第11話 バハちゃん、お土産をくわえて帰還する
『先輩! これ、バハちゃんですかね?!』
良太が無線越しに声を上げる。
たしかに緑の光点だが……バハはこんな高速で飛べるのか……?
「わからん。だが、この速度じゃ確認しに行く暇もない。念のため車内で様子を見るぞ。良太は【ドライブレコーダー】で西側を監視してくれ」
俺が言い終えた直後――
神様謹製の超高性能ドライブレコーダーが自動で起動する。
フロントガラス一面に、まるで映画館のスクリーンのような鮮明な映像が広がる。
ナイトモードが作動し、夜の草原が昼間のような明るさで映し出された。
肉眼では闇に溶けて見えない景色まで、くっきりと浮かび上がっている。
『先輩、見てください、これ!』
無線越しに良太が息をのむ。
フロントガラスに映し出された夜空――暗雲を切り裂きながら、何かが猛スピードでこちらへ迫ってきていた。
『――映りました! ……って、なんだこれ!? ええっ!?』
無線の向こうで、良太が素っ頓狂な声を上げる。
二台のフロントガラスには、夜空を一直線に突き進む巨大な影が鮮明に映し出されていた。
大きく広げた翼に、数メートルはありそうな巨体。その姿は、まるで飛竜そのものだ。
すさまじい速度で一直線にこちらへ急降下してくる。
『先輩! ワイバーンみたいな魔物です! しかも――』
良太が言葉を詰まらせる。
『口に……何か、とんでもなく大きな生き物をくわえてます!』
ドラレコのカメラが自動でズームする。
高精細なレンズが捉えたのは、漆黒の鱗を不気味にきらめかせ、圧倒的な威圧感を放つ一頭の竜だった。
「おいおい……嘘だろ……ドラゴンか!? なんでそんなやつが、さらにでかい魔獣をくわえて飛んでるんだ……!」
ハンドルを握る手に、じわりと汗がにじむ。
このランクルは、神様が創った神話級の装甲車だ。
どれほどすさまじい攻撃を受けようと車内が破壊されることはなく、俺たちの命が脅かされる心配もない。
そんなことは頭ではわかっている。
――それでも。
画面越しでも伝わってくる竜の圧倒的な存在感が、本能に直接恐怖を叩きつけてくる。
どう見ても、俺たちが敵う相手ではない。
『来ますよっ! 衝撃に備えてください……っ!』
無線から良太の叫び声が響いた直後――
ズドォォォン!!
すさまじい衝撃波が拠点を襲う。
猛烈な風圧が吹き荒れ、砂煙が夜の草原を覆い尽くした。
だが、ランクルの各機能は、その衝撃すら完璧に吸収していた。
エアコンから吹き出す特殊な冷気が、跳ね上がった心拍数を瞬時に、そして強制的に落ち着かせていく。
冷静さを取り戻した俺は、フロントガラス越しに砂煙の向こうを見据える。
そこには、漆黒の毛並みと山のような角を持つ巨大な魔獣が、すでに息絶えた姿で横たわっていた。
そして、その巨体を誇らしげに踏みつけ、二台のランクルをじっと見下ろしているのは――。
全長三メートルほどの、黒い竜だった。
「くそ、どうする……っ!」
ハンドルを握る俺の脳裏に【バハムートホーン】が浮かぶ。
だが、なぜかはわからない。
目の前に君臨する未知の竜には、それが効かないと直感が告げていた。
『先輩……っ! 鑑定できました。それは――』
【H○T LIMIT】ならいけるのか……?
冷や汗を流しながら、必死に次の一手を探っていた、そのときだった。
フロントガラスの向こうで、竜がふっと目を細める。
そして――
「きゅ~」
あまりにも聞き慣れた、緊張感のかけらもない愛らしい鳴き声。
「……え?」
『バハちゃんです!』
俺があっけにとられている目の前で、その三メートルの竜は、みるみるうちに一メートルほどの大きさへ縮んでいく。
そこにちょこんと座っているのは、紛れもなくバハだった。
「……バハ?」
思わず声が漏れる。
『先輩、バハちゃんが踏みつけているの、Sランクのベヒーモスの死体です! 外に出て確認してみましょう!』
「……ベヒーモス?」
今度は、その言葉に俺が固まる。
良太に促されて車外へ出たものの、周囲はすでに深い闇に包まれていた。
これでは状況がよくわからない。
俺たちはそれぞれのランクルへ戻り、ヘッドライトとフォグライトを一斉に点灯させた。
神の力が宿るヘッドライトが光を放った瞬間、照らされた空間の闇が完全に消し飛び、そこだけが《《真昼》》のような明るさに変わる。
強烈な白い光のなかに浮かび上がったのは、山のように巨大な漆黒の魔獣だった。
「バハちゃん! おかえり~。どこに行ってたの?」
良太がのほほんとした声を上げながら、再び車外へ飛び出していく。
良太……そのベヒーモスを前に、よくそんなに普通に話しかけられるな……?!
