幕間2 魔王様、ラリーカーを買う
今回のお話は、ifストーリーです。時系列としては、マオが拓海たちと初めてブルーム王国へ行ってきた日の出来事となります。
その日の夕方。
魔王国へ戻ったマオは、執務室の椅子に座るなり、小さく右手を上げた。
「神」
ぽつりとつぶやく。
すると、目の前の空間がゆらりとゆれ、一人の青年が姿を現した。
『はいはい。今日は何かな?』
気軽な口調で現れた神様は、マオの顔を見るなり苦笑する。
『その顔……嫌な予感しかしないんだけど』
マオは迷わず言った。
「拓海の車」
「ほしい」
神様は額に手を当てた。
『ああ、やっぱりそれか……ダメ』
「え?」
『拓海くんのランクルは、【車両召喚】のために用意した特別な車だからね。同じものはあげられないよ』
マオは少しだけ考える。
「じゃあ」
「お願い」
神様は首を横に振った。
『お願いされても、ダメなものはダメ』
「じゃあ」
マオは小さくうなずいた。
「使う」
『ん?』
マオは静かに指を一本立てる。
「三百年前の」
「神様が言うことを一つ聞いてくれる券」
一瞬。
神様の笑顔が固まった。
『…………』
『よく覚えていたね』
神様は乾いた笑みを浮かべた。
『いや、それさ……普通は国が滅びそうとか、世界が危ないとか……そういうときに使うものじゃない?』
マオは少し考える。
「拓海の車」
「座ると、魔力戻る」
『うん。そうだね』
「怪我も?」
『治るよ。あの車の中にいれば、体力や魔力だけじゃなくて、怪我や病気なんかも――』
そこまで言って、神様が口を止めた。
マオはじっと神様を見つめる。
「じゃあ」
「国のため」
『え?』
「怪我した人」
「病気の人」
「車に乗せる」
「いっぱい助かる」
『…………』
神様はしばらく黙っていた。
そして、大きくため息を吐く。
『……知恵が回るようになったねぇ。まったく』
マオは小さくうなずく。
「ん」
神様は腕を組みながら考え込んだ。
『でもねぇ……だからって、拓海くんと同じランクルっていうのも面白くないな』
「面白くない?」
『うん』
神様はにやりと笑った。
『マオちゃんには、もっと似合う車があるよ』
そう言って、指を鳴らす。
すると、目の前に一台の車が立体映像となって現れた。
青いボディに金色の星を散りばめた一台。
『これはス○ル・イ○プレッサWRC』
続いて、赤いボディに白いラインが入った迫力のある一台。
『四菱ラ○サーエボリューション』
白と赤のカラーリングが鮮やかな一台。
『ラ○チア・デルタHFインテグラーレ』
さらに、丸いヘッドライトが印象的なクラシックなスポーツカー。
『ポ○シェ911サファリ』
それだけではない。
神様が指を動かすたびに、新たな車が次々と姿を現していく。
いつしかマオの目の前には、歴代のラリーカーがずらりと並んでいた。
『ランクルもいいけどさ、ラリーカーは速いよ? 舗装された道はもちろん、土や砂利の悪路でも速く走れる。跳んだり、滑りながら曲がったり――』
神様は楽しそうに笑う。
『とにかく、走らせていて楽しい車なんだ。マオちゃんには、こっちのほうが似合うと思うんだけど』
マオは並んだ車を、真剣な表情で一台ずつ眺めていく。
「……速い?」
『うん。ランクルよりずっと速いよ』
「楽しい?」
『うん、とても楽しいよ!』
神様は笑顔でうなずいた。
しかし、マオは小さく首をかしげる。
「拓海」
「おーとま」
「いい」
『ああ、それね』
神様は笑った。
『大丈夫。どれを選んでもオートマ仕様にしてあげるよ。難しい操作をしなくても運転できるようにしておくから』
「ん」
マオは満足そうにうなずいた。
そして、少し離れたところで控えていたバンポーへ顔を向ける。
「爺」
「どれ」
「いい?」
バンポーは並んだ名車をゆっくりと見回し、穏やかに微笑んだ。
「どれも素晴らしい車でございます。ですから――」
そう言って、一礼する。
「マオ様のお好きなものになさってください」
マオは少しだけ考えた。
十秒ほど黙り込み――
やがて、小さくうなずく。
「じゃあ」
「全部」
「買う」
神様が目を丸くする。
『……全部?』
「ん」
マオは当然のようにうなずいた。
「一台」
「お願いでもらう」
「あとは買う」
『あははは! そう来たか!』
神様は思わず吹き出した。
『一台だけじゃなくて、残りも全部欲しいってことね』
「ん」
「みんなで」
「競争する」
『なるほどねぇ』
神様は目の前にずらりと並ぶラリーカーを眺め、楽しそうに笑う。
『確かに、これだけあれば競争できるね』
「楽しそう」
『うん。絶対楽しいと思うよ』
神様は笑いながら頭をかいた。
『……わかった。三百年前のお願いの分として一台はあげる。残りはマオちゃんに売ってあげるよ』
「ん」
「ありがとう」
マオはほんの少しだけ口元をゆるめた。
