セントラルにて
護はセントラルと呼ばれる場所に居た。
政府の中枢、その一角にある官邸に連れられてきた。景は別の部屋で眠っている。衰弱はしているが命に別状はないそうだ。
思いの他飾り気がなく、それでいて紋章技術の粋が集められているらしい部屋に一人、据えられた大きなベッドに腰をかけていた。自身もまた全身に痛みとだるさが満ちたままでいる。
周囲にオーブ灯などは見受けられず、照明として壁面そのものが薄ら光っているらしい部屋を見渡し、窓の外へと目を向ける。時間は深夜に差し掛かろうかという頃だが、緊急時対応の為か、外は昼間と思えるほどに明るかった。
今回の事件に対応する為、人々が慌しく動いている。扉の外を行き交う怒号。政府の混乱は護にも感じられた。外も同様に、多くの人間が動き回っているのも分かった。護には今更ながらにとんでもなく大きな事件に関わったのだという実感が湧き出していた。
あの時、全員で脱出しようと移動していた時に現われた変なものに気づき、一人どこかへと向った全。制止も聞かずに向った先は想像できただけに疲労から動けなくなっていた自分に不甲斐なさを感じた。本当は一緒に行きたかったのに。全はどうなったのだろう。握り合わせた掌に力を込めて目を閉じた。
暫くしてノックがあった。
顔を上げると扉が開く。そこには背の高い、長い金髪の青年が立っていた。初めて見る顔だったが会ったことがある様な不思議な感覚を覚えた。しかし、何か普通とは違う、どこか異質な気配を感じながら、その緑の瞳を見返す。
護と目を合わせると彼はにっこり笑った。
「君が護君だね。はい、お届けもの」
彼がそう言うと、身体の大きな男が部屋に入ってきた。そして、彼に抱えられるようにしてダラリと脱力した全が連れられていた。
「全ニィ!」
大男はベッドまで進むと全をその上に横たえると、金髪の男に一礼して部屋を出ていった。
「あぁ疲れた。こんなのは二度とごめんだよ。君も大変だったね、僕も大変だったんだけどさ。こういうのは僕の役じゃないと思うんだよ、ホント」
そう言って踵を返して出ていこうとする男に護は「あの…」と声を掛けた。
男は振り向き微笑む。
「大丈夫さ、すぐに目を覚ますよ。怪我はしてないからね。あとは君がついていてあげるといいよ」
その言葉に安心した護は頭を下げた。ここへ向う途中で景の父が言っていたシュナイダーとはこの人かもしれないと思い出したのだ。
「ありがとうございます。シュナイダーさんですよね?」
「シローでいいよ、誰も呼んでくれないけどね。それにお礼もいい。多分、目を覚ましたら彼には怒られそうだしさ。だからもう行くよ。じゃあね、君に会えてよかった」
ふわりと髪を揺らし、シュナイダーは部屋を出て行った。その後ろ姿が金髪だったせいか舞の姿が重なった。舞に会いたい、護は不意にそう思った。
護は眠っている全の隣に横になると、自分もまた強い眠気に襲われた。
安心から気が抜けたのかもしれない。そのまま深い眠りへと落ちていった。
喧騒は意識の彼方へと遠ざかっていき、ようやく静かな時間が護を包み込んだ。
『昨夜、政府機関で起きた爆発の原因はまだ明かされていませんが、梶尾現十元帥直轄の施設であったとの情報が入っています。また、上層風紋院襲撃事件にも元帥の関与の疑いがあり、これを受け、現在、政府機関は行方不明の梶尾元帥の行方を追うと共に、今回の事件に関しての…』
思った以上に情報を公開している、というのが全の感想だった。
この手の事件は様々な理由から隠蔽されることも多い。特に、政府機関が深く関わるのなら尚の事その色は濃くなるものだが、今回はそれが少ない。これも矢上首相の誠意の一つかと結論付け、コーヒーをテーブルに置いた。
目が覚めた後、多少の混乱はあったが状況を把握して、こうやって落ち着けているというのは自分自身意外なことだったが、父の言葉に覚悟を感じ、男同士どこか奥底では理解し、納得していたのかもしれない。
再び父を失った。
だが、以前のそれとはどこか違っていた。以前はただ空虚な塊が身体に穴を開けて魂の一部をもぎ取っていったようだった。
しかし今回は逆だった。
胸の奥に暖かい何かが居座り、それがじわりと温度を発している。
もちろん悲しい。悲しいのだけど、ただ漠然と何かに手足を引かれるような悲しさではなく、鮮明と失ったものが見えている悲しさだ。それが見えていれば、悲しみを自らの内に取り込み、糧とすることが出来るようになる。
だからこそ、この悲しみには意味があり、また父の意思もそこに存在している。それは父が自分の中に生きていることの証明なのだと全は理解することができていた。
部屋のドアが控えめにノックされる。
「どうぞ」
「失礼するよ」
やってきたのは矢上征二郎だった。背後には数名の男が控えていたが、彼が入室時に下がるように手を挙げると男達はそれ以上進み出ることはしなかった。そして彼はその中から一人だけ連れて部屋に入るとドアを閉めた。
「彼は私の秘書だ。朝倉という。今回の件に関して様々な補助をしてくれているものでね、同席を許して欲しい」
「朝倉秀一です」
政治屋としては若く見える。笑みを浮かべて一礼したその男から受ける誠実さに反し、視線の鋭さが異質に思えた。だが、政治の世界において三十路過ぎ程らしい若さで首相の専属秘書までのし上がったと考えればその位は至極当然なのかもしれない。
「まずはこの国の首相としてではなく、ただの矢上征二郎として礼が言いたい。娘を、景を救ってくれてありがとう。あの時私は景と共に死ぬことも考えたのだ。だが今こうして生きている。そしてこの国への贖罪の機会をくれた。君達には感謝してもしきれない。景はまだ眠ったままだが、彼女の分も合わせて礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
矢上は首相とは思えぬほど慇懃に頭を下げた。その気持ちも理解しているのであろう朝倉もまた同様に頭を下げた。
「止めてください。俺は何もしちゃいない。そもそも救出の主役はあっちで転がってるんですから」
護がぐっすりと眠るベッドを親指で指す。
矢上は顔を上げそちらを見ると全と目を合わせて微笑んだ。




