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第21話 バハちゃんの一本釣り


 

 ベヒーモスの熟成ステーキを平らげた俺たちは、湖畔でしばし休憩していた。


 満腹になったバハは腹ばいになって尻尾を揺らし、精霊たちも気持ちよさそうに宙を漂っている。


 湖面を渡る風は涼しく、波は穏やかだった。


 そのときだった。


「きゅっ! きゅっ!」


 バハが勢いよく立ち上がり、沖へ視線を向ける。


「……どうした?」


 小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせながら、何度も沖を指すように鳴く。


 まるで、


『見て! あそこ!』


 そう言っているようだった。


 次の瞬間。


 バハの体が淡い黄金色の光に包まれる。


 ふわりと宙へ浮かび上がると、その体はみるみる大きくなっていった。


「お、おい!」


「先輩! バハちゃんがパワーアップしました! ベヒーモスをくわえてきたときと同じです!」


 体長は三メートルほど。


 幼体とは思えない威厳をまとった姿で、バハは大きく翼を広げる。


 バサァッ――!


 一度羽ばたいただけで大気が震えた。


 そのまま一直線に空へ舞い上がる。


「どこへ行くんだ!?」


 あっという間に高度を上げ、雲へ届きそうな高さまで上昇していく。


 そして――


 翼をたたんだ。


「うおっ!?」


 ゴォォォォォォッ!!


 大気を裂きながら急降下したバハは、そのまま湖面へ突っ込む。


 轟音。


 巨大な水柱が天へと噴き上がった。


 良太は慌ててタブレットに表示されたレーダーに視線を落とす。


「先輩! 三キロくらい先ですよ!?」


 しばらく、遠くの湖面だけが大きく波立っていた。


 そして――


 ザバァァァァァァァン!!


 再び巨大な水柱が上がる。


 水しぶきを突き破って飛び出したバハの口には、一匹の巨大魚がくわえられていた。


「でっ……でかっ!?」


 全長は五メートル近い。


 銀青色の鱗が太陽を反射し、宝石のように輝いている。


 バハは誇らしげに魚をくわえたまま戻ってくると、


 ドサァァッ!!


 俺たちの目の前へ豪快に放り投げた。


 ビタンッ!!


 巨大魚が地面に叩きつけられる。


 まだ生きている。


 力強く尾を振るたび、草が舞い上がり、巨体が大きく跳ねる。


「うわっ!」


「まだ生きてますよ!」


 そんな俺たちとは対照的に、


「きゅっ♪」


 バハは胸を張って得意満面だ。


 周りではシルフやウンディーネたちもうれしそうに飛び回り、自分たちのことのようにはしゃいでいた。


 良太がすぐに【買取査定】を発動する。


「えっと……」


 表示された文字を見た瞬間、目を丸くした。


「タキタロウ……Sランクです」


「Sランク!?」


「ラズライト湖に生息する大型魚。魔法結界のかかった巨大な鱗は、物理・魔法ともに極めて高い耐性を持つ……それと」


 良太が一度言葉を切る。


「美味しさSです」


「……美味しさS?」


 俺が思わず聞き返した、その瞬間――


 ビタンッ!!


 巨大魚が再び大きく跳ねる。


「うわっ!」


 力強く尾を振るたび、草が舞い上がる。


「……どうすんのこれ」


「きゅっ♪」


 バハだけはうれしそうに魚の周りを歩き回っている。


 すると、


 キッチンカーからシルフが胸を張って俺の前まで飛んできた。


 隣にウンディーネも並び、こくりとうなずく。


 二人そろって、小さな力こぶを作った。


「……おお、さばいてくれるのか?」


 俺はうなずく。


「シルフ、やっちゃってくれ」


 シュンッ!!


 真空刃が一直線に走る。


 しかし――


 キィィィン!!


 硬質な音を立て、真空刃は弾かれた。


「なっ!?」


 続いてウンディーネ。


 高圧水球が炸裂する。


 ドォン!!


