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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
光の中へ

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47/54

止める権利

「これだけ大人が揃っていて、あんたら一体何をしてるんだ!」


 塔を登りきって最上層に位置するコントロールルームに至る広い空間に到達すると、そこで見たのは何もせずに顔を突き合わせているだけの矢上征二郎(やがみせいじろう)を筆頭とした大人達だった。白衣の男は気絶しているのか、拘束されたまま転がっている。


 ここに来る途中にも状況は刻一刻(こくいっこく)と変わっていった。

 シードのパージは行われたものの、エネルギーの暴走に耐えられなくなったコロニーの各部が爆発し煙を上げ始めた。伝わってくる震動の間隔も徐々に狭まっているのがわかる、大規模な崩壊が始まるのも時間の問題と思えた。

 この危急の中、彼らが踏鞴(たたら)を踏む理由は、触れれば只では済まない部屋の中に吹き荒れるエネルギーの奔流が原因なのは一目瞭然ではあったが、だからといって何もしないことの理由にはならず、(ゼン)は彼らに向って叫ばないではいられなかった。


「なんだ? 子供?」


 特殊部隊らしい男達が壁のように矢上の前に立ち、銃を構えこちらへ向ける。だが、敵ではないと判断したのか、矢上征二郎は「まて」と制し、兵士の壁を割るように前に出た。


「君達は何者だ? 一体何故こんなところにいる?」

「俺は上原全。こっちのは(マモル)。あんたの娘、矢上景(やがみけい)を助けに来た」

「景を?」


 征二郎は突如現われた二人を交互に見、全と暫く目を合わせた。全は何に臆するでもなく真っ直ぐにその目を見返した。


「上原全と言ったな、かつて聞いた覚えのある名だ。まさかとは思うが、上原博士の」


 全は何も答えず。ただ矢上を見つめる。


「そうか…生きて…」


 何かを噛み締めるように(うつむく)く矢上に全は「今そんなことどうでもいい」と言い放った。

 多分この男も後悔を背負って生きてきた。その悔恨(かいこん)が今、細かな(しわ)となって刻まれているのが表情からも(うかが)えれば今はそれでいい。時間が差し迫る中、過去を糾弾しているほどの暇は無い。それに彼は父と関わりはあっただろうが、当時は首相ではなかったのだ。

 矢上が手を上げると向けられた銃が一斉に下ろされた。

 部屋の中を光が縦横無尽に駆け回っている。だが、彼らも何もしなかった訳ではないらしいと矢上の視線を追って、部屋に倒れている部隊マークの入った防弾ベストを着た遺体を見て気づく。

 何かに削り取られたように首や胴体の一部、腕や足首などが無くなっている。この光の触手の奔流(ほんりゅう)に触れたが最後、跡形も無く消し去られればこうなるという現実をそれは突きつけていた。このままでは景に近づくこともままならない。


