第10話 夜のキャンプ、リザルトの確認
本日は、二話連続で投稿しています。
この前にも、幕間を一話投稿していますので。まだお読みでないかたは、そちらからお楽しみください。
傾きかけた太陽が広大な草原を真横から照らし、風が吹くたび、草花がざわざわと波打ちながら金色にゆれている。
三キロメートルほど先には、ランクルの巨大なタイヤで文字どおり『すり潰された』グラスリーパーの群生地が広がっていた。
火は使っていないため煙ひとつ上がらず、戦場とは思えないほど静まり返っている。
エンジンを止めたランクルの広いフロントガラスには、夕焼けに染まった雲が鏡のように映り込み、刻一刻とその表情を変えていた。
俺たちは二台のランクルを直角に組むように、L字に停めている。
無骨な車体が風を遮り、その内側には穏やかな空間が生まれる。
運転席側を内側へ向け、いつでも車内へ戻れるようドアは開けたままにしてあった。
L字の角にできた風下には、小型のガスバーナーが据えられている。
青い炎は風よけのおかげでゆらぐことなく、アウトドア用のコッヘルを静かに熱し続けていた。
やがて蓋の隙間から白い湯気が立ち上る。
その湯気を眺めていた良太が、ふと顔を上げた。
「先輩……」
「ん……?」
俺は折りたたみ式のキャンピングチェアに腰掛け、バーナーの火加減を見ながら、手際よく缶詰の具材を鍋に放り込んでいた。
良太の問いかけに、手元を動かしたまま気のない返事をする。
「ちょっとジャンプしてみてください」
「え……嫌だけど」
「あはは、もう引っかかりませんね。僕たち、レベルが上がってまた強くなっちゃいましたよ」
「ちょっと、そこの石を遠くに投げてみてくれませんか」
良太にうながされ、俺は足元に転がっていた、大人の拳ほどもあるいびつな石を拾い上げた。どこまでも続くオレンジ色の夕空を見つめ、俺は肩を軽く回す。
……本気で投げてみるか。
俺は開けた草原に向けて、無造作に腕を振った。
――ドッ
空気が爆ぜるような鋭い音が響く。
俺の手を離れた石は、常人の動体視力では捉えきれないほどの速度で夕空へと飛び出した。
だが、その速度ですら今の俺たちには、はっきりと追えた。
オレンジ色の雲を背景に、石は激しい風切り音を残しながら一瞬で突き進んでいく。
その軌道を目で追った先で、数キロメートル先にある低木の茂みが、まるで砲弾でも撃ち込まれたかのように激しく弾け飛んだ。
数秒遅れて、ズゥン……という鈍い着弾音が、風に乗ってかすかに届く。
「……おいおい」
「見えました?」
「見えたけど、それより……」
「?」
「あれ、三キロくらい飛んでないか?」
「……たぶん、それ以上ですね」
俺は自分の右手を何度も開いたり閉じたりして確かめる。
まだ手のひらには、石を放った瞬間の、とてつもない力の感触が残っていた。
遠くで響いた地鳴りが草原へ溶けて消えるまで、俺たちは無言のまま彼方を見つめ続けた。
先に口を開いたのは良太だった。
遠くの着弾地点に目を向けたまま、苦笑いを浮かべる。
「……先輩。今の、控えめに言って戦車砲ですよ」
「いや、俺だってあんなに飛ぶとは思わなかった」
俺は苦笑しながら、もう一度右手を見つめる。
「もっと軽い気持ちで『投げてみてください』って言ったんですけどね」
良太も視線を着弾地点に戻した。
「数キロ先の低木が木っ端微塵って……。もう『投石』じゃなくて『爆撃』ですよ」
少しだけ間を置いて、ぽつりと続ける。
「僕たち、本当にどこまで強くなっちゃうんですかね……」
良太はあきれたように肩をすくめると、我に返ったようにコッヘルの湯気へ目を向けた。
「まあ、おかげで遠距離攻撃が手に入りました。ランクルを遮蔽物にして、その後ろから石を投げる戦法はどこかで使えそうですね。今度、河原を見つけたらリアカーいっぱいに石を積んで【車両召喚】へ収納しておきましょう」
「……たしかに単純だが、威力は十分すぎる。それに弾薬を現地調達できるのも悪くないな」
俺の言葉に、良太は深くうなずいた。
「ええ。リアカーの購入費用もばかになりませんけどね。河原さえ見つかれば、立派な移動砲台の完成です」
良太は笑みを浮かべると、できあがった熱いスープをコッヘルからマグカップへと注ぎ分け、俺に差し出した。
「はい、先輩。冷めないうちにいただきましょう」
