第32話 遠隔まとめ狩りで経験値稼ぎ
湖の北側へ流れ込む川へ到着した。
前回のドライブと合わせれば、これで琵琶湖ほどもあるラズライト湖をぐるりと一周したことになる。
広い場所を見つけると、三台のランクルをいつものようにコの字に配置し、キッチンカーのガルウィングとスライド式テーブルを展開する。
もう何度も繰り返してきた慣れた作業だ。
「さて、もう夕方だし、飯の準備でもしながら明日からどうするか決めるかね」
「それについては提案があるんですけど、その前に簡単な実験もしたいので、まずはそれから」
「……実験?」
「いや、大したことじゃないんですけど、ウンディーネの魔力水って、毒素は浄化してくれるじゃないですか。劣化や酸化まで防げるのかなと思いまして」
「……ほう?」
「むいたリンゴと桃を魔力水に漬けたものと、そのまま置いたものを比べてみません? 一時間もあれば違いが出ると思います」
「そうだな。聞いたら気になってきた。やってみようか。昔は塩水に漬けたりしたもんだけどな」
「そうです。レモン水に漬けるなんて方法もありますよね。じゃあ、【ネットショッピング】でリンゴと桃を買いますね。……実験用もあるので、多めに買っておきます」
良太は【ネットショッピング】を開き、リンゴと桃を注文する。
「シルフさん、このリンゴと桃をむいちゃってください。芯や種も取ってくださいね」
シルフの光球がリンゴと桃をふわりと宙に浮かせ、小さな真空刃で器用に皮をむいていく。
「ウンディーネさんは、大きめのボウルに水を張ってください。むけたフルーツの半分は一度その水にくぐらせてから、別のお皿に並べてくださいね」
精霊たちの手によって、作業はみるみる進んでいく。
その手際のいい作業を、バハは目を輝かせながら見守っていた。
「きゅ~」
「バハちゃんは、こっちのお皿ね。実験用は食べちゃダメですよ」
「きゅ~!」
良太は食べてもいい分だけ皿に取り分け、テーブルの端に置く。
バハは嬉しそうに飛んでいき、さっそく果物を頬張り始めた。
「夕飯の献立はどうしましょうか」
「凝ったものじゃなくて、定番のメシが食いたいな。それこそ、この前お前が言ってたカレーでもいいぞ」
「カレーもいいですね。ただ、精霊さんに調理してもらっているあいだに、先輩と今後の作戦を立てたいので、指示が簡単なものにしましょう」
「じゃあ、焼きそばにするか。あれなら簡単だ。キャベツと豚肉を炒めて、麺を加えて、ソースを絡めれば完成だからな」
「じゃあ、それでいきましょう。紅ショウガと青のりも買っておきます」
良太は【ネットショッピング】を開き、必要な材料を次々と購入していく。
「では、精霊さん。豚肉とキャベツを炒めて、お肉に火が通ったら麺を加えてください。最後に、このソースを絡めれば完成です」
精霊たちは嬉しそうに光を瞬かせると、食材をふわりと宙に浮かせ、一斉に調理を始めた。
「いつ見ても手際がいい精霊たちだ……」
「本当に助かりますよね。僕たちは指示を出すだけで、毎日できたての料理が食べられるんですから」
「で、良太、何か作戦があるのか」
「はい。この先、森へ入るにしても川をさかのぼるにしても、大草原みたいな開けた場所は減っていきますよね」
「まあ、そうだろうな。キャンプ地くらいならシルフに草を刈ってもらえば何とかなるが」
「なので、その前に大草原で、この前話した【自動操縦】を使ったまとめ狩りをしておきたいんです」
「そういえば、そんな話をしていたな。どうやるんだ?」
「まず、【自動操縦】で車両を魔物の多そうな場所まで走らせます。そこで【挑発モード(エキゾースト・ハウリング)】を使って敵を集めながら走り回るんです」
「ふむ」
「十分集まったら【H〇T LIMIT】を流して、音楽好きの精霊さんたちの力を引き出してから、トールやグラビトンたちの範囲攻撃で一気に倒してもらいます」
「それで一網打尽ってわけか」
「はい。ただ、連続でやるとバッテリーや精霊さんたちの負担になるかもしれません。なので一回終わったら戻して、別の車両を投入します」
「交代制か」
「そうです。離れた場所で待機させておいた二台目を向かわせて、また同じことを繰り返します」
