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第22話 魔王襲来、タキタロウを料理

 

 ――夕刻。


 いつものように、三台のランクルをコの字に停める。


 三台の車体が風を遮り、その内側には穏やかな空間ができていた。


 俺は中央のキッチンカーへ向かい、ガルウィングを跳ね上げると、スライドテーブルを引き出した。


 磨き上げられたステンレスの天板には、包丁やまな板、ボウルが整然と並んでいる。


 サラマンダーがコンロに火を灯し、ウンディーネは調理用の水を用意する。


 シルフも心地よい風を送り、調理台の上をさっと清めていった。


 そのそばでは、バハが「きゅっ♪」と満足そうに鳴きながら、解体された巨大魚の切り身を見上げていた。


 今夜の主役は、湖の王者――Sランク魔物『タキタロウ』。


 まずは素材の味を確かめるため、赤身から今夜食べる分だけを切り分ける。


 五メートル級の巨魚を一度に食べ切れるはずもない。


 残りは鮮度を保ったままリアカーに載せ、【車両召喚】で格納し、今夜はフライとホイル焼きで、その実力を確かめることにした。


 シルフは待ちきれない様子で俺の周りをくるくると飛び回り、ウンディーネもうれしそうに小さな水球を揺らしている。


 サラマンダーも調理を待つように、コンロの炎をぴたりと一定に保っていた。


 そんな精霊たちの前には、タキタロウの切り身が美しく並べられている。


 鮮やかな赤身にはきめ細かな脂が入り、夕日を受けてつややかに輝いていた。


「……これがSランクの魚か」


 俺は思わず感嘆の息をついた。


「きれいな赤身ですね。それに、脂もきめ細かく入っています。見た目だけでも高級魚ってわかりますよ」


 良太は切り身を眺めながらうなずく。


「今日は素材の味を確かめたいので、シンプルにいきましょう。フライとホイル焼きで」


「賛成だ」


 すると――


「きゅっ!」


 待ってましたと言わんばかりに、バハが元気よく手を挙げた。


「ははっ。お前も楽しみなんだな」


「きゅう!」


 尻尾をぶんぶん振るバハを見て、俺と良太は思わず笑う。


 その笑い声につられるように、シルフがふわりと宙へ舞い上がった。


 ウンディーネは水球をくるりと回し、サラマンダーも炎を小さく揺らして応える。


「今日はみんなで料理だな」


「ですね」


 良太は【ネットショッピング】を開き、パン粉、小麦粉、卵、アルミホイル、バター、レモン、それに乾燥パセリを次々と購入していく。


 良太が操作する度に、必要な食材だけがそのままテーブルに現れた。


 【梱包選択】のおかげで、段ボールや包装材は一つも出ない。


「これ、本当に便利ですね」


「段ボールを片付けなくて済むだけで、キャンプ飯の快適さが全然違うな」


 俺は笑いながらタキタロウの切り身に軽く塩を振る。


 しばらく置いて余分な水分を引き出す間に、ホイル焼きの準備を進めていく。


 アルミホイルにバターをひとかけ。


 その上に切り身を乗せ、薄切りのキノコと玉ねぎを添え、最後に黒コショウをひと振り。


「シンプルですが、これが一番素材の味がわかるそうですよ」


「Sランク食材なら、下手に味付けしないほうがいいだろうな」


 具材を包み込むようにアルミホイルを閉じ、フライパンの上に並べて火にかける。


 一方では、フライ用の切り身に小麦粉、卵、パン粉を順番につけていく。


 黄金色の衣をまとった切り身が皿の上に整然と並ぶと、サラマンダーが任せろと言わんばかりに炎を少しだけ強くした。


 油の温度は百八十度。


 チートキッチンの精霊は、その温度をぴたりと維持し続ける。


「サラマンダー、たのむぞ」


 俺は衣をまとったタキタロウの切り身を、静かに油の中へ沈めた。


 ――ジュワァァァァァッ。


 心地よい揚げ音が響き、衣は少しずつ黄金色へと色づいていく。


 一方、ホイル焼きからはバターが溶け出し、アルミホイルの隙間から白い湯気がわずかに漏れ始めた。


 焼け始めた魚の香りと、溶けたバターの濃厚な香りが調理スペースいっぱいに広がり、思わず喉が鳴った。


「……腹が減ってきたな」


「まだ焼き始めたばかりですよ」


「わかってる。それでも、この匂いは反則だ」


「きゅぅ……」


 バハは尻尾をせわしなく左右へ振りながら、油の中で色づいていくフライから目を離そうとしない。


