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第30話 湖畔をただドライブする

 

 魔剣の検証を終えた俺たちは、再びラズライト湖の調査へ戻ることにした。


 現在地は湖の東岸。


 ラズライト湖の東と南には大草原が広がり、西と北はうっそうとした森に囲まれている。


 北側では森から流れてきた川が湖へ注ぎ込み、南側では湖の水が一本の川となって再び大草原へ流れ出していた。


 湖は琵琶湖のように南北に長い形だ。


 前回は東岸から反時計回りに進み、北側まで調査を終えている。


 だから今回は、その続きだ。


 東岸から時計回りに南へ向かい、湖から流れ出す川を渡って西岸を巡り、前回調査した北側の川まで向かう。


 これで湖畔をぐるりと一周できるはずだ。


 俺はラズライト湖を右手に眺めながら、赤いランクルを時計回りに走らせていく。


 助手席でタブレットを操作していた良太が、不意に口を開いた。


「先輩。この前、冒険者ギルドで売った素材の代金、十億イエンありましたよね」


「ああ」


「そのうち一億イエンだけ、【ネットショッピング】のポイントへ換えておこうと思うんですけど、いいですか? 四号車の購入で、ポイント残高も減りましたし」


「一億だけでいいのか?」


 俺は少し首をかしげる。


「半分くらいポイントにしておいても困らないだろ」


 良太は苦笑しながら首を横に振った。


「いや、それはちょっとダメですよ」


「ダメ?」


「はい。【ネットショッピング】へ換えたお金は、当然ですけど、こっちの世界へ戻ってきません」


「ああ……そうか」


「もし金貨をどんどんポイントへ換えてしまったら、この世界から金貨が消えていくことになります」


「なるほどな」


「これも異世界ものの『お決まり』なんですけど、主人公が便利だからって換金しまくると、そのうち経済に影響が出かねないんですよ」


 良太は肩をすくめる。


「だから僕たちは、こっちの世界のお金はできるだけこっちで使って、ポイントへの交換は必要な分だけにしておきたいんです。

 もちろん、一億や二億でどうこうなるとは思いませんけど、これをずっと続けていたら、金貨を一方的に消していくことになりますから」


 俺はハンドルを握ったままうなずく。


「たしかに、そのほうが健全だな」


「はい。【ネットショッピング】自体はこれからもどんどん使います。ただ、そのためにこっちの金貨を大量にポイントへ換えるのは避けたほうがいいかなと」


「そうだな」


 金《かね》があるからといって、何でもポイントへ換えてしまえばいいという話ではない。


 これからもここで暮らしていく以上、わざわざ経済を乱すようなことはしないほうがいいだろう。


 そんな話をしているうちにも、赤いランクルは湖畔をゆっくりと進んでいく。

 

