笑顔
不思議な感覚だった。
大勢の人間の心が収束して一つになり、あたかも一個の生命へと変わっていくかのような気分になっていた。痛みも苦しみも分かち合い、大きな安らぎへと変わっていくような安心感は、今までに感じたことの無いものに思えた。
景は思う。
母の愛とはもしかしたらこういうものなのだろうか? 幼い頃に死んだ母のことは殆ど憶えてはいない。だから、それは想像するだけのものでしかないのだが、不意に過ぎった金髪の女性の笑顔がそれだとも思える自分もいた。
その女性と共にいた男性、そして少年。彼らは誰だったか?
身体の輪郭が溶け出すようにさえ思えるこの場所では、その思考もまとまらなかった。
でも、そんなことはいい。今は皆がいる。すべてを分かち合える仲間達がいる。彼らと一緒に向かうのだ。どこに? それもどうでもよかった。
突如、穴が開いた。
境界を混ぜ合わせ一つになっていた空間に穴が開いた。
穴は次々に口を開け、その度に誰かが居なくなった。
いや、誰かが居なくなった場所に穴が開いたのだ。
気がつけば自分以外のみんなの姿はどこにも無くなっていた。あの小さな子供の姿ももうない。金色の穴だらけの空間に自分だけが残され、一人ぼっちになった。
そう思うと景は心に湧き出す不安、恐怖、悲しみに押し潰されそうになる。
一人は嫌だ。誰か助けて。
叫んだ声は音にならない。何度繰り返しても無音の静寂が広がっているだけだった。
目の前の空間にスクリーンが浮かんで見えた。
その四角い画面には父の横でスーツの裾を握っている自分がいた。五歳の自分。
また画面が浮かぶ、父に肩車されて喜ぶ自分。
次々に浮かび上がる画面に過去の自分が映し出され、長いフィルム状になった画面は自分の周囲を上下左右に駆け回っていく。数々の自分と自分に関わった人々の姿が流れていった。
そして最後に映し出されたのは二人の兄弟。何故思い出せなかったのか。
「全さん、護」
二人の画面に手を伸ばす。もう少しで手が届く。触れることが出来たなら…。
だが、画面は伸びる手から逃げるように離れようとする。
涙が景の頬を伝った。
「…助けて……」
その直後、兄弟の笑顔が割れた。
細かく砕けたガラスのように、キラキラと散っていく欠片を呆然と眺めながら、景はもう駄目だと口中に呟く。
不意に絶望と諦観に下ろしかけた白い指先が何かに掴まれた。
その手は画面のあった先から伸びている。
腕の先にある顔が笑顔で叫んだ。
それは、画面にあったものよりもずっと輝いた明るい笑顔。
「ま…もる……」
「助けに来たよ、景!」




