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第25話 ブルーム王国へ到着、冒険者登録

  

 しばらく丘陵地帯を走ると、視界の先に巨大な城壁が姿を現した。


 灰白色の石を何重にも積み上げて築かれた城壁は、左右の果てが霞むほど長く、近づくにつれてその高さと威容をはっきりと感じさせる。


 その中央には、巨大な両開きの城門がそびえていた。


 城門へ続く街道には、荷馬車や商人の馬車、徒歩の旅人、冒険者らしき一団が長い列を作り、入城の順番を待っていた。


「すごい人ですね……」


 良太が思わず息をのんだ。


「朝だから、混む」


 マオは淡々と言って、門の脇へ伸びるもう一本の道を指さした。


「あっち」


「ん?」


「優先」


 俺はそちらへ視線を向けた。


 一般の列とは別に、幅の広い通路が設けられていた。そこは待ち時間もなく、豪華な馬車や騎士を伴った一団が次々と門をくぐっている。


「貴族用か?」


「ん」


 マオはうなずいた。


「行く」


「いやいや、俺たちまで行って大丈夫なのか?」


「平気」


 マオは前を指さす。


「そのまま」


「……わかった」


 俺はゆっくりとハンドルを切り、優先通路へランクルを進めた。



 門の前まで来ると、槍を持った衛兵たちがこちらへ視線を向けた。


 その中の隊長格らしき男が歩み寄ってくる。


「失礼します。お名前と――」


 そこで後部座席から降りたバンポーさんが、一歩前へ出た。


「ご苦労様です」


 穏やかな笑みを浮かべ、隊長へ小さく何かを告げる。


 その瞬間、衛兵たちの表情が一変した。


「はっ!!」


 一斉に背筋を伸ばし、最敬礼する。


「失礼いたしました! どうぞ、お通りください!」


 その様子を見て、一般入城の列がざわめいた。


「何だ?」


「貴族様か?」


「いや、あんな馬車は見たことがないぞ」


 ひそひそとささやき合う声が聞こえてくる。


 バンポーさんは軽く会釈すると後部座席へ戻った。


「よろしいですよ」


 門が静かに開かれる。


 ランクルはそのまま城門をくぐった。


 分厚い石壁を抜けた瞬間――。


「おお……」


 俺は思わず声を漏らした。


 石畳がどこまでも続く大通り。


 その両側には白い石造りの建物が整然と並び、色鮮やかな看板が軒先を彩っている。


 露店では焼きたてのパンや果物、香辛料が並び、店主たちの威勢のいい呼び込みが通りに響く。


 荷馬車が行き交い、冒険者風の男女や商人、買い物客が大通りを忙しそうに歩いていた。


「これが……異世界の街。ちゃんと中世ヨーロッパ風ですね……まさに、ラノベで見たまんまです」


 良太は窓越しに忙しく辺りを見回していた。


 これも例の『お決まり』なんだろうか。いつもならそう言いそうなものだが、マオたちへの配慮か、良太はそれを口にはしなかった。


 ランクルの横を歩く子どもたちは、ちらりとこちらを見上げるものの、特に驚いた様子はない。


 俺もその様子に気づいた。


「本当に馬車に見えてるみたいだな」


「ん」


 マオは小さくうなずいた。


「【認識改変】」





 ◇ ◇ ◇





 石畳の大通りを数分ほど進むと、マオが前方を指さした。


「あれ」


 白い石で造られた大きな建物。


 正面には剣と盾を組み合わせた大きな紋章が掲げられ、多くの冒険者たちが出入りしている。


「冒険者ギルド」


「門のすぐ近くなんだな」


「便利」


 俺は建物の前へランクルを寄せ、ゆっくりと停車した。


 俺たちは車外へ降りた。


 俺は周囲を見回した。


「ここでしまっても大丈夫か?」


「ん」


 マオは小さくうなずく。


「平気」


「ギルドの前だぞ?」


 マオはグレーのランクルを見上げる。


「馬車」


 一拍置いて続けた。


「消えても、不思議じゃない」


「……そういう認識になるのか」


「ん」


「【格納】」


 俺がスキルを発動すると、グレーのランクルは淡い光に包まれ、音もなくその場から消え去った。


 周囲を歩いていた人々は、一瞬そちらへ視線を向けたものの、すぐに前を向いて歩き去っていく。


「本当に誰も騒がない……」


 良太は感心したようにつぶやいた。


 マオは満足そうにうなずいた。


「ん」


 そして白い建物の大きな扉へ向かって歩き始めた。


「行く」


 重厚な木製の扉を押し開けると、冒険者ギルドの広いロビーが姿を現した。


 依頼掲示板の前では冒険者たちが依頼書を吟味し、受付では職員が慌ただしく応対している。


 酒場を兼ねた一角からは笑い声が響き、武器や鎧を身に着けた者たちが思い思いに談笑していた。


