。
グレーのランクル105は、水面に小さな波紋だけを残し、静かに湖の底へ姿を消した。
「……本当に潜ったな」
思わず感心の声が漏れる。
「ドラレコ映像も問題ありませんね」
ドラレコ映像の上方には、水面がゆらめいている。
グレーのランクル105は、その下を静かに湖底へと下っていく。
透明度の高い湖水のおかげで、まだ太陽の光は十分に届いていた。
白い砂地。
ゆらゆらとゆれる水草。
その間を、小魚の群れが銀色の鱗をきらめかせながら泳いでいく。
《水深 三・二メートル》
《車内環境、正常》
《結界圧力、正常》
「すごい透明度ですね」
「ああ。水中とは思えないな」
105はなおも緩やかな斜面をゆっくりと下っていく。
水深が増すにつれ、周囲は少しずつ青みを帯び始めた。
「先輩、ヘッドライトを点けてみましょう」
「ああ」
俺は遠隔操作でスイッチを入れる。
次の瞬間――
神のヘッドライトが静かに灯った。
昼間の太陽をそのまま閉じ込めたような純白の光が湖底を照らし出す。
白い砂地はもちろん、岩肌の凹凸や水草の葉脈までも鮮明に浮かび上がった。
《ヘッドライト、起動》
《周辺照度、正常》
《前方視界、良好》
突然の光に驚いた魚の群れが、一斉に左右に散っていく。
銀色の鱗が光を反射し、水中いっぱいに無数のきらめきを残した。
「これは……本当に昼間みたいですね」
「夜のアンデッド相手にも効くくらいだからな。水の中でもよく見える」
グレーのランクル105は、四輪で湖底をしっかりと捉えながら、未知の水中世界に向かってゆっくりと進んでいった。
湖底は思っていた以上に穏やかだった。
どこまでも続く白い砂地。
ところどころに大きな岩が転がり、その周囲では色鮮やかな水草がゆれている。
小魚の群れはもちろん、ときおり一メートル近い大魚が悠々と横切っていくが、どれも105には興味を示さず、そのまま深みへ泳ぎ去っていった。
まるで巨大な水族館の中を走っているような、不思議な光景だった。
「水の中を車で走る日が来るなんて、思いもしませんでした」
「俺もだ。こうして見ると、湖の底もちゃんと一つの世界なんだな」
「きれいですね……」
良太も思わず見入っている。
だが、すぐに表情を引き締める。
「先輩、この湖にはSランクのタキタロウがいたんです。湖底にも何が潜んでいるかわかりません。速度はこのままで、慎重に行きましょう」
「ああ。急ぐ理由もないしな」
俺は速度を抑えたまま、周囲を警戒しながら105を進ませる。
レーダーにも今のところ赤い点は映っていない。
静かな湖底を、ゆっくりと進んでいく。
◇ ◇ ◇
しばらく進むと、湖岸はすっかり見えなくなっていた。
見上げても、水面はゆらめく青い光となって遠くにあるだけ。
周囲を包むのは、水の流れるかすかな音と、ヘッドライトが切り取る青い闇だけだった。
そのときだった――
「……先輩」
良太の声が少し低くなる。
「どうした?」
「前方です。ライトの先、何かあります」
俺は映像に目を凝らす。
最初は大きな岩だと思った。
だが、近づくにつれ、違和感は強くなっていく。
「……直線?」
自然の岩ではあり得ないほど、輪郭が真っすぐだった。
さらに車を近づける。
ヘッドライトの光が泥を照らし、その輪郭を浮かび上がらせていく。
「石……積み?」
巨大な石が、一定の幅で何段にも積み重ねられている。
その横には、泥に半ば埋もれた石畳。
さらに奥には、円柱状の石柱が等間隔に並んでいる。
「これは……」
思わず息をのむ。
「人工物ですね」
良太が小さくうなずく。
「間違いありません。人の手で造られたものです」
ランクル105はさらに速度を落とし、古びた石造建築の脇をゆっくりと進んでいく。
崩れ落ちた壁。
水草に覆われた石段。
長い年月、湖底で眠り続けた建造物が、ヘッドライトの光を浴びて少しずつその姿を現していく。
「……湖の底に、こんなものが眠っていたのか」
俺たちは言葉を失ったまま、ドラレコの映像を見つめ続けていた。
グレーのランクル105は速度をさらに落とし、石畳の上をゆっくりと進んでいく。
ヘッドライトが照らす先には、次々と石造りの遺構が姿を現した。
途中で折れた石柱。
泥に半ば埋もれた石段。
そして、水草に覆われながらも、その形を残す大きな門。
「ここ……思っていたより広そうですね」
「ああ。これだけじゃないみたいだな」
ゆっくりと前進するたび、光の届く範囲が広がっていく。
石畳はそこで終わらず、さらに奥へと真っすぐ伸びていた。
道の両脇には、崩れた建物らしき土台がいくつも並んでいる。
「まるで町みたいですね……」
「そうかもしれないな」
俺も、その光景に見入ってしまう。
これほど大規模な建造物群が、長い年月、人知れず湖底に眠っていたとは、想像もしていなかった。
そのときだった。
「先輩、少し止めてください」
良太が真剣な表情でタブレットを操作する。
「どうした?」
「せっかく【鑑定】を手に入れたんです。一度、この遺跡を調べてみましょう」
良太がドラレコに映る石畳に視線を向ける。
「【鑑定】」
しかし――何も起こらない。
「……あれ?」
「どうした?」
良太は首をかしげた。
「【鑑定】は対象を直接視認して発動するみたいです。ドラレコの映像越しじゃ使えません」
「直接見ていないとダメなのか」
「みたいですね」
良太は少し考える。
「……あっ、でも」
「ん?」
「【遠隔買取査定】ならどうでしょう」
良太はドラレコに映る石畳を対象として、スキルを発動する。
「【遠隔買取査定】」
良太は表示された情報に目を走らせる。
「古代王都跡……推定年代は約四千八百年前。買取対象外と出ています」
「王都跡? しかも四千八百年前って、とんでもなく古いな……」
良太は表示をしばらく眺めた。
「……これだけですね」
「詳しいことはわからんか」
「やっぱり【遠隔買取査定】は名前や価値といった大まかな情報だけみたいです。詳しく調べるなら、直接行って【鑑定】するしかありません」
「なるほどな」
俺はドラレコに映る石畳を見つめる。
「じゃあ、ここから先は実際に行くしかないってことか」
「そうみたいです。逆に言えば、そのための【車両入れ替え】なんでしょうね」
俺たちは顔を見合わせる。
昨日までなら、【自動操縦】と【ハウジング】で水中を探索できても、俺たち自身がそこへすぐに向かうことはできなかった。
だが今は違う。
湖底には【ハウジング】を備えたグレーのランクル105。
そして、そこに一瞬で移動できる【車両入れ替え】がある。
「……続きは、また後でだな」
「あまり焦ると、ろくなことになりませんからね」
「ああ。まずは昼飯を食ってから行こう」
ヘッドライトに照らされた石畳は、その先を深い闇へと伸ばしていた。
湖底へ沈んだ古代遺跡。
その全貌は、まだ俺たちにもわからない。




