第23話 魔王のマオ、魔剣を創造する。
食事が一段落すると、俺はマグカップをテーブルに置き、立ち上がった。
「それじゃあ、車を見せる約束だったな」
マオも小さくうなずき、椅子からぴょんと飛び降りる。
「きゅっ!」
バハはうれしそうに翼をぱたぱたさせると、マオの後を追った。
俺たち三人と一匹は、食卓のすぐ隣に停めてある紺色のキッチンカーへ歩いていく。
ガルウィングは、調理を終えた今も大きく跳ね上がったままだった。
スライドテーブルには、洗い終えた調理器具やフライヤーが整然と並び、磨き上げられたステンレスが夕暮れの光を柔らかく反射していた。
マオは車体の前で立ち止まると、紺色のボディにそっと手を触れ、ゆっくりとなでる。
「……神気」
「わかるのか?」
俺がたずねると、マオは小さくうなずく。
「いっぱい」
その赤い瞳が、ボディからルーフ、ガルウィング、車内へとゆっくり移っていく。
まるで車全体を【鑑定】しているようだった。
「これ……【車両召喚】?」
「そうだ」
俺はうなずく。
「車を出したりしまったりできる、俺のスキルだ」
「……三台」
「ああ。今は三台ある。紺色のキッチンカーと、白いトゥルーピー、それから赤いショートボディのランクルだ」
マオは小さく「ふーん」とつぶやくと、そのままキッチンカーをぐるりと一周する。
ガルウィングの下で足を止めると、車内をのぞき込み、小さく首をかしげた。
「……家?」
思わず良太が吹き出した。
「ははっ、たしかにそんな感じですね」
「家というより、移動するキッチンだな」
俺はそう答えると、ステップに足をかける。
「中も見てみるか?」
マオは迷うことなくうなずいた。
「ん」
俺は冷蔵庫や収納棚を一つずつ開けてみせた。
マオはその一つひとつを興味深そうに眺め、時折そっと指先でふれては、小さくうなずいている。
「……便利」
「だろ?」
俺は思わず笑みを浮かべる。
「まだ使い始めたばかりだけど、かなり反則級の代物だと思う」
良太も笑いながらうなずく。
「おかげで、毎日できたての料理が食べられてます」
そのとき、不意に何かを思い出したように良太が声を上げた。
「そういえば先輩」
「ん?」
「タキタロウの鱗や骨って、【ネットショッピング】で買い取ってもらってもいいんですよね?」
「試しに査定してみるか」
良太はタブレットを操作する。
「えっと……査定だと、結界付きの鱗は一枚十万ポイントですね」
「おっ、結構するな」
すると、それまで静かに聞いていたマオが口を開いた。
「……街」
「街?」
マオは小さくうなずく。
「もっと価値ある」
「そうなのか?」
「丈夫。鎧、盾、魔導具」
短く言い切る。
「職人、欲しがる」
「なるほど……」
良太が感心したようにうなずく。
「【ネットショッピング】で売るより、街へ持っていったほうがよさそうですね」
「そうかもしれないな」
俺もうなずいたが、一つ問題がある。
「ただ、俺たちはまだ街へ行ったことがないんだ。この車やバハが目立ちすぎる。できれば人目にはつかせたくないんだ」
マオは首をかしげる。
「……なんで?」
「神様からもらった能力だからな。目をつけられたり、狙われたりするのは避けたいんだ」
「……平気」
あっさりと言うと、マオはキッチンカーへ目を向けた。
「車、しまう」
そしてバハを指した。
「バハムート、人になる」
「……人?」
俺は思わず聞き返す。
「【認識改変】」
そう言うと、自分の胸を軽く叩いた。
「マオも、いつも」
良太が目を丸くした。
「えっ、それって……魔王だと気づかれない魔法ですか?」
「ん」
マオは当然のようにうなずく。
「誰も、気にしない」
「そんな便利な魔法があるのか……」
俺は思わず感心する。
もし本当にそれが使えるのなら、街へ入る最大の問題が一つ解決することになる。
