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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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離反

「浅野! 上原を追うのだっ」


 梶尾の叫びが響き、その言葉に従い浅野が飛び出していった直後だった。


「梶尾め、(たばか)っていたか……」


 梶尾らの使う塔上部へと通じている裏通路を抜けてきた。そして、()()たりにしたその場の光景に信じられない気持ちを覚えながら、報告は事実だったのだと矢上征二郎(やがみせいじろう)は己に言い聞かせるしかなかった。


 先の衝撃で頭を打ち、まだ少し意識がぼんやりとしていたが、(ようや)く辿り着いた研究室の光景はその目を覚まさせるのに充分すぎる力があった。


 装置に据付けられた円柱のカプセル。

 その中で溶液に(ひた)されている娘の姿。

 上下端に見えるオーラ・コンダクターは金色に光を発している。

 死んだように動かない娘の姿に、矢上征二郎は魂がごっそりと削り取られたような錯覚を覚えた。

 何でこんなことに。

 それだけが(まと)まらぬ思考を()い潜って頭を駆け巡った。


「これは一体どういうことだ!」


 叫んでいた。

 その叫びに気付いた梶尾は刹那(せつな)驚きの表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻ると片膝を立てて立ち上がり、埃を払った。


「どうもこうもありません。バベルシステムの起動を行ったのですよ」


 梶尾は顔を見合わせるでもなく装置に歩み寄るとコンソールに向かい険しい顔をした。


「それはわかる。だが何故(けい)がこんな目にあわなければならないのだ! オーブはどうした。それをお前は作るのではなかったのか。今すぐ娘を解放しろ!」

「それは出来ませんな」


 コンソールをもの凄い勢いで操作しながら梶尾はそう言った。

 やはりそうなのだ。彼の言った通り、梶尾は裏切り者だったのだ。

 白衣の男がむくりと起き上がる。見覚えがあった。確か柳沢という科学者だ。元々血色のいい顔ではなかったと思うが金色に照らされて尚、蒼白な顔色で装置を注視している。


「これはいけない。共鳴増幅を起こしているよ。還元を止めなければ大変な事に――」

「分かっている!」


 半ば怒鳴るようにして柳沢の言葉を(さえぎ)り、コンソールと向き合ったままの梶尾の表情はこれまでにない焦りが浮かんでいる。

 景を救い出さなければ。脳裏に死んだ妻の寂しげな顔が浮かんだ。征二郎は景の浮かぶカプセルに近づこうとした。


「離れろっ」


 有無を言わせない梶尾の声に征二郎は足を止めた。

 振り向くと真剣な目でこちらを見ている梶尾の顔があった。


「カプセルから離れなさい。今近付けばエネルギーを抱えた光の粒子に物理干渉を受ける。光に触れれば死にますぞ」

「景は、景はどうなるっ」

「彼女がこの現象の核になっている。彼女に影響は無いでしょう。しかし外部からの操作も受けつけない以上、我々にはどうすることも出来ない」


 どうすることも出来ないだと? これだけのことをやった挙句に全てを放棄するというのか。そんな馬鹿なことが許されてたまるものか。


「貴様、私の許可もなくこんなことをしておいて、許されると思うなよ」

「許される? おっしゃっている意味が分かりませんな」


 梶尾は無感情で冷徹な目を征二郎に向けた。


「そもそも、このシステムは貴方の指示で作り上げたものだ。装置を拡大することも、チルドレンをシードとして利用することも、貴方が許可したことだ。それもすべてこの国を発展させる為と貴方が認めたのではありませんか。彼女はこのシステムには必要不可欠。この装置に組み込まれた千人超えるチルドレンを犠牲にすることを認めた貴方が、自分の娘だけは犠牲に出来ないなどと言うつもりか。シードとなったチルドレンにも親はいる、子がいる、大切な誰かがいる。それを踏みにじっておきながら己は何のリスクも負わないというのか」

「それは…だが…」

「貴方に我々をとやかく言う資格はない」


 その通りではあろう。己の行ってきたのはそういう事なのだ。国の為にあらゆる犠牲も(いと)わぬ覚悟はしたつもりだった。だからこそこの装置を使うことを許可したのだ。多くの命と引き換えにこの国の発展と、日本人としての誇りを取戻そうとしたのだ。


