幕間4 異世界で盆踊り(後編)
昼を過ぎるころには、空き地の様子はすっかり変わっていた。
「マオちゃん、こっちの布はどこへつけるんだい?」
「そこ」
「はいよ」
「この机、もう一つ持ってくるぞ!」
「お願い」
近所のおじさんやおばさんたちが次々と集まり、いつの間にか準備に加わっている。
誰かが声をかけたのか、商店の店主まで酒樽や果物を持ってやって来た。
「……どんどん増えていきますね」
良太が苦笑する。
「ああ。もう俺たちの祭りなのか、この街の祭りなのかわからんな」
最初に用意したのは、焼きそば、イカ焼き、りんご飴、綿あめ、水風船釣り。
それだけだったはずなのに、今では串焼きやパン、果物、酒、焼き菓子と、この世界らしい品まで並んでいる。
「これ、いいですね」
良太が楽しそうに周囲を見回した。
「日本の祭りをそのまま再現するより、こっちの屋台も混ざったほうが面白いですよ」
「ああ。せっかく異世界でやるんだから、そのほうがいいな」
中央では、白いトゥルーピーを使った櫓もすっかり形になっていた。
バンポーさんが作った土の高台に車体を載せ、周囲には紅白の幕。
ルーフキャリアにはコンパネを敷き、その上には大きな太鼓が置かれている。
そこから四方へ伸ばしたワイヤーの先には、赤、グレー、紺、ベージュのランクル。
ワイヤーには赤と白の提灯がずらりと吊るされていた。
「……かなり祭りっぽくなったな」
「ですね。夜になったらもっときれいですよ」
その横では、キッチンカーも休む暇なく料理を作り続けている。
できあがった焼きそばが入った容器がシルフの風に乗ってふわりと宙を飛び、次々と屋台のテーブルに並んでいく。
その光景に近所のおばちゃんが感心したように声を上げた。
「いやぁ、マオちゃんの魔法は便利だねぇ」
「料理までできるとは知らなかったよ」
「ん」
誰からも疑問の声は上がらない。
今日も【認識改変】はきっちり仕事をしている。
準備が進むにつれ、近くを通りかかった人たちまで足を止めるようになった。
「何をやってるんだ?」
「祭りらしいぞ」
「マオ様が始めたらしい」
「マオ様が?」
「それなら見ていくか」
噂が噂を呼び、空き地には少しずつ人が集まり始める。
◇ ◇ ◇
やがて太陽が西へ傾き、空が橙色に染まり始めた。
「そろそろ点けるか」
「ですね」
提灯に一斉に柔らかな明かりが灯る。
「おお……」
周囲から感嘆の声が漏れた。
中央の白い櫓から四方へ伸びる赤と白の光。
その下には、日本の屋台と異世界の屋台が入り混じって並んでいる。
「……いいな」
「本当に日本の夏祭りみたいですね」
「ああ」
石造りの王都に浮かぶ提灯。
串焼きの隣では焼きそばが売られ、異世界の果物の向こうには綿あめがある。
日本とはまるで違う景色なのに、不思議と馴染んでいた。
「きれい」
マオが提灯を見上げてつぶやく。
その隣では、浴衣姿のバハも目を輝かせていた。
「きゅー……」
「気に入ったか?」
「きゅっ!」
マオもこくりとうなずく。
「好き」
「そうか」
それだけで、朝から準備した甲斐があった。
◇ ◇ ◇
「よし。次は音だな」
俺は車載オーディオを操作する。
次の瞬間――
♪~♪~♪
軽快な太鼓と笛の音が、夕暮れの広場に流れ始めた。
「ノーム。太鼓も頼めるか?」
俺が櫓の上を指さすと、ノームは任せろと言わんばかりに胸を張った。
ぴょこんと櫓へ飛び乗り、大太鼓の前へ立つ。
両手に持った撥を構え、流れてくる音楽に耳を傾ける。
ドンッ!
ひときわ大きな太鼓の音が広場へ響いた。
ドン、ドン、ドドンッ!