「なるほどな」
俺は腕を組んでうなずいた。
「大草原の入口あたりに待機させておけばいいのか」
「はい。ほかの車両は【H〇T LIMIT】が聞こえない場所で待機です。拠点の車も減らしたくないので、最初は赤いランクルとグレーの105だけで試してみましょう」
「キッチンカーとトゥループキャリアはここに残すわけだな」
「それでうまく回るようなら、あと数台増やしてもいいと思います」
「よし、じゃあ、さっそく向かわせてみよう。ここから離れれば、湖の周辺でやってもいいんだろ?」
「そうですね。騒々しくなってバハちゃんが興奮してもよくないので、ここからはかなり離れたほうがよさそうです」
「なるほどな。じゃあ、まず二台を大草原方面へ向かわせよう。ちょうどそこの川も渡河できそうなくらいの水深だしな」
「はい、ではお願いします。焼きそばもいい感じになってきましたね」
俺は【車両召喚】でグレーのランクル105も出し、【自動操縦】で二台を発進させる。
良太が焼きそばを皿に取り分け、俺たちは湯気の立つソース焼きそばに箸を伸ばした。
「やっぱり定番は落ち着きますね」
「たまにはこういうのでいいんだよ」
俺たちは食事をしながら、【ネットショッピング】のタブレットに映し出された映像に目を向ける。
画面の中では、赤いランクルとグレーのランクル105が湖畔を時計回りに南下していた。
夕日に照らされた湖面を右手に眺めながら、二台は静かに東側の大草原を目指して走っている。
「まだ掛かりますね」
「ああ。ここから大草原まで、時速五十キロで二時間くらいかかる」
良太は焼きそばを頬張りながら、タブレットに視線を戻した。
「……それにしても、ちょっと画面が小さいですね」
「たしかにな」
二人でのぞき込むには少々窮屈だ。
「キッチンカーのドラレコって、映像を投影できたりしないんですかね?」
「説明書には、たしか『重ねて表示できる』とか書いてあったな」
「ちょっと試してみます。その前に、先輩。二号車――トゥループキャリアをこちらへ出し直してください。白いボディがスクリーン代わりに使えそうです」
俺は白いランクルを一度【格納】し、【車両召喚】でテーブルの正面に配置し直した。
その背後には、キッチンカーが停まっている。
ちょうどテーブルと椅子を挟むように、正面には白いトゥループキャリア、背後にはキッチンカーという配置だ。
良太は車両の配置を確認すると、ドラレコの設定を操作していく。
すると、背後のキッチンカーから、正面に停めた白いトゥループキャリアのボディに一筋の光が伸びた。
次の瞬間――
白いボディいっぱいに、赤いランクルから送られてきた映像が鮮明に映し出される。
「おおっ!」
思わず俺たちの声が重なった。
夕暮れの湖畔を走る赤いショート。
少し後方には、グレーのランクル105。
夕日に輝く湖面を横目に、二台のランクルがゆったりと時計回りに走っていく。
「……いいな」
俺は思わず頬をゆるめた。
「何がです?」
「いや、この景色だよ」
俺はスクリーンを見つめたまま、小さく笑う。
「夕暮れの湖畔を、ランクルが二台並んで走っている。しかも俺が運転しなくても、自分たちでちゃんと隊列を組んでな」
どちらも神様が創り上げた特別なランクル。
異世界の雄大な景色の中を、静かに走るその光景は、まるで一枚のポスターのようだった。
「車好きには、たまらない景色だ」
良太もスクリーンを見つめ、小さくうなずく。
「たしかに、なんだか見ているだけで旅に出たくなりますね」
車内からの映像だけでなく、後方や上空など、好きな視点に切り替えられる。
「これは見やすいですね」
「暗くなってきたから、ちょうどいいな」
良太は映像を二画面表示へ切り替えた。
左には赤いショート。
右にはグレーの105。
二つの画面には、少し距離を空けて湖畔を走る二台の様子が、それぞれ映し出されている。
「これなら、二台同時でも問題なく監視できますね」
「ああ。コーヒーでも飲みながら待つとするか」
「きゅ~♪」
テーブルでは、バハがブドウを口いっぱいに頬張りながら、大きな映像を不思議そうに見つめていた。
