第9-1話 晴天。毛布を干したり
青空の下、白いランクルのルーフキャリアには大きな毛布が広げられ、心地よい風を受けてゆったりとゆれている。
陽の光をたっぷり浴びた毛布が柔らかくはためき、草原を渡ってきた爽やかな風が、乾いた草の香りを運んでくる。
「今日もいい天気だ」
隣に停めた赤いランクルの運転席で、青空を流れる雲と干してある毛布を眺めながら、コーヒーをひと口飲む。
白いランクルのルーフキャリアへ軽やかに飛び乗った良太は、日に当てていた枕をひっくり返すと、満足そうに一度うなずいた。
そのまま危なげなく飛び降りると、こちらへ歩み寄ってくる。
「良太、そういえば、体を創り直してもらったからか、味覚が鋭くなっている気がするな」
「そうなんですかね。大自然の中で食事をしているから、おいしく感じるのかなと思っていました」
「それもあると思うが……。あとはタバコを吸わなくなったのが大きいかな。こっちに来てから、吸いたいという気持ちがなくなった。口寂しさは何となくあるけどな」
「なるほど。僕はもともとタバコもお酒もやらなかったので、そのあたりはよくわかりませんね。そういえば、お酒はどうですか? 今まで気がつかなくてすみません」
「いや、酒もそれほど欲しくはならないな。もともとそんなに飲むほうじゃなかったし、向こうでも夜に酒を飲むくらいなら、ランクルで走りに行きたかったからな」
「僕も食べたり、お茶を飲んだりするのは好きなんです。余裕ができたら、ちゃんとしたキッチン道具をそろえて料理してみたいですね。こういう景色の中で作って食べたら、それだけで楽しいと思います」
「借金が終わったら、オーストラリアなんかで流行っているオーバーランド仕様のランクルでも買ってみるか」
「オーバーランド仕様ですか?」
「ああ。荷台付きのトラックがあるだろ? あの荷台を外して、大きなアルミ製のキャノピーを載せるんだ」
「キャノピー?」
「荷台を丸ごと部屋にしたような箱だな。横の扉を開けると冷蔵庫や電子レンジが収まっていて、腰くらいの高さにあるスライド式の収納を引き出せば、そのままキッチンになる」
「へえ……。それは楽しそうですね」
「そういう車を何台か持ち寄って、何日もかけて荒野を走るんだ。夜になればキャノピーの上に載せたルーフテントを広げて、そのまま星空の下で寝る。キャンプというより、旅そのものを楽しむ遊びだな」
「僕たちの旅に近い楽しみ方ですね」
「……まあ、気がつけば俺たちは、それ以上の場所まで来ちまったけどな」
俺がそう言うと、良太は草原を見渡して苦笑した。
「たしかにそうですね。道路も町もありませんし」
「箱型の車両は風よけにもなるから、停めるときは四角く並べてキャンプ地を作るんだ。よし! 次に買う車は、そのオーバーランド仕様に決まりだな。俺の【車両召喚】と組み合わせれば、出し入れ自由のキッチンカーになるぞ」
「そのためにも、もっと狩りに行ってお金を稼がないといけませんね」
良太は少し表情を引き締める。
「このランクル、本当に強くて助かっています。でも、その分だけ魔物が派手に吹き飛んでしまって、売れるはずの素材まで台無しになることがあるんです」
「ああ、たしかにな」
「今後は素材を傷つけずに倒す方法も考えないといけないかもしれませんね」
良太は足元の草を何気なく蹴り、小さくゆらす。
「話は変わるんですが、毛布を干していて思ったんです。神様仕様のヘッドライトなら、夜中でも布団を干せるんですかね。やっぱり湿気があるから無理でしょうか」
「完全な真昼になるというやつか。布団はどうなんだろうな」
「あれってアンデッドには浄化の光みたいな効果がありますよね。だったら、夜中にアンデッドが湧く墓地へ行って二台で照らしていたら、座っているだけで経験値が入りそうです」
「なるほどな。アンデッドが大量に出る場所を見つけたら記録しておこう。良太は、そういう工夫を思いつくのが得意だな」
「これも『お決まり』ですかね。こういう能力の仕様を利用した異世界ハックって、結構あるんですよ」
そういえば、良太は仕事でも手順を組み替えたり、効率のいい仕組みを考えたりするのが好きだったな。
「ははは! 元の世界で、お前を採用した俺の目に狂いはなかったってことだ! あのとき、一目見てできるヤツだと思ったよ」
「……いやいや、美談みたいに言ってますけど、苗字が田原だったから採っただけでしょう」
「…………」