マオはそんな俺たちの反応を見て、不思議そうに小首をかしげた。
「……街、行きたい?」
隣にいたバハの頭を優しくなでる。
「バハムートも、人になって、いつも一緒」
マオは俺と良太の顔を交互に見た。
「……明日、連れていく」
「えっ?」
「街」
あまりにも自然に言われ、俺と良太は顔を見合わせた。
「案内してくれるのか?」
「ん」
こくりとうなずく。
「安全」
「それは助かるけど……」
良太が苦笑しながら頭をかく。
「初めての街なので、右も左もわからないんですよ」
マオは少し考えるように視線を落とした。
「大丈夫」
一拍置いて、良太を見上げる。
「良太……たばこ。お酒。出せる?」
「ん?」
「マオちゃん、お酒飲むんですか?」
俺と良太が目を丸くすると、マオは首を横に振る。
「ちがう」
短く答え、小さく付け加えた。
「爺のおみやげ」
「ああ、お土産なんですね」
良太は納得すると、すぐに【ネットショッピング】を開いた。
「えーっと、お酒は……異世界のおじいちゃんだと好みがわからないから……人気の贈答品を検索してみます」
検索結果を眺めながら、日本酒や焼酎、ウイスキー、それに葉巻と紙巻きたばこを数種類選んでいく。
ライターや灰皿も添え、テーブルに並べた。
「これくらいあれば、お好きなものがあると思います」
マオは一つひとつ確かめるように見つめ、小さくうなずいた。
「……ん」
次々と自身の【収納】にしまっていく。
最後の品を収納すると、マオは俺たちへ向き直った。
「お礼」
「いやいや」
良太は慌てて両手を振った。
「お礼なんていいですよ。バハちゃんのお友達ですから」
俺も笑ってうなずく。
「街まで案内してもらえるだけで十分だ」
しかし、マオは首を横に振った。
「だめ」
短く言い切る。
「借り、返す」
俺と良太はまた顔を見合わせる。
どうやら、断っても聞いてはくれなさそうだった。
「……武器」
マオがたずねる。
「何、使ってる?」
「武器か?」
突然の質問に、俺は少し考える。
今使っている武器らしい武器といえば、あれくらいだ。
「ちょっと待ってろ」
俺はすぐそばの赤いランクルへ向かい、荷室からケースを取り出した。
「今はこれだな」
ケースの中には、二本の強化シャフトが収められていた。
「【ネットショッピング】で買った、アダマンタイト製の強化シャフトです」
マオは一本受け取ると、軽く振った。
風を切る音が響く。
「……素材、いい」
ぽつりとつぶやく。
「これで作る」
俺は首をかしげる。
マオは静かにうなずいた。
「【魔剣創造】」
その名前を聞いただけで、背筋がわずかに伸びた。
何の根拠もない。
それでも俺の直感が、ただごとではないと告げていた。
マオが二本のアダマンタイト製強化シャフトへ軽くふれる。
次の瞬間、二本の強化シャフトは音もなく宙へ浮かび、並ぶように静止した。
「浮いてる……」
「……魔核、ある?」
「魔核? ……ああ」
俺は思い当たり、【車両召喚】から二つの魔核を取り出した。
一つは深い青色に輝く、タキタロウのSランク魔核。
もう一つは黄金がかった茶色を帯びた、ベヒーモスのSランク魔核。
どちらも野球ボールほどの大きさがあり、強大な魔力を放っている。
「これなんだが……」
俺は隣のバハを見る。
「バハ、使っていいのか?」
「きゅっ!」
バハは『もちろん』と言わんばかりにうなずいた。
「そうか」
俺は笑みを浮かべる。
「じゃあ、お願いする」
マオは静かに二つの魔核を受け取った。
ベヒーモスの魔核は一方の強化シャフトへ。
タキタロウの魔核はもう一方へ。
二つの魔核が、それぞれ宙に浮かぶ強化シャフトにゆっくりと近づいていく。
「――【魔剣創造】」
小さな声が響いた瞬間。
四つの素材がまばゆい光に包まれた。
光は次第に強さを増し、それぞれの輪郭がゆっくりと溶け合っていく。