ランクルのサポート――心拍数を強制的に落ち着かせてくれていた座席とエアコンの恩恵を失った今、俺は激しい恐怖に震えていた。
死体であるはずのベヒーモスから伝わってくる、生物としての圧倒的な格の違い。
Sランクの残滓が、肌をチクチクと刺してくる。
そんな俺の戦慄をよそに、良太はすっかりいつも通りの調子で笑顔を浮かべていた。
「バハちゃん、すごいのやっつけてきたね~」
「きゅー♪」
「これ、もしかしてお土産?」
バハは嬉しそうに何度もうなずく。
「きゅ! きゅ!」
そうだと言わんばかりに胸を張った、その瞬間――
バハの全身が、まばゆい光に包まれた。
「きゅ~!」
バハが前足をひょいと跳ね上げた。
次の瞬間、ランクルの数倍はあるベヒーモスの巨体が、まるで重力を失ったかのようにふわりと上空へ放り投げられる。
「うわ! 浮かんだ……!」
あっけにとられる俺たちの目の前で、バハもまた、ふわりと二メートルほど宙に浮かび上がる。
その小さな体に引っ張られるように、ベヒーモスの巨体もゆっくりと上昇していく。
やがてベヒーモスの巨体が地上十メートルほどの高さまで持ち上がると、空中でぴたりと静止した。
バハは楽しそうに宙へ浮かんだまま、両前足を振り始める。
それだけの高さに浮かんでいるにもかかわらず、ランクルが放つ神製ヘッドライトの光と月明かりを浴びたベヒーモスの死体は、遮るもののない夜空に、その巨体の細部までくっきりと浮かび上がっていた。
「きゅっ! きゅっ! きゅ~っ♪」
お遊戯会のような愛らしい掛け声に合わせ、空中をふわふわと舞うバハが、楽しそうに前足を振る。
その爪先から放たれたのは、超高密度に圧縮された無数の真空刃だった。
――シュバババババババババッ!!!
鼓膜を震わせるすさまじい風切り音が、夜空へ響き渡る。
地上十メートルに浮かぶベヒーモスの巨体は、一瞬にして何百、何千もの斬撃に刻まれ、まるで職人が解体したかのように細切れになっていく。
飛び散るはずの血液すら、周囲を包む風の力で内側へ押さえ込まれ、俺たちのランクルへは一滴たりとも飛んでこない。
文字どおり凄惨な解体作業だった。
それなのに当の本人は、空中で楽しそうにステップを踏みながら、
「きゅっ♪ きゅっ♪」
と、無邪気に笑っている。
あまりにも愛らしい姿と、目の前で繰り広げられている光景がまるで釣り合っていない。
俺は冷や汗を流しながら、その場で硬直するしかなかった。
やがて、肉、皮、骨などにきれいに切り分けられたベヒーモスの素材が、重力に従って地上に整然と並んでいく。
その中には、真っ二つに割れた胸部もあった。
そこから一つの結晶がころりと転がり落ちる。
野球ボールほどの大きさのそれを、バハは空中で器用にキャッチし、そのままふわふわと俺の目の前まで飛んでくる。
「きゅっ!」
前足を差し出す。
結晶の内側では、黄金色の神々しい魔力が静かに渦巻いていた。
……俺に?
