第27話 ブルーム王国で昼食
グレーのランクルは王都の中心部をゆっくりと進み、一軒の大きな建物の前で停車した。
白い大理石を基調とした外壁。
何本もの円柱が支える重厚なエントランス。
磨き上げられた大きなガラス窓の向こうでは、豪華なシャンデリアが灯り、昼間でも上品な輝きを放っている。
入口の両脇には季節の花々が美しく植えられ、真鍮の看板には、流麗な文字で店名が刻まれていた。
そのたたずまいだけで、この店が王都でも屈指の高級店であることが伝わってくる。
「……これは、すごいですね」
良太が思わず見上げる。
「場違いじゃないですか、僕たち」
「大丈夫」
マオはいつもの調子で答えた。
「おいしい」
「それが一番の理由か」
俺は苦笑しながら右手をかざす。
「【格納】」
グレーのランクルが淡い光に包まれ、その場から静かに消えた。
「行く」
マオを先頭に店内へ足を踏み入れる。
扉をくぐった瞬間、外の喧騒が嘘のように遠ざかった。
磨き上げられた大理石の床。
天井には繊細な装飾が施され、柔らかな光を放つシャンデリアが空間を照らしている。
ほのかに花の香りが漂い、落ち着いた音楽が静かに流れていた。
入口で待機していた支配人らしき男性が、マオの姿を認めるなり、すぐに深く一礼する。
「マオ様、ご来店ありがとうございます。本日もお越しいただき、大変光栄でございます」
「ん」
マオは小さくうなずいた。
「五人」
「かしこまりました」
支配人はすぐに姿勢を正し、俺たちを案内する。
「個室へご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
店内を歩く途中、他の従業員たちも仕事の手を止め、一斉に頭を下げた。
その丁寧な歓迎ぶりに、俺と良太は顔を見合わせる。
「……やっぱり、マオって相当な有名人なんだな」
「今さらですけど、改めて実感しますね」
そんな俺たちをよそに、マオは慣れた足取りで個室へと入っていった。
案内された個室は、五人でも十分すぎるほど広かった。
大きな窓からは王都の大通りを望むことができ、磨き上げられた木製のテーブルには季節の花が飾られている。
全員が席に着くと、ほどなくして給仕がうやうやしく一礼した。
「ご注文をお伺いいたします」
マオはメニューを見ることもなく答える。
「おいしいやつ」
「全部」
「かしこまりました。当店のおすすめを一通りご用意いたします」
給仕は驚く様子もなく、慣れた手つきで注文を書きとめていく。
その横で、バンポーさんが穏やかにつけ加えた。
「それと、この国の名物料理もいくつかお願いいたします」
「かしこまりました」
給仕は丁寧にうなずき、俺と良太へ視線を向けた。
するとバンポーさんが先に口を開く。
「拓海様、良太様」
「何か追加で召し上がってみたいものはございますか? せっかくですから、ご遠慮なさらず」
俺はメニューを眺めながら苦笑する。
「いや……文字は読めるけど、どんな料理なのか想像がつかないな」
良太もうなずいた。
「僕もです。名前を見ても、さっぱりわかりませんね」
その様子を見たバンポーさんは微笑んだ。
「でしたら、本日はお任せいただくのがよろしいでしょう。こちらの料理長は、王都でも指折りの腕前でございます。きっとご満足いただけますよ」
「それなら、お任せします」
俺がそう答えると、給仕は再び深く一礼し、静かに個室を後にした。
給仕が部屋を出ていくと、良太が部屋の中を見回しながら、小さく息を吐いた。
「……こんなすごいところで食事をするなんて、前の世界でもありませんでしたよ」
磨き上げられた調度品に、窓から見える王都の大通り。
どこを見ても高級感しかない。
俺も苦笑する。
「『ひまわり食堂』とは大違いだな」
「あたりまえですけどね……」
俺と良太は思わず顔を見合わせて笑った。
「でも」
良太が窓の外へ目を向ける。
「僕は、ひまわり食堂も好きでしたけど」
「ああ」
俺もうなずく。
「安くてうまくて、おばちゃんも気さくだったしな」
「日替わり定食、よく食べましたよね」
「味噌汁のおかわり自由だったからな」
「懐かしいですね」
俺と良太が懐かしい店の話をしていると、マオが首をかしげた。
「ひまわり?」
「食堂」
俺は笑いながら説明する。
「俺たちが前にいた世界の定食屋だよ。安くて腹いっぱい食べられる店でな」
「ほう」
バンポーさんも興味深そうに耳をかたむける。
「それは庶民にとってありがたい店ですな」
「ん」
マオも小さくうなずく。
「おいしい?」
「もちろん」
俺は即答した。
「こういう高級店とは違うけど、また食べたくなる味だったよ」