「おお!」
車から流れる音楽に合わせ、ノームが大太鼓を叩いていく。
腹の底まで響くような生の太鼓の音が加わると、一気に祭りらしさが増した。
「いいですね、先輩!」
「ああ。やっぱり櫓には太鼓だな」
周囲に集まっていた街の人たちも、何が始まるのかと次々に櫓へ目を向ける。
「……?」
マオが不思議そうに櫓を見上げる。
バンポーさんも腕を組み、音楽に耳を傾けていた。
「ほう……これは、タクミ殿たちの故郷の音楽ですかな?」
「ああ。盆踊りっていってな。こういう櫓を囲んで、みんなで踊るんだ」
「みんなで?」
「ああ。上手い下手は関係ない。見よう見まねでいいんだ」
マオは興味深そうに俺を見る。
「……踊る」
「じゃあ、やってみるか」
俺と良太が櫓の周りに移動し、音楽に合わせて簡単な振りを見せる。
盆踊りを踊るなんて、子どもの頃以来だ。
細かな振り付けまでは覚えていなかったが、手拍子を打ちながらゆっくりと輪を回っていると、昔の記憶が少しずつ蘇ってきた。
「……こう?」
気づけばマオが隣で俺の動きを真似していた。
「ああ。そんな感じだ」
その横ではバハも楽しそうに腕を動かし、バンポーさんまで豪快に加わってくる。
「はっはっは! これは面白い!」
「バンポーさん、もう少し力抜いてください!」
俺たち五人だけの小さな輪。
それが、異世界で初めての盆踊りの始まりだった。
◇ ◇ ◇
音楽が流れ始めて、しばらくすると――
「お祭りだ!」
「マオ様がいる!」
孤児院のほうから、何人もの子どもたちが駆けてきた。
その後ろから、見覚えのあるシスターたちもやって来る。
「マオ様、何してるの?」
「変わった踊り!」
「お洋服きれい!」
「私もやりたい!」
「……盆踊り」
マオが答える。
「拓海たちの国のお祭り。みんなで踊る」
「やる!」
「僕も!」
子どもたちはすぐに輪へ加わった。
俺と良太の動きを真似しているが、右へ行ったり左へ行ったり、動きはバラバラだ。
それでも楽しければ十分だった。
「バー! こっち!」
「一緒に踊ろう!」
「きゅっ!」
子どもたちに呼ばれ、バハも嬉しそうにその輪へ飛び込んでいく。
やがてシスターたちも誘われ、さらに屋台を手伝っていた街の人たちまで加わり始めた。
「マオちゃん、あたしたちも入るよ!」
「ん」
「マオ様が始めた祭りなら、俺たちも参加しないとな!」
「ジー様も楽しそうだぞ!」
「はっはっは! みんなで踊ればよろしい!」
気がつけば、五人だけだった輪は何倍にも膨らんでいた。
ドン、ドン、ドドンッ!
櫓の上では、ノームが相変わらず音楽に合わせて太鼓を叩いている。
「きゅ……」
踊っていたバハが、ふと足を止めた。
視線の先にあるのは――大太鼓。
「きゅっ!」
そのまま輪を抜けると、バハは櫓へ向かって駆け出した。
そして土台の手前で軽く膝を曲げると――
ぴょんっ。
ひと跳びでトゥルーピーのルーフキャリアに飛び乗る。
「あっ、バーが行っちゃった!」
「どこ行くの?」
孤児院の子どもたちも足を止めて見上げる。
櫓へ上がったバハは、ノームの隣へ並ぶと、じっと撥を見つめた。
「きゅ!」
ノームは予備の撥を二本取り出し、そのままバハに差し出した。
「きゅっ!」
うれしそうに受け取る。
そして――
ドォンッ!!
「うおっ!?」
想像以上の大音量が広場へ響いた。
どうやら力加減を間違えたらしい。
「きゅ……?」
首をかしげるバハに、ノームが自分の撥で小さく手本を見せる。
トン、トン、ドンッ。
「きゅ」
今度は慎重に。
トン、トン――ドンッ!
「きゅっ!」
「おお、上手いじゃないか!」
俺が声をかけると、バハは得意げに胸を張った。
「バー、すごい!」
「もっと叩いて!」
「きゅー!」
ノームと並び、今度は楽しそうに太鼓を叩き始めた。
ドン、ドン、ドドンッ!