 右手には、どこまでも続くラズライト湖。


 風が吹くたび、水面は太陽の光を受けてきらきらと輝き、まるで青い宝石を砕いて散りばめたようにゆれていた。


 左手には、一面に広がる大草原。


 背の低い草が風にゆれ、その波は地平線まで続く緑の海のようにゆっくりとうねっていた。


 良太は窓から入ってくる風を受けながら、気持ちよさそうに息をついた。


「いやぁ……この世界って、本当に景色がいいですね」


「ああ」


 俺も前を見たまま同意する。


 日本では、これほど広い景色を見ながら車を走らせることはめったになかった。


 信号もない。


 渋滞もない。


 ただ、どこまでも続く景色の中を走るだけ。


 それだけなのに、不思議と心が軽くなる。


「きゅ~♪」


 後部座席では、バハが窓の外を眺めながら機嫌よく尻尾をゆらしていた。


 流れていく景色が面白いのか、前足を窓へかけて外を眺めたかと思えば、今度は反対側へ顔を向ける。


 ずいぶん忙しそうだ。


「景色が気に入ったか?」


「きゅっ!」


 返事をするように一度鳴くと、今度は前席の間からひょこっと顔を出し、フロントガラスの向こうをじっと見つめる。


 すると、湖畔で羽を休めていた白い水鳥の群れが、ふわりと一斉に飛び立った。


「きゅーーっ!」


 バハは思わず立ち上がり、翼をぱたぱたと動かす。


 良太が笑った。


「一緒に飛びたいんですかね」


「かもしれんな」


 そのまま水鳥たちは湖の上を優雅に旋回し、青い空へ溶け込むように飛び去っていく。


 それを最後まで見送ったバハは、どこか満足そうに「きゅー♪」と小さく鳴いた。


 穏やかな時間が流れる。


 俺はのんびりと、湖畔に沿ってランクルを走らせる。


「そうだ、良太」


「はい?」


「バハに何か果物でも買ってやれ」


「いいですね!」


 良太はすぐに【ネットショッピング】を開き、フルーツのページを表示する。


「今日は……カットフルーツの盛り合わせにしましょうか。車の中で皮をむくのも大変ですし」


 画面をスクロールしながら、いくつかの商品を見比べていく。


「あ、これなんかいいですね。キウイ、パイナップル、メロン……それに、バハちゃんの大好きなブドウも入ってます」


「それでいいんじゃないか」


「じゃあ、これにします」


 ポチッ。


 カットフルーツとステンレスのボウルを購入した良太は、さっそく容器のふたを開ける。


 途端に、果物の甘い香りがふわりと車内へ広がった。


「いい匂いですね」


 良太はそう言いながら、膝の上で慎重にカットフルーツをボウルへ移し替えていく。


 普通の車なら、こんな場所を走りながらやれば中身をぶちまけそうなものだ。


 だが、そこは神様に魔改造されたランクル。


 タイヤは凹凸だらけの地面を走っているはずなのに、車内にはほとんど振動が伝わってこない。


「このほうが食べやすいですね」


 空になった容器を【買取査定】で処分すると、良太はそのまま後部座席を振り返る。


「はい、バハちゃん。どうぞ」


「きゅっ?」


 ボウルを見た瞬間、バハの瞳がぱぁっと輝いた。


「きゅーーーっ♪」


 翼をぱたぱたと動かしながら、尻尾をぶんぶん振る。


 待ちきれないと言わんばかりに、後部座席からぐいっと身を乗り出してきた。


「そんなに嬉しい?」


「きゅー! きゅー!」


「先輩も何か食べます?」


「いや、俺は缶コーヒーでいい」


「了解です」


 今度はブラックコーヒーを一本購入し、そのまま俺へ手渡してくる。


「はい、どうぞ」


「ありがとな」


 俺はプルタブを開け、一口飲む。


 フルーツの入ったボウルをもらったバハは、真っ先に大粒のブドウへかぶりついた。


「きゅっ!」


 ぷちん、と皮が弾ける。


 甘い果汁が口いっぱいに広がったのだろう。


「きゅーーーーーっ♪」


 嬉しそうに目を細め、尻尾をぶんぶん振りながら、今度はメロンをぱくり。


「きゅっ! きゅっ!」


 続いてパイナップル、キウイと夢中になって頬張っていく。


 どれも気に入ったらしく、食べるたびに「きゅー♪」と満足そうな鳴き声が車内へ響いた。


「すごい勢いですね」


「相当気に入ったみたいだな」


 バハは休むことなく、ボウルへ顔を突っ込んでは、次々とフルーツを頬張っている。


 その幸せそうな様子を見ていると、俺まで自然と頬が緩んだ。


 やがてボウルが空になると、バハはぺろりと口の周りをなめ、期待に満ちた瞳で良太を見上げる。


「きゅ?」


「ダメですよ、バハちゃん。それは食べ過ぎです」


「きゅぅ……」


 しょんぼりと耳を垂らしたかと思えば、次の瞬間には良太の膝に前足をかけ、頭をすりすりと押し付ける。


「おねだりしてもダメです」


「きゅ~」


 それでも諦めきれないのか、小さく鳴きながら見上げてくる姿に、俺は思わず吹き出した。


「ははっ。完全に味を覚えたな」


「ですね。また今度、買ってあげましょう」


「きゅーっ♪」


 バハは尻尾をぱたぱたと振りながら後部座席へ戻り、気持ちよさそうに体を丸めた。





 ◇ ◇ ◇





 二時間ほど湖畔を走ったところで、前方に一本の川が見えてきた。


 ラズライト湖から流れ出した川が、ゆるやかに大草原のかなたへと続いている。


