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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
光の中へ

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総意

 最後まで邪魔をする。

 動かぬはずの身体が動く、そのこと自体が異常だということが分かっていないのか化物め。


 梶尾は湧き出してくる嫌悪と怒りを銃弾に込めて幾度も撃ち出した。既に茫然自失の状態に近い上原にはかわすことも出来ない。弾丸はその身体に雨のように降り注ぎ、その命を完全に断ち切る……はずだった。

 しかし、弾丸は彼の身体には届かず、直前で別の何かにその弾痕を刻んだ。

 一瞬前には何もなかった空間に伸びたそれは通常ではありえない動きで、その意思を感じさせるように波打つ。蛇のように動くそれは植物の様相を呈していた。


「木……まさか……」


 意識を失い崩れ落ちる上原の身体を受け止めて壁際に横たえる長い金髪の男。その瞳は静かに碧光(へきこう)を湛えて梶尾を直視している。口元にはいつもと変わらぬ微笑を浮かべ対峙するように立ちはだかった。


「ホワイト・E・シュナイダー。貴様……」

「諦めなよ、梶尾さん。あなたに出来ることはもう何もない。これでバベルシステムは動かない。仮にそのコピーを使おうとしたところで僕はそれをさせない」


 梶尾は手の中にあるコピーのオーブの感触を確かめながら奥歯を噛みしめる。パージが行われたとはいえ簡単にエネルギーは消失しないはずだ。ならば今ならまだ間に合う。オーブをセットしてスイッチを入れるだけで六紋天王(ろくもんてんのう)だろうがなんだろうが紋章付きは一掃出来る。装置まではほんの(わず)かな距離だ。一瞬で勝負が決まる。上原の傍に居るシュナイダーが間に合うはずがない。そう考えた直後、梶尾は装置に向って駆け出した。


 あと一歩。

 そこまで迫った梶尾の目前に網の目状に折り重なった木の枝が現われ。装置との空間を隔絶した。

 驚愕(きょうがく)に振り返った梶尾の肩を何かが貫く。

 ジワリと拡がる熱と痛みが走り、梶尾は声にならない呻きをあげた。掌から拳銃が落ちる。肩に突き立ったそれは、シュナイダーの腕に絡みつき触手のようになった枝だった。


「させないって言ったはずだけど」


 肩口の痛みと共に、背筋に冷たいものが走った。まったく変わらない口調。消えない微笑(びしょう)。以前よりシュナイダーという男にはどこか人形じみた印象を持っていたが、ここにきて確信した。

 この男は普通ではない。何かが違う。だがその違いは見えない。

 巨大なものを見るときには視点を変えねばならないが、その余裕は既にない。封印されし禁忌、ロスト・ヒストリーを狙う男、だがそんな事実の記録は無い。それを知って何故……。


「ぐっ…。ロスト・ヒストリーのデータなどない。そう言った筈だ…」

「ロスト・ヒストリー? あぁ、そんなものの記録が無いことぐらい知ってるよ。ずっと前からね」

「なんだと…、では一体……」

「簡単なことさ。梶尾さん、貴方に消えてもらいたかったんだよ」


 シュナイダーは初めから命を狙っていた? 

 元帥ともなれば生半可なことでどうにか出来る存在ではない。それを消し去る為と言うのなら、確実で磐石(ばんじゃく)且つ正当な理由が必要だろう。だが、彼にそこまでする動機があるとも思えなかった。


「一体…誰の差金だ……」


 黒幕がいるはずだ。シュナイダーは笑った。


「これはね、六紋天王の総意だよ」

「な…に…」


 その言葉に戦慄(せんりつ)した。六紋天王の動きは全て把握し、関与できないように操作したはずだ。だが、シュナイダーの言葉が本当だとすれば、自分は奴らの掌の上で踊らされていたということになる。


「僕もねぇ景様を(おとり)に使うような、こんなことしたくなかったんだよ。嫌だって言ったんだけどね。赤座(あかざ)の爺さんが僕しかいないからやれって言うし、仕方なくさ。」


 赤座行徳(あかざぎょうとく)。六紋天王、土の紋章官にして六紋天王を統べる最強の男。齢八十にして未だその力に僅かな衰えさえ感じさせない老獪(ろうかい)な男は既にこちらの手を読んでいたというのか。


「あんたがやばいことをしようとしてるってのは爺さんも気づいてたみたいなんだけど、それが何か分からない。だから、僕にそれを探らせようとしたのさ。ロスト・ヒストリーを持ち出せば一度は研究していた梶尾現十にならば隠れ(みの)にもなるだろう、ってさ。実際にとても効果はあったみたいだね。これでまた爺さんに文句を付けにくくなるよ」


 評議会でやけに大人しく指示に従ったとは思っていたが、既に駒は置かれていたということか。梶尾は転がり落ちた銃を見つめる。


「まぁ、つまり僕は既にあるかないか分からないようなロスト・ヒストリーになんて何の興味も無いんだ。過ぎてしまった過去よりも今のほうがずっと大事だからね。そして過ちはそれに気づけば取り返せるものでもある」

「では、まさか矢上を動かしたのも」

「そう、僕が本当の事を教えてあげたんだ。あの人のやったことは間違いだったけどね。でもあの人は最終的に白か黒かを問われれば、白を選ぶ。彼にはまだ使い道があるから、今はいなくなられても困るのさ」


 すべては起こるべくして起きたということなのか。六紋天王という存在は想像を上回る連中だったようだ。それは認めねばならない。忸怩(じくじ)たる思いが梶尾の全身を駆け巡る。


「でもさ、正直際どかった。思っていたよりも計画は危険なものだったからね。まさかここまでするとは思ってなかった。本当に凄いよ。あと少しで本当にチルドレンはこの地上から消え去っていたかもしれない……詰めが甘かったけれど。私はね梶尾現十、貴方をとても評価していますよ」


 その碧眼(へきがん)を白い光が()ぎったように見えた。巨大な圧力を感じた刹那、呼吸が止まる。すぐに咽て全身が酸欠にでもなったかのように呼吸を繰り返し、身体が酸素を取り込もうとする。漸く落ち着き、再び見上げたシュナイダーは変わらぬ微笑を浮かべていた。


「でもね、景様をこんな危険な目に合わせちゃったらさ、南雲(なぐも)に怒られちゃうよ。彼は景様を危険に(さら)すのには大反対だったんだ。景様に手を出させないのを条件にしたのに、これじゃ僕がなにを言われるか分かったもんじゃない。そうなる前に景様を早く助けてあげないといけないからさ、もう行かないと。梶尾さん、残念だけどここでお別れだね」


 殺される。

 ゆらりと立ち昇った殺意から逃げる術はもうない。あらゆるものが淡い幻となった今、出来ることなど何も無い。ただ己の無力と、すべての代償として背負った罪を噛み締め、訪れる罰の瞬間を享受(きょうじゅ)する以外やれることは何も無かった。己の人生とは何だったのか、走馬灯(そうまとう)のように記憶が回る前に何かがぼんやりと頭に像を結びかける。


 直後、爆発が起きた。

 爆炎は梶尾とシュナイダーの間で巻き上がり、突き刺さる枝を瞬時に焼き切った。

 支えを無くし両膝を着いた梶尾は何者かに担がれ、その時にやっと自分を助けに来た者がいると気がついた。炎は壁となりシュナイダーを阻んでいる。


「さぁ、早くこちらへ」そう言った顔を何とか見上げる。

 そこには浅野真奈美の彼女らしからぬ必死な横顔があった。

 ボンヤリとした像が形となった瞬間だった。


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