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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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姉弟

 護といた男。一瞬ではあったがすぐに分かった。父だ。

 間違いない、血が何かの熱を感じ取った。

 再会を喜びたい気持ちが無い訳ではなかったが、対峙している金色の兵士はそんな十年ぶりの親子の感動的な邂逅(かいこう)を黙って見守ってくれるほど寛大な心は持ち合わせてはいないだろう。ほんの一瞬、ほんの二三の会話だったが、それでいい。

 親父は梶尾の計画を止めようとしていた。

 ならば、自分はその邪魔をする者達を止めるのが役割だ。護もいる。護が一緒ならば、という確信もあった。


 全は深く呼吸すると兵士を(にら)みつける。バイザーで表情は(うかが)えないが彼らが息を呑む気配は全にも分かった。勝ち目など無い。だが、今は負ける気も無かった。全から発せられるその覇気のようなものが兵士達を圧倒していた。

 三つの銃口が向けられる。

 次の瞬間、トリガーに掛けられた指が一斉に引かれ、マズルフラッシュの閃光と共に銃声が響き渡った。着弾の火花が無数に弾ける。


 だが、全は既にその場にはいなかった。

 彼らが標的を見失い戸惑った一瞬に、全は兵士の一人の頭を蹴り飛ばしていた。

 装甲に守られた兵士にはそこまで効いてはいないはずだが、動揺を与えるには十分だった。

 兵士は「そんなはずが無い」とでも言うように動揺を(あらわ)にし、目前に現われた全に銃口を向ける。全は向けられた銃口を右手で()なすと、そのままの勢いで回転し(かかと)蹴りで頭部を捉え、そのまま地面に叩きつけた。


 蹴り飛ばされた最初の一人が何とか起き上がったが、目の前で起きている事実に驚愕し、全から距離をとった。

 MOHは、新たなエネルギーであるヘキサを伝導させることで獲得する紋章力の中和を初め、今までに無いレベルの装甲強化や運動能力補助性能が備わっている。本来であれば紋章官でさえも簡単にはMOHに対抗できるはずはない。ところがどうだ。眼前の男はいとも簡単にそれをあしらって見せている。

 その驚嘆は兵士の思考を鈍らせていた。


 だが、本当に誰より驚いていたのは全自身だった。

 浅野と対峙したあの時、程度の差こそあれ、紋章付きとの力の差は感じた。幼い景の力にさえも及ばない絶対的な壁。それは普通では越えられないものであるはずだ。この金色の兵士達にしても同じことで、その力がチルドレンの力を流用したものであるのは分かる。この周囲に満ちる光、それと同じ金色の光を(ほとばし)らせている装甲を見れば、その推測が正しいことは一目瞭然だった。

 ところがどうだ。そんな絶対的であったものに自分は抗うことが出来ている。

 時折、脈動する血液が細胞を覚醒させているかのような漲力(ちょうりょく)を感じる。

 これならば、と全は兵士に視線を向けた。彼らを制圧し、成すべきことはまだいくらでもある。

 全は地面を蹴った。

 身体が軽い。

 一人はまだ倒れている。軽い脳震盪(のうしんとう)程度だろう、すぐに起き上がるはずだ。

 より近い一人の眼前に踏み込んだ。それに気がついた兵士が銃を握ったままの腕を振り下ろす。それをかわすと装甲の無い僅かな継ぎ目へと握った拳を撃ち込んだ。

 装甲が無ければと思ったが、どうやら金色のエネルギーは全身に循環して素体(そたい)の剛性をも増しているようだった。想像以上に硬い。どうやら継目は弱点にはなっていなそうだ。