大草原が近づいたところで、俺はグレーのランクルを赤いランクルから大きく離し、【H〇T LIMIT】が届かない場所で待機させる。
ここから先は、まず赤いランクル一台でまとめ狩りを行う。
◇ ◇ ◇
夜の草原を、赤いランクルが走る。
離れた場所では、グレーのランクルが次の出番を待っていた。
赤いランクルの運転席は無人。
ハンドルは見えない手に操られているかのように滑らかに動き、赤いランクルは大草原の奥へ進んでいく。
やがて、あたりがすっかり夜の帳に包まれたころ――
ドラレコ映像のレーダーに、小さな赤い点が一つ浮かび上がった。
少し進む。
二つ。
三つ。
五つ。
さらに前方には、点々と赤い反応が現れ始める。
「先輩、そろそろ来ましたよ」
良太がスクリーンを見上げながら言う。
俺はコーヒーを飲み込むと、静かにうなずいた。
「ああ。予定どおり、まずは赤いほうから始める」
【自動操縦】に意識を切り替える。
赤いランクルは進路をわずかに変え、魔物の反応が多い方角へ走り始めた。
草むらの陰から、一匹。
さらに二匹。
魔物たちが突然現れたランクルに気づき、そちらを振り返る。
「まずは集めるぞ」
俺は【自動操縦】でハンドル横のスイッチを操作する。
――カチッ。
直管マフラーに切り替わる。
次の瞬間――
バォォォォォンッ!!
草原へ響き渡る重低音。
【挑発モード】のエキゾーストサウンドが、静寂を一瞬で吹き飛ばした。
魔物たちが一斉に顔を上げる。
逃げる者はいない。
その音に引き寄せられ、魔物たちは四方八方から赤いランクルめがけて走り出した。
「いいですね。どんどん集まってきます」
良太はスクリーンに映るレーダーを見ながらうなずく。
赤い点は少しずつ増えていく。
「まだだ……もう少し引っ張る」
赤いランクルの速度を一定に保ったまま、大草原を大きく旋回させる。
その後ろでは、魔物の群れが土煙を巻き上げながら長い列を作っていた。
「きゅ~?」
バハは大きな映像を見上げ、不思議そうに首をかしげる。
テーブルでは、缶コーヒーから湯気が立ち上っている。
巨大スクリーンには、一台の赤いランクルを追いかける魔物の群れが映し出されていた。
赤い点は、みるみる増えていく。
二十。
三十。
それでも、まだ増え続ける。
やがて、レーダーには赤いランクルを追う数十匹もの反応が映し出されていた。
「このくらいですかね?」
良太が巨大スクリーンを見上げながら尋ねる。
俺はコーヒーを一口飲み、静かにうなずいた。
「初めてだし、十分だろう。あまり欲張って失敗しても意味がない」
「そうですね。じゃあ、一回やってみましょう」
良太はタブレットを操作し、赤いランクルのオーディオを起動した。
軽快なイントロが流れ始める。
――【H〇T LIMIT】
その瞬間、ドラレコ映像越しにもわかるほど、赤いランクルの各部が淡く輝き始めた。
《バッテリー、大精霊トールが覚醒しました》
《前方ウィンチ、大精霊グラビトンが覚醒しました》
《車内エア・コンディショナー、聖精霊シロッコが覚醒しました》
《【H〇T LIMIT】残り時間 3分15秒》
「始まりましたね」
巨大スクリーンに映る赤いランクルを追う魔物の群れは、いつの間にかさらに膨れ上がっていた。
《周囲の敵性反応を確認》
《対象数 64》
《殲滅シークエンスを開始します》
「数まで数えてくれるんだな」
感心しながらつぶやく。
《大精霊グラビトン。周囲100メートル以内の敵性対象にグラビティ・ケージを詠唱します》
《詠唱完了》
《警告──対象の質量、および周囲の重力定数を再定義します》
次の瞬間――
魔物の群れ全体を覆うように、漆黒の幾何学模様を描く巨大な重力結界が展開された。
《局所重力──20Gに到達》
《対象群の完全拘束を確認》
突進していた魔物たちが、一斉に地面へ押さえつけられる。
足を踏み出そうとしても、一歩たりとも前へ進めない。
草原には魔物たちの悲鳴だけが響く。
「おお……」
思わず俺の口から声が漏れた。
《大精霊トール。インドラ・カタストロフを詠唱します》
《最大出力まで蓄電を完了しました》
《発射します》
赤いランクルの車体全体が、純白の雷光をまとった。
次の瞬間――
ドガガガガガガガガァァン!!!