「あとで知ったんですけど、ランクルの国内工場って吉原工場と田原工場なんですよね。履歴書の僕の名前を指さして、『揃った!』って叫んでいたから、気になって調べたんですよ」
「…………」
俺は答える代わりに、まぶしい陽射しへ目を細める。
風にゆれる毛布が、まるで何事もなかったかのようにはためいていた。
「おそらくですけど、僕の苗字が豊田さんだったら、泣いて喜んでましたよね?」
「……うん、よし! そろそろ毛布をしまって、今日の活動に移ろう! お金を稼がないとな。異世界借金生活ばんざい!」
「……まったく」
◇ ◇ ◇
エンジンを吹かし、ランクル二台で走り出した矢先、無線機を通して良太が話しかけてきた。
『先輩、レーダーを見てください。今映っている黄色い丸が、味方の車両みたいですね』
同じ車内にいるような近さで、雑音ひとつない良太の声が響く。
俺はバックミラーからセンターコンソールの液晶へと視線を落とした。レーダー画面には、こちらを追うように黄色いアイコンが静かに明滅している。
「……黄色があるとは書いてあったが、これだったんだな」
赤は敵、青は人間、緑は今のところバハだけ、そして黄色は味方車両。
これで取扱説明書に記されていたレーダー表示は、すべて確認できた。
『あ、そうだ先輩。狩りに行く前に、リアカーを一台出してもらえますか?』
「……どうするんだ?」
『走りながら【車両召喚】で出したらどこに現れるのかを確認したいんです。
それと、数キロ先からでもちゃんと【格納】できるのかも』
「……たしかに、それは試しておきたいな。じゃあ出すから、少し横へ離れてくれ」
『了解です!』
ミラーに映る白い車体が、草原を横切るように右へ流れていった。
「じゃあ、出すぞ! 【車両召喚】!」
バックミラーで後方を確認しながら、脳内ガレージに格納してあるリアカーをイメージする。
次の瞬間――何もなかった空間に、リアカーがすっと姿を現した。
『わあ! 本当に車の真後ろへ出ましたよ! あとは離れた場所から回収できたら最高ですね!』
「一応、失敗したときのために、この場所をマーキングしておこう。あとで拾いに来ることになるかもしれないからな」
◇ ◇ ◇
草原を渡る風が窓を抜け、二台のランクルはのんびりと狩り場を探して走る。
バックミラーには、一定の距離を保って後ろを走る良太の白いランクルが映っていた。
そのとき、無線から聞き慣れた声が流れてくる。
『……先輩、ちょっといいですか? 今日から二台体制ですが、やることは変わりません。直管の【挑発モード(エキゾースト・ハウリング)】で魔物を集めて、体当たりで討伐です。複数体が別々に向かってくるようなら、ある程度引きつけてから、【バハムートホーン】で威嚇しましょう』
「おう!」
『僕が【挑発モード】で引き寄せますので、先輩が回り込んでバックアタックしてください! 挟み込んでも、こちらのランクルにはダメージは入らないのでお構いなく!』
良太の指示は無駄がなく、必要なことだけを的確に伝えてくる。戦闘は二度経験していることもあり、聞いているだけで頭の中に『狩り』の流れが自然と組み上がっていった。
『……ワシもろともで構わん、殺れ』
「何言ってんだ?」
『いえ、なんでもありません。では、先にリアカーの回収をお願いします!』
「わかった……っ! 【格納】ッ!」
離れた場所にあったリアカーが収納空間へ収まったことを、俺は感覚としてはっきりと感じ取った。
「おっしゃ! 回収できたぞ!」
『おお! やりましたね。これで敵に追われたときは、大量のリアカーをばらまいてバリケードを作れます。逃げ切ったあとに回収すれば、何度でも使えますね』
「なるほど……」
『ちょっと止まって、リアカーを買い足しましょう』
ランクルを停めると、良太にリアカーを数台買い足してもらい、一台ずつ【格納】していく。
やがて、新たなリアカーがすべて脳内ガレージへ収まった感覚が伝わると、俺たちは再び草原を走り始めた。
『では、このあたりで【挑発モード】を使い続けますので、少し離れて待機してください。
【バハムートホーン】も基本は僕のタイミングで押します。向かってくる魔物が空と地上から同時に来た場合は、僕が長押し、先輩は短く連打でお願いします!』
「……了解!」
ハンドルを握る手に自然と力が入る。遠くまで続く草原は静まり返っているのに、その静けさがかえって戦いの始まりを際立たせていた。
『では行きます! 【挑発モード(エキゾースト・ハウリング)】!』
あとがき
加筆して長くなってしまったので、第9-1話、第9-2話と分割しました。




