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第1話 白い空間


「うわああああああ!」


「ぎゃああああああ!」


 後輩の田原良太《たはらりょうた》と得意先を回り終え、山越えの近道を走っていた。


 その選択が、すべての始まりだった。


 見通しの悪いカーブを曲がった瞬間、大型トラックが中央線を大きくはみ出し、真正面から突っ込んでくる。


 ガガガガッ!!


 耳をつんざく金属音とともに、俺のランクルは横へ弾き飛ばされる。


 路肩のガードレールを突き破り、一瞬、体がふわりと浮いた。


 そのままランクルは、崖の下へ真っ逆さまに落ちていく――




 ◇ ◇ ◇




 気がつくと――俺は静まり返った真っ白な空間にいた。


「ここは……」 


 混乱する頭で周囲を見渡すと、すぐそばに良太が倒れていた。


「良太! 大丈夫か!? おい、起きろ!」 


 慌てて駆け寄り、良太の体を一通り確認する。


 服は土ぼこりで汚れているものの、不思議なことに出血などの外傷はどこにも見当たらない。


「うーん……先輩?」


「良太、怪我はしていないか!?」


「はい……。先輩、ここはどこですか……?」


「わからん。俺も目が覚めたらここにいたんだ」


「真っ白な空間……『お決まり』だ……」


 山道のカーブで大型トラックと衝突し、崖へ飛ばされたところまでは覚えているのだが……。


「先輩、僕たちあの崖から落ちて……死んじゃったんですかね?」


「だとしたら、ここが『あの世』なのか」



『だいたい正解かな』



「「っ!?」」


 次の瞬間、目の前の空間が水面のように揺らぐ。


 何もなかったはずの場所に、見慣れた赤いボディが現れた。


「……ランクル?」


 俺の愛車、ナ(・)ナ(・)マ(・)ル(・)。


 見間違えるはずがない。


「え? 先輩、女(・)の(・)人(・)ですよ? さっきの事故で頭でも打ったんじゃないですか?」


「え? ……女性?」


 待て……俺と良太で、見えているものが違うのか!?


『どちらも正解だよ。僕は見る人が、今いちばん気になっているものの姿に見えるの。先輩君は崖から落ちた愛車のことを考えていたよね? 後輩ちゃんは「異世界転生なら女神様が出てくるはず」って思っていたでしょ?』


「すごい! すごい! ……じゃあ、あなたは女神様なんですか?」


 良太もこいつも、何を言っているんだ?


 ……いや、たしかに死ぬ間際、「もうこのランクルには乗れない」と思った。


 あの高さから落ちたんだ。無事なはずがない。


『まあ、似たようなものかな。ひとまず説明するね。君たちは崖から落ちて死んじゃいました。ここまではいいかな?』


「はい!」


「そうか……俺たちは、本当に死んだのか」


 じゃあ、ここはやはり、『あの世』か……。


『君たちにわかりやすく説明すると、ここはすべての宇宙を管理している、いわば「事務局」のようなところで――』



 説明を聞き終えても、いまひとつ実感が湧かない。


 目の前の赤いランクル――いや、この神様の話によれば、崖から落ちて死んだ俺たちは、本来なら次に人として生まれ変わるまで、ここでのんびり過ごすことになるらしい。


 あるいは、今すぐ別の生き物や植物へ転生することも選べるという。


 ただ、俺たちは生前にかなり善行を積んでいたため、特別に元の体のまま別の世界へ転移する権利を得たそうだ。


 俺が納得しないうちに、良太とラ(・)ン(・)ク(・)ル(・)の間でどんどん話が進んでいき……。


「すごい、すごい! 僕、このときのために、おばあさんと手をつないで横断歩道を渡ったり、ハロウィンのゴミを拾ったりしていたんですよ!

 それで、異世界に行く前にチートはもらえるんですか!? やっぱり異世界転移といったらチートじゃないですか!」


 良太、お前……。ってチート?


「チートってなんだ?」


「先輩、チートも知らないんですか? ラノベとか読まないですもんね。チートは異世界に行くときの特典みたいなものです。大丈夫ですよ! 先輩、あとは僕に任せといてください」


 おいおい、勝手に話を進めるな。


 ちゃんと説明してくれよ。


『チートね。じゃあ、何か欲しいものがあるなら一つ言ってみて。

 あ、それと向こうの世界の言葉は話せるようになってるよ。文字もちゃんと読めるから安心してね』


「わあ! 【言語理解】ですね。ありがとうございます! えっとですね、じゃあ、あとは【健康体】に【身体強化魔法】、【脳内ナビゲーションシステム】、無限の【アイテムストレージ】! 【無限魔力】、【回復魔法】に【絶対防御】でしょ。全属性の【魔法スキル】、あと【転移】と【鑑定】も欲しいです! あ、【マップ表示】に【魔力探知】も付けてもらって……。【認識阻害】に【状態異常無効】に【経験値倍増】! 空も飛びたいし、時間も止めたいかも! あとは、え~と――」



 良太が目を輝かせながら、高速でまくしたてる。


 正直、何を言っているのかまったくわからん。


 というか、なんかランクルが後ずさっていないか?