 全は改めてこの装甲の厄介さを感じた。しかし、その拳の衝撃は兵士に伝わっていたようで、兵士は膝を地に付かせた。

 ダメージが通るのなら、多少の時間はかかっても対抗できないことは無さそうだ。

 それならば成すべきことはシンプルで、倒れて動かなくなるまでいくらでも繰り返せばいい。


 追い討ちをかけるように膝を付いた兵士を蹴り飛ばそうとしたが、そこへ銃弾が飛んでくる。

 跳躍して避けたが、銃弾はその向こうにあるカプセルに直撃した。

 強化ガラスで出来ているのか割れこそしなかったが、(かす)かに亀裂は入った。


「このやろうっ、なんてことを」


 地面に着地の足が触れるかどうか、その刹那に銃を撃った兵士へと意識を向ける。ここからなら一瞬で間合いに入れる。

 その直後だった。背筋(せすじ)を何かが走りぬけ、その場に踏みとどまった。

 ぞろりと何かが(まと)わり付くような敵意を向けられているのを感じたのだ。

 来た。

 今まで一滴もでなかった汗が額に(にじ)み出す。

 やはり(まみ)えない訳にはいかないようだ。

 突如、金色の兵士が中空から降り立った影に腕をねじ上げられた。

 兵士はヘルメットに篭ったうめきを上げる。


「愚か者。場をわきまえろ。銃など」


 美しく、そして無感情な声。

 やや蒼白な表情はまるで仮面を被っているように冷たく、そして威圧的に全を見た。

 兵士の腕を乱暴に突き放すと「ここはいい、お前たちは行け」と彼らを見ずに言った。

 倒れていた兵士も何とか起きだし、戸惑いながら命令に頷くと父と護が向った方向へ行こうとする。


「いかせるかよっ」


 全身に走るピリピリとした感覚に抗い、彼らを止めようと視線をそちらに向けた。


「私が行けと言ったのだ」

 すぐ近くで聞こえた(しず)かな声に振り返りながらしゃがみ込む。


 頭上を強い熱気が通り過ぎた。全は(かが)んだ反動を使い飛び退き距離をとる。その隙に兵士達はホールを抜け、通路へとその姿を消していった。


「結局こうなるんだな」


 苦笑し彼女を眺める。だが必然ともいえる予感は再会したあの時から抱き続けていた。


「あぁ、もう終わりにしよう。上原全」


 決着などという無粋な言葉だけでは表せない二人の世界が広がり構築されていく。

 もう邪魔は入らない。

 永きに渡る二人の想い、その終わりの始まりを二人は感じていた。

 互いに見つめ合う。

 長い時間の中でお互いの立場も思いも、そしてその容姿も何もかもが変わった。

 幼い頃に出会った彼女とは短い間だったが、それでも家族のように、また姉弟(きょうだい)のように同じ時間を過ごした。

 あの頃、まだその瞳の中に純粋な輝きがあった。

 全は子供ながらに彼女の無垢(むく)な心を感じていた。どこかに壁を感じながらも本当は彼女のことが嫌いじゃなかった。

 むしろ好意であったといえる。

 それは幼い時分の恋心だったのかもと今になれば思う。

 記憶の奥から(にじ)み出すものに皮肉を感じ、何故今まで忘れていたのかと思い返せば思い当たる事柄は唯一つ。


 彼女は母を殺した。


 好きな人が大切な人を殺した。

 直接ではないにしろ関わった。それは子供の記憶を封じるには充分過ぎたのだろう。想いは時間をかけて憎しみに変わった。東京という象徴、一員たる彼女、根源に存在する差別意識、そのすべてを憎んだ。

 そして、長い年月を経て再び現われた彼女はまた大切なものを奪おうとした。

 だから戦った。そうすることが必然。復讐であり、紋章やそれに依存する世界、そして東京という象徴を抱く国家への抵抗でもあった。

 その彼女が仕える国、そして梶尾現十。

 今また彼の持つ下らない差別意識が大きな悲劇を生もうとしている。何としてもそれは阻止しなくてはならない。


 だが、何故だろう?

 今、目の前にいる浅野真奈美。彼女を見ていても以前のような怒りも憎しみも湧いてこない。最大の障害であるはずの彼女と闘いたくないとさえ思っている。不思議と彼女の姿が弱々しく見えるのが原因なのかもしれなかった。


「なぁ、どうしても邪魔するのか? 梶尾が何をしようとしてるか分かっているのか?」

「愚問だ。それに邪魔しているのはお前達だろう? 私は使命を果たしているに過ぎない」

「使命、ねぇ…。その割には迷いが見える」


 一瞬だけ空気が止まった。その僅かな後に動き出した空気の中、浅野が小さく笑った。


「そうかもしれない。本当は使命などもうどうでもいいのかもな。今の私に残されたものなど何も無い。すべては淡く儚い幻のようなもの。塵芥(ちりあくた)のように霧散してしまった、唯一つを残して。残った現実を繋ぐもの、それがお前だ。上原全」

「それは光栄だね。こんな大観衆の前で告白ってのは嬉しいが、もっとロマンチックな場所にして欲しいもんだ」

「答をお前が持っているはずだ」


 浅野は全の冗談交じりの言葉など聞いてもいない。


「答?」

「持っていなければならない、そうでないなら……貴様にも価値は無い」


 浅野の身体から炎のような闘気が噴出した。

 もう話す余地は無いのだろう、彼女の耳には何も届かない。

 やるしかないと腹をくくり、背腰から短剣を引き抜いた。


 直後、一際大きなサイレンが鳴り響く。


 それを合図にするかのように二人の戦いの幕は上がった。



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