「おう、ありがとな」
俺はキャンピングチェアに深く腰を下ろし、差し出されたマグカップを受け取る。
じんわりとした温もりが右手へ伝わってきた。
つい先ほど、数キロ先まで石を投げ飛ばしたその手で、今度は湯気の立つスープをそっと口へ運ぶ。
「そうか、そうなるとリアカーの数もたくさん欲しくなりますね! 先輩、荷物を積んでいるリアカーと、空っぽのリアカーって、どうやって脳内で識別してるんです?」
俺は、スープの入ったマグカップを片手に、脳内にある【車両召喚】のガレージを検索してみた。
「あー……脳内にガレージがあって、並んでいる車両を目で見て選ぶ感じだな。だから、何が載っているかも直接見ればわかる」
「……なるほど。それなら、リアカーの色をそれぞれ変えておくか、側面に『石』とか『食料』ってスプレーで大きく書いておけば、さらに見分けやすくなって、呼び出すのも速くなるんじゃないですか?」
「たしかにな。何十台もリアカーが並んだら、いざってときに一瞬迷いそうだ」
「これ、『カラーコーディング』っていう管理方法ですね。人って形や文字を探すより、色で見分けるほうがずっと速いんですよ。とりあえず、石を積んだやつは『黄色』、食料は『塗装なし』、とっさに遮蔽物として呼び出すバリケード用は『赤』、みたいに分けておきませんか?」
「なるほどな。ト○タの生産方式でも『目で見る管理』って言って、必要なものをひと目でわかるようにする仕組みがあったはずだ。よし、じゃあ飯を食い終わったら、良太の【ネットショッピング】で赤と黄色のスプレー缶をいくつか注文しておいてくれ。夜の間にさっさと塗っちまおう」
「了解です。アクリルラッカーを赤と黄色で何本か注文しておきます」
良太はそう応じると、自分もマグカップを両手で包み込み、温かいスープを嬉しそうに口に運んだ。
「先輩、レベルが上がってどれくらい強くなっているのか、僕の【買取査定】を使って『鑑定』してみましょうか」
「……ああ、そうだな。見てくれ」
「じゃあいきますね――まずはステータスから……【買取査定】」
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吉原 拓海 Lv.57 (Next93,906/312,000)
HP:4350 (100+2800+1450)
MP:4350 (100+2800+1450)
STR:594 (10+56+132+396)
DEX:594 (10+56+132+396)
VIT:594 (10+56+132+396)
AGI:594 (10+56+132+396)
INT:594 (10+56+132+396)
MND:594 (10+56+132+396)
LUK:594 (10+56+132+396)
※括弧内の数値は左から(基本値+レベルアップボーナス+称号によるボーナス①+称号によるボーナス②)を表す。
「HPとMPが4350……STRからLUKまでが594です……。いやもう、これはさすがに現地の冒険者より強いのでは……?」
「……そんなに上がっているんだな」
「以前のレベルアップでも思ったのですが、僕たちは魔法を使えないのに、MP(魔力総量)やINT(魔力)が上がっても、少しもったいないですよね。魔法ってどうやったら覚えられるのでしょうか」
「さあな……手紙で神様に訊いてみるか?」
「実は夜中の見張りのときに、質問をいくつか書いた手紙をグローブボックスへ入れてあるんですけど……まだ返事が来ていないんですよね」
「ほう、神様も忙しいのかね。……まあ、そのうちわかるだろ」
「……そうですね。では次は、新しく増えた称号です――」
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【百鬼討伐】
一度の戦闘で100体以上を討伐した証。
戦闘時、敵の数が自身を10体以上上回る場合、HP・MPが2倍になる。
【阿修羅変相】
一度の戦闘で300体以上を討伐した証。
戦闘時、敵の数が自身を10体以上上回る場合、全ステータスが2倍になる。
【天災降魔】
一度の戦闘で500体以上を討伐した証。
戦闘時、敵の数が自身を10体以上上回る場合、基本取得経験値が2倍になる。