「【魔眼】、【ポーション作成】に【ネットショッピング】、【スマートフォン機能】、【ATなフィールド】、【戦艦の形をした宇宙船】、【魔導アーマー】、【空を飛べる青い宝石】、【万能な農具】、【死に戻り】、【銅像の錆を綺麗に取る魔法】、【三刀流】、【ツインシュート】、【ドラゴンブレス】、【赤いジャージを着た熱血女教師】、【金髪幼女のヴァンパイア】、【黒いノート】、【ダンジョン支配】、【アンデッド作成】――」



 おい、ランクルのボンネットから煙が出てきたぞ!


 なんだドラゴンブレスとかアンデッドって、お前は何になるつもりなんだ。



「【高速詠唱】、【解体】、【モノマネ】、【武器創造】、【エンチャント付与】、【浄化魔法】、【主人公補正】、【空中庭園】と白い城! あ、あと【猫と会話】! 【温泉探知】! 【――】」


 バンッ!!


 うわ! ランクルのボンネットが開いてタイヤが四輪ともパンクしたぞ!


 ハザードも点滅している。


「良太、待て待て! 何言ってんだお前!?」


 良太の肩をゆすり、無理やり止める。


「はあ、はあ……。まあこんなところですかね」


『で、で……できるわけないでしょ!!』


 ほらみろ、とうとうランクルが怒りだしたじゃないか。


「ええ~なんでもいいって言ったじゃないですか」


 言っていない。『一つ言ってみろ』だ。


『中にはできるものもあったけど、一人一つにして! 弱いうちにそんなに能力を詰め込んだら、体がもたないよ?』


 当たり前だろ。


 おばあさんと手をつないで横断歩道を渡ったくらいで、そんなにもらえるか。


 だいたいお前、去年のハロウィンだって、ただの私(・)服(・)で行ったのに、ドラ○もんのコスプレをした人から『の○太君、一緒に写真を撮ろう!』って誘われて、泣いて帰ってきただけだろ。


「えええー、一つだけなんですか~。それなら【無限収納】とか【ネットショッピング】かなあ。でっかい石を収納させておいて、空から降らせるとめちゃくちゃ強いんですよ! 『め~て~お~!』って言いながら!」


 ……まあ、俺にはさっぱりだが、こういうことは、の○太……いや、良太に任せておいたほうがよさそうだ。


『そのレベルの【無限収納】は無理だね。【ネットショッピング】ならできるけど、これにも制限があるよ。最初のうちは、安い服や食料、水くらいしか買えないんだ。レベルが上がれば、メニューも増えていくけどね』


「食料と水が手に入るだけでも大助かりですよ。というか、やっぱりレベルの概念《がいねん》があるんですね。向こうは……いわゆる『剣と魔法の世界』なんですか?」


『うん。後輩ちゃんはそういう世界がお望みみたいだから、要望に沿った世界に渡らせてあげるよ』


「ありがとうございます! じゃあ、僕は【ネットショッピング】にします! 先輩はどうしますか?」


 どうする、か……。


 飛ばされる先がわからないことには、能力を選びようもない。


 先にそこを確認しておくか。


「俺たちの行き先は、どれくらい危険な場所なんですか?」


『うーん、危険度はなんとも言えないけど、現代の日本と比べたらち(・)ょ(・)っ(・)と(・)だ(・)け(・)危険かな?


 後輩ちゃんは、人間のほかに魔族や魔物がいて、獣人やドワーフ、エルフなどがいる世界が――』


「そうです!」


 食い気味に答えたな……。


『……うん。じゃあ、地球によく似た環境で、その条件に当てはまる星があるからそこに決めるね。別の宇宙にある星だから異世界になるけど、重力や酸素濃度はだいたい地球と同じかな』


 酸素濃度ね。これはもう決まりだな。


「あの……俺のランクル、その車を一緒に連れて行くことはできますか?

 重力や酸素濃度が地球と同じなら、向こうでも走れるんじゃないかと思って」


「……先輩、たしかに移動手段があったほうが助かりますけど、燃料がなくなったら終わりじゃないですか?」


「あ……」


 言われて初めて、その致命的な欠点に気づく。


 そうか。アホだな、俺は。


 こんな簡単なことにも気づけないなんて、それだけこの状況に動揺しているってことか。


『燃料なら大丈夫だよ。後輩ちゃんの【ネットショッピング】で、軽油やガソリン、それに各種オイルも最初から買えるようにしてあげる』


 おお……! 良太の能力で燃料が補充できるのか!


『君が地球で所有していた車は、ちゃんと修理して返してあげる。それに――いつでも【召喚】で呼び出せるようにもしてあげよう』


 ――召喚!?