 その空気が、一瞬で変わった。


 依頼掲示板を見ていた冒険者が顔を上げ、酒場から聞こえていた笑い声も、ぴたりと止んだ。


「……!」


 一人、また一人と視線が入口へ集まっていく。


「マオ様だ……!」


「おい、本当にマオ様じゃないか!」


「ジー様もご一緒だ!」


「バー様までいらっしゃるぞ!」


「『金黒の月』が揃ってるじゃねえか……!」


 ギルド内が一気にざわめき始めた。


 何十もの視線が、一斉に俺たちへ集まる。


「……すごい」


 良太は小声でつぶやいた。


「マオちゃん、本当に有名なんですね」


「ん」


 マオは小さくうなずくだけだった。


「なあ、マオ。さっき聞こえた『金黒の月』ってなんだ?」


「パーティ名」


「パーティ名?」


「ん。マオたちの」


「私どもが冒険者として活動を始めたころから使っているパーティ名でございます」


「ん」


 すると、受付の奥から一人の女性職員が慌てて駆け寄ってきた。


「マ、マオ様!」


 マオの前まで来ると、深々と頭を下げる。


 そして顔を上げると、今度はバンポーさんとバハへ視線を向け、改めて一礼した。


「ジー様、バー様も、ようこそお越しくださいました」


「お久しぶりです」


 バンポーさんが穏やかに微笑む。


「応接室は空いておりますか?」


「もちろんでございます! すぐにご案内いたします」


 女性職員は姿勢を正し、俺たちをロビー奥へと案内する。


 通されたのは、応接用と思われる静かな個室だった。


 中央には大きな木製のテーブル。


 壁際には長机が据えられており、素材の査定にも使われるのだろう。


 全員が席に着くと、女性職員が改めて頭を下げた。


「本日は、どのようなご用件でしょうか」


 マオが短く答える。


「素材」


 そして俺と良太を指さした。


「二人」


「登録」


「承知いたしました」


 女性職員はにこやかにうなずく。


「それでは、先に素材を拝見させていただきます」


 壁際の長机へ手を向けた。


「こちらの台へ、査定をご希望の素材をお出しくださいませ」


「ん」


 マオは短くうなずくと、【収納】から素材を次々と取り出し始めた。


 巨大な鱗。


 鋭く伸びた背びれ。


 力強い尾。


 解体したタキタロウの素材が長机いっぱいに並べられていく。


 女性職員は査定用の魔道具を手に取り、慎重な手つきで最初の素材へとかざした。


 その瞬間だった。


「……え?」


 職員の動きが止まる。


 魔道具と素材を交互に見比べ、もう一度かざす。


「そ、そんな……」


 小さく震える声が漏れた。


 慌てて隣の鱗へ魔道具を向ける。


 さらに背びれ。


 尾。


 結果はすべて同じだった。


「すべて……Sランク素材……?」


 職員は信じられないという表情で、長机いっぱいに並ぶ素材とマオを何度も見比べた。


「も、申し訳ございません」


 深く頭を下げる。


「少々、お待ちいただけますでしょうか」


「ん」


 マオが小さくうなずくと、職員は慌てて部屋を飛び出していった。


 廊下の向こうから慌ただしい足音と、小さな話し声が聞こえてくる。


 数分もしないうちに、今度は別の職員たちがワゴンを押して入ってきた。


「お待たせして申し訳ございません」


 テーブルの上へ次々と並べられる。


 香り高い紅茶。


 焼き菓子。


 色鮮やかな果物。


「査定に少々お時間をいただきますので、ごゆっくりお過ごしください」


「ありがとうございます」


 良太が頭を下げた。


 バハは目を輝かせると、さっそく焼き菓子へ手を伸ばした。


 一口食べるなり、ぱっと表情が明るくなる。


 続いて果物も口に運ぶと、うれしそうに頬を緩めた。


 その幸せそうな様子に、マオも小さく口元を緩める。


「気に入った?」


 バハは満面の笑みで何度もうなずいた。


「ふふ」


 マオもうれしそうに微笑む。


 その穏やかな空気の中、廊下の向こうから複数人の足音が近づいてきた。


 ほどなくして扉が開く。


 先ほどの女性職員を先頭に、一人の壮年の男性と数名の職員が部屋へ入ってきた。


 年のころは五十代半ば。


 深緑の上質なローブをまとい、胸元にはギルドマスターを示す金の徽章が輝いている。


 落ち着いた物腰からは、長年ギルドを支えてきた風格が感じられた。


「お待たせいたしました。ギルドマスターをお連れいたしました」


 壮年の男性は俺たちの前まで歩み寄ると、深々と一礼した。


「お待たせいたしました。ブルーム王国冒険者ギルド、ギルドマスターを務めております、グラントと申します」