 俺はランクルを減速させ、川岸の手前で停車した。


「幅は……三十メートルくらいか?」


 運転席から眺める限り、水は澄んでいて流れもそれほど速くはない。


「車で渡れそうですか?」


 良太も助手席から川へ目を向ける。


「見た感じはいけそうだな。ただ、水深は岸から見ただけじゃわからないからな」


 水面が穏やかだからといって安心はできない。


 底が急に落ち込んでいることだってある。


「バハちゃんに僕たちを向こう岸まで運んでもらいます?」


「きゅ?」


 自分の名前が呼ばれたことに気づいたバハが、後部座席からひょこっと顔を出す。


「これくらいなら、今の僕たちでも飛び越えられそうな気もしますけど」


「ああ。それもできるだろうな」


 今の身体能力なら、助走をつければ三十メートル程度は届きそうな気がする。


 だが――


「いざというときのために、ランクルの渡河性能も試しておきたいが……ここから入る必要はないな」


 俺は川の流れを見つめながら小さく息を吐いた。


「まずは浅い場所を探してみるか」


「そうですね」


 良太もうなずく。


「きゅー♪」


 バハも元気よく鳴き、俺たちはそのまま川沿いをゆっくりと走り始めた。


 しばらく下流へ進んでいくと、やがて川底が透けて見える場所が現れる。


「この辺なら、車でも渡れそうな気がするな」


 俺はランクルを止め、水面に目を凝らす。


 だが、日差しが水面に強く反射していて、川底の様子まではよく見えない。


「良太」


「はい?」


「釣り用の偏光レンズのサングラスってあるよな? 水面の反射を抑えられるやつ」


「えっと……」


 良太はすぐに【ネットショッピング】で検索を始める。


「ありました。偏光レンズ仕様のフィッシングサングラスですね」


「それを頼む」


「はい――ポチッ」


 受け取ったサングラスを掛け、再び川へ目を向ける。


「おお……これは見やすいな」


 さっきまで鏡のように光っていた水面のぎらつきが抑えられ、川底の石や砂利がはっきりと見えるようになった。


「どうですか?」


「これなら十分ランクルでも渡れそうだ」


 川底は大小の丸石が転がる程度で、大きな段差も見当たらない。


 見える範囲では、深いところでもタイヤの半分ほどの水深だ。


 これなら問題ないだろう。


「よし、行ってみるか」


「了解です」


「きゅー♪」


 バハも楽しそうに一声鳴く。


 俺は四輪駆動に切り替え、ゆっくりとランクルを川へ進める。


 ザブ……。


 フロントタイヤが水に入り、澄んだ流れが左右へ分かれていく。


 ギアは一速のまま。


 アクセルを一定に保ち、慎重に川底を進む。


 タイヤが大小の丸石を踏み越えている感触はハンドルからわずかに伝わってくるものの、車内にはほとんど振動が来ない。


「おお……ちゃんと走れるな」


 水位もまだ十分低く、車体には余裕がある。


 急がず、そのまま一定の速度で進んでいく。


 やがて前輪が対岸の草地に乗り上げ、続いて後輪も水から抜けた。


 川から上がり、乾いた草地に車を止める。


「問題なく渡り切れたな」


「ですね。思ったより浅かったですし、川底も安定してました」


「これで、同じくらいの水深と流れなら十分渡れそうだな」


 俺はエンジンを切り、大きく伸びをする。


「もう昼も過ぎたし、この辺で昼飯にするか」


「賛成です。景色もいいですしね」


 良太はタブレットを開きながら笑う。


「今日は何にしましょうか。ホットドッグとか、おにぎりとか、サンドイッチなら手軽に食べられますよ」


「せっかく景色もいいし、今日はサンドイッチにするか」


「じゃあ、飲み物はアイスコーヒーとアイスティーにして……」


「きゅー!」


 バハも元気よく手を挙げるように翼を広げる。


「あははっ。バハちゃんの分もありますよ」


 良太は笑いながら【ネットショッピング】を操作する。


「さっき果物を食べたばかりだから、今度はヨーグルトでもどうです?」


「きゅっ♪」


 嬉しそうに何度もうなずくバハを見て、俺も思わず笑みを浮かべた。


「食後のデザートまで考えてあるとは、さすがだな」


「栄養バランスも大事ですから」


 湖から流れ出る川のせせらぎを聞きながら、俺たちはゆっくりと遅めの昼食の準備を始めた。







 あとがき


 最後までお読みいただきありがとうございます。


 湖畔ドライブの話が長くなってしまったため、今回は二話に分けました。


 ちなみに、日本では河川へ車両で乗り入れる行為は、場所や状況によって制限されている場合があります。また、車両の油分などが川へ流出し、環境に影響を与える可能性もあります。


 もちろん拓海もそのことは知っているので、日本では一度も渡河を経験したことがありません。そのため、あの程度の浅い川でも慎重に様子を確認していました。


 一方で海外には、道路と川が交差していて橋が架かっていない場所や、橋を架けても雨季の洪水で流されてしまう地域もあります。そうした地域では、川を渡ること自体が生活道路の一部になっている場所もあるそうです。

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