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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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可能性

 悲鳴がようやく収まった。一体何が起こっているのか想像も出来ない。

 分かるのは今、計り知れないほどの脅威が迫っているということだけだった。


「くそっ、こんなところにいるだけで何も出来ないなんて!」


 (ゼン)は眼前に立ち(ふさ)がる分厚い特殊強化ガラスを殴りつける。その向こうに見える景色は青白く輝き湛えていた光を金色に変えている。まるで黄金のコロニーだ。

 その中で黄金塔と化した中央塔は更に異様な気配を発していた。


「無駄だよ全君。それは厚さが二メートルもあるんだ。強度も核シェルター並みさ」

「そんなこと、わかってる!」


 シュナイダーは相変わらずのらくらと歩き回ったりしている。せめて彼が土の属性であれば何とか出来たかもしれないが、そんな仮定も無駄なことだと思い至り、すぐに思考を切り替える。

 自分の掌に浮かぶ紋章を見る。十字の紋様を囲う白い円があり、その内側には細かな文字のようなものが円に沿って描かれているように見える。だが、それは文字ではなくただの模様かもしれなかった。

 こんなものが何の役に立つというのか。梶尾はこれを間違いなく紋章だと言った。そして悪魔に選ばれた者だと言った。

 勘違いも(はなは)だしい。今この窮地(きゅうち)にあってさえ何の役にも立たないこんなものを持った自分など、選ばれた者どころかただの不幸を呼ぶ呪われた者でしかない。


「紋章って、なんなんだ?」


 言葉に出ていた。誰に問おうとしたのでもない。だが、耳ざとくシュナイダーはその言葉に反応した。


「紋章とは、ハレーという神が与えてくれた贈り物、他国ではギフトと呼んだりする人もいるね。悪魔に魅入られた者という人もいた」


 話をしたかった訳じゃない。だが悪魔という言葉が耳に残り、彼が何を言うのか黙っていた。


「だけどそんなものは勝手な妄想さ」

「妄想?」

「そう、妄想だよ」

「だが、紋章の力は明らかに人類を超えた力じゃないか?」

「確かにそうだけどさ、それを選民思想と結び付けるのは違うだろう」


 彼の言う通りだ。力はただの力であり、そこに他の何かは必要ない。


「紋章は選ばれた者にだけ浮かび上がるんじゃない。誰にだって浮かぶのさ。紋章は神が、悪魔が、選んで与えたものなんかじゃない。選ばれた、だなんて思うのは只の傲慢(ごうまん)だよ。日本にチルドレンが多い? そんなもの偶然の産物。すべては平等に訪れる可能性でしかないんだよね」

「可能性」

「そう、だから君も、苦しむことなんてないんだ」


 (みどり)に透き通った瞳が真っ直ぐに全を見た。

 静かな湖面のような瞳は深く、全は自分のすべてを見透かされているような気がする。

 この男は底が知れない。だが、どこか憎めないのも確かだった。

 直後、大きな衝撃が響いた。

 部屋が幾度か大きく上下に揺れる。

 巨大な地震に襲われたようだった。体が浮き上がり地面に叩きつけられる。体勢を整える間もない。どの位続いたか、もしかしたら一瞬だったかもしれない。

 揺れが止まると警戒アラームが鳴り響き、赤い光がいたる所で明滅を繰り返していた。


「一体なんだ!」


 ガラスの向こうはまだ黄金の光を放っている。だが、やはり同じようにあちこちに赤い光が点滅している。何があったのか。これも梶尾の計画の一端なのだろうか? しかし、全はそうではないような気がした。


「おい、大丈夫か?」


 振り返ったが、そこにシュナイダーの姿はなかった。

 部屋のどこにも人影はない。柴木の遺体だけがまるで何事もなかったように横たわっている。

 扉が、開いていた。今の衝撃でシステムに問題が出たのかもしれない。

 行かなければ。

 全は柴木に目礼するとそのまま部屋を飛び出していった。


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