 それが妻との約束だったのだ。


 妻は身体の強い女性ではなかった。紋章の力のない旧人であったが両親共に政財界に力を持った(おおとり)家の一人娘だった。幼い頃からそのような世界に生きていた彼女は彼女なりに思うところがあったのかもしれない。口癖のように日本は今のままではいけない、そう言っていた。

 そんな彼女と出会ったのはとある財閥の催した夜会だった。

 彼女は浮き立って美しかった。

 佇まいもそうだが、何よりも強い意志を感じさせる雰囲気が、否、気配のようなものが彼女を一層魅力的に彩っていた。話してみればまたその深い賢慮(けんりょ)にも感銘(かんめい)を受けた。

 彼女はいつもこの国を愛し、また醜さを嫌ってもいた。単純に彼女と論議を交わすことが楽しく、そしていつの間にか一緒にいることが当たり前になっていた。必然と思える運命に導かれ結婚し、景という可愛い娘にも恵まれた。


 だが幸せは長く続かなかった。


 元々身体の弱かった妻は産後から寝込むことが多くなった。青いとさえ思えるほど肌は白くなり、日に日に弱っていくように見えた。まるで命そのものを景に明け渡したかのようだった。

 そして、それから間もなく妻は亡くなった。


 彼女が死の間際に言った言葉――

『あなたが日本と景を守ってくださいね』


 そして笑ったのだ。その笑顔に誓った。必ずこの国を、景を守ってみせるのだと。彼女の願ったこの国のあるべき姿。その為に今まで私は必死に苦悩に耐え、生き抜いてきたのだ。

 だが守ると誓った二つを天秤にかけることなど出来ない。


「確かにお前の言う通りだ梶尾。だが、お前の勝手を許すわけにもいかん。残念だが、すべての計画はここまでだ」


 直後、複数の黒い影が隙間から湧き出したかのようにして現われた。

 十人の男達が周囲を守り囲む。瞬く間に展開された部隊はその動きから特別な訓練を受けているということが窺い知れる。その手には最新型のABS‐564が構えられていた。


 首相付特殊護衛部隊イージス。

 首相護衛を主とした任務にしている。イージスを冠するその名の通り、防御が主体の部隊ではあるがその戦闘能力は生半可なものではない。主に土の紋章官で構成された隠密部隊である。世界的にも同様の部隊が採用されてからというもの、国主の暗殺成功率は段違いに下がった事実がある。最強の盾、それがこの部隊だ。

 その力は梶尾も十二分に分かっている筈だ。梶尾は動じた風でもなく周囲を見回し、ゆっくりと目を閉じた。


「止むを得ん。諦めることにしよう。今回は失敗だった」

「それでいい、早く景を救い出す方法を考えるんだ」

「断る」

「なに?」


 梶尾が笑い出す。しわがれた笑いが響く。まるでそれが合図であったかのように景を封じていたカプセルが爆ぜた。液体が破片と共に流れ出す。容器が無くなれば装置は機能しなくなると思われた。

 だが、景が解放されることは無かった。


 その身が宙に浮いている。

 光の力が景を捕らえたままだった。脱力したその身を(はりつけ)にされたかのように。

 

 容器が失われ、溢れ出した光が触手を伸ばすように部屋を走り始めた。触手に触れた部分が閃光を発する。この部屋そのものが飲み込まれるのも時間の問題に思えた。


「勘違いしてもらっては困る。諦めるのは今回だけだ。何年かかったとしても次は確実にやり遂げてみせる」

「この状況でそんなことが出来ると思っているのか?」

「やりますとも、それにはまずこのコロニーにいる事実を知る者達に消えてもらう」

「何だと?」

「ぎいゃあぁぁぁっ」


 悲鳴が響いた。一同は一斉に悲鳴に振り向く。

 倒れていた研究員らしき男が光の触手に触れたようだった。

 横断した光に触れた身体の部分がごっそりと消え去っていた。血液が一気に流れ鮮やかな血溜りを広げていく。その光景を目の当たりにし、冷たいものが背筋を走った。

 征二郎は叫ぶ。


「梶尾を拘束しろ」

「無駄だ」


 梶尾は柳沢を見た。何かを了解したらしい柳沢は頷く。奇怪に微笑んだ瞬間、四体のMOHがどこからか飛び出してきた。反応したイージス達は引き金を引く。

 マズルフラッシュが一斉に瞬いた。



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