 その口元からは、一筋のよだれまで垂れていた。


「やはり多めに作っておこう。バハもたくさん食べそうだし、余ったら保存しておけばいい」


「賛成です。せっかくのSランク食材ですからね。多めに作っておいて損はないです」


 その隣では精霊たちもうれしそうに調理台の周りを飛び回り、料理ができ上がるのを今か今かと待っている。


 ジュワジュワと心地よい調理音が響き、夕暮れのキッチンカーは活気に満ちていく。


 今夜もまた、賑やかな夕食になりそうだった。





 ◇ ◇ ◇





 料理が完成すると、俺と良太は折りたたみ式のキャンプテーブルに皿を並べていく。


 黄金色に揚がったタキタロウのフライ。


 バターの香りを閉じ込めたホイル焼き。


 炊きたての白いご飯。


 そして、昼のうちに仕込んでおいた温かなスープ。


 その横では、シルフが摘んできた野花を、ウンディーネがコップに一輪ずつ丁寧に生けていく。


「やっぱり花があると、雰囲気が違いますね」


「ああ。食卓が華やかになるな」


 すべての準備が整い、俺と良太は腰を下ろそうとした。


 ――その瞬間だった。


「「……!?」」


 俺が座るはずだった椅子に、いつの間にか一人の幼い少女がちょこんと腰かけていた。


 腰まで届くつややかな金髪。


 夕焼けよりも鮮やかな深紅の瞳。


 年のころは十歳ほど。


 その小さな体を包んでいるのは、幾重にも黒いフリルがあしらわれたゴシックドレスだった。


 椅子に腰かけたまま、当たり前のように料理を眺めている。


「きゅっ!!」


 バハだけがうれしそうに飛び上がると、一目散に少女の胸へ飛び込んだ。


 少女も慣れた手つきでバハを抱きしめ、優しく頭をなでる。


「……お、お前、どこから来たんだ?」


 俺がぼう然とたずねる。


「【転移】。バハムートに会いに来た」


 幼い少女は当然のように答えた。


「転移……?」 


 良太が慌ててタブレットへ目を落とす。


「――せ、先輩! この子、『鑑定』だと……『今代の魔王』って表示されています!」


「……魔王? このちびっちゃいのが?」


 俺は思わず少女とバハを見比べる。


 少女はそんな視線など気にも留めず、ぎゅっとバハを抱き寄せたまま、小さく胸を張った。


「マオは、バハムートのマブダチ」


 バハもうれしそうに少女――マオの頬へすり寄る。


「きゅっ♪」


 良太は何度も『鑑定』を見返しながら、小さく息をのんだ。


「間違いありません……。『今代の魔王』です。それと、バハちゃんみたいにランク表示はありません」


 俺はもう一度、目の前の少女へ視線を向ける。


 目の前にいるのは、どう見ても小柄な女の子だ。


 椅子にちょこんと腰かけ、バハを抱きしめている姿からは、まがまがしさなどみじんも感じられない。


「……」


 マオは俺たちの様子など気にしたふうもなく、ただバハの頭を優しくなで続けていた。


 なでられている本人も、すっかり安心したように目を細めている。


「先輩……」


「ああ」


 俺と良太は視線を交わした。


 少なくとも、敵意は感じない。


 もし敵なら、ここまで無防備に食卓へ現れる必要はないだろう。


 それに、バハがここまでなついている相手だ。


 無理に追い返す気にもなれなかった。


 そのときだった。


 ぐぅぅぅ……。


 静かな湖畔に、小さなお腹の音が響いた。


「……」


「……」


「……」


 音の主は、マオだった。


 マオは赤い瞳をゆっくりと料理へ向けた。


 黄金色に揚がったタキタロウのフライ。


 バターの香りを閉じ込めたホイル焼き。


 炊きたての白いご飯。


 そして、湯気を立てるスープ。


 料理を一つひとつ、真剣なまなざしで見つめている。


「……腹、減ってるのか?」


 俺がたずねると、


 マオはこくりと一度だけうなずいた。


「お昼から何も食べてない」


「魔王って飯食うんだ……」


 思わず漏れた俺の一言に、良太が苦笑する。


「先輩、人なんですから食べるでしょう」


「そうか。いや、魔王ってもっとこう……魔力だけで生きてるようなイメージがあってな」


 マオはそんな会話など気にする様子もなく、小さく首をかしげた。


「食べる」


 短い返事だった。


 そのあまりにも当たり前の一言に、俺は肩の力が抜ける。


「……せっかくだ。一緒に食うか?」


