第12話 4日目 オーバーランダー
後半は、また車のお話です。
オーバーランダーやランクルの装備について少し詳しく書いていますので、車がお好きな方はぜひお付き合いください!
「車の話はちょっと苦手かも……」という方は、読み飛ばしていただいても、物語には影響ありません。
「おかね♪」 「きゅー♪きゅー♪」
「おにく♪」 「きゅー♪」
「イチゴ♪」 「きゅー♪きゅー♪」
ランクルの後部座席では、良太とバハが楽しそうに歌っている。
昨晩は結局、リアカーの塗装には手を付けず、そのままお開きになった。
塗装は拠点で休む日にでも、少しずつ進めればいいだろう。
今は一号車――赤いランクルに全員で乗り込み、大草原を走っている。
良太は長時間の運転にまだ慣れておらず、移動中もタブレットを操作することが多い。
そのため、一号車に同乗したほうが都合がいいらしい。
そして何より、後部座席のバハが終始ご機嫌だった。
遊び相手ができたのがよほど嬉しいのか、良太の歌に合わせて「きゅー♪」と鳴いては尻尾をぶんぶん振っている。
一方、二号車――白いランクルは、今後も寝泊まり用のテント代わりとして、そして拠点の風よけとして活躍してくれるはずだ。
もちろん、戦闘時にも頼れる一台である。
ベヒーモスの素材は、骨や牙、爪、それに細かく切り分けられた毛皮だけを売却した。
肉は、良太の【ネットショッピング】にある【買い物加護】に保管してある。
この【買い物加護】は、通常の『買い物かご』とは異なる。
購入した品を保管するだけでなく、売却前の素材を一時保管することもでき、しかも中に入れたものは腐敗しないという便利な代物だった。
今回売却した素材だけで、1億4000万ポイント。
それだけあれば当面は困らない。
残してある素材は必要になったときに売ればいいし、肉は食料として使える。
バハにも食べさせてやりたい。
Sランクの魔核と頭骨は、『バハ関連』と書いたリアカーの荷台に載せ、そのまま【車両召喚】に収納してある。
そして今回の収入で、二号車のローンも残金ごと一括返済した。
これで借金生活は終わりだ。
……もっとも、約300万ポイントの利子は返ってこなかった。
まあ、こちらが無理を言って分割払いにしてもらったのだ。
文句を言える立場ではない。
その代わり、ローンを完済した瞬間、俺と良太の脳内に電子音が響いた。
《車両ローンの完済を確認しました》
《神界信用ランクが上昇しました》
《これにより【車両召喚】の取扱車種が追加されました》
どうやらローンをきちんと返し切ったことで、神様からの信用を得られたらしい。
つまり、あの利子は信用を買うための代金だったということか。
悪くない。
そう思えた。
それに、この通知を聞いた瞬間、不思議と生前のことを思い出した。
幸い、仕事上の大きな未払いを抱えたまま死ぬことはなかった。
ちょうど納品を終えた直後で、金銭面ではほとんど整理がついていた。
もちろん、突然いなくなった以上、迷惑をかけなかったとは言えない。
直接謝ることも、事情を説明することもできない。
それでも、借金だけは残さずに済んだ。
だからこそ、この世界でも借りたものはきちんと返したかった。
「きゅー♪ きゅー♪」
「さぁ、さぁ! バハちゃん様! 本日は最高級イチゴの詰め合わせをご用意いたしました! 福岡県の『あまおう』、栃木県の『とちおとめ』、そして静岡県の『紅ほっぺ』! どれも絶品ですよ~♪」
「きゅー! きゅー! きゅー!」
「どうぞ、ご遠慮なく! ……その前に毒見だけ」
そう言うや否や、良太は自分で一粒つまみ上げ、そのまま口へ放り込んだ。
「お前が食うんかい……」
「いやだなぁ。毒見ですよ、毒見」
「バハムートに効く毒があるなら、俺もぜひ知りたいものだ」
「ん~~っ! 甘っ! バハちゃん様、これは大当たりですよ!」
「きゅー?」
良太が差し出したイチゴを、バハはぱくりと一口。
次の瞬間――
「きゅーーーーーっ♪」
よほど気に入ったのか、尻尾をぶんぶん振りながら、もっと欲しいと良太の膝に前足を掛ける。
「はいはい、いくらでもどうぞ。先輩も食べます? おいち~ですよ」
「その喋り方をやめろ。気色悪い……」
「はいはい。じゃあカップに入れますんで、運転しながらでも食べてください」
良太はイチゴをカップに盛ると、前の座席へそっと差し出してきた。
片手でハンドルを握ったまま受け取り、一粒を口に運ぶ。
――甘い。
果汁が口いっぱいに広がり、上品な香りが鼻に抜けていく。
「……確かに、これはうまいな」
思わずそんな言葉が漏れた。
まだこの世界の果物は口にしていない。