その隣では、バンポーも珍しく声を上げて笑っている。
神様はそこで、何かを思い出したように人差し指を一本立てた。
『あっ、そうだ。お願いがあるんだけど』
「ん?」
『この車のこと、できれば拓海くんたちには内緒にしておいてくれる?』
「なんで?」
『今日ランクルを見せてもらったばかりなのに、帰ったその日に私からこんなにたくさん車を手に入れたって知ったら、ちょっと複雑でしょ?』
神様は苦笑する。
『もちろん、ずっと隠しておけって意味じゃないよ。拓海くんたちが魔王国へ遊びに来たときなんかは、見せても構わないから』
「ん」
マオは小さくうなずいた。
「今は」
「内緒」
『そうそう。それくらいでお願い』
マオはもう一度うなずく。
「わかった」
『それと、もう一つ』
「ん?」
神様は並んだラリーカーへ目を向ける。
『この車たちは、魔王大陸の外へは持っていかないこと。特に、人間の大陸にはね』
マオは首をかしげた。
「なんで?」
『拓海くんの【車両召喚】は、人間の大陸では唯一の特別な力だからね』
神様は少し困ったように笑う。
『同じような加護が宿った車があっちで何台も走り回っていたら、せっかく拓海くんに授けた特別な力が、特別じゃなくなっちゃうでしょ?』
「ん」
『魔王大陸の中で使う分には好きにしていいよ。治療に使ってもいいし、みんなで乗って遊んでもいい』
そこで神様は、少しだけ念を押すように続けた。
『でも、大陸の外へは持ち出さない。それだけは守ってね』
マオは小さくうなずく。
「ん」
「魔王大陸だけ」
「約束」
『よし』
神様は満足そうにうなずいた。
それまで静かに話を聞いていたバンポーも、一礼する。
「魔王大陸の外へは決して持ち出しませんので、ご安心ください」
バンポーは、目の前にずらりと並ぶラリーカーを見渡した。
「となれば、競争場の準備も必要になりそうですな」
『え?』
「マオ様が『みんなで競争する』と仰いましたので」
『…………』
神様はしばらく黙り込んだあと、楽しそうに笑った。
『それは面白そうだね。完成したら私も遊びに行こうかな』
「ん」
「一緒に走る」
『いいね。楽しみにしてるよ』
◇ ◇ ◇
それ以来、魔王国ではマオとバンポー、そして四天王たちが歴代のラリーカーに乗り込み、競争を楽しむ光景が日常のひとつになった。
城の近くには専用の競争場まで造られ、休日ともなれば、色とりどりのラリーカーが土煙を上げながら走り回っているという。
そして、マオが手に入れたラリーカーの使い道は、それだけではなかった。
各地の教会や治療院にも、一台ずつラリーカーが配備されたのである。
配備される車は固定ではなく、一週間ごとに入れ替えられる。
怪我人や病人をそのシートに座らせれば、車に宿る加護によって傷は癒え、失われた体力や魔力も回復していく。
それまで治療に長い時間を要していた者たちまで次々と元気になり、人々はいつしか、その車をこう呼ぶようになった。
『マオ様の奇跡』と。
「今日は赤いラ○チアだ!」
「やったー! 青いス○ルも乗りたい!」
中には治療そっちのけで、次はどのラリーカーがやってくるのかを楽しみにしている子どもたちまで現れたという。
もちろん、マオ自身も暇を見つけては競争場へ足を運んでいた。
「爺」
「今日は」
「負けない」
「ほっほっほ。私も負けるつもりはございませんぞ」
その日も魔王城の向こうから、何台ものラリーカーが奏でる勇ましいエンジン音が響いてくる。
魔王とその配下たちが、そろって異世界のラリーカーを乗り回している――
そんな奇妙な光景も、今では魔王国の日常のひとつ。
……もっとも、それが本当の話だったのかどうかは、魔王国へ行った者だけが知っている。
あとがき
マオが長い年月をかけて積み重ねてきた善行は、拓海や良太の比ではありません。
三百年前に『神様が言うことを一つ聞いてくれる券』をもらっていたのも、それまでの行いへのご褒美だったのかもしれませんね。
もっとも、まさか三百年も大切に取っておいたお願いを、車をもらうために使うとは神様も思っていなかったでしょうが……。
しかも、一台だけでは満足できず、残りを全部買ってしまいました。
これまでのマオは、国内では強すぎて、まともに張り合える相手がいませんでした。
ですが、ラリーカーでの競争なら話は別です。
バンポーや四天王たちと競い合い、勝ったり負けたりしながら走り回る時間は、マオにとっても久しぶりに純粋な『遊び』を楽しめる時間になったのかもしれません。
そして、遊ぶために手に入れたラリーカーが、結果的には魔王国の人々を救うことにもなりました。
本人はきっと、そこまで大げさには考えていないのでしょうけどね。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!