「この危なっかしいのをどうにかできないのか?」

「私達だってどうにかしたい、だが」


 エネルギーが爆ぜ、閃光が(ほとばし)る。この場所もいつまで耐えられるか。確かに状況は分からないではないが、このままでは(らち)があかない。

 不意に護が(かたわ)らに立ち、指差した。


「あいつ、この機械に詳しい人だよ。操作しているのを見た」

「いい奴か?」

「いや、すっごくやな奴!」

「だろうな」


 護の渋面(じゅうめん)を確認した後、転がっている白衣がそれだと分かると、全はその胸倉を掴み上げて平手で顔を打った。それを囲むようにして兵士達は成行きを見守る。


「おい、起きろよ」


 二三度繰り返すと、男は奇声を上げて(ようや)く目を覚ました。


「おいあんた。これ何とかしろよ。エネルギーの供給が無くなったのに止まらない。なんか方法知ってるんだろ?」


 指差した部屋に目を向けると男は笑った。


「くけけけ、知らないな。こうなったらお終いだ。暴走したものはどうにもならない。臨界点を越えたんだ。それにもし知っていても教えるものか」

「そっか、残念だ」


 全はその胸倉を掴んだまま男を持ち上げると部屋の前に立った。光がすぐ近くを走り閃光が(ほとばし)る。男はジタバタと手足をバタつかせ悲鳴を上げる。


「ひぃぃ、やめろ。やめてくれっ」

「早く方法を教えないと投げ込むが? どうなるだろうな」

「ひあっ、まて、まってくれ。言う、言うからたすけてっ」


 入り口から離れ、手を離すと、へたりこんだ男は俯いたままブツブツと口を開いた。


「核部が単独で暴走しているのならシステムからは何も出来ない。時間が経てばエネルギーも発散されてゆき徐々に(しず)まるよ」

「それはどれくらいかかる?」

「さぁ、三日か、四日か、一週間か、分からないなぁ」


 脂汗をギラつかせ卑屈な笑みを浮かべる男に矢上は「そんな時間は無い」と怒気を(はら)ませ叫ぶ。


「ほかに方法は?」


 じっと全の目を見返し男はまた目を伏せた。


「無いわけじゃない。だが無理だ」

「何故」

「残された方法はヘキサのエネルギーを外部から強制的に分解させていくやり方だよ。これならずっと短い時間で処理できる。供給が止まっているなら一番効果的だと思う」

「それはどうやる?」

「無理だよ」と白衣は首を振った。


「これにはオーブが必要だ。核とオーブを近距離で干渉させることが出来ればエネルギーを分解拡散してあとは何とかなる。でもね……、コピーは梶尾君が持っているし、オリジナルは行方不明。今すぐ梶尾君を連れてくるか、行方不明になったオーブを探してくるか、どちらにしても時間がかかるね。今のままでは耐え切れなくなったコロニーが爆発する方が先さ。早く逃げたほうがいい、さぁ、もういいだろう。早くここから離れないとっ」


 取り乱す白衣を兵士に明け渡し、全はポケットに手を入れた。

「連れて行け」そう矢上に言われた兵士が二人、喚き散らす男を連れて階下に下りていった。その間も男は喚いていたが、遠ざかっていく奇声が笑っているものなのか、悲鳴なのかも分からなかった。


「そんな、では景は、どうしたら」


 打ちひしがれる矢上を横目に「あるよ」と全は引き出した掌を広げた。

 そこには静間から受け取ったオーブが六つの光を泳がせていた。爺さんは壊れたと言っていたが一時は消えかけていた光もエネルギーに反応したのか明滅を強めている。見ようによっては眠りから目覚め、力を(みなぎ)らせているようにも見えた。


「さっきの奴の話が本当なら、このオーブをあそこに持っていけば何とかなる筈だが」


 その為には幾筋ものうねり走る光の蛇とでも言うべきエネルギーの鞭をかわし、その母体となっている装置に干渉させる必要がある。だが、それは容易いことではなく、一瞬の判断のミスが命取りになる。あの光を避け続けるのは不可能とさえ思えた。


「どうやって干渉させるか、だな」

 難しい表情の矢上は呟く。

 この場所から投げたり飛ばしたりでは途中でオーブを撃墜される可能性がある。そうすれば二度とチャンスは無いというリスクを考えれば遠距離からのアプローチは危険だ。かといって直接運ぶのも危険は変わらない。繋がったエネルギーであるのならオーブは触手を分解できるのかもしれないが、一本の対応中に他のものに襲われるのは間違いない。やはり末端ではなく本体でなければ意味が無い。

 開花した能力を考えれば自分が適任だ。傷付いても瞬時に治癒できればリスクは最小限に出来る。一番現実的だ。

 だが、物事はそう簡単ではなかった。先刻から紋章はウンともスンともいわなくなっていた。目覚めたばかりの能力だからか自分の意思でコントロール出来ていない。もしくは何かのトリガーが必要なのか、それが命の危険であるならやってみる価値はある。しかし、もし違えば……。