無数の激雷が、車体そのものから放射状に解き放たれる。
神話級バッテリーに蓄えられた莫大なエネルギーが、大精霊トールの魔力と完全に同調し、荒れ狂う雷撃となって草原を埋め尽くした。
数十匹の魔物は咆哮を上げる暇すらなく、白い閃光の中に飲み込まれていく。
轟音が去る。
草原には静寂だけが戻っていた。
《全対象の生命反応、完全消滅》
《討伐数 64》
《車両状態 正常》
《精霊稼働率 正常》
《バッテリー残量 98%》
《【H〇T LIMIT】残り時間 2分41秒》
良太が思わず息をのむ。
「……すごいですね」
「……ああ」
俺も巨大スクリーンから目を離せなかった。
画面の向こうでは、何事もなかったかのように赤いランクルが速度を落とし、ゆっくりと草原を走っている。
俺たちはコーヒーを片手に、その光景を眺めていた。
「こっちはのんびりとコーヒーを飲んでいるだけなのにな」
「不思議な光景ですね」
「きゅ~♪」
そのとき、俺たちの脳内に聞き慣れた電子音が響く。
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
「おっ」
「結構上がりましたね」
良太はすぐに【ネットショッピング】を開き、俺たちのステータスを確認した。
「先輩、レベル71まで上がりました」
Lv.71(Next 319,906 / 922,000)
「一気に八レベルも上がったのか……」
「64匹の討伐です。内訳はAランクが13匹、Bランクが10匹、Cランクが41匹ですね」
良太はタブレットに表示された討伐結果に目を走らせる。
「もとの経験値は合計17万500ポイントです。内訳はAランクが13万、Bランクが2万、Cランクが2万500ポイント。今回はまとめ狩りなので称号のボーナスがすべて適用され、8倍の136万4000ポイントになりました」
「それだけでも相当だな」
「さらに、無傷討伐ボーナスと神話級兵器ボーナスが、それぞれ1.5倍ずつ加算されています」
「別々に加算されるのか」
「はい。無傷討伐で204万6000ポイント。神話級兵器でも204万6000ポイントです」
良太は表示された合計値を確認する。
「最初の136万4000ポイントと合わせて、今回獲得した経験値は、合計545万6000ポイントですね」
「一回の狩りで500万経験値かよ……」
俺は思わず苦笑した。
「まだ赤いランクル一台目ですからね」
良太もつられるように苦笑する。
俺たちは巨大スクリーンに目を向けた。
画面の中では、役目を終えた赤いランクルが何事もなかったかのように大草原を走り続けている。
離れた場所では、グレーのランクル105が静かに出番を待っていた。
「これなら、もう一台も期待できそうだな」
「はい。今度はもう少し多めに集めてみましょうか」
俺はうなずくと、コーヒーを飲み干した。
夜の大草原では、次の狩りの幕が静かに上がろうとしていた。
あとがき
今回は数字が多く登場するため、読みやすさを優先して、本来は漢数字で表記する部分もアラビア数字を使用しています。
次回も、遠隔まとめ狩りによる経験値稼ぎが続きます。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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