まばゆい輝きがあたりを白く染め上げ――
やがて、その輝きが静かに収まる。
そこには、二振りの武器が静かに浮かんでいた。
一振りは、深い蒼色を帯びた長杖。
杖身には波紋のような紋様が幾重にも刻まれ、見つめているだけで水面をのぞき込んでいるような錯覚を覚える。
もう一振りは、黒褐色の金属で組み上げられた重厚な戦杖。
無骨な杖身は、大地をそのまま凝縮したような圧倒的な存在感を放っていた。
マオが右手を軽く振る。
二振りの武器はふわりと宙を滑り、それぞれ俺と良太の前で静止した。
マオは蒼い杖に視線を向ける。
「良太」
蒼い杖が良太の前へと進み出る。
「【タイダルロッド】」
続いて、黒褐色の戦杖が俺の前へ移る。
「拓海」
「【テラブレイカー】」
「……俺たちが、もらっていいのか?」
俺は思わずたずねる。
マオは当然という顔でうなずいた。
「お礼」
良太は恐る恐る【タイダルロッド】に手を伸ばす。
指先がふれた、その瞬間だった。
杖が淡い青い光を放ち、そのまま粒子となって良太の右手に吸い込まれていく。
「えっ!?」
反射的に手を引いたが、もう杖はどこにもない。
「き、消えた!?」
俺も確かめるように【テラブレイカー】にふれた。
こちらも同じように黄金色の光となり、体の中に吸い込まれていった。
「おいおい……」
俺たちが自分の手を見つめていると、マオが静かに説明する。
「魂」
「魂?」
「紐づけ」
短い言葉を並べながら続けた。
「魔剣、魂にしまう」
マオは右手を軽く前へ差し出す。
何もない空間に淡い魔法陣が浮かび、一振りの黒い大剣が音もなく現れた。
「必要なとき、出す」
大剣は光の粒となり、再び姿を消した。
「しまう」
「……収納魔法みたいなものか」
俺が感心すると、マオは小さくうなずいた。
「なくさない」
「便利すぎますね……」
良太が感心していると、ふと思い出したようにタブレットを取り出した。
「ちょっと『鑑定』してみます」
杖はもう手元には見えない。
だが、魂へ宿った魔剣は問題なく鑑定対象になるらしい。
タブレットへ視線を落とした良太が、小さく息をのんだ。
「すごい……」
「なんて書いてある?」
「読みますね」
良太は表示された内容を読み上げる。
───────────────
【タイダルロッド】
Sランク魔剣。
タキタロウのSランク魔核とアダマンタイト製強化シャフトを融合させた、水属性の魔剣。
所有者の魂と紐づけられており、念じるだけで自由に召喚・収納できる。
魂に紐づけている間、所有者のMNDの基本値に+50。
固有魔法【タイダルバースト】
極限まで圧縮した高圧水流を放ち、強固な対象すら切り裂く。
威力は所有者のINT(魔力)に比例して上昇する。
発動にはMP(魔力総量)を消費する。
完全不壊。
───────────────
「……水属性の魔剣ですか」
良太は続いて、俺の【テラブレイカー】も調べる。
───────────────
【テラブレイカー】
Sランク魔剣。
ベヒーモスのSランク魔核とアダマンタイト製強化シャフトを融合させた、土属性の魔剣。
所有者の魂と紐づけられており、念じるだけで自由に召喚・収納できる。
魂に紐づけている間、所有者のVITの基本値に+50。
固有魔法【グランドブレイク】
大地を砕き、岩槍と衝撃波を発生させる土属性魔法。
威力は所有者のINT(魔力)に比例して上昇する。
発動にはMP(魔力総量)を消費する。
完全不壊。
───────────────
「先輩!」
良太が興奮気味に顔を上げた。
「これ、魔法ですよ! 僕たち、とうとう魔法が使えます!」
思わず目を見開く。
「俺が魔法を……」
「ええ!」
良太は何度もうなずく。
「今まで上がり続けていたINTとMPが、ここで活きるんですね! 少なくとも今は、魔剣を媒介にすれば魔法が使えるみたいです!」