 全はオーブをじっと見つめた。父の作り出した球。父の作り出した装置。

 そして、それは自分の背負うべきものでもあるのかもしれない。全は心の内に決意した。


「俺が――」

「僕が行く!」


 横から()手繰(たく)るようにオーブを奪い取った護がそのまま駆け出し、入り口近くで振り返った。光を背にしてその表情は影となり見えないが、足が震えているのは分かる。


「馬鹿はやめろ、俺が行く。お前は待ってるんだ! 俺のほうが確実だ」


 だが護は首を振った。


「僕のほうが小さいから避けやすい。大丈夫、すばしっこいのは全ニィがよく知ってるでしょ」

「いい加減にしろっ、これは遊びじゃないんだぞ!」

「遊びなんかじゃない!」


 全の叫びを掻き消すように、強い意志を帯びた護の声が空気を震わせた。


「全ニィは僕に言ったじゃないか、東京に来る前、覚悟があるのかって。その時に僕は言ったでしょ、景を助けたいんだって、それは僕がここにいる為の覚悟なんだよ。僕は、景を助けに来たんだ! だから僕が助けなくちゃいけないんだよ!」


 逆光の中にいる護の表情は見えなかったが、全にはその強い意志に溢れる顔が見えた気がして口元が(ほころ)ぶのを止められなかった。


「何を馬鹿な。子供にそんな真似をさせられる訳が無い。それを渡したまえ、大人がやるべきことだ。さぁ」


 矢上は手を差し伸べ一歩前に出ようとしたが、それを遮るように出された腕に足を止めた。絶句する矢上を見ずに全は影に埋もれた護の瞳を見つめて頷いた。


「死ぬぞ!」

 矢上が叫ぶ。そうかもしれない。これは最後の別れになるかもしれない。だが、行かせなければ護は、護の心は止まる。それは死と同義なのだ。

 別の道もあるのかもしれない、しかし、この不器用さこそが強さでもある。護は今、大きく成長しようとしている。自らの意思で加速度的に成長する者を止めるなど出来るものか。それを止める権利など誰にも有りはしないのだ。

 護は「行ってきます」そう言うと(きびす)を返して光の中に飛び込んでいった。

 その姿が遠ざかっていく。

 それは全の目にスローモーションのように見えた。

 光の蛇が一匹、また一匹と護を貫くのが見えた。

 最後には幾筋もの光が収束し、その小さな身体を全て飲み込んでいった。


 護は…光の中に消えた。





 太陽はその姿を隠して随分になる。

 明かりの無い部屋の窓辺から、煌々(こうこう)と輝く東京を眺めていると、その美しい光とは裏腹に胸の奥を締め付けられるような不安が掻き立てられる。

 舞はジェイから受け取った胸元のロザリオを握り締めた。

 神など信じてはいない。

 自分にとって父代わりのジェイ、いつも支えてくれる全、手のかかる弟の護、雪月花の可愛い子供達。この家族こそが総てなのだ。

 見たことも無い神に何かを委ねるのは無駄なことだ。だから祈りはジェイに、その代わりであるロザリオに向けられるのが舞には当然のことだった。

 子供達は既に眠りについている。三人揃って穏やかな寝顔だ。川の字に寄り添う子供達の向こうにもう一本の長い線があった。流石に三人の相手で疲れたのだろう笠木順哉(かさき)がこちらも子供のように眠っていた。

 その様子を横目に見て、ささくれ立つ心をほんの少しだけ落ち着かせると再び東京の明かりに視線を投じた。

 やけに長い一日。

 澄んだ夜空に月が大きく輝いている。

 夜の闇に浮かぶ月と東京の対比は、妙に不恰好だった。


「全、護」


 いつまでも終りが来ないのではないかと思わせるほどに夜は静まり返っている。

 舞はその目に映りこむあらゆるものを、ただ、じっと見つめ返していた。



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