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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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38/54

再会の背中

 場にいる誰もが地に伏していた。

 誰一人として立ってもいられない、それほど大きな震動と衝撃だった。

 上原祐二(うえはらゆうじ)は習慣的に遠くに見えるコンソールの画面に視線を走らせた。幾つかのゲージが振り切り緊急事態を知らせるアラートが点滅している。そして、確信した。

 システムの暴走。

 直前に聞こえた柳沢の叫び声が合図だった。それで僅かだったが衝撃に備えることも出来た。


「何だこれは!」

「どうした?」

「シンクロ率が140%を越え、なおも上昇中!」

「なんだと? チャージはどうなった!」

「ゲイン、上昇率が処理速度を越えています。制御できませ――」


 その直後に、再び世界が大きく揺らいだ。

 正確に言えば揺らいだのはこのコロニーだけだろう。研究施設関係のコロニーは他のエリアから隔絶され直接は触れないように設計されている。緊急事態に対応するためだ。蜘蛛の巣に置かれた卵のようなものだと思えばいい。だからこの震動はここだけの筈だが、今の規模では本体にも多少は伝わったかもしれない。

 梶尾をはじめ浅野も柳沢も、兵士に至るまでまだ倒れたままだ。僅かな呻き声が聞こえている。

 ここを離れるならチャンスは今しかない。

 すぐ近くには(ゼン)の家族、そう呼ばれた子供が倒れている。浅野に痛めつけられ脱力していた為か震動に逆らわず衝撃を逃がせたのかもしれない、意識はあるようだった。

 連れて行けるか? 刹那ではあったが逡巡した。

 祐二には考えがあった。

 もしこのシステムが自分の作り出したものをそのまま模したものであるのなら、万が一の時の為に装置に細工してあった強制排出装置も残っているはずだ。熟練の科学者でも簡単に見分けることは出来ないように組み込んである。それを使えばシードとなりエネルギーの元となっているチルドレン達を装置から切り離すことが出来る。

 供給さえ断てば装置を無効化し、梶尾の企みも潰えることになる。その為にはコロニー内の別の場所にあるサブ・コントロールルームに行かなければならない。

 この状況でサブ・コントロールルームに辿り着き、無事にリジェクト出来るかどうか、成功率は決して高くないが残された方法はそれしかない。恐らくメインシステムは再起動が必要だろうし、易々(やすやす)と目の前で装置を操作などさせてくれるはずもないだろう。動くなら今しかないが、この少年を連れて行けば動きは遅くなる。

 次の瞬間、祐二は立ち上がり護を抱き上げて走り出した。

 エレベーターは止まっている。迷わず階段を選び駆け下りた。

 すぐに追手がかかるはずだ。塔の外にもMOHとやらがいるだろう。かいくぐることが出来るのかは怪しい。それにもしサブ・コントロールルームに辿り着いたとしても、梶尾がシステムを改良していたり、柳沢が気付いてリジェクトの装置を取り除いていた場合には排出できないことも考えられる。そうなればお終いだ。

 暴走するヘキサのエネルギーが飽和状態を迎えて限界を超えたとき、システムは爆発し、このコロニーそのものがチリと化すだろう。自分も含めここにいる(すべ)てのチルドレンも、梶尾も浅野も、そしてここに来ているという全も。