だが、少なくとも元の世界で品種改良を重ねてきた日本の果物なら、この世界でも十分通用するだろう。
……もっとも、これだけ甘ければ、バハが夢中になるのも無理はない。
「先輩」
「ん……?」
「あのとき、僕たちが借金の話をしていたから、バハちゃん狩りに行ってくれたんですかね……?」
それが本当なら、余計な心配をさせてしまったな。
「そうじゃなかったとしても、大好物の魔核をくれるなんてバハちゃん優しいですね」
「……だな」
バックミラーの向こうでは、バハが夢中でイチゴを頬張りながら、満足そうに尻尾を揺らしていた。
その姿を見ているだけで、自然と笑みがこぼれた。
◇ ◇ ◇
二時間ほど走ったところで、俺たちは車を止めて休憩を取ることにした。
この世界へ来たばかりの頃は、あまり車外へ出る気にはなれなかった。
ロック・バルチャーに襲われた恐怖が、まだ生々しく残っていたからだ。
だが、今は違う。
レベルが上がったおかげで、二人そろって車外へ出ることへの恐怖心は、ほとんど消えていた。
もちろん、油断はしない。
護身用の強化シャフト(棍棒)は、いつでも手に取れる場所へ置いてある。
レーダーが反応すれば一瞬で飛び乗れるよう、ランクルのドアも開け放したままだ。
……それに、今はバハがいる。
昨日、あいつがベヒーモスを解体する姿を目の当たりにしたせいで、この辺りの魔物が脅威に思えなくなってしまった。
昨日は驚きのあまり、じっくり見る余裕もなかった。
だが、あとから思い返してみれば、あれはもはや解体というより職人芸だった。
巨大なベヒーモスを地上十メートルほどの空中に魔力で固定し、そこへ無数の真空波を次々と放つ。
――シュババババババババババッ!!!
肉と骨を正確に切り分け、あっという間に解体していく姿は、恐ろしいほど鮮やかだった。
しかも昨夜、見張り中にドライブレコーダーの映像を見返して、さらに驚いたことがある。
バハは切りやすいように、空中に固定したベヒーモスをくるくると回転させながら解体していたのだ。
「先輩、どうしたんですか? さっきから黙り込んで」
「……いや。昨日の夜中にな、ドラレコでバハがベヒーモスを解体してる映像を見返してたんだ」
「ほうほう」
「改めて見ても、ずいぶん手慣れてるなと思ってな。手際がいいなんてもんじゃない。ああいう解体を何度もやってきたんじゃないかって思ったんだ」
良太は納得したように「ああ」と頷いた。
「たしかに。これも創作の『お決まり』ですけど、異世界ものだと、強い奴ほど魔力操作が繊細だったりするんですよね」
「……なるほど」
「はい。僕も物語の知識しかないので、この世界の基準がどうなのかは分かりませんけど……それでも、バハちゃんのあの魔力コントロールはちょっと次元が違う気がします。精度はもちろん、威力も僕らの常識からしたら桁違いなんじゃないでしょうか」
「そうなのか?」
「ええ。だって、あのとき切り刻んでいた外皮、『鑑定』では『地砕獣の耐魔毛皮』って表示されてたじゃないですか。名前からして魔力への耐性がありそうな素材なのに、それを紙みたいにスパスパ切り分けるなんて、普通の魔法じゃあり得ない気がするんですよね」
「……なるほどな」
俺には魔法のことなんて、さっぱり分からない。
それでも、あの小さな体に、とてつもない力が宿っていることだけは理解できた。
バハは、一体どんな場所で生まれ、どんな日々を過ごしてきたのだろう。
あれほどの力を持ちながら、今は俺たちの隣でイチゴを頬張り、「きゅー♪」と愛らしく鳴いている。
そのあまりのギャップに、考えれば考えるほど、バハという存在の底はまったく見えてこなかった。
◇ ◇ ◇
軽く昼食を済ませ、大草原の心地いい風を受けながら、キャンプチェアでのんびり涼んでいると、良太が声をかけてきた。
「バハちゃん、寝ちゃいましたね。……先輩、ちょうどいいタイミングですし、新しくアンロックされた車両のリスト、見てみませんか?」
「おお、そうだな。よし、頼む」
「【ネットショッピング】っと。――あ、画面を直接見てもらったほうが早いですね」
良太はキャンプチェアを俺の横まで引きずってくる。
並んで座り、二人でタブレットをのぞき込んだ。
「はい。いろいろ増えてはいますけど、買うなら神様が創った魔改造車がいいですよね? 値は張りますけど。ジャンルで絞り込むとこんな感じです――」
「やはり、ランクルばかりだな」
「これ全部ランクルなんですね。どれくらいの種類があるんです?」
「どう分けるかにもよるが、うちの二号車みたいに日本未発売のモデルや、昔のタイプも合わせたら、ぶっちゃけ『ナナマル』だけでも数十種類はあるんじゃないか?