「ん」
マオは少し考え込むように顎へ指を添えた。
「行ってみたい」
「それは無理だな」
俺が苦笑すると、良太も笑う。
「別の世界にある店ですからね」
俺たちの笑い声が、落ち着いた個室に静かに広がっていった。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、個室の扉が静かに開いた。
「お待たせいたしました」
給仕たちが次々と料理を運び込んでくる。
大皿に美しく盛り付けられた前菜。
透き通った琥珀色のスープ。
香ばしく焼き上げられた肉料理に、鮮やかな野菜を添えた一皿。
丸ごと焼かれた川魚には香草があしらわれ、焼きたてのパンからは小麦の甘い香りが立ち上る。
さらに、彩り豊かな果物を使ったサラダや、湯気を立てるグラタン、黄金色に焼き上げられたパイ料理まで。
テーブルの上は、あっという間に色とりどりの料理で埋め尽くされた。
「こちらが当店おすすめの前菜でございます」
「こちらはブルーム王国の郷土料理、香草煮込みになります」
「こちらは王都名物のローストボアでございます」
料理名が告げられるたび、新たな皿が並べられていく。
どの皿も、思わず手を付けるのをためらうほど見事な仕上がりだった。
「……すごい」
良太は思わず息をのむ。
「料理というより、美術品ですね」
俺も目の前へ並ぶ皿を見渡し、苦笑した。
「こんなの、どこから食べればいいんだ? 崩すのがもったいないくらいだな」
バンポーさんは俺たちの反応を見て穏やかに微笑む。
「味も一級品でございます。どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください」
マオは料理を見つめ、小さくうなずいた。
「ん」
「今日は当たり」
「前に来たときも当たりだったんじゃないのか?」
俺が笑いながら尋ねると、マオは真剣な顔で答えた。
「毎回」
「当たり」
その一言に、俺たちは思わず笑ってしまった。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「ん」
「きゅ!」
俺たちはそれぞれ料理へ手を伸ばした。
まず俺がナイフを入れたのは、香ばしく焼き上げられたローストボア。
刃が驚くほど滑らかに入り、切り口から肉汁がじんわりとあふれ出す。
一口。
「……うまい」
噛んだ瞬間、肉の旨味が口いっぱいに広がった。
脂っこさはなく、あとから甘みと香ばしさがじわじわと追いかけてくる。
「このソースもすごいな。肉の味を消さずに、ちゃんと引き立ててる」
良太もスープを一口飲み、目を丸くした。
「これ……優しい味なのに、すごく深みがあります……何時間煮込んだら、こんな味になるんでしょう」
焼きたてのパンをちぎり、スープへ浸して食べる。
「……ああ」
「これだけでも何個でも食べられそうです」
バンポーさんは穏やかにうなずいた。
「こちらの料理長は、素材の持ち味を活かすことに長けておりますので」
「なるほど」
俺は感心しながら、今度はブルーム王国の郷土料理だという香草煮込みを口へ運ぶ。
「これもうまい」
「香草の香りが強すぎないから食べやすいな」
その横では――
バハが夢中になって料理を食べていた。
「きゅ~!」
目を輝かせながら次々と料理へ手を伸ばし、口いっぱいに頬張る。
「きゅっ!」
嬉しさのあまり体を弾ませながら、パンを口へ運び、肉を食べ、またスープを飲む。
その幸せそうな食べっぷりに、俺は思わず笑った。
「そんなに気に入ったか」
「きゅっ!」
満面の笑みで何度もうなずくバハ。
マオも静かに料理を口へ運び、小さくうなずいた。
「ん」
「おいしい」
いつもと変わらない短い感想。
しかし、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
料理を味わいながら、良太がふとバハへ視線を向けた。
「そういえば……人の姿をしているときのバーちゃんって、どんな戦い方をするんですか?」
バハはパンをもぐもぐと食べながら、マオを見た。
マオが代わりに答える。
「飛ぶ」
「ん?」
俺が聞き返す。
「飛んでいって」
「殴る」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……え?」
良太が思わず聞き返した。
「殴るんですか?」
「ん」
マオはうなずく。
「速い」
「強い」
「どーん」
マオは拳を軽く前へ突き出してみせる。
俺は思わず苦笑した。
「シンプルだな……」
バンポーさんも穏やかに微笑む。