多少調子が外れていても、誰も気にしない。
踊りだって自由だ。
俺たちを真似する者もいれば、ただ音に合わせて体を揺らしている者もいる。
それでも、誰もが笑っていた。
「……すごいですね」
いつの間にか隣に戻ってきた良太が、広場を見回す。
「ああ」
「僕たち、ちょっと盆踊りをやるつもりだっただけですよね?」
「そのはずだったんだけどな」
頭上には赤と白の提灯。
周囲には屋台の灯り。
焼きそばやイカの香ばしい匂いが漂い、その間を子どもたちが楽しそうに走り回っている。
「マオ様ー!」
「こっち!」
呼ばれたマオが、子どもたちのところへ駆けていく。
少し離れた場所では、バンポーさんが街の男たちに囲まれている。
「ジー様、こちらへ!」
「はっはっは! 承知した!」
「……馴染むの早いな」
思わず笑ってしまう。
俺は少しだけ離れ、広場全体を眺めた。
いつの間にか空には星が浮かび、その下では何本もの提灯の列が柔らかく輝いている。
日本の盆踊りとは、ずいぶん違う。
それでも――
……祭りって、こういうのでいいのかもな。
子どもも、大人も、シスターも、商人も。
マオも、バンポーさんも、バハも。
みんな同じ場所で笑っている。
「先輩!」
良太が俺を呼ぶ。
「何休んでるんですか!」
「おう」
苦笑しながら、俺も人の輪に戻っていく。
異世界の王都で始まった小さな盆踊りは、いつの間にか街の人々を巻き込んだ、大きな夏祭りへと変わっていた。
◇ ◇ ◇
しばらく盆踊りを楽しんだあと、マオとバハが今度は屋台のほうにやって来た。
「……拓海」
「ん?」
マオが俺の浴衣の袖を小さく引っ張る。
その青い瞳は、ある一点へ釘づけになっていた。
「りんご飴か?」
「ん」
「さっき綿あめも食ってただろ」
「祭り」
「……祭りなら仕方ないか」
「ん」
「きゅっ!」
隣ではバハまで力強くうなずいている。
「お前もかよ」
今日はもう好きにさせよう。
二人が向かったりんご飴の屋台では、近所のおばちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「マオちゃん、一番大きいのをあげるよ」
「ありがとう」
「いいのいいの。マオちゃんが始めたお祭りなんだから、今日はたくさん食べな」
そのすぐ近くでは、別の店主が恐縮した様子で頭を下げている。
「マオ様! こちらの串焼きもぜひ!」
「……あとで食べる」
「はい!」
近所では『マオちゃん』。
少し離れれば『マオ様』。
マオはどちらにもいつもと変わらず返事をしている。
「きゅーーっ!」
突然、バハの声が響いた。
振り返ると、水風船釣りの屋台で、バハが真剣な顔で紙のこよりを握っている。
「バー、頑張れ!」
「もうちょっと右!」
「そっとだよ!」
孤児院の子どもたちが周囲を囲んで応援していた。
「きゅ……」
バハが慎重に針金を水風船の輪に引っかける。
ゆっくり持ち上げ――
ぷつっ。
「きゅっ!?」
「あー!」
「惜しい!」
しょんぼりするバハに、小さな女の子が新しいこよりを差し出した。
「バー、これ使っていいよ。私、もう取ったから」
「きゅ?」
「ほら」
「きゅっ!」
うれしそうに受け取り、再挑戦。
今度は隣に来たマオまで、りんご飴を片手に水槽をのぞき込む。
「……もっと下」
「きゅっ」
「そこ」
慎重に持ち上げると――
「取れた!」
「やった!」
「きゅーーーーっ!」
子どもたちから歓声が上がった。
バハは釣り上げた赤い水風船を両手で抱え、これでもかというほど胸を張る。
「よかったな」
「きゅっ!」
「……Sランクの巨大魚を捕まえてくる奴とは思えないな」
「水風船一つでこの喜びようですからね」
俺と良太は顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
祭りがお開きになり始めたのは、夜もかなり更けてからだった。
「もう帰りますよ」
「やだー!」
「もう一回踊りたい!」
名残惜しそうな子どもたちを、シスターたちが連れて帰っていく。
「マオ様、おやすみなさい!」
「マオ様、またね!」
「バーもまたねー!」
「きゅー!」
バハが両手を大きく振り、マオも小さく手を振り返した。
「また」
街の人たちも、一人、また一人と帰っていった。
「いやぁ、楽しかった!」
「またやろうぜ!」
「マオ様、ぜひまたお願いします!」
「マオちゃん、次はもっと早く言いなよ。料理くらい手伝うからね!」
「ん」
最後まで残っていたおばちゃんがマオの頭をぽんぽんとなで、笑いながら帰っていった。
人がいなくなると、さっきまでの賑やかさが嘘のように広場は静かになった。
それでも頭上には提灯が灯り、中央には櫓が残っている。
「……終わっちゃいましたね」
良太が少し寂しそうにつぶやく。
「ああ。楽しかったな」
「ですね」