「……っ! 先輩、それ『鑑定』してみます! ――【買取査定】!」
良太が【ネットショッピング】の画面を開き、バハが差し出した魔核にタブレットをかざす。
その瞬間、魔核がまばゆく輝き始めた。
結晶の内側で渦巻いていた黄金色の魔力が、神々しい光となって周囲へあふれ出す。
まるで大地の怒りと恵み、そのすべてを凝縮したかのような輝きだった。
「――黄金の輝き……っ!? 『鑑定』できました! これ、Sランクで、しかも『土属性』の魔核、最高純度です! 属性が土、風、光のどれかであれば、小さな街を覆う結界が十年は維持できるって書いてあります……!」
良太が鑑定結果を読み上げながら、興奮と戦慄で声を震わせる。
大きさはAランク魔核と変わらない。
だが、秘められている魔力は比較にならない。
もし日本へ持ち込めば、国家が争奪戦を繰り広げてもおかしくないほどの価値を持つ、まさに国宝級の魔核だ。
だが、次の瞬間、良太の表情が固まった。
買取査定のウインドウに、現在の神様ローン(3300万ポイント)など一撃で消し飛ばせる破格の数字が表示される――そう思った直後。
画面が激しく明滅し、真っ赤な文字で警告が浮かび上がった。
『計測不能:買取対象外』
システムですら価値をつけることができない、完全な規格外品。
「……買い取り、対象外……?」
良太は画面を見つめたまま、ぴたりと動きを止める。
何千万、何億という数字が並ぶと思っていたのに、表示されたのは金額ではなく、『計測不能』という想定外の結果だった。
「……買取不可能なSランクの魔核か……。とんでもない代物だってことくらい、俺にでもわかるな……」
俺の隣では、良太がすっかり抜け殻のようになって立ち尽くしていた。
神様ローンを一気に返済できると思っていたんだろう。
さっきまでの勢いが嘘のように消えている。
俺はそんな後輩を横目に、バハが差し出してきた結晶をそっと受け取る。
ランクルのサポートから離れているため、体はなおSランクの魔力の余韻にビリビリと震えていた。
それでも、手のひらの中で輝く魔核からは、不思議と恐ろしさよりも温かさを感じる。
まるで長い年月をかけて育まれた大地そのものを握っているような、重厚でありながら優しいぬくもりが、その魔核には宿っていた。
「良太……おい!」
良太がはっと我に返る。
「先輩! まだ、素材がありまぁす!」
「だからその、モノマネはやめろ」
俺のツッコミなどどこ吹く風。
「待っててね~」
良太はそう言って、宙に浮かぶバハの頭を優しくなでた。
「バハちゃんがチョキチョキしたお肉、『鑑定』させてもらうね~。【買取査定】!」
「きゅ~♪」
「『鑑定』できました!」
――地砕獣の頭骨・完品(ベヒーモスの頭骨、一対の角付き):1億ポイント
――ベヒーモスの肉(テール肉以外):1キロ40,000ポイント × 2トン(2,000キログラム)=8,000万ポイント
――刻まれた地砕獣の耐魔毛皮(ベヒーモスの毛皮):5,000万ポイント
――地砕獣の体幹骨(ベヒーモスの体幹骨):2,000万ポイント
――地砕獣の牙・一式(ベヒーモスの牙):2,000万ポイント
――漆黒の爪・一式(ベヒーモスの爪):2,000万ポイント
――ベヒーモスの尾:3,000万ポイント
「はい、勝ちました」
良太は感情が消え失せたような棒読みで、静かに月へ向かって拳を突き上げる。
「我々の優勝です」
「……おい良太、冗談だろ? その画面を見せろ」
「どうぞ先輩。現実を受け止めてください」
良太から受け取ったタブレットに目を落とす。
画面には、先ほど読み上げられた査定結果とその内訳が整然と並んでいた。
一億……八千万……五千万……二千万が三つ……三千万……。
俺は無言で頭の中の電卓を叩く。
……三億二千万かよ。
思わず夜空を見上げる。
……優勝です。
あとがき
二人が最初にバハちゃんに会ったとき、良太の『鑑定』の説明欄に『今は魔力温存のために最小サイズになっている』と書いてあったはずなのですが、あのときの二人は、バハムートの好物を調べ、それを差し出して許してもらうことしか頭になかったため、その一文を見落としていました。
【ネットショッピング】の買取価格は、現地の冒険者ギルドや商業ギルドなどよりもずっと安いです。魔核を含め、ほとんどの素材は半額以下。ものによっては五分の一、十分の一、二十分の一ほどになることもあります。
この前、拾い集めたCランクの魔核も、【ネットショッピング】では一万ポイント(日本円で約一万円)ですが、ギルドでは銀貨二枚(日本円で約二万円)です。
こちらの世界では、ベヒーモスの素材は【ネットショッピング】よりもずっと高く売れます。それは素材としての価値だけでなく、『希少価値』も乗っているからです。貴族が自慢や収集目的で大金を出すため、さらに価格が上がります。
投資対象にもなっているのかもしれません。
頭骨そのものではなく、角一本だけでもオークションに掛ければ、日本円にして数億円以上で売れるはずです(フェラーリのF50が十億円するみたいなものですね)。お肉もパーティなどで自慢できますしね。
作中では、漢数字とアラビア数字が統一されておらず、申し訳ありません。
私自身も気になっているのですが、読みやすさを優先しています。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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