マオはそんな俺たちを見て、小さくうなずいた。
「大事に使う」
その一言には、魔王から贈られた武器の重みが静かに込められていた。
マオは最後にバハの首元へそっと抱きつく。
「また明日」
「きゅっ!」
バハの頭を優しくなでると、マオはゆっくりと身を離した。
「街、行く」
それだけ告げて、小さな足元へ魔法陣が浮かび上がった。
「――【転移】」
金色の光が夜風へ溶けるように舞い上がり、マオの姿は跡形もなく消えた。
残されたバハは、しばらくマオが立っていた場所を見つめていた。
「……」
「……」
俺と良太はしばらく、その場から動けなかった。
今日一日で起きた出来事が、あまりにも濃すぎる。
バハがSランクのタキタロウを捕まえてきたこと。
精霊たちがSランクを討伐したこと。
レベルが六十を超え、新たな能力を得たこと。
そして、突然現れた魔王。
明日は街へ案内すると言い、Sランクの魔核から魔剣を二本も作って帰っていった。
「……夢じゃないよな」
俺はぽつりとつぶやく。
「夢だったら、情報量が多すぎますよ」
良太も苦笑するしかなかった。
その横では、バハだけが尻尾をぱたぱた振りながら上機嫌で飛び回っている。
「きゅっ♪」
まるで旧友と再会できた子どものような喜びが、小さな体いっぱいから伝わってきた。
「よかったな、バハ」
「きゅう!」
俺が頭をなでると、バハは気持ちよさそうに目を細める。
その様子を眺めていた良太が、ふと真面目な表情になった。
「……先輩」
「ん?」
「今になって思ったんですけど」
少し言いづらそうに言葉を選ぶ。
「僕、初対面の相手に【ネットショッピング】のことを、普通に話しちゃいましたよね」
「あ……」
俺も思わず固まる。
本来なら、初対面の相手へ簡単に教えるような内容ではない。
「それだけじゃありません」
良太は続ける。
「魔王だとわかっても、僕たち全然警戒しませんでした。普通なら、もっと身構えていてもおかしくない相手なのに」
「たしかにそうだな……」
俺も今日の出来事を思い返す。
初対面の相手に、【ネットショッピング】や【車両召喚】の能力まで話してしまった。
しかも相手は魔王だとわかってからも、不思議なくらい自然に同じ食卓を囲み、Sランクの魔核まで渡していた。
普段の自分なら、もう少し慎重だったはずだ。
「でも、不思議と嫌な感じはしませんでした」
良太は苦笑しながら肩をすくめる。
「むしろ、昔から知っている人と話しているみたいで」
「……俺もだ」
警戒心が薄れていたのは確かだ。
だが、それを不快だとは一度も感じなかった。
むしろ、バハがあれほど嬉しそうにしている姿を見ていると、自然とこちらまで安心してしまう。
「きゅっ♪」
当のバハは満足そうに翼をぱたぱたと動かしていた。
「まあ、バハの友達だもんな」
「ですね」
俺と良太は顔を見合わせ、思わず笑みをこぼした。
こうして、魔王との新たな縁を結んだ不思議な一日は、静かに幕を閉じていくのだった。
あとがき
マオちゃん初登場回でした!
本当は一話に収める予定だったのですが、長くなってしまったため、前話とわけてお届けしました。
実は、初対面なのに自然と受け入れられてしまったのも、マオちゃんが持つパッシブ能力のひとつです。
ただ、それだけで信用したわけではありません。
二人はバハちゃんのことを心から信頼しているので、「バハちゃんがここまで懐いている相手なら大丈夫だろう」という気持ちも大きく働いています。
魔王はいったい、いくつのスキルを持っているのでしょうね。
本日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
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