第2-1話 異世界に到着
第2話は、異世界の通貨や車両の紹介です。
※本文中の『車両説明』部分だけを次の回へ分離しました。
メカにご興味ある方は、そちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです。
まばゆい光の残滓が消え、ゆっくりと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、日本では見たこともないほど透き通った青空と、風にそよぐ広大な草原だ。
隣には後輩の良太。
そして、そのすぐ横には俺の愛車――ランクル。
「きたああ! 先輩、とうとう来ましたよ!」
はしゃぐ良太の声をよそに、俺はぐるりと周囲を見渡す。
見渡す限りの緑。空気もうまい。
今のところ地球との違いはわからない。
……そうだ、ランクルは無事なのか!?
「……崖から落ちたはずなのに、傷ひとつないな」
「よかったですね。あの女神様、修理してくれるって言っていましたし。……でも、なんだか前と形が違いませんか?」
良太の言う通り、フォルムは事故に遭う前とは違っている。
けれど、たしかにこれは俺の車だ。
またこいつと走れる。
その事実がたまらなく嬉しい。
心なしか、異世界の大地を前にしたランクルは、以前よりも生き生きと輝いて見える。
「……というか先輩、タイヤ、めちゃくちゃはみ出していますね」
以前より、ずいぶん大きなタイヤになっている。
オフロード動画でよく見る、35インチくらいはありそうだ。
フェンダーからはみ出した極太タイヤのトレッドパターンを眺めていると、良太が真面目な顔で俺の肩を叩いた。
「先輩、喜んでいるところに水を差すようであれなんですが……。異世界に来たからには『お決まり』のイベントがあるので、いくつか説明させてください」
「お決まり?」
「はい。女神様から授かったチートスキルは、使い方を間違えると危険なんです。
たとえば僕の【ネットショッピング】で仕入れた現代の商品を、この世界の街で売る。一見、簡単に大金持ちになれそうですよね?」
「なるほど、手堅そうだな」
「でも、それが危ないんです。出所不明なのに高品質で画期的な商品なんて、間違いなく貴族や大商人みたいな権力者の目に留まります。
運よく人格者に保護されればいいですけど、強欲な貴族に目を付けられたら最悪です。地下室に監禁されて、一生【ネットショッピング】を使わされる――なんて展開になったら、その時点で僕たちの異世界ライフは終了――詰みです」
俺は、静かにうなずいた。
たしかに、身を守る術がないうちは、目立つ行為は控えたほうがよさそうだ。
「今はまだ、僕たちには自衛する手段がありませんからね。目立つ商売をするにしても、何かしらの戦闘力を手に入れて、安全を確保してからのほうがいいです」
戦闘力、か。
そういえば、ここは剣と魔法の世界だったな。
当然、凶暴な魔物もいるはずだ。
「同じ理由で、ランクルもしばらくは人目につかないほうがいいかもしれません。
先ほど、女神様が馬車が街で買えると仰っていましたよね。そんな馬車の時代に、時速七十キロを超えて荒れ地を駆け抜ける『鉄の召喚獣』ですよ? そんなものを操る人間がいたら、どこの国だって血眼になって囲い込みにきます。物流も、戦争の常識すらひっくり返っちゃいますから」
鉄の召喚獣――
たしかに、馬車しか知らない人たちから見れば、エンジン音を響かせて荒れ地を駆けるランクルなんて、未知の魔獣にしか見えないか……。
じゃあ、現地人のいる街中なんかでは、うかつにランクルを出せないってことだな。
せっかく異世界でも一緒に走れるようになったというのに、当分は人目を避けなければならない。
それだけは少し残念だった。
「良太がいなかったら、俺は今頃、何も知らずに街へ乗り込んで早々に捕まっていたかもしれないな。助かったよ」
「いえいえ、こういう『お決まり』だけは任せてください! ファンタジー世界に行ってみたいと言い出したのは僕ですし、申し訳ないなとも思っていますよ……ちょっとだけ」
ちょっとだけね……。
まあ、草やバッタになって地球でやり直すよりは、よほどいいだろう。
「そうだ先輩。せっかくですし、【車両召喚】を試してみませんか?」
「ああ……そうだな。やってみよう。――【格納】!」
ランクルから数歩離れ、静かに念じる。
次の瞬間、目の前の車体が何の前触れもなく、すっとかき消えた。
「おお! 本当に消えましたね。先輩、今度は出してみてください!」
「――【車両召喚】!」
目の前の空間がわずかに揺らぎ――
地面から三十センチほど浮いた位置にランクルが出現する。
ドンッ!