 盛大な水しぶきが上がる。


 だが、


 傷一つついていなかった。


「効かないのか!」


 シルフとウンディーネが顔を見合わせる。


 ぴくり。


 二人のこめかみが、小さく引きつった。


「きゅ?」


 不思議そうに首をかしげるバハ。


 シルフは風を極限まで圧縮し、


 ウンディーネは水圧を限界まで高める。


 二人の力が重なった瞬間、


 水は風に導かれ、一筋の超高圧ウォーターカッターへと変わった。


 ヒュン――


 ズバンッ!!


 タキタロウの首が、まるで豆腐を切るように滑らかに落ちた。


 巨大な頭部と胴体が静かに地面に転がる。


「…………」


「…………」


「きゅっ♪」


 満面の笑みを浮かべるバハ。


 腕を組んで満足げなシルフ。


 胸を張るウンディーネ。


 そのとき――


 頭の中に、レベルアップを告げるいつもの電子音声が響いた。


「……え?」




【討伐完了】タキタロウ

【基本獲得経験値】:300,000pt ×2(称号によるボーナス) ×1(討伐数)

 ─────────────── 

 吉原 拓海:Lv.57 ──> Lv.59 UP! (Next37,906 / 378,000)

 田原 良太:Lv.57 ──> Lv.59 UP! (Next37,906 / 378,000)

 ───────────────


 無傷討伐ボーナス × 1.5

 神話級兵器ボーナス × 1.5

【ボーナス経験値合計】:1,800,000pt

 ───────────────

 吉原 拓海:Lv.59 ──> Lv.63 UP! (Next209,906 / 500,000)

 田原 良太:Lv.59 ──> Lv.63 UP! (Next209,906 / 500,000)

 ───────────────


 新たに称号が付与されます。

【蒼湖の覇者】タキタロウを討伐した証。基本取得経験値が2倍。


 ───────────────


[通知:吉原 拓海がLv.60を超えたため、【車両召喚】に新たな能力【自動操縦】が追加されました]

[通知:田原 良太がLv.60を超えたため、【ネットショッピング】に新たな能力【自動補充】が追加されました]


 ───────────────



「……」


「シルフたちに調理してもらおうかと思ったら、レベルが上がったぞ……」


「そのためにバハちゃんは、生け捕りにしてきてくれたんですかね……? そういえば、とどめを刺したのはシルフとウンディーネでしたね」


「ああ……」


 俺はうれしそうにこちらを見上げるバハへ視線を向ける。


「……バハ。俺たちに経験値を譲ってくれたのか?」


「きゅっ!」


 満面の笑みでうなずくバハを見て、俺は思わず笑ってしまった。


「……賢すぎるだろ」


「本当に、神獣ですね」


「それと、うちの精霊たちも、あんなに強いのか……。正直、ランクルの外で生きたSランクを目の前にしたのは初めてだったから、いまだに緊張してるぞ」


「僕もです……それに、この称号もすごいですよ」


 良太はタブレットを見せる。


「Sランクにもなると、討伐時に個別の『称号』がもらえるんですね。MMORPGでネームドを倒したときみたいだ……基本取得経験値二倍は大きいです!」


 良太はタブレットに視線を落としたまま、続けた。


「それと、【車両召喚】にも新しい能力が追加されています。【自動操縦】です」


「おっ、どんな能力なんだ?」


「先輩が目的地を指定するだけで、ランクルが自動で走ってくれるそうです。乗っていても、無人でも使えるみたいですね」


「ランクルが自動運転か。電気自動車みたいだな」


「僕の【ネットショッピング】にも【自動補充】が追加されています。登録した商品なら、消耗した分だけ自動で補充してくれるみたいです。キッチン用品や生活用品はもちろん、ランクルの給油も全部自動になります」


