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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
光の中へ

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想いの残滓

「さぁ着いたよ」


 瀕死の人間を担いで走った割には疲労の色が見えないシュナイダーを見て、六紋天王という肩書きは伊達ではないのだなと再評価を下した祐二は、コロニーの巨大さと比例して通常より大きい管制室に足を踏み入れた。

 想像以上に力の落ちている足にかかる自重で崩れそうになる身体を支えられながら、中央にあるメインコンソールに据えられた立派な椅子に身体を預けた。


 コロニーの支柱に位置する部屋は円形に型取られている。

 無骨なすり鉢状になった部屋は段々と中央に向かい低くなっている。その中央に位置するのがメインコンソールである。ここならコロニーの管制システムを一手に操作することも可能だ。アクセスコードが承認されるのを確認した祐二はシュナイダーに微笑んだ。


「ありがとう。もういい、君は行ってくれ」

「そうさせてもらうよ。僕の仕事はここまでだからね。あぁ、もう一つあったっけ」


 苦虫を噛み潰したようにそう言うと彼は背を向けた。

 それを見送るのもそこそこに画面を立ち上げた祐二はコロニー制御の画面を呼び出す。

 周囲にスクリーンが展開され、緑色のフレームで構築されたコロニー図面が映し出される。バベルと名付けられたコロニーはその全体像を露わにした。塔周辺に中央支柱が見えなかった点からも巨大な施設だとは思っていたが、想像よりも大きなコロニーである。急がねばならない。


 意識を集中していても時折画面が二重三重にぶれる。その度に目を瞑り深呼吸をして操作に戻った。祐二はホロディスプレイと併用し複数のキーボードを叩き続けた。外から見ればあたかも楽器を演奏しているようにさえ見えたかもしれない。命を賭けた演奏を祐二はひたすら続ける。


 間断なく続く爆発の振動にパラパラと何かが落ちる音が聞こえた。

 緑色だったフレームは、約三十パーセントまで赤いフレームに切り替わり、赤くなった部分は暫くすると黒へと変わっていった。次々にパージされていくコロニー、それでもまだ足りない。

 途中から何を操作しているのかも分からなくなりながら動き続ける身体に、己の人生をどれだけこんなことに費やしてきたのかと因果を感じながら祐二は苦笑した。


 自分は何をしてやれたというのだろう。最も大切だった妻と息子に。

 四十五年という人生で自分のやってきたことの意味はなんだったのか。

 結局は紋章への復讐に取り憑かれながら否定しきることも出来ず、人々の命を脅かす兵器を生み出すことに手を貸し、今、こうして死の間際にお(ため)ごかしの偽善的な良心を振りかざしている。すべて自己満足だ。滑稽な人生だったと思う。

 だが自分はそれでもいい。最後に思うのは生きていてくれた息子。

 全の幼い姿が間断なくフラッシュバックする。どうか幸せに、それだけが切実な願望として自分のすべてを満たしている。

 彼らを救う為にも、まだ自分には出来ることがある。

 コンソールの周囲にはエネルギーフィールドを展開し、崩壊の破片に邪魔されぬように自分の半径二メートルほどを隔絶している。時折崩れてくる天井の細かな破片をフィールドが弾く。

 こんなものがあっても爆発の威力を考えれば薄紙程度の効果だから意味も無いが、作業を終わらせるまで持てば充分だ。このフィールドの中が己の(ひつぎ)だと思えばこれ以上似合いの場所も無い。


 作業は七十パーセントを越えた。

 爆発までの時間も計算したがギリギリ二十分といったところだろう。

 全やあの少年は無事脱出しただろうかとボンヤリと思う。だからだろうか、全に呼ばれた気がした。

 幻聴は不思議と成長した息子の声に変換されている。

 人の願望や妄想の力は思わぬところで発揮されるものなのだと思うと可笑しくなった。

 声のしたフィールドの外には顔まで浮かんで見える。あの背中に似合う凛々しい男の姿が見える。

 その顔には幼かったあの息子の面影が残っていた。

 幻覚まで見えればもう終わりも間近なのかと思えたが、こんな終わり方が出来るなら悪くない。


「父さんっ!」


 ダイレクトに届く叫びが朦朧(もうろう)としていた意識を現実に引き戻した。

 まさか。だが間違いない。信じられないことだったが、息子が、全が薄青いフィールドに隔絶された向こう側に間違いなく立っているのだった。


「馬鹿なっ、何故ここにいるっ」


 全の姿の向こう側、腕を組んで壁に寄り掛かるシュナイダーの姿が目に入った。


「お前、ここに全を連れてきたのか? もう時間がないんだぞ、早く脱出しなければすべてが無駄に――」

「ちょっとしたお節介。あなたの都合に興味はないし。ただね、全君とあなたは会わなきゃいけないと思ったんだよ。だから前もって彼には案内役をつけておいた」


 シュナイダーの足元で何かの球根のようなものが小動物のように動いていた。


「父さん、父さんも早くここから出よう。今なら間に合う」


 フィールドに阻まれた全は張り付くようにしてそう言った。父と呼ばれた胸が熱くなる。


「全…、立派になった…本当に…。あの少年は、どうした?」

「護なら大丈夫、もう避難したよ。矢上景も一緒にいる」

「そうか…良かった…」


 もう思い残すことは何もない。

 今となってはこのフィールドを張っていてよかったと思う。この二メートルより近づけば、自分は息子の元へ行きたくなっただろう。


「私は、一緒に行くことは出来ない」

「何でさっ、もう終わったんだよ。全部終わったんだよ。カプセルの人達もみんな解放された。父さんがやったんだろ? 梶尾の計画も全部終わったんだよ」


 梶尾の計画……。


「まだだ。今やっている作業を終わらせなければコロニーの爆発で、まだ何十何百もの犠牲を生むことになる。それにこれは私の果たすべき責務でもある。こんなものを生み出した罪を償わなければ」