まず世代が第四世代まであって、顔つきが三種類、ホイールベースは五種類、エンジンやトランスミッションの組み合わせもさまざまだ。
ショートボディの中には、幌を外してオープンにできるタイプもある。
仕様違いで言えば、消防車や救急車、トラック、機銃を載せたテクニカルみたいな軽戦闘車両まであって、挙げていったらキリがないな」
「そんなにあるんですか……」
「ああ。それに『70(ナナマル)』以外にも、その先祖にあたる『40(ヨンマル)』がいるし、そこから枝分かれしたワゴンタイプの55、60、80、100、200、300がある。
さらに70から派生したライトデューティーの70プラド、90、120、150、そして250……と、大まかに三つの系統に分かれてるんだ。
他にも厳密にはランクルではないが、さっき言ったワゴンの80以降はレクサス版の『LX』もあるぞ」
「……じゃあ、実質何百種類ですね」
「海外でしか販売されていない仕様もあるし、国ごとの特装車まで含めたら、もう無数と言っていい」
「はぁ……僕にはもう覚えきれません。でも、色は赤と白がうちにはあるから、次はベージュか黒、あるいは紺あたりが渋くて良くないですか? あ、グレーもかっこいいな」
「色はそうだな。どうせなら、この前言っていたオーバーランダーにするか。キッチンカー代わりにもなるし、拠点を囲う防壁や風よけとしても役に立つだろうからな」
「どんなやつでしたっけ」
「これとかが、そうだな」
「――って、待ってください! 今、この画面に新しい車が増えませんでした?!」
「うん……ちょうど欲しいと思っていた感じの車両が出てきて、俺も驚いた……」
「仕事が早すぎる……。神様、これを買えって言ってるんですかね」
良太は、神妙な面持ちで空を見上げた。
「まあ……色も紺だし、これでいいんじゃないか?」
「普通仕様で2000万超えですか。魔改造仕様は4000万。しかも、特別オプションはさらに別料金だそうですよ」
「まあ、もともとピックアップトラックをベースにして、荷台を外し、特注のアルミシェル――箱を載せる車だからな。それくらいはするか」
「神様仕様、細かいところまで設定できるようになってますよ」
「よし。まずはキッチン専用にするから、ベースはこっちのシングルキャブ一択だな」
「前列の運転席と助手席しかないけど、その分後ろの箱が大きくなるんですね」
「そうそう。あと、寝床は別の車両があるからルーフテントはいらないな。ソーラーパネルもパスだ。神様仕様なら、ボディそのものが太陽光パネルみたいなものだからな」
「じゃあ、この後ろに背負ってるスペアタイヤもいりませんね? 魔改造仕様なら、絶対にパンクなんてしないでしょうし」
「ああ。どうしても予備を持っておきたければ、スペアタイヤだけリアカーに積んで【車両召喚】の収納スペースへ放り込んでおけばいい」
俺はタブレットのオプション欄に目を戻した。
「付けたい装備は、まず三面ガルウィング展開のアルミシェルだろ。それに業務用冷蔵庫、冷凍庫、多口コンロ、オーブン……。いや、大物ばかりだな。ベースが広くても載せきれるか?」
「どれも神様仕様だから、性能がすごそうですね。あ、先輩、この『自動洗浄乾燥機』もいいですよ! どんな調理器具でも放り込んでおけば、一瞬で洗浄から殺菌まで終わるそうです」
「……おい、この『ガルウィングがそのままオーニング(ひさし)になる機能』はやばいな。支柱なしで、ガルウィングからさらにひさしが自動でせり出してくるのか。
しかも、シルフの【防虫・防塵魔力バリア】付き。ひさしの下は完全な結界仕様で、日差しや雨だけじゃなく、虫や砂ぼこりまで防いでくれるのかよ。料理に砂が入ったら台無しだし、これは神オプションだな」
「スライドアウト式のカウンターテーブルと、ガルウィングにはLED&魔導の外周照明も付けてもらいましょう。夜でも車の周りが昼間みたいに明るくなるそうですよ」
「調光機能付きなら夜のキャンプに最高だな。……って、おい! 見ろよこれ、6×6《シックス・バイ・シックス》化の魔改造オプションもあるじゃないか!」
「6×6って……?」
「六輪駆動だ。シングルキャブのフレームを延長して、後ろを二軸四輪にする仕様だな。これなら調理器具や水、それに大量の食材を積んでも余裕で支えられる。