 顔を上げると、長机いっぱいに並ぶ素材へ視線を向ける。


「このたびは、貴重な素材をお持ち込みいただき、誠にありがとうございます」


 ひとつひとつ確かめるうちに、感嘆の息が漏れた。


「どれも極めて希少なSランク素材です」


 そして、一枚の巨大な鱗の前で足を止める。


「特に、このタキタロウの大鱗……」


 手を触れないよう慎重に眺めながら、小さく息をのんだ。


「しかも、結界による強化個体の素材とは」


 感嘆を隠せない様子で続ける。


「この品質になりますと、防具職人はもちろん、王侯貴族の方々もこぞって求める逸品でございます」


「本来、オークションへ出品すれば相当な高値が期待できます」


 一度言葉を切り、マオへ視線を向けた。


「ですが……もし差し支えなければ、今回はギルドにて責任を持って買い取らせていただいてもよろしいでしょうか。ギルドであれば、すぐに代金をご用意できますし、王侯貴族への販路もございますので、適正価格以上でお引き取りさせていただきます」


 マオは何も答えず、俺へ視線を向けた。


「いい?」


 確認するようなまなざし。


 俺は小さくうなずいた。


「俺は構わない」


 マオもうなずき返す。


「ん」


「売る」


 その一言に、ギルドマスターは安堵したように胸をなで下ろした。


「ありがとうございます。必ずご満足いただける査定額をご提示いたします。それでは、査定を進めさせていただきます」


 ギルドマスターが合図を送ると、待機していた職員たちが長机へ集まる。


「失礼いたします」


 ひとつひとつを丁寧に専用の収納箱へ収め、傷ひとつ付けないよう慎重に運び出していく。


 部屋から素材がすべて運び出されるのを見届けると、ギルドマスターは再び俺たちへ向き直った。


「先ほど、素材の査定とは別に、ご登録のご希望もあると伺いましたが」


 視線を俺と良太へ向ける。


「こちらのお二人で、お間違いございませんでしょうか」


 マオが短く答える。


「ん」


 そして俺と良太を順番に指さした。


「強い」


「魔剣ある」


「ほう……」


 ギルドマスターの表情がわずかに変わる。


「マオ様のお見立てでございますか」


「ん」


 ギルドマスターは腕を組み、少しだけ考え込んだ。


「本来、冒険者はFランクからのスタートで、どれほど実力があり、貴族からの推薦がありましても、初回登録は最高でもCランクと定められております」


 そう前置きしたうえで、柔らかな笑みを浮かべる。


「ですが、マオ様が実力を保証されるのであれば話は別です。お二人とも魔剣を所持され、それだけの実力をお持ちとのことです」


 ギルドマスターは一度うなずいた。


「ギルドといたしましても、その実力を疑う理由はございません。特例として、初回登録をBランクからとさせていただくのはいかがでしょう」


 俺と良太は顔を見合わせる。


 その様子を見ていたマオが先に答えた。


「それでいい」


 ギルドマスターも笑顔でうなずく。


「承知いたしました。では、登録手続きもただちに進めさせていただきます」


 そう言って一礼すると、控えていた職員へ指示を出した。


「Bランク冒険者登録の準備をお願いいたします」


 ギルドマスターはもう一度一礼すると、数名の職員を引き連れて部屋を後にした。


「査定と登録、どちらも早急に進めさせていただきます。少々お待ちください」


 扉が閉まり、部屋には俺たちだけが残る。


 その静かな空気の中、マオが俺へ視線を向けた。


「マオたちも」


「ん?」


「最初はCランク」


「そうだったのか?」


 俺は少し意外に思った。


「てっきり、最初からSランクなのかと思っていた」


 マオは首を横に振った。


「違う」


「依頼、受けた」


「上がった」


「普通に昇格していったんだな」


「ん」


 マオが小さくうなずく。


 その横で、バンポーさんが穏やかに微笑んだ。


「マオ様は『冒険者というものをやってみたい』と仰いまして、暇つぶしも兼ねて、私とバー様も同行することになったのです」


「暇つぶしで冒険者ですか……」


 良太が思わず苦笑する。


「普通の冒険者が聞いたら泣きますよ」


 バンポーさんは良太の言葉に笑みを深めた。


「ですが、依頼はきちんとこなし、規則も守り、報酬も受け取っておられます。ギルドからすれば、とても優秀な冒険者でございますよ」


「ん」


 マオも小さくうなずく。


「依頼、好き」


 その何気ない一言に、俺と良太は顔を見合わせ、思わず笑ってしまうのだった。





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