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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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護の怒り

 目的地がどこか分からないので付いて走ることしか出来ない。上がったり下がったりの繰り返しで自分がどの辺にいるのかまったく分からなくなっていた。だが、サブコントロール室はコロニーの上の方にあるようだった。

 護は全身に走る痛みに歯を食いしばって走った。

 全の言葉。全の想いに応えたい。そう思えば不思議と身体は動いた。全の父は時々様子を気にかけてくれる。足手まといにはなりたくなかった。

 通路が配管もむき出しの無骨な様相を呈し始めた頃、全の父は足を止めた。


「ここだ」

 壁面のパネルを操作する。だが、表示にはアクセスエラーの文字が浮かぶ。


「もう手を打っていたか、しかし、パスワードを変更しても無駄だ。この程度のセキュリティは私には通じない」


 パネルに触れた右手から紫色の光が走ると、乾いたスライド音と共に扉がその厚い口を開いた。


「さぁ、いこう」


 導かれて入ったサブ・コントロールルームという部屋は、サブと呼ぶには大きい部屋だと護には思えた。

 半球状の部屋。中央円形配置のコンソール。全天型オールビューモニター。そしてそれらに映し出される緊急の画面に気を取られ侵入者に気づかないオペレーター達。

 護は全の父と事前に打ち合わせていた通り、侵入と同時に戦闘態勢に入った。

 制圧に時間はかからなかった。

 配備されていたのは非戦闘員のオペレーターのみで紋章付きの姿は見えず、十人程いた者達は全の父の敵ではなかった。


「脳の一部を麻痺させた。彼らは暫く動くことは出来ないだろう。君は休んでいなさい、まだ動くのも辛いはずだ」


 それだけを言うと全の父は中央コンソールに向き合い操作を始めた。

 確かに全身にはダルさがあった。しかし、先刻、彼に施された電気的な麻酔で痛みは大分誤魔化(ごまか)せている。

 荷物の中から魔犬拘束用のワイヤーカフスを取り出し、念の為、気絶しているオペレーター達を動けないように拘束した。

 複雑な作業に徹している彼を横目に、護は遠くから迫っている気配を感じていた。十人ちょっとはいそうだった。恐らくさっきの金色の兵士だ。ここに到達するのも時間の問題だと思われた。

 ふと視界の端に映像が見えた。バストアップの写真に名前や誕生日、紋章属性など細かなデータが添えられた画像が次々に流れていく。護はその流れていく写真を眺めた。


「それはシード…あのカプセルに入れられている人達のデータだ」


 全の父はそう言った。護の脳裏に装置に入れられている人々の姿が再起し、その生々しさに吐気を覚える。


「妻と息子の死を聞かされて紋章を憎んだ。こんなものがなければと。そして、紋章そのものを取り除く装置を造ろうとした。だが結果は、利用していた(はず)の梶尾に利用され、そこに映る人々を苦しめることになってしまった。愚かだった」


 懺悔(ざんげ)の言葉を吐き出しながら、それでも彼はその過ちを正そうと向き合っている。そんな人間にかける言葉など幼い護には思い浮かばなかったが、全の顔が浮かび一言だけ「大丈夫」と言った。上原祐二はかけられた言葉に僅かの間だけ顔を上げると、再び操作を始めた。


「あ……」


 再び見上げた画面に流れた画像にわずかの間、護は唖然と釘付けになった。

 少女の顔が、不安そうに護を見つめ返している。

 意識が遠ざかるように視界が揺らぐと頭が、脳が痺れるような感覚に包まれた。

 俄かに部屋の外が騒がしくなった。追手が扉を破ろうとしている。


「くそ、セキュリティを書き換えたが力ずくで破られればどうにもならない。時間の問題か。システム自体は残っていたが起動にはまだ時間が掛かる。このままでは」


 固まったように動かない護に彼は声を掛けた。


「どうした?」


 どくどくと全身を何かが駆け巡っているような気がする。

 血液が、どくりと脈打つ度に痛みが走る。まるで身体の奥でどす黒いものが蠢いているようだった。ぼんやりとしているような、なのに鮮明にすべてが見えているような奇妙な感覚。


「扉、開いてくれませんか」

「何を言っている。そんなことをすれば――」

「絶対に中には入れないから、お願いします」

「無茶だ……」

「このままじゃ駄目なんでしょ? だったら僕が何とかするよ。じゃないと、僕、壊れそうだ」


 全の父に向けて投げた視線も脈打つ度に歪む。目を合わせた彼は少しだけ逡巡し、諦めたように頷いた。

 護は扉の前に進んだ。遠くに声が聞こえる。すべての音が遠ざかっていく。


「本当にいいのか?」遠い。


 遠くに聞こえる声に頷く。「そうか…」覚悟した声音が頭の中で反響しているようだった。


「いくぞ」遠い。

「開けて…」

 声に応じるようにして扉がその口を開いた。


 扉の先に金色の兵士が二人見えた。その他にもまだいる。

 突如開いた扉に驚いたのか兵士達は僅かに動きを止めた。

 彼らのバイザーに一人の少女の顔が重なって見える。

 先刻の画面に映った少女の顔


 ――洸ちゃんだった。


 長瀬のおじさんは、おばさんは、こんな目にあわせるために彼女を東京にやったのではなかった筈だ。幸せになって欲しかったのではないのか? 自分の意思で装置に組み込まれた?

 嘘だ。

 そんなことを望むはずが無い、まだ幼い子供だ。

 あんな幼い命までこいつらは利用しようとしている。

 これでは何の為に長瀬のおじさんは苦しんでいたのか。街の人々を守ろうとして後ろ指刺され、大事な娘を奪われ、それでも一生懸命なおじさんの苦しみはどこで救われるというのだ。

 救われるはずが無い。救われるはず無いのだ。

 東京、遠くから眺めていた宝石箱のような場所は腐っていた。

 今なら全ニィが言っていた意味が分かる。

 彼らが腐らせている。壊せ。

 こいつらが腐らせているんだ。壊せ。


 絶対に――――許さない!

 扉の外に飛び出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 咆哮(ほうこう)を吐き出すと同時に金色の兵士の首に掴みかかった。その後どうやって動いたのか分からない。でも叫んだ。


「閉めて!」


 扉が再び口を閉じる。

 頭の中が真っ白になった。

 映像が何も見えない。

 声だけが遠くに聞こえる。

 虚実(きょじつ)も曖昧に、真っ白な空間で護は護自身と向き合っていた。



 音が、聞こえなくなった。



 視界が少しずつ色味を帯び、形を取戻していく。


 眼前に広がっていたのは金色の男達が山なりに倒れている廊下だった。


 周囲には紋様が描かれたように赤い色が飛び散っている。

 折り重なるように倒れている者の中には、手首から先が無くなっている者もいる。

 足があらぬ方向に向いた者もいる。

 刀身を眺めた。紅い液体がとろりと滴を落とす。

 呻き声が周囲に満ちていた。


 自分がやったのか?


 だが、恐怖は無かった。頭の奥の方に熱いものが滞ったままだ。

 点々とした気配を周囲に感じる。その点すべてが敵だと分かる。


「じゃま、だ」


 未だ(うつ)ろな視線を泳がせたまま、護は駆け出した。

 景を、助けなければ。


「今いくよ」



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