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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
覚醒

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36/54

悪魔の種子たちよ

 予定通りに起動したようだ。

 今、コロニーに満ちているのは、人の心を奥底から掻き乱すほどの力を持って低く鳴り響く戦慄

 ――悲鳴。

 装置に囚われ満たされた液体の中で、彼らは悲鳴を上げていた。それが何十何百と折重なり、巨大な魂が叫びを上げているような錯覚さえ呼び起こす。

 それが今、この空間に響き渡り、満ちている。

 さすがにこれほどともなれば、数多の死を見てきた梶尾現十(かじおげんじゅう)といえども肌が粟立(あわだ)つ感触を拭うことは出来なかった。

 だが、これから人はもっと死ぬ。大きく呼吸をして上昇してゆくエレベーターの扉が開くのを待った。

 扉が開くとそこは見知ったコントロールルームから、金色に輝く空間へと変貌していた。そこにも悲鳴は響いている。

 装置に埋め込まれた少女の叫び声。

 矢上景が()いていた。


 プロトコルとなった彼女にも負担は掛かる。だが、この苦しみもそう長くはないだろう。彼女は選ばれた者だ。じきに安定するはずだった。

 柳沢と目が合った。


「梶尾君、起動は成功だよ。間もなく安定期に入るかと」


 柳沢は卑屈(ひくつ)に頭を下げるといやらしく笑った。


「目的は起動ではない。バベルの炎。チャージまでどの位掛かる?」

「思いの他大きなエネルギー抽出値がでている。くく、恐らく十五分もあれば」

「そうか」


 バベルの炎。

 共鳴する紋章の力の性質を利用した最終兵器。

 抽出したヘキサに特殊な波長を加えることでチルドレンにのみ作用する殺傷兵器となる。

 実験は(ほとん)ど出来なかったが柴木(しばき)での成果は満足のいくものだった。彼は世界を救う(いしづえ)となったのだ。

 今は部屋にあの二人を閉じ込めている。上原全、ホワイト・E・シュナイダー。彼らはあそこから出ることは出来ないだろう。上原祐二も拘束している。矢上征二郎は汎運用規制法案の閣議でこちらには来られない。

 現状で唯一の不安要素は、このタイミングでこの場にいてはならない筈の浅野だったが、彼女は自分を裏切れないだろう。最悪、逆らうようなことがあっても、この数のMOHは彼女の手に余るはずだ。そして、最後に残ったこのコロニーのチルドレンはエネルギーを吸い取りつくせばそれまでである。


 チェックメイトだ。

 遂に長年の苦労が報われる。今日この日から世界は目覚めることが出来るのだ。

 世界からチルドレンを一掃し、人が人らしくある世界を取戻すことが出来る。


「安定期に入ります。レベル4で固定。チャージまであと十三分二十七秒」

「システム、オールグリーン。マニューバ実行スタンバイ」


 交わされるオペレーターの声。次第に景の叫びが消えていく。それに伴い、コロニーに響いていた悲鳴も遠ざかるように消えていった。


 安定期に入った。

 やはり彼女が鍵だったのだ、彼女は『説得』に成功した。

 チルドレンの力を抜き出そうにも、邪魔をするものがあった。

 それは『心』だった。人の心が邪魔をして思うような数値が出せない、

 それがオーブの限界だった。

 オーブは確かに素晴らしい性能である。上原祐二はまさに天才だった。

 だが、人の心はオーブのような無機質なものでどうにかできるほど生易しいものではなかったのだ。

 この計画が失敗に終わるかと思われた時、上原の創り出したオーブを調べていてある事実に気がついた。オーブの構造が人間のDNAの二重螺旋に近いものだということが分かったのだ。

 この事実に基づき、早速実験を行うことにした。もちろん上原に気付かれないように秘密裏に行う必要がある。もし気づかれれば邪魔されるであろうことは分かりきっていた。彼は腐っても根は善人であるのは間違いなかったからだ。


 実験は困難を極めたが着実に成果は出ていた。

 鍵となる人物の条件は人体の七十パーセントを占める水分、それに干渉することが出来る水の紋章を持っていること、そして、他人の意識が流れ込んできても耐えられる強い意志、それらを受け容れる優しさという器が必要だった。そういう意味では彼女の他に適応できるものはいなかった。しかも彼女は総理・矢上征二郎の一人娘。メディアにも顔を出していた彼女のカリスマ性も考えれば彼女を超える素材はあり得なかった。

