幕間1
第2話のテンポの都合でカットした補完エピソードです。
場面は、拓海と良太が初めて異世界へ来て、神様から授かったランクルへ乗り込んだ直後となります。
神様によって造り直された、俺の『ランクル』。
俺と良太は、その車内に初めて足を踏み入れた。
「うわあ……先輩、これすごいです!」
助手席へ滑り込んだ良太が、思わず歓声を上げる。
俺も運転席へ腰を下ろした瞬間、息をのんだ。
外観は、見慣れた無骨で硬派なランクルそのもの。
だが、一歩車内に入ると、そこは別世界だった。
内装は、最高級ホテルのラウンジか、王侯貴族の書斎を思わせるほど豪華でありながら、不思議と落ち着く空間に仕上げられている。
しっとりと肌に吸い付くような本革シートは、体を優しく包み込み、腰を下ろすと体圧を自然に分散してくれる。どれだけ長距離を走っても疲れる気がしない。
インパネやドアトリムには美しい木目が惜しみなくあしらわれ、新車特有の香りと木の温もりが心地よく調和していた。
「これ、本当にランクルなんですかね……」
良太が辺りを見回しながら、小さくつぶやく。
その気持ちはよくわかった。
ランクルであることは間違いない。
なのに、この車内には高級車とも違う、不思議な安心感が満ちていた。
ドアを閉める。
――ドン。
重厚な音とともに外の世界が遮断された。
その瞬間だった。
異世界へ放り込まれた混乱と不安で張り詰めていた心が、まるで湖面に広がった波紋が消えていくように、すうっと落ち着いていく。
「……なんだ?」
肩の力が抜ける。
早鐘のように打っていた鼓動も、いつの間にか穏やかになっていた。
焦りも恐怖も消えたわけではない。
それでも、この車の中なら大丈夫だ。
そんな根拠のない確信だけが、胸の奥に静かに灯る。
「先輩もですか?」
「ああ……」
俺は小さくうなずいた。
「さっきまで頭の中がぐちゃぐちゃだったのに、不思議なくらい落ち着く」
神様が言っていた。
このランクルには、数え切れないほどの加護が与えられている、と。
理由はわからない。
だが、この穏やかさも、その一つなのだろう。
俺はゆっくりとハンドルに手を添えた。
冷たいはずの革巻きのハンドルが、なぜか温かく感じられた。
「……良太」
心が落ち着いたからこそ、ずっと胸の奥に沈んでいた重い澱が、言葉となってあふれ出た。
「……事故に巻き込んで、本当にすまなかった。俺が運転していたのに、お前まで死なせちまった。あのとき、もっと早く気付いていれば……衝突は避けられなくても、転落までは防げたかもしれない」
地球で事故に遭い、助手席にいた良太まで死なせてしまった。そのことが、ずっと胸の奥に重く引っかかっていた。
だが、良太は極上のシートに深く背を預けたまま、驚くほどケロリとした顔で俺を振り返った。
「何言ってるんですか、先輩。僕は先輩を責めたことなんて、一度もありませんよ」
「え……?」
「だって、こうして夢にまで見た異世界に来られたんですよ? 魔法があって、神様がいて、しかもこんな最高仕様の車に乗って旅ができる。贅沢すぎてバチが当たりますよ! 地球にいたって、毎日仕事に追われるだけだったんですから」
良太の笑顔からは、これっぽっちの嘘も恨みも感じられない。あまりの全肯定に拍子抜けしていると、良太はコンソールボックスをぽんぽんと叩きながら続ける。
「だから、僕は『失った』という感覚があまりないんです。
それに、僕も先輩も、元の世界では身寄りがなかったじゃないですか。これも、ネット小説でよくある『お決まり』の一つなんですよ。
未練がない人間っていうのが、異世界に渡るための必須条件だったのかもしれないですね」
良太の言葉を聞き、俺はハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。
「……そうかもな。ただ、親兄弟はいないにしても、今までお世話になった取引先の人たちや、よくしてくれた知人たちに、最後の挨拶もできず、突然いなくなってしまったのだけは少し心残りだ」
「あー……それはありますね」
良太も遠い記憶をたどるように、静かに視線を落とした。
「今ごろ、『あいつら、まさかこんなことになるなんて』って驚いている人もいるでしょうし、心配してくれていた人もいたかもしれません」
車内に、ほんの少しだけ静かな時間が流れる。
だが、その空気を吹き飛ばすように、良太はいつもの笑顔を浮かべて胸を張った。
「でも、だからこそですよ!」
その声に、思わず俺も顔を上げる。
「向こうの世界のみんなに心配をかけた分まで、僕たちはこの世界で誰よりも元気に、誰よりもおいしいものを食べて、思いっきり幸せに暮らさないといけません」
そう言って、良太はダッシュボードを軽く叩いた。
「それが届くかどうかはわかりません。でも、それが僕たちなりの恩返しなんだと思います」
「……お前、本当に強いな」
「へへっ」
照れくさそうに笑うと、良太は人差し指を立てた。
「だから先輩」
「ん?」
「もう謝るのは禁止です」
その一言に、胸の奥で固く結ばれていた何かが、少しだけほどけた気がした。
「これからは、この神様仕様の《《ランクル》》で、僕たちの新しい人生を爆走するんですから!」
俺は思わず笑った。
「ああ」
ハンドルへ置いた手に、もう迷いはない。
「このランクルで、どこまでも走ろう」
あとがき
本編ではテンポの都合で泣く泣くカットしたシーンです。
約2,000文字あり、第2話へ入れると流れが少し重くなってしまったため、幕間として公開しました。
個人的には、拓海と良太の関係性を描くうえで外したくなかった場面なので、読んでいただけたら嬉しいです。
次回からは本編に戻ります!