泥濘や砂漠でもスタックしにくくなるし、重量級のキッチンカーにはぴったりだ」
「えっ、車がさらに大きくなるんですか?」
「ああ。タイヤが六本になって全長も伸びる。その分、後ろのボックスも、一回りどころか二回りは大きくできるみたいだ」
俺は思わず苦笑した。
「……おいおい。これはもう、俺の知ってるナナマルのオーバーランダーとは完全に別物だぞ」
それでも、考えているうちに笑みがこぼれる。
「まあ、この世界には車検もないし、全幅や全長を気にしなくていいのは最高だけどな」
「この【無限浄水システム付きシンク】もなんだかすごそうですよ。水の精霊ウンディーネを宿し……うんたらかんたら。あ、こっちのオーブンは火の精霊サラマンダーを宿しているそうです。
ええと、機能名は【神の真空低温調理】。ウンディーネが食材を魔力の水膜で優しく包み込み、完全な真空状態を作り出す。そしてサラマンダーが0.1度単位で温度を保ち続ける……。
どんなに硬い魔獣の肉でも、口の中でとろける極上のローストビーフに仕上がるそうです!」
良太はさらに画面をスクロールする。
「先輩、この精霊たちがお湯まで出してくれるなら、お風呂にもお湯を引けるんじゃないですか!?」
「それも面白そうだな。風呂はまた別で考えるか」
「ですね」
「よし、だいたいこんなところか。エンジンは思い切ってV8を載せてみるか。
4.5リッターV型8気筒ディーゼルターボエンジン、型式は1VD-FTV型。顔つきは、あの再販仕様の角目だな。
……さあ良太、恐怖の最終見積もりを出してくれ」
「ええと……オプションまで全部ひっくるめたら、なんと7000万です!」
「たっけーな、おい……」
俺は思わず額に手を当てた。
「さすがにビビるわ」
「でも先輩、今はバハちゃんのおかげで僕たちの懐もだいぶ温まりましたし! これで異世界の食材を使って美味しいごはんが作れるようになるなら、思い切っていきたいですね!」
「よし、買ってしまえ! んで、記念すべき魔改造一発目の料理は、ベヒーモスの肉で極上ローストビーフだ!」
「了解です。買います! ――ポチッと!」
次の瞬間。
――ズドンッ……!!
地面がわずかに震え、まばゆい光の柱が草原に降り注ぐ。
やがて輝きがゆっくりと収まっていくと、そこには紺色の巨大なオーバーランダーが堂々と姿を現していた。
「うわっ、大きい……! タイヤ6本はすごい迫力ですね……」
「おいおい、これはすさまじいな……」
俺は思わず息をのむ。
「あの白いトゥルーピーより、ひと回りどころじゃない。はるかにデカいぞ」
まるで大型トラックだな。
「先輩、さっそく中を見てみましょうよ! たぶんまたグローブボックスに、神様の仕様書が入ってますよ!」
良太がさっそく助手席へ乗り込み、グローブボックスを開ける。
「あった。やっぱり神様からの仕様書です」
紙を取り出した良太は、小さく咳払いをすると読み上げた。
「それでは――」
あとがき
カクヨムの近況ノートにて三号車のイメージ画像を載せています(先々のイメージ画像はネタバレを含みますので、気になるかたはご注意してください。)
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/2912051605604530718
今回は、バハちゃんのお土産が思わぬ収入となり、その資金を使ってオーバーランダー(本作ではキッチンカー)を購入しました。
車両の詳細も書いたのですが、かなり長くなってしまったため、その説明は次話へ回しています(読み飛ばしていただいても構いません)。
YouTubeで「オーバーランド」や「オーバーランダー」と検索すると、ワクワクするような動画がたくさん出てきますね。
私もいつか、複数台のランクルで広大な大地を旅するオーバーランドをしてみたいものです。
ただ、単独での走行は、スタックや故障の際に非常に危険ですのでご注意ください。現在ならスターリンクなどの衛星通信があれば、万が一の際の安心感もかなり違いますね。
本日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




