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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
光の中へ

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頼み

 その間は時の流れが怖ろしく緩慢に感じられた。

 少年が中に飛び込み、もうじき五分になろうとしていた。


「やはり行かせるべきではなかった…」


 恨みがましく言ったところで独り言に過ぎず、上原全は微動だにせず真っ直ぐに光の塊を睨みつけていた。足元から響いてくる唸りのような震動は徐々にその大きさを増している。

 矢上は振り返り、『イージス』達に命令を下す。


「これより各員はこのコロニーを脱出。脱出後は山県官房長官の指揮下に入り、この件の処理を迅速に行え」


 隊長が一歩前に出る。


「首相はどうなさるのですか?」

「私は、やることがある」

「では我々も」

「駄目だ。これは私個人の問題だ」


 ですが、と喰らいつく隊長を制し、全に振り返る。


「ここには私が残ろう。君は彼らと共に行きなさい。このままでは君も」


 彼はその言葉に一瞬だけ視線を寄越すと「俺はいい」とだけ返した。

 確かにここまで来た彼らに今更それは愚問とも思えた。この機密の只中に居るという事実は、例えどんな理由があったとしても生半可(なまはんか)なことではない。その彼らが娘を救おうと命を賭けている。その決意はそうそう揺らぐものではない。

 梶尾にいいように操られたとはいえ、犠牲を止む無しと決断した己の弱さを思えば、彼らのほうがよほど勇敢で正しい。かつて『国とは人です』と言った妻の言葉を自分は忘れていた。責任という言葉を隠れ(みの)にして人の命を足蹴(あしげ)にした罪は(つぐな)っても贖いきれない。だが、ならばこそ彼らのように正しい者達は生きるべきなのだ。それが彼の望まないことだとしても。


 矢上征二郎は『土』の紋章を持つ。あらゆる鉱物に干渉するこの能力はこの世界には必須ともいえる位置にある。現在の東京もこの力無くしては作り上げることは不可能だった。そして、周囲に材料はいくらでもある。それを使って彼を拘束し、イージスに運ばせれば事は済む。


「上原全君、君にはここから脱出してもらう」


 不穏な気配を察したのか、彼はじっと征二郎の顔を見つめ返した。


「今、この場を離れるのは不本意だと思うが、君には生きてもらわねばならない」


 全の足元の床が波紋のようにわずかに波打った。何をしようとしているのかを感じ取った全は素早く跳んだ。


「何をするんだ」

「君には生きてもらいたいのだよ。それが今の私に出来る罪滅ぼしでもある」

「綺麗事をっ! そんなのは大人の身勝手だろう! 罪滅ぼしなら、やるべき事はいくらでもあるはずだ。あんたの罪はこんなところで死んだって償えるほど軽いもんじゃないだろうに」


 彼の言葉には妙な力がある。やるべき事があるのなら、ここでの罪滅ぼしなどただの逃げ口上でしかないのかもしれない。だが、だとしたら自分は。


 その時、部屋から強い光が発した。


 強烈な光が伸びた後、周囲は一気に闇に包まれた。

 否、正確には急激な明るさの変化に目が(くら)んだのだ。次第に慣れてきた目に部屋の中の様子が段々と見えてきた。


 少年が立っている。

 そして、その少年に力ない身体を支えられるようにして立つ景の姿が目に入った。

 矢上征二郎は足を縺れさせ、転びそうになりながら二人に駆け寄った。景の乱れ落ちる髪の毛をかき上げてやり、その顔に触れる。


「景、大丈夫か、景!」


 ゆっくりと顔を上げた景は微笑んだ。

「やっと……お父様に会えた……」


 その健気な微笑みに、胸奥(むなおく)が痺れる感覚を味わった征二郎は景を強く抱きしめた。

 その二人の向こう側で全と視線を合わせた護はニッと笑う。全もまた口元だけ微笑ませて小さく頷いた。




「何を言っているのさ。いい? あなたは今僕の処置したネオグロースファクターを有する植物を補助的に寄生させているの。血液が不足している以上、あくまで簡易的な処置に過ぎないんだよ。早く治療しないと命に関わる。そんなことになったら全君に嫌われちゃうでしょ」


 本当におかしな男だ。自分のことか全のことか、どちらを気にしているのか分からない態度に祐二は苦笑した。

 上原祐二はシュナイダーの背に担がれ脱出経路をひたすら進んでいた。

 怪我の状態は酷くネオグロースファクター、いわゆる細胞成長因子を利用した処置はされてはいるがそれも一時凌ぎに過ぎない。自分に残された時間はもう幾許(いくばく)もないのだということは分かった。


「君はおかしな男だな。だが分かっているはずだ。このままの状態でこのコロニーが爆発すれば隔絶されたエリアとはいえ、周囲に与える影響は甚大だ。少しでも規模を縮小させなければ」

「だからってコロニーをパージさせても上手くいくかどうか」

「だが、やる価値はある」


 コロニー施設は殆どが例に漏れず多重構造物となっている。特に研究施設は緊急事態防衛の為、今回のような事態の為に他エリアとの間にエアドームと呼ばれる大きな空間がある。通常であればそこが防波堤となる。

 だが今回は元となるエネルギーの規模が違う。このままではコロニー全体が巨大な爆弾となってしまうだろう。そうなればエアドームで押さえ込むことは難しくなり、最悪その外のコロニーにさえ連鎖し、超大規模な被害が出ることだろう。それだけのリスクもヘキサは抱えているのだ。

 しかし、複雑に組み合わされたコロニーのエリアを細かくパージしていくことで、連鎖する威力をそぎ落とすことが出来るはずだった。それにはコロニー自体の管制室へ行く必要がある。


「はぁ。結局いかなきゃ駄目なんでしょ。これだから嫌だったんだよなぁ。こういう面倒な仕事はさぁ」


 本当に嫌そうな顔を浮かべると、彼は方向を変えて走り出した。管制室のある場所はコロニーの中央を貫く柱の上部。あとどれだけの時間が残されているのだろうか、コロニーと自分には。


「君に頼みがある」

「面倒なのは嫌だよ」

「なぁに簡単なことさ」


 祐二はシュナイダーの耳元に小さく囁いた。

 シュナイダーはしかめっ面に溜息をついた。


「ほんと…これだから嫌だよなぁ……」


 祐二は失血から来る眩暈に耐えながら、最後の時の為に体力を僅かでも回復させようと目を閉じた。


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