バンポーさんも満足そうに櫓を見上げていた。
「実に良き催しでございましたな。これほど多くの者が一緒になって楽しめる祭りというものは、面白いものですな」
「日本だと、夏になるとあちこちでやってたんだけどな」
「なんとも羨ましいことでございます」
その横で、マオもまだ灯っている提灯を見上げていた。
「……またやる」
「気に入ったのか?」
「ん」
こくりとうなずく。
「他の街でも」
「他の街?」
「ん」
マオは櫓や屋台を指さした。
「これ、全部しまう」
「全部?」
「幕。提灯。太鼓。屋台の道具」
良太が首をかしげる。
「どうするんです?」
「持っていく」
「どこへ?」
「他の街」
そして少し考えてから、つけ加えた。
「他の国も」
「……他の国でも盆踊りをやる気なのか」
「ん」
「祭り、楽しい」
「きゅっ!」
バハも隣で強くうなずく。
「ははっ。じゃあ、全部とっておいたほうがいいな」
「綿あめ機や水風船釣りの道具もですね」
「ああ。また使えるからな」
「わかった」
マオが片手を上げる。
すると、櫓を飾っていた紅白の幕が光に包まれる。
続いて、提灯、太鼓、屋台の道具。
綿あめ機や水風船釣りの水槽まで、次々と【収納】に消えていく。
「……便利だな」
「先輩の【車両召喚】並みですね」
「マオのほうが何でも入る分、便利そうだぞ」
「たしかに」
最後の提灯が消えると、祭りの会場だった広場は一気に元の姿に近づく。
「よし。こっちも片付けるか」
俺たちも白いトゥルーピーからコンパネを外し、荷締めベルトを回収していく。
最後にバンポーさんが片手を地面へ向けると、白いトゥルーピーを載せていた土の高台がゆっくりと沈み、元の平坦な地面に戻っていった。
「……魔法って便利だな」
「僕たちが朝から作った会場が、あっという間に消えましたね」
片付けを終えたころには、広場にはほとんど何も残っていなかった。
夜風が静かに吹き抜ける。
「拓海」
「ん?」
マオがこちらを見上げていた。
「ありがとう」
少し間を置いて――
「盆踊り、教えてくれて」
「……そうか」
俺は小さく笑った。
「こっちこそ楽しかったよ」
「またやる」
「ああ」
「もっと大きく」
「……もっと?」
「ん」
それを聞いた良太が、冗談半分に笑う。
「次は王城の前だったりして」
マオは少し考え――
「いい」
「えっ」
「次、そこ」
「いやいやいや!」
良太が慌てて手を振った。
「王城の前はさすがに話が大きすぎますって!」
「平気」
「何が平気なんですか!?」
すると、バンポーさんが豪快に笑い始めた。
「はっはっは! よろしいではありませんか! 王城前の大広場ならば、今日の十倍は集まれますぞ!」
「バンポーさんまで乗らないでください!」
「きゅー!」
「バハちゃんも!」
良太の叫び声が、静かな王都の夜に響く。
俺は思わず吹き出した。
「まあ、その話はまた今度だな」
「ん」
マオは素直にうなずく。
――ただ、その青い瞳はどこか楽しそうに輝いていた。
こいつ、本当にやる気なんじゃないだろうな。
異世界へ来て。
ランクルで旅をして。
魔物と戦って。
魔王と知り合って。
そして今日は、王都で盆踊りをした。
我ながら、ずいぶん妙な人生になったものだ。
それでも――
笑い声に包まれた今夜のことは、きっと忘れない。
「きゅー♪」
バハが楽しそうに俺たちの周りを駆け回る。
こうして、異世界で初めて開かれた盆踊りは――
大成功のうちに幕を閉じた。
あとがき
このお話はifストーリーです。
『トゥルーピーのルーフキャリアを櫓にする』というアイデアが出てから、マオとバハちゃんが参加する異世界の盆踊りをどうしても書きたくなって、これまで毎日二話ずつ投稿してきました。
そして、なんとか本編もマオの登場まで進めることができ、お盆シーズン中にこの話を投稿できたことに、ほっとしています。(カクヨム公開時の話です)
バハちゃん、夢中になって子どもたちの前で何度も「きゅっ!」と鳴いてしまっていましたけど、正体はバレなかったのでしょうか。
カクヨムの近況ノートに、盆踊りのイメージイラストを投稿しました。
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051605581278367
(湖畔、バハ、浴衣姿のマオとバンポー)
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051606044908645
(王都の空き地、浴衣姿のハイエルフ5人)
これからも、季節ごとに何か書いていけたらなと思っています。
明日からは通常に戻り、毎日一話投稿となります。
最後までお読みくださり、ありがとうございます!
もしよかったら、★★★★★やフォロー、応援をしていただけると、とても励みになります!