「バー様は、人型でも非常に高い身体能力をお持ちですからな。飛翔して一気に間合いを詰め、そのまま拳で仕留めることが多いです」
「へぇ……」
良太は感心したようにうなずく。
「じゃあ、人型になっても接近戦が得意なんですね」
「ん」
マオは続ける。
「あと」
「真空刃」
「真空刃?」
「手」
マオは手刀を作った。
「シュッ」
軽く横へ振る。
「飛ぶ」
「切る」
「手刀を振るだけで、斬撃が飛ぶってことか」
「ん」
マオはうなずく。
「いっぱい飛ぶ」
「それは便利ですね……」
良太が苦笑する。
「飛べて、殴れて、斬撃まで飛ばせるんですか。バーちゃん、やっぱり強すぎません?」
「きゅ」
バハは少し得意げに笑った。
その姿を見て、俺たちは思わず笑った。
◇ ◇ ◇
料理を口へ運びながら、良太がふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、マオちゃんたちは冒険者をどれくらいやっているんですか?」
マオは少しだけ考えてから答えた。
「五十年」
フォークを持ったまま、俺の手が止まる。
「……今、何年って言った?」
「五十年」
あまりにもあっさりと繰り返すマオ。
俺と良太は思わず顔を見合わせた。
「五十年って……」
「僕たちの人生より長いじゃないですか」
「ん」
マオは小さくうなずく。
すると、バンポーさんが穏やかに微笑んだ。
「ですので、冒険者として活動する際は、人前ではハイエルフの姿をしているのでございます。ハイエルフは長命な種族ですので、五十年程度では見た目がほとんど変わりません」
「なるほど」
俺は納得してうなずく。
「たとえば、バーが普通の人間の姿のまま五十年も冒険者を続けていたら、不自然ですもんね」
「はい」
バンポーさんもうなずいた。
「長年活動しておりますと、『なぜ歳を取らないのか』と不思議がられてしまいますので」
「だからハイエルフに化けているんですね」
良太が感心すると、マオは短く答えた。
「ん」
「便利」
そこで良太は、ふと何かを思いついたようにマオを見る。
「五十年も冒険者をしていたなら、その間に僕たちみたいな異世界から来た人に会ったことはありませんか?」
マオは少し考えてから、首を横に振った。
「知らない」
「そうですか……」
良太が残念そうにつぶやくと、バンポーさんが静かに口を開いた。
「もっとも、仮にいたとしても、自ら異世界から来たと名乗るとは限りませんな」
「ああ、たしかに」
俺もうなずく。
「俺たちだって、知らない相手には言わないしな」
「ですよね」
良太は腕を組み、しばらく考え込む。
「ん~……少なくとも、日本人はいなかったのかな?」
「日本人?」
マオが首をかしげる。
「僕たちのいた国の人です」
そう説明してから、良太は続けた。
「もし日本人がこっちに来ていたら、何かしら日本のものを広めていそうなんですよね」
「日本のもの?」
「はい。こういう異世界ものの『お決まり』だと……」
良太はそこで【ネットショッピング】を開いた。
「たとえば、これです」
購入したものを取り出し、テーブルの空いた場所へ置く。
緑色の盤面と、白黒二色の丸い石。
リバーシだ。
「これ、見たことありませんか?」
マオは盤面をじっと見つめる。
「知らない」
バンポーさんも興味深そうにのぞき込んだ。
「私も存じ上げませんな」
「やっぱりないですか……」
良太は少し残念そうにしながらも、盤面に石を並べ始める。
すると、マオが椅子から少し身を乗り出した。
「これ」
「どうやるの?」
「簡単ですよ」
良太は白と黒の石を四枚、盤面の中央へ置いた。
「二人で白と黒に分かれて、相手の石を自分の石で挟むんです。そうすると――」
黒い石で白い石を挟み、ひっくり返す。
「こうやって、自分の色にできます」
「ほう」
バンポーさんが感心したように声を漏らす。
マオも盤面をじっと見つめていた。
「最後に、自分の色が多かったほうの勝ちです」
「簡単」
「そうなんです。でも、やってみると結構奥が深いんですよ」
「やる」
「ふふっ。いいですよ」
それから良太が簡単にルールを教えながら何手か打ってみると、マオはすぐに遊び方を理解した。
盤面を見つめる目は、すっかり真剣になっている。
「気に入ったなら、それあげますよ」
「いい?」
「もちろんです。魔王国に持って帰って、みんなで遊んでください」
「ん」
マオは嬉しそうにうなずいた。
「もらう」
その様子を見ていたバンポーさんが、盤面へ視線を落とす。
「これはなかなか面白い遊戯ですな」
「単純なルールですし、道具も簡単に作れます。こちらでも広まりそうですね」