 そう言うと、マオの赤い瞳がぱっと輝いた。


「いい?」


「ああ。ちょうど多めに作ったところだからな」


「きゅっ!」


 まるで「やった!」と言わんばかりに、バハがうれしそうに俺とマオの間を飛び回る。


 良太は慌てて【ネットショッピング】を開いた。


「椅子をもう一つ出しますね」


 タブレットを操作すると、空いていた場所に折りたたみ式のキャンピングチェアが光とともに現れる。


 良太はそれをさっと広げると、俺の隣へ置いた。


「はい先輩、どうぞ」


「……」


 マオは少しの間、その椅子をじっと見つめていた。


 そのあと、テーブルを見回し、山盛りのタキタロウのフライと湯気を立てるホイル焼きへ赤い瞳を向ける。


「……今日は、ごちそう」


「きゅっ!」


 隣ではバハがうれしそうに何度もうなずいている。


 その様子を見て、俺と良太は思わず顔を見合わせた。


「……なんというか」


「バハちゃん、すごいお客さんを連れてきちゃいましたね……」


 そんな俺たちとは対照的に、バハとマオはまるで旧知の友人のように身を寄せ合っている。


 そのほほえましい光景を前に、俺たちの警戒心も少しずつ薄れていった。


 良太は笑顔で一枚の皿とフォークを取ってくると、マオの前へそっと置いた。


「結果的に正解でしたね。バハちゃんの食欲を見越して多めに作ったんですけど、お客さんが増えても十分あります」


 こうして、異世界初の『Sランク魚料理の晩餐』は――


 魔王という、思いもよらない客を迎えて始まった。





 ◇ ◇ ◇





「それじゃあ、冷めないうちにいただきましょう」


 俺と良太が手を合わせる。


「「いただきます」」


「……?」


 マオが不思議そうに俺たちを見た。


 まずは、揚げたてのタキタロウのフライ。


 俺はレモンを軽く搾り、熱々の身を口へ運ぶ。


 サクッ。


 衣が小気味よく砕け、その直後、きめ細かな赤身が舌の上でしっとりとほどけた。


「……なんだこれ」


 思わず言葉が漏れる。


 上質な旨味が口いっぱいに広がる。


 噛むたびに、甘みのある脂がじんわりと溶け出し、後味は驚くほど澄み切っていた。


「これ、本当に淡水魚なのか?」


「すごいですね……」


 良太も目を丸くしながらうなずいた。


 続いてホイル焼きを開く。


 ふわりと立ち上る湯気とともに、バターの香りが鼻をくすぐる。


 箸を入れた瞬間、きめ細かな赤身がほろりと崩れた。


「こっちはさらに柔らかいな……」


 一口食べた瞬間、バターのコクが魚の旨味を包み込み、口いっぱいに豊かな風味が広がる。


「……これは反則だ」


「素材の味だけでも十分なのに、バターがさらに引き立ててくれますね」


 俺と良太は夢中で箸を進めた。


 その隣では――


 バハが皿に顔を近づけ、勢いよくフライにかぶりつく。


「きゅぅぅぅっ!」


 尻尾をぶんぶん振り回しながら、次を催促するように俺を見上げる。


「ははっ、やっぱり気に入ったか」


 一方のマオは、一切れ口へ運ぶ。


 ぴたりと動きが止まった。


 赤い瞳が、ゆっくりと見開かれる。


「……おいしい」


 無表情だったマオが、小さくそうつぶやいた。


 さらにもう一口。


 今度はホイル焼き。


 静かにそしゃくしたあと、小さくうなずいた。


「……こっちも好き」


 それだけつぶやくと、あとは黙々と食べ続けた。


 その皿の上からは、驚くほどの速さで魚が消えていった。


 良太は思わず苦笑した。


「……マオちゃん、かなり気に入ったみたいですね」


 バハも負けじとフライを頬張りながら、「きゅっ!」と得意げに胸を張った。


 ふと、その赤い瞳が良太へ向く。


「……たはらりょうた」


「え?」


 マオの視線が良太をじっと見つめる。


「【ネットショッピング】?」


 突然、自分のスキル名を口にされ、良太が目を丸くした。


 マオは、今座っている折りたたみ式のキャンプチェアを軽く叩いた。


「これも……そこから?」


「あっ、はい。人数が増えたので、さっき出したものです」


 良太がうなずくと、マオは「そう」と短く返事をした。


「物を……出せる?」


「はい。地球っていう別の星の商品限定ですけど、欲しいものをその場で取り寄せられます」


 マオは少しだけ考え込むように視線を落とした。