何もない空間から突然現れたランクルが、そのまま落下する。
大きくなったタイヤとリーフサスペンションが、その衝撃をしっかりと受け止めた。
「おお……地面の少し上に出るんですね。本当に、異世界に来ちゃったんだなぁ……」
良太の言葉を聞きながら、俺も愛車を見つめる。
また、こいつと走れるんだな……。
「……あ、先輩。車のワイパーのところに、何か挟んでありますよ」
ランクルの正面へ回ると、たしかにワイパーに白い紙が挟まっていた。
地球でも、車の買取業者のチラシがよく挟まっていたっけな。
「……なになに? 『言い忘れていたけど、そちらの通貨をいくらかグローブボックスの中に入れておくよ。
おおよそだけれど、銅貨が地球の百円、大銅貨が千円、銀貨が一万円、金貨が十万円、ってところかな。
後輩ちゃんの【ネットショッピング】にも少しだけポイントを入れておいたから。
あと車は少しだけ丈夫に創っておいたからね。
何か聞きたいことがあったら、グローブボックスにメモを入れておくといいよ。
気が向いたら返信するからね。(可愛いスタンプ)』……だってさ。問い合わせ窓口付きかよ」
「おお! 至れり尽くせりですね! 先輩、さっそく見てみましょうよ!」
良太に促され、俺は助手席のドアを開けてグローブボックスのツマミを引いた。
「……たしかに入っているな。いくらあるんだ?」
グローブボックスから革袋を取り出し、中身の硬貨をシートの上へ並べて数えてみる。
「銅貨が百枚、大銅貨が十枚、銀貨が三枚……金貨はなしか。合計で五万円ってところだな」
「出でよ【ネットショッピング】! ――おお、こっちにも五万ポイント入っていますよ先輩。さっそく何か買ってみますか?」
良太の手元には、見慣れた現代のタブレットが握られていた。
水と食料の心配がないだけでも、精神的な余裕はまるで違う。
まずは、この世界で生き延びることだな。
俺がシートの上の硬貨を片付けていると、良太がそのタブレットを掲げながら口を開いた。
「先輩、買い物をする前に、ちょっとこのアプリでランクルを【買取査定】してみましょう」
「……売るつもりはないぞ?」
「わかっていますって。査定機能って、価値や詳細情報を調べられるじゃないですか。異世界でいう【鑑定】代わりになると思うんです」
「なるほど、いいところに目を付けたな」
「あはは、任せてください。ええと……カメラを起動して、ランクル全体を画面に映して……査定ボタンをポチッと」
良太が【買取査定】をタップする。
数秒間、画面に読み込み中の表示が浮かび――
「あれ?」
金額は表示されず、【買取】ボタンだけが灰色のままだった。
「やっぱり買取は不可みたいです。【買取】ボタンがグレーアウトしてますね。まあ地球の車ですし……って、えっ? 先輩、これ……」
「どうした?」
画面をのぞき込んでいた良太の顔つきが、一瞬でこわばった。
「先輩……これ、【神器】って書いてあります」
神器……?
良太はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと説明文を読み始めた。
──────────────────────────────
「まず……【ランクル70・ショートボディ】(天界グレード:神威-KAMUI-)神が造り直した究極の『神器』と書いてありまして……」
「ボディは――
(※この先の車両説明は非常に長いため、第2-2話へ分離しています)
──────────────────────────────
どうやら良太は、そのまま最後まで一気に読み上げていたらしい。
だが、俺は途中からほとんど聞いていない。
ランクルの赤いボディをぼんやり眺めながら、
……かっこいいな。
それだけを考えていた。
「……ふう、これで以上です。――って、先輩、聞いていました? これは、何というか……」
良太がようやくタブレットから顔を上げ、俺の反応を確かめるようにこちらをのぞき込んできた。
「やっと終わったのか? 正直、途中から何一つ頭に入ってこなかった。……でも、俺のランクルが、とんでもなくすごい車になったってことだけはわかった」
良太は苦笑いした。
「神様から見たら、これでも少しだけ丈夫に作った……って感覚なんですかね? 規格外にもほどがありますよ」
お前が『チートをいっぱいくれ』なんて欲張ったから、神様が腹いせに、俺の車へ全部盛りしたんじゃないのか……。
俺はそう思いながら、改めてランクルへ視線を向けた。
細かな性能はさっぱりわからない。
けれど――
かっこいい。
それだけで十分だ。
「……あ、先輩。さっきの話ですけど、思いがけず手に入れちゃいましたね。戦闘力を」
「……ん? ランクルの中に乗っていれば、絶対に安全ということか?」
「いえ、それもありますが……これだけの強固なボディと足回りがあれば、そこそこの質量の魔物なら、そのまま体当たりして『ロードキル』するだけで倒せてしまうのでは……?」
「なるほどな。バンパーも以前は軽量なパイプバンパーだったのが、今は頑丈なアイアン製になっているし、たしかにそういったこともできるのかもな」
「アイアンではなくアダマンタイトですけどね。……そういえば、エンジンは元のままなんでしょうか?」
良太の言葉に、俺は一瞬固まった。
「そうか!」
「どうしました?」
「さすがは『ト〇タ』が世界に誇る1HZエンジンだな。神も認めたというところか!
このディーゼルエンジンは世界中で活躍しているんだが、日本じゃ排ガス規制の関係で乗れる地域が限られていたんだ」
「なるほど、じゃあこの異世界ならどこまでも存分に走り回れるってわけですね。最高じゃないですか! よし先輩、さっそくドライブにいきましょうよ!」
良太の屈託のない笑顔に、俺の胸も自然と高鳴る。
ああ、そうだな。
ここから、俺とランクルの新しい旅が始まるんだ。
俺はポケットからキーを取り出し、運転席のドアを開ける。
カチャリ、と聞き慣れた音が静かな草原にひびく。
その瞬間、不思議と「帰ってきた」という気持ちになった。