 大きな賭けだった。だが、やるしかない。

 塔に沿って弧を描く扇階段を駆け降りる。背後から追手の気配を感じる。


「下ろしてください」

 抱えられた少年が真っ直ぐに自分を見つめていた。


「今は駄目だ。すぐに捕まってしまう」

「でも、僕を抱えていても同じでしょ?」


 その通りではあるがそれはこの子を見捨てることになってしまう。全の家族は自分の家族だ。もう二度と家族を見捨てるわけにはいかない。


「駄目だ。必ず守る」


 少年が微笑んだ。この状況で目に映る笑顔が奥底から力を沸き立たせる。


「やっぱり全ニィのお父さんだ…」


 その言葉に驚き、胸が少し苦しくなった。走っているからか、それとも…。


「ど、どうして」

「全ニィと一緒だから。全ニィもいつもそうやって僕を守ってくれるんだ。自分より僕達を守ろうとして一生懸命」

「そうか…」

「うん」

「全のことは好きかい?」

「もちろん、世界で一番大好き」

「そうかい」


 涙が湧き出しそうになる。愛情を注ぐから愛情を返される。全は優しい人間に成長したのだろう。涙などとうに枯れたと思っていた。

 しかし、今は泣いている場合ではない、この言葉を聞けた。それだけでいい。


 アーチ状の入口のあるホールに辿り着いた。外から黄金の光が差し込んでいる。

 一見、闇に射す光明のようだが、これは命の輝きだ。失われていくだけの悲しい光。そしてその痛みを知らせるように鮮血のような紅い光が点灯し入り混じっている。

 塔を飛び出すと眼前には命の原、黄金の湖が広がっていた。


 正面に伸びる通路を視界に入れ、遠いな、と心中に(つぶや)く。見通しも良いし見つかり追いつかれるかもしれないが選択肢はない。上原祐二は駆け出した。

 道は一直線だからとにかく全力で駆けた。だが既に後方に現われた気配が圧力をかけ迫っていた。

 通路の半分にも至っていない。三体のMOHが猛スピードで迫っている。

 祐二もまた己の紋章の力で微弱電流を操作し肉体への操作干渉を行っている為、増強され常人より圧倒的に早く走っている。だが肉体への負担が大きく、且つ強化服を着たMOHにとっては凡人のそれと大きな違いはなく、すぐに追いつかれるだろう。


 MOHの気配がすぐ後ろに迫った。

 手が伸びてくる。

 もう駄目だ。祐二は駆けたまま目を閉じた。

 装甲に包まれた手が、肩にかかった。

 この少年だけでもと護を包み込むように身体を丸める。

 だが次の瞬間肩にかけられた手が離れた。

 はずみで前方に転がった祐二は護を庇い、背を下にして滑った。滑りながら何が起きたのか振り返る。

 MOHが一体、硬質な音を響かせて地面に叩きつけられている。

 その状況に戸惑う二体のMOHの前に立ち塞がる影があった。

 黒いレザーの背中。


「おいおい護、情けねぇなぁ。何だそのザマは? 起きてんなら自分の足で立て、限界なんてものは自分で決めるもんじゃねぇ」


 無茶を言う。こんな子供が浅野に痛めつけられたのだ。生きているだけでも幸運なのだ。それを追い立てるように言うこの男は…。

 次の瞬間、少年が動いた。まるでその言葉に操られでもするように震える足を地面に付けて、祐二の腕の中から脱皮するように立ち上がろうとする。


「無理しては…」止めようとした言葉が続かなかった。

 少年の眼は男の背中を注視したまま強い、少年とは思えぬほど強い意志に満たされていた。(マモル)と呼ばれた少年は、少年は一度大きく深呼吸しふらつきながらも数歩進んで祐二の前に立った。

 自分がこんな子供に呑まれたということが驚きだった。


「あんた」

 男が振り向かずにそう言った。


「どこかに向おうとしていたように見えたが、何かあるのか?」


 少年の背の向こう、黒い背中はもしやと思うと動悸が全身に拡がった。それを何とか押し込み頷く。


「サブ・コントロールルームに行けばシードとなっている者達を解放できるかもしれない。このままではエネルギーの暴走でコロニーが破壊される。最悪の場合、東京そのものへの甚大な被害も考えられる。止めるにはそこへ行かねばならない」

「その場所は?」

「凡その位置は予想できている」

「てことは、こいつらが邪魔だってことだな」


 そう言うと黒い背中は一歩前に出た。MOHが威圧されるようにして身構える。


「護! お前はその人と一緒に行け。やれるな?」

「やる!」

「いい答えだ」


 顔の見えぬ男は僅かに笑ったようだった。


「ここは任せて行け!」


 祐二が漸く立ち上がろうとしたところで、護がその手を握って駆け出した。引っ張られるようにして体勢を立て直す。

 先刻までは動くこともままならない程に弱っていた筈だ。それがどうだ、男の言葉で生まれ変わったかのように力強く少年は走っている。決して回復した訳ではない。

 通路を駆けながら後ろを振り返った。背中が遠ざかっていく。


「彼は…」

「全ニィだよ」


 ゼン。

 あの背中が全。

 やはりそうなのかと、もう一度振り返る。その名を叫びたかった。しかし、渡りきった通路から横道へと入る。生きていた息子のたくましく成長した後姿(うしろすがた)が壁の陰に消えていった。

 約十年ぶりの親子の会話、やけに素っ気無い内容だったと微笑しながら次はあるのだろうかと目を閉じた。

 そして再び見開いた祐二の瞳は、今なすべき事に全力を注ごうとする男の力強さに満ちていた。


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