「なんでだよ! 父さんも、矢上のおっさんも、大人達はみんな罪滅ぼしって! そんなのそれこそ逃げ口上じゃねぇか」

「逃げ口上か…。それは違うよ、全。人は完璧ではない。過ちを犯す。そしてそれを償うことには意味があるのだ」

「意味?」

「私たちの後に続く者達に、お前や未来を担っていく者たちの世界に真実を示すことが出来るのだ。何が間違いであったのか、何を見逃していたのか。それがお前達の未来に新たな道を示すのだ」

「だからって死ななきゃいけないのかよ!」

「男のすべき事にはそういう場合もある、というだけだ。それはもう、今のお前には解っているのじゃないか? 今この場に立っているお前には」


 全は何かを吐き出そうとする想いと、止めようとする想いの狭間で目を伏せ、唇を噛んでいる。

 本当に立派になった。一人前の男に成長している。もう彼には自分という存在は必要ない。父としてこれほど誇らしく喜ばしいことはない。「父さん…」全は伏せた目を上げた。


「紋章が…発動した」


 刹那、無意識下でさえ操作を続けていた手が、その動きを止めた。一切の謎であった紋章が目覚めた。これは一体何を意味する。


「再生するんだ。どんなに傷を受けても一瞬で。まだ上手く使えないけど」


 そんな力が存在するというのか? 信じ難い事実に眩暈(めまい)が襲い掛かる。

 未知な力の顕現(けんげん)。それが息子の身に起きた。

 そして梶尾の言った大火葬の原因の力。

 やはり紋章にはまだ隠された何かがあるのだ。

 だとしたら、間違いなく全はその何かに巻き込まれていくことだろう。逃れることが出来ないのであれば自分は何をしてやれる?


「全。これからお前は大きなうねりに呑まれるだろう。だが、決して忘れてはいけない。全ての命は等しく――」


 込上げてきた何かに息が止まる。鮮血が吐き出され身体が血に染まる。もう時間がない。


「父さんっ!」

「…探せ…全身に紋章を持つ者を…」

「全身に…?」

「それが真実への鍵になる筈だ……。さぁ、もう行きなさい…」

「まってよ父さん。どういうことさ?」


 シュナイダーの名を叫ぶ。彼は溜息をつき、寄り掛かっていた背を離す。


「後は頼む」

「まぁ、約束だからね。嫌だけど」


 シュナイダーは全に近づくと腕を掴んだ。


「何すんだ。放せよ」

「そうはいかないよ。約束なんだ。君を無事に脱出させるのはさ」

「ふざけるな、いくらあんたでも許さないぞ」

「ならどうする? 今の君じゃあ僕の相手にはならないよ。いくら紋章の力に目覚めたとしてもね」


 一触即発の気配が漂う。だがもう自分に出来ることは無い。もう時間がないのだ。操作を続けなければならない。すべてはシュナイダーに任せた。彼を信じるしかない。

 一瞬の後、全が動いた。

 だが、何をどうやったのか分からないが全はシュナイダーに寄りかかるようにして崩れた。

 倒れ際に「父さん…」そう呼ぶ声が聞こえた。


「本当にいいんだね?」

「あぁ、頼んだ」

「だから嫌なんだよなぁ、こういうのはさ…」


 シュナイダーは全を担ぎ上げると出口へと向って歩き出した。

 出口に立ったシュナイダーが僅かに振り向く。


「上原博士、あなたも梶尾さんも素晴らしい人でした。だが時代があなた方についてきていなかった。それが残念です。まだその時では無いんですよ。あなた方を心から賞賛させて頂きます。では」


 最後にそう言い残して消えてゆく背中から視線を戻すと祐二は最後の仕上げにかかる。

 パージは九十五パーセントの完了を見ていた。


 数分の後、パージが完了した。


 これで爆発の威力は軽減されるはずだ。あとは祈るしかない。

 地面から突き上げてくるような震動が大きさを増している。身体も既に感覚がない。意識も僅かに残るばかりだ。この身体もよくもった。後は消え行くのみ、そして目を閉じた。

 祐二は薄れゆく意識の中、あることに気がついた。

 そういう意味か…


 全…気をつけろ…


 その言葉は声にはならなかった。

 直後、足元から発した強い閃光はまるで神代の世界がこの世に顕現したかのような輝きをもって上原祐二を、何もかもを包み込んでいった。



 この日、東京全体に大きな震動が響いた。

 だが、それが何を意味するものかを知る者は殆ど居ない。

 力を生み、力を奪い、力を消し去る。

 希望であり、野望であり、復讐でもあった。

 それぞれに抱えた彼らの想いの残滓(ざんし)と共に。


 バベルシステム。

 そのすべては塵へと還っていった。




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