「それは便利だな! 今までは空になったジェリ缶をいちいち【ネットショッピング】に戻して、燃料入りのものを買い直してたからな」


 良太は腕を組み、少し考え込んだ。


「先輩……これ、もしかしたらブレイクスルーになるかもしれません」


「なにがだ?」


「レベルが上がるにつれて、Next経験値もどんどん増えますから、この先はレベル上げが厳しくなると思っていたんですが……」


「そうだな」


「でも、この【自動操縦】なら話が変わります」


 良太はタブレットを見ながら説明を続ける。


「自動運転で無敵のランクルを走らせて、【挑発モード】で敵を集め続けるんです。そのあと、敵が十分集まったところで【H○T LIMIT】みたいな広範囲攻撃を使えば……僕たちは安全圏にいたまま経験値だけ入ることになります」


「なんだかすごそうだな」


「Sランクなどそうそういないでしょうが、例えばAランクのガレオン・バイソンなどを集めて、まとめ狩りができれば、たくさん稼げそうですよ。今回、基本取得経験値が二倍になる称号もさらに付きましたし」


「お前は、いつもよく思いつくな……」


「この手の『まとめ狩り』も、ある意味『お決まり』の異世界ハックですからね」


「きゅ! きゅ!」


 そのとき、いつもの一メートルほどの姿に戻っていたバハが、再び黄金色の光をまとった。


「ん?」


 バハが小さく手を振る。


 すると、地面に横たわっていたタキタロウの胴体が、ふわりと宙へ浮かび上がった。


「お、おい?」


 宙吊りになった巨体は、そのままゆっくりと回転を始める。


 次の瞬間――


 シュバババババババッ!!


 バハの周囲から無数の真空刃が放たれ、四方八方からタキタロウへ走る。


 刃は一切無駄なく走り抜け、巨大魚の体を瞬く間に解体していく。


 鱗。


 骨。


 尾びれ。


 背びれ。


 内臓。


 美しい赤身。


 そして、最後に深い蒼色の魔核だけが空中へ残った。


 部位ごとに分けられた素材は、宙に整然と並んだまま、静かに地上へ降りてきた。


「……職人か」


「完全にプロですね……」


 空中に残った野球ボールほどの魔核を、バハは両手でそっと受け止めた。


 深い群青と鮮やかな蒼。


 二つの色が脈打つように交互に輝く、水属性のSランク魔核だった。


 バハはそれを大事そうに抱え、てくてくと俺の前まで歩いてきた。


「きゅっ」


「おいおい、またくれるのか。この前のベヒーモスの魔核もあるだろ。好きなんだから、お前が食べてもいいんだぞ?」


 バハはぶんぶんと首を横に振ると、もう一度魔核を差し出した。


「……そうか。ありがとうな」


 俺は両手で魔核を受け取る。


「じゃあ、これも大切に【車両召喚】に収納しておく」


「きゅう!」


 バハは褒めてもらえた子どものように、うれしそうに目を細めた。


 湖から吹く風が、青く澄んだ水面へ細かなさざ波を広げていく。


 夕日は少しずつ傾き始め、ラズライト湖は黄金色と群青色が混ざり合う幻想的な輝きに包まれていた。


「……今日は大収穫だったな」


「ですね。レベルも上がって、新しい能力も増えて、Sランクの素材まで手に入りました」


 良太は並べられたタキタロウの切り身を見つめ、どこか落ち着かない様子で喉を鳴らす。


「それにしても……美味しさS、ですか」


「ああ」


 俺たちの視線が自然と同じ切り身へ向いた。


「刺身でも食べられるんですかね……」


「焼いても旨そうだし、鍋も捨てがたいな」


「フライもいいですよ。照り焼きも……いや、ムニエルもありですね」


「……もう頭の中は魚料理でいっぱいだな」


「だって気になりますよ。異世界最高級の魚ですよ?」


 俺も否定はできなかった。


 Sランクの魔物という響きよりも、『美味しさS』という鑑定結果のほうが、今はずっと頭から離れない。


 そんな俺たちを見て、シルフがうれしそうに宙をくるくると飛び回り、ウンディーネも任せろと言わんばかりに胸を張る。


 その隣では、バハが「きゅっ!」と誇らしげに鳴いていた。


 今夜の食卓には、Sランクの魚が並ぶ。


 どんな味が待っているのか。


 俺たちは顔を見合わせ、自然と笑った。







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