「女神様すごいです! 車が出し入れ自由になるんですか!?」


『そうだね。先輩君の意思で、いつでも出したり消したりできるよ。名づけて【車両召喚】、かな』


【車両召喚】……! それがあれば、またあのランクルで走れるのか!


「お願いします! ぜひ、その【車両召喚】を俺にください!」


『うん、じゃあ決まりね。工具や消耗部品も後輩ちゃんの【ネットショッピング】で買えるようにしておくから』


「ありがとうございます」


「女神様、ありがとうございます! ……あの、追加で質問があるのですが、先輩が車をしまったとき、中に積んでいた荷物はどうなりますか?」


『そうだね。車両の中にあるものは、一緒にしまえるようにしておくよ。ただし、人や動物なんかは一緒にしまえないから注意してね』


「なるほど……。女神様、先輩が出し入れできる車って、もしかしてあのランクル一台だけなんですか?」


『ううん。一台だけじゃないよ。何台でも収納できる。

 たとえば【ネットショッピング】で買ったリアカーや、向こうの世界の馬車なんかもね。

 後輩ちゃんのレベルが上がれば、新しい車だって買えちゃうし。――あ、悪さはしないと思うけど、念のため『自分たちの所有物であること』を条件にしておくね?』


「わあ! ありがとうございます! じゃあ、車両を増やせば、そのぶん荷物を収納できる場所も増えるようなものですね! 先輩、がんばってたくさん車を増やしましょう!」


 おお……やっぱり良太は頼りになるな。


 こういう世界のことは、完全にあいつの得意分野だ。


「あと女神様、【ネットショッピング】の対価はどうなっていますか?」


 そうだ。もしお金が必要なら、向こうの世界でも必死に働いて稼がなきゃいけないよな。


『向こうで手に入れたものなら何でも買い取って、その金額をポイントにしようか。――後輩ちゃん、今【ネットショッピング】を開いてみて。頭の中で念じればいいからね』


「はい! 出《い》でよ――【ネットショッピング】!!」


 いや、念じればいいって言われただろ。


『あはは、ノリがよくて可愛いね。ほら、空中にタブレットが出てきたでしょ? それで映したものを【買取査定】すると、査定金額と簡単な説明が表示されるからね』


「おお! 説明が出るということは、これはちょっとした【鑑定】スキルとしても使えるんですね!」


『うん。買い取ってほしいものを映したまま【買取査定】をして、【買取】ボタンを押せば、その品物は消えてポイントになるよ。

 もし間違えて元に戻したい場合は、【キャンセル】を押せば元の場所に戻るからね。

 ただし、本当に「元の場所」にしか戻せないから――大岩を買い取っておいて、敵の頭上の崖《がけ》から落とす、みたいな使い方はできないからね?』


「ちっ」


 おい、今舌打ちしなかったか?


『あ、それから万引きとかもやめてよ? 向こうの世界の人間が困っちゃうからね』


「し……しませんよ! 僕をなんだと思ってるんですか! 僕はまたコツコツと善行を積んで、次に死んだときも異世界転生させてもらうんですから!」


 お前は善行をスタンプカードか何かだと思っているのか。


『じゃあ、そういうわけだから、そろそろ向こうの世界へ飛ばすね』


「あ、待ってください! 先輩の車を見たら、向こうの人はめちゃくちゃ驚くんじゃないですか?」


『あ、たしかにそうだね。じゃあ、街からはかなり離れた場所に飛ばしておくよ。――うん、今度こそもういいかな?』


「あああ! 何度もすみません! 僕たちのレベルを上げるにはどうしたらいいですか!?」


『そうだったね。基本的に魔物を倒せば経験値が貯まるよ。

 向こうの魔物は人を見ると襲ってくるから、ためらわずにやっつけてあげてね。向こうの人たちも喜ぶからさ』


 なるほど、ランクルでただ快適にドライブするだけってわけにはいかないか。


「わかりました。いろいろと教えていただき、ありがとうございます!」


『うん、じゃあ飛ばすね。よい異世界生活を』


「ありがとうございます」


「ありがとうございました!」



 俺たちの足元から、まばゆい光があふれ出す。


 光は一瞬で全身を包み込み、世界が白一色に染まった。


 やがて、自分の体の感覚さえも光の中へ溶けていき――




 また、お前と走れるんだな――






 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 「ランクルが活躍する異世界スローライフが読みたい!」


 そんな思いから、この作品を書き始めました。


 これから拓海と良太は、ランクルとともに異世界の大自然を旅していきます。


 少しでも楽しんでいただけましたら、フォローや★評価、応援、コメントをいただけると、とても励みになります。


 この先も二人の異世界ドライブにお付き合いいただけましたら嬉しいです。


 この物語はカクヨムでも先行して投稿しています。

https://kakuyomu.jp/works/2912051604177174548

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