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「今回手に入ったのは、どれも『敵の数が自分より10体以上多い』ときに発動する称号ですね。HP2倍も全ステータス2倍も十分おかしい性能ですが、僕たちの戦い方で一番恩恵が大きいのは、間違いなく【天災降魔】の『基本取得経験値2倍』です……! これ、狙えるなら毎回発動させたいですよ!」
良太は興奮を隠せない様子で、画面を指さした。
「僕たちはもう【神速の先駆者】で基本取得経験値が2倍になっていますよね。これが重複するなら、基本取得経験値は4倍です。つまり50体倒すだけで、基本経験値だけなら200体倒したのと同じになります」
良太は一度息をつき、それでも興奮を抑えきれないように続ける。
「しかも、それとは別に、無傷討伐や神話級兵器のボーナスもそれぞれ加算されます。だからこそ、元になる『基本取得経験値』を増やす効果は、とんでもなく強いんですよ」
「なるほど……。これからは少しずつ呼び寄せるより、ある程度まとまった敵を引きつけて一網打尽にしたほうが実入りは大きいわけか」
「ええ。そのための『まとめ狩り』も、改めて作戦を考えたいですね。……よし、最後は新しく獲得・成長したスキルです。ログをそのまま読みますね――」
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《通知:吉原 拓海がLv.40を超えたため、【車両召喚】に新たな能力【完全結界(小)】が追加されました》
《通知:田原 良太がLv.40を超えたため、【ネットショッピング】に新たな能力【梱包選択】が追加されました》
《通知:吉原 拓海がLv.50を超えたため、【車両召喚】の【無線機】および【ガラス類】が(Ver.1.1)へとバージョンアップしました》
《通知:田原 良太がLv.50を超えたため、【ネットショッピング】に新たな能力【お財布】が追加されました》
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「――まず、先輩のほうから行きます。先輩のスキルはランクル関係なので、車両を『鑑定』したところ、レベル40で獲得した【完全結界(小)】の詳細はこんな感じでした」
【完全結界(小)】
エンジンルーム内限定の絶対防御結界。
エンジンルームの境界線に不可視の結界を展開。
外部からの物理攻撃(銃弾・魔物の爪など)はもちろん、『熱・冷気・酸・毒ガス・電磁パルス(EMP)・魔力呪詛』にいたるまで、あらゆる有害な干渉を100%遮断する。
外界が地獄の劫火に包まれようとも、結界内部のエンジンルームでは常に『最適な温度環境と完璧なクリーン状態』が維持され、オーバーヒートやフィルターの目詰まりを起こさない。
さらに、結界内部は『外界と完全に切り離された独立空間』となる。エンジンが必要とする酸素は結界内で自動生成される。
酸素の自動生成には、使用者のMPが消費される。
排出されるガスは結界内で無害化されたのち、マフラーを通して排気される。
既存の能力であるマフラーの【逆流対策】【絶対排気】と重複発動し、マフラー側からの逆流は一切発生しない。
「……なるほど、ここでやっと使い道のなかったMPの出番ですか。MPを消費して結界内で酸素を生成しているみたいですね。そのMPは運転席のシートに座っていれば回復しちゃいますし、長距離ドライブでも枯渇することは、おそらくなさそうですね」
「良太、これってつまり……海や川に潜れるんじゃないか? 俺のランクル、ボディもシャーシも何もかもが絶対に錆びない仕様だろ? 室内に水が入ってきても、チート内装がなんとかしてくれそうだし」
「海ですか!? 僕はそこまで車両の仕組みには詳しくないのですが……言われてみれば、心臓部であるエンジンが完全防護されていて、酸素まで自動生成されるなら、可能性はありそうですね。これも神様に訊いてみましょうか」
俺は腕を組み、頭の中でランクルの構造を思い浮かべた。
……いや、待て。車内に空気が残るなら、今度は浮力が勝って浮いてしまうのか? それとも、この車重なら沈むのか。
考え始めると疑問は次々と湧いてくる。
仮に沈めたとしても、水底が泥ならタイヤは食うのか?
デフやミッション、トランスファーのブリーザーは?