 彼女を使うことで一番問題だったのは彼女の師である六紋天王(ろくもんてんのう)・水の南雲明仁(なぐもあきひと)の存在だった。

 南雲はこのことを知れば間違いなく反対しただろう。こういった非人道的なものには特に嫌悪感を示す男だ。それが故に彼の眼をかいくぐる為に長い時間を費やした。その甲斐あって南雲は技術協力の名目で欧州へと出向し、現在日本には居ない。一時的なものですぐに帰ってくるが、システムが起動した今、彼が日本の地を踏むことはもうないだろう。敵対する可能性のある他の六紋天王も六紋将(ろくもんしょう)も様々な理由で東京から離した。邪魔は出来ない。

 事は全て完璧に進んだ。あとは、この世からチルドレンが消え去ればいい。

 例えそれが文明の後進と言われようとエネルギー問題など大した事柄ではない。チルドレンの存在に比べれば、実に瑣末(さまつ)な問題なのだ。

 矢上景。幼い彼女には酷なことだと思うが他に方法がない以上、彼女には人柱になってもらうしかない。

 金色の光に照らされている矢上景を見る。今は穏やかな表情で目を閉じている。


「チャージ五十パーセントを超えました」

「パルスドライバー、スタンバイ。フォーク展開完了、システムオールグリーン」

「間もなく」


 含んだ笑いを浮かべて柳沢が隣に立った。振り返った柳沢の視線の先には上原祐二がいた。その傍に子供が倒れている。

 上原全と一緒にいた子供だった。浅野が連れてきたのか。その浅野は二人の前に立っている。いつもの彼女とはどこか違う印象なのが気に掛かる。


「梶尾、馬鹿なことはやめるんだ」

「馬鹿なこと? 心外だな、これは君が作ったものだぞ、上原祐二。君は天才だ。その才能無くしてこの今はない。君の名は永久に人々の記憶に残ることだろう。英雄として」

「英雄だと、笑わせるな。ただの大量虐殺者だろう」

「必要悪だよ上原。お前は知らないのだ。この世界に一体何が起きているのか。何が起ころうとしているのか」

「それは一体なんだというのだ。我々チルドレンを滅ぼすことと何の関わりがある」


 その言葉に反応した者がいた。


「どういうことですか…」


 浅野が口を開いた。

 梶尾は心の内で舌打ちした。浅野は事の真実を知らない。今下手に動かれては面倒なことになる。柳沢と視線を交わすと彼は小さく頷いた。


「一体何の話をされているのですか? チルドレンを滅ぼす?」


 浅野の言葉をこれ幸いと言わんばかりに上原祐二は叫ぶ。


「まさか、側近の君が聞かされていないのか? 梶尾が何をしようとしているのか」

「うるさい上原祐二。貴様には聞いていない、黙っていろ!」


 浅野の瞳は明らかな動揺を湛えている。普段、視線に内包している鋭い何かは力を失っている。梶尾は答えず只その瞳を見た。

 後三分だ。三分ですべてが終わる。


「梶尾は我々チルドレンをこの世から消し去ろうとしているのだ。そうなれば君も」

「うるさいと言っている!」


 浅野は上原の顔を蹴り飛ばす。


「本当…なのですか?」


 浅野がこちらを振り向いた。

 動揺を見せるべきではない、その目を真っ直ぐに見据(みす)える。


「浅野、お前には分かっているはずだ。お前は私の為に生き、そして私の為に死す。その為にお前は私の傍に居る、違うか?」


 逡巡した様子の浅野は一瞬目を閉じる。そして開かれた瞳にはいつもの強い意志が戻っていた。


「は、お言葉のままに」


 上原は驚いたように声を上げた。


「馬鹿なっ、君はそれでいいのか? 彼に都合よく利用されているのだぞ。浅野、目を覚ませ! このままでは我々も、君も、ただ死ぬだけなのだぞ」

「私の心は梶尾様と共にある。梶尾様の意思は私の意思でもある。私は梶尾様に死ねと言われれば死ぬことも厭いはしないのよ、上原祐二」


 長い年月をかけただけあって浅野の忠誠は揺らがなかった。

 後一分。勝った。これで終わりだ。


 我々の世界は守られる。チルドレンが消えた世界ではすべき事が山積みだ。

 東京を開放しレジスタンスとも和睦しなければならない。世界規模での混乱の中で我が国の意思を統一し、新たな国としてシステムを早急に作り上げねばならない。

 紋章の力が無くなればあらゆる分野での研究は大きく後退することだろう。だが、我々にはそれを乗り越える力もあるはずだ。

 そして国ではなく、この地球の民として魔犬などの脅威に立ち向かう力を手に入れなければならない。


「チャージ九十九パーセント、完了まで約三十秒」

「さらばだ、世界に巣食う悪魔の種子たちよ」



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