「ええ。これは人気が出そうですな」
バンポーさんは顎へ手を添え、少し考える。
「もし商品として広めてもよろしいのでしたら、相応のアイデア料をお支払いしなくてはなりませんな」
「本当ですか?」
「もちろんでございます。他国にも広まれば、かなりの利益が見込めるでしょうから」
「ありがとうございます」
良太は素直に頭を下げ、それから俺を見る。
「いいですよね、先輩?」
「ああ。いいんじゃないか?」
「じゃあ、お願いします」
そこで良太は、人差し指を立てた。
「ただ、一つだけお願いがあります」
「ほう?」
「僕たちが考えたことにはしないでください」
バンポーさんがわずかに首をかしげる。
「と、申しますと?」
良太はマオへ視線を向けた。
「広めるときは、『Sランク冒険者のマオちゃんが考案した』ってことにしてください」
「マオ?」
「はい」
良太はうなずく。
「もしこの世界に日本人がいたら、これを見て気づくと思うんです」
俺もそこで意図を理解した。
「ああ、なるほど」
「『これ、リバーシじゃないか』ってなるわけか」
「そうです」
良太は少し楽しそうにうなずいた。
「それが『Sランク冒険者マオ考案の遊戯』として広まっていたら、気になってマオちゃんのことを調べるかもしれません。Sランク冒険者なら、冒険者ギルドで手がかりを探すこともできますしね」
「なるほど……」
バンポーさんが感心したようにうなずいた。
「つまり、同郷の者を探すための目印にするわけですな」
「そんな感じです」
良太はうなずいてから、少しだけ真面目な表情になる。
「ただ、僕たちが異世界から来たことは広めないでくださいね」
「もちろんでございます」
バンポーさんは穏やかにうなずいた。
「その点はご安心ください」
「あと、もし日本人らしい人がマオちゃんに接触してきたら、僕たちにも教えてください」
「ん」
マオはうなずいた。
「わかった」
バンポーさんは少し考えるように目を細めた。
「もっとも、どのような者が近づいてきたとしても、マオ様に危険が及ぶことはまずないでしょうな」
「バンポーさんがそばにいるからですか?」
「いえ」
バンポーさんは穏やかに首を横に振った。
「マオ様はSランク冒険者の中でも、別格の実力でございます。少なくとも、私の知る限りではマオ様より上の冒険者はおりません」
「……Sランクの中でも一番ってことか」
俺は思わずマオを見る。
「そう考えていただいて差し支えございません」
バンポーさんはそこで、リバーシの盤面へ視線を落とした。
「それに、先ほどの良太様のお話は、商いの面でも都合がよろしいでしょう」
「商いの面でも?」
「ええ。世界に七人しかいないSランク冒険者、その中でも名の知られたマオ様が考案した遊戯となれば、それだけで人々の興味を引きます」
バンポーさんは白黒の石を一つ手に取り、穏やかに続ける。
「名もなき新しい遊戯として売り出すより、はるかに広めやすいでしょうな。それに、マオ様の名を冠した商品であれば、勝手に別の者が考案者を名乗ることも難しくなります」
「なるほど。マオの名前自体が信用になるわけか」
「左様でございます」
バンポーさんは満足そうにうなずいた。
「拓海様、良太様にとっては同郷の方を探す目印となり、こちらとしても商品として広めやすくなる。双方にとって悪くない話かと」
「それならよかったです」
良太も安心したように笑った。
「ん」
マオは特に気にした様子もなくうなずいた。
そして、もらったばかりの盤面へ視線を落とす。
「これ」
「魔王国で広める」
「お願いします」
良太は笑ってうなずいた。
「人間の国にも広まれば、日本人がいるかどうか探す手がかりになりますからね」
俺も盤面を眺めながらうなずく。
「まあ、何も反応がなければ、それはそれで遊びが一つ増えるだけだしな」
「ですね」
良太は笑った。
◇ ◇ ◇
食後には、季節の果実をふんだんに使ったデザートが運ばれてきた。
甘酸っぱい果実のタルト。
濃厚なミルクを使ったなめらかなプリン。
香り高い紅茶とともに供された焼き菓子。
「これも、おいしい」
マオが小さくうなずけば、バハも目を輝かせながら夢中でデザートを頬張る。
「きゅっ♪」
その幸せそうな食べっぷりを見ていると、自然と俺まで笑顔になる。
異世界へ来て初めて味わう、王都の高級レストランでの食事。
料理はどれも絶品で、話をしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
気づけば、最初に感じていた場違いな緊張も、いつの間にか消えていた。