駆動系まで完全防水じゃなければ、長時間の潜航は厳しいかもしれない。
そこまで考えたところで、俺は苦笑した。
……考えても答えは出ないか。結局は実際に潜ってみないとわからんな。
もし本当にランクルで潜れたら……湖の底だろうが、海の中だろうが、誰も踏み入れたことのない場所へ行ける……夢が広がるな。
「じゃあ次、レベル50で獲得した【無線機(Ver.1.1)】いきますね。詳細はこんな感じです」
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【無線機(Ver.1.1)】
神創の無線機。ハンドルの無線ボタンを押すだけで、まるで同じ車室内にいるかのように通話ができる。 いかなる結界、魔の森の磁気嵐、地下深く、あるいは「別の世界(異次元)」に相手がいようとも、完全にノイズレスで通信が可能。 今回のバージョンアップ(Ver.1.1)により、車外の相手とも会話が可能になった。音量調整によって拡声器としても機能する。 また、新機能として、わざと『ザザッ……ツ、ザ──ッ』などのノイズを足して、『無線で話している雰囲気』を演出できるようになった。なお、ノイズの種類はアナログ風、デジタル風から選択可能。
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「……なるほど、拡声器が搭載されたのは大きいですね。これから現地の人と接触したとき、いちいち車から降りずに、安全な車内から交渉できますよ」
「ニセノイズも地味にありがたいな。この【神の無線】、あまりにも音がクリアすぎて、直接話しかけられているのか、本当に無線なのかわからなくなることがあった。これなら無線越しだってことが、相手にも自分にも伝わりやすい」
「神様、僕たちの様子を見てアップデートしてくれたんですかね」
「かもしれんな。こういう細かい改善は、実際に使ってみないとわからないからな」
「続いて僕のほうのスキルですね――レベル40が【梱包選択】、レベル50が【お財布】です。まず【梱包選択】ですが、これは……名前のとおり、配達時の梱包方法を選べるスキルみたいです。壊れ物じゃなければ『梱包なし』で注文できるので、余計な段ボールや緩衝材のゴミが出なくなります」
「……なんだか、さっきの俺の【完全結界(小)】に比べると地味な能力だな」
「先輩、侮っちゃダメですよ。たとえば運転中にちょっとのどが渇いて缶コーヒーを一本だけ買いたいとしますよね。それが毎回、厳重に梱包された段ボール箱で届いたら、開けるだけでも面倒じゃないですか」
「……たしかに」
「実はさっき、まさにそれで困ったんです。急いで飲みたいのに、箱を開けて緩衝材をどけて……って結構手間でしたから」
「なるほどな。それも神様が見ていて、使い勝手を良くしてくれたってことか」
「そんな気がしますね。こういうちょっとした不便まで改善してくれるのはありがたいです」
良太は続けて、次のスキルへ目を移す。
「レベル50の【お財布】は――この世界の通貨を収納できるスキルみたいですね」
「それはいいじゃないか。これから先、この世界の通貨を手に入れても、ジャラジャラ持ち歩くのは面倒だからな」
「そうなんですよ。しかも、出し入れは一瞬でできるみたいです。これも以前、神様に相談していたことのひとつですね」
「なるほどな。じゃあ……この前もらった硬貨も、さっそく【お財布】にしまっておいてくれ」
「はい、しまっておきますね。あとは【お財布】でポイントをいくつかに分けておけるようになりましたよ。先輩と僕のポイントを分けておいたり、積み立て貯金みたいに使えるんですかね」
「銀行口座を分けるみたいなことか。でもまあ、今は一緒でいいだろ。車両や食材を買うときに不便だし」
「わかりました」
そのとき、カーナビから鋭い電子音が鳴り響き、穏やかな空気を切り裂いた。
『ピピピッ、ピピピッ――』
何者かが高速で接近していることを告げる警告音だ。
「「っ!?」」
息をのむ間もなく、俺たちは弾かれたようにランクルへ飛び乗った。
俺は運転席に滑り込むと、すぐさまセンターコンソールのレーダーをピンチインし、表示範囲を広げる。
レーダーには、バハと同じ緑色の光点がひとつ映っている。
西からこちらへ向かって、一直線に突き進んでくる。
「先輩! これ、バハちゃんですかね……!?」
良太の緊張した声が飛ぶ。
「わからん。だが、この速度じゃ確認しに行く暇もない。……念のため車内で様子を見るぞ。良太は【ドライブレコーダー】で西側を監視してくれ」