「……珍しい」


「やっぱり、この世界にはない能力なんですか?」


 良太がたずねると、マオは首を横に振る。


「似たスキルはある。でも……違う」


 そう言って、今度はテーブルの上に並ぶ調味料や紙ナプキン、マグカップへと順番に視線を移した。


「全部……同じところ?」


「はい。食材以外も、日用品も、工具も、服も……買えるものならだいたいは」


「……そう」


 小さくうなずくと、マオはもう一度タキタロウのフライを口へ運んだ。


「便利」


 その様子を見ていた俺は、思わず笑った。


「能力よりも、飯のほうが気になるみたいだな」


「ん」


 そして何事もなかったかのように、マオは再びフライへフォークを伸ばした。


「マオは、人のスキルまで見えるのか?」


 マオはフライをもぐもぐと頬張りながら、小さくうなずいた。


「見える」


 小さな体のどこに入るのかと思うほどの勢いで、タキタロウのフライが次々と消えていく。


 最後の一切れを口へ運ぶと、今度はホイル焼きをひと口。


 その赤い瞳が、ふと俺へ向いた。


「……【車両召喚】?」


「え?」


 今度は俺が目を丸くする。


 マオは小さくうなずいた。


「……収納?」


「ああ、あれか」


 俺もうなずき返す。


「俺のスキルだ。車を出したりしまったりできるんだ」


「……車だけ?」


「基本は車だけだ。ただ、車に積んである荷物はそのまま一緒に格納できる」


 マオは少しだけ考えるように首をかしげた。


「……中は広い?」


「頭の中に車庫みたいな空間があってな。そこへ車が並んでいる感じだ」


「……そう」


 マオはまた魚をひと切れ口へ運ぶ。


 その様子を見ていた良太が苦笑した。


「マオちゃん、能力を見るだけで、だいたい仕組みまでわかっちゃうんですか?」


 マオは小さく首を振る。


「見えるのは……名前と、だいたい」


「なるほど。それで気になったことを聞いていたんですね」


 揚げたてのフライを何切れか平らげたところで、良太が何かを思い出したように顔を上げた。


「先輩、せっかくですし味変もしましょう」


 タブレットを操作すると、テーブルの上へ白い小瓶と茶色いボトルが現れた。


「タルタルソースと中濃ソースです。フライには、この二つが定番ですよ」


「おお、それはありがたい」


 俺はまず中濃ソースをひと回しかけ、一口。


 甘みと酸味が加わり、赤身の旨味がさらに引き立つ。


「これもうまいな」


「今度はタルタルでどうぞ」


 勧められるまま、たっぷりとタルタルソースを乗せて頬張る。


 卵のコクとピクルスの酸味が、しっとりとした身に絶妙に絡み合う。


「……こっちも反則だ」


「でしょう? 魚のフライはタルタルとの相性が抜群なんですよ」


 バハも真似をするようにタルタルソースのかかったフライを頬張り、


「きゅぅ!」


 満足そうに尻尾を振る。


 一方、マオはタルタルソースをじっと見つめ、小さく首をかしげた。


 フライに少しだけ付けて口へ運ぶ。


「……」


 数回そしゃくすると、小さくうなずく。


「……好き」


「ああ、うまいよな」


 マオは今度はキッチンカーをじっと見つめた。


「……見せて」


「え?」


「車」


 俺と良太は顔を見合わせる。


「構わないぞ。飯が終わったら案内する」


「ん」


 マオはまたフライを一口頬張る。


 その様子を見て、良太がふっと笑う。


「車より、まずご飯ですね」


「ご飯、大事」


 思わず吹き出す。


「即答か。そこは俺たちと同じだな」


「きゅっ!」


 バハも元気よく鳴きながら、大きなフライを抱えるように食べている。


 魔王を迎えたとは思えないほど、穏やかな夕食の時間が流れていった。





 あとがき


 マオが着ている黒いゴシックドレスのイメージをカクヨムの近況ノートにアップしています。

 (ドレスのモデルは、ハイエルフに【認識改変】している16才のマオなので、作中のマオとは目の色や体形が違います)

https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051606844455864


※その他の挿絵はネタバレを含みますのでご注意ください。

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