表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハレーズチルドレン  作者: イリ―
バベル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/54

辿り着いた答え

「子供相手になんてことを…あの頃の君はここまでする子ではなかったというのに、何が君をそこまで変えたというのだ」


 あの頃。

 その言葉に浅野はふと過去を思い出した。


 あれは紋章院(もんしょういん)を繰り上げ卒業後、特殊訓練を受け紅蓮(ぐれん)に所属した直後の頃だった。

 基礎訓練課程を通常の半分以下の早さで終了させた浅野は当時十六歳だった。

 初めて与えられた役目は上原博士夫妻の監視と護衛。

 表立ってはいなかったが紋章研究では頭一つ抜けた成果を出している夫婦だということだった。国としてはこの二人を抱え込んでおきたいのだというくらいは新兵の浅野でもよく分かった。

 どうせ紋章研究者などという人種は研究室に篭り紋章のことしか考えていないような変人夫妻だろう、そう思うと梶尾元帥の為に働ける初めての仕事なのだと言い聞かせても少し憂鬱(ゆううつ)になった。


「第十八特務部隊所属、浅野真奈美中尉です。これより上原御夫妻の護衛を勤めさせていただきます」


 当時は紅蓮とは名乗らなかった。監視する為に護衛という立場をとっていたし、まだ隠密(おんみつ)の組織でもあったからだ。


「あらあら、今度は若いお嬢さんなの。でもそんなに若いのに中尉だなんて、あなた優秀なのね」


 風になびいた髪の中に浮かんだ笑顔は信じられない程に輝いていた。想像とは違う太陽のような女性。それが初めて出逢った上原蓮(うえはられん)の印象だった。


 彼女、上原蓮には一人子供がいた。上原全(うえはらぜん)。その時の彼はまだ幼く、母親の影に隠れて私を見ていた。


「ほら、全。ご挨拶ちゃんとしなさい」


 前に出され戸惑いながら彼は頭を下げた。


「上原全です」


 研究室の中から上原祐二(うえはらゆうじ)博士が出てきた。当時は若く、どこか今の上原全とも似ていたような気がする。


「やあ、君が新しい護衛だね。こんなに若い子だなんて聞いてなかったな。頼りにしている、よろしく頼むよ」


 差し出された手を私は握り返さなかった。

 それが初めてだった。想像していたのとはかけ離れた幸せそうな家族。自分には無かった家族の理想がそこにあった。胸の奥、いや体に宿っている魂がぼろぼろと崩れ穴が開いていくような感じがした。酷く不快だった。崩れは止まらない。


「こんなところでは何だから、中でお話しましょう。お茶を淹れるわ」

「いえ。自分は任務中ですので」

「あら、もし中で何かあってからでは遅いわよ。近くにいたほうがいいと思うのだけど」

「はぁ…」


 そう言うと二人は部屋の中へと戻っていった。暫く扉の前で立ち尽くした。何故自分がこんな者達を護衛しなければならないのか。監視が本来の目的であることは分かる。だが、この家族を見ていると自分が壊れていきそうで不安だった。形の無い何かに怯え、心の内で何度も梶尾様の名を呼んで落ち着こうとした。

 扉の影から子供の視線を感じた。上原全がこちらを(うかが)っていた。彼は明らかに警戒心を私に向けていたが、その瞳に宿った暗い影を感じ、浅野は思った。この子は自分と同じなのかも知れない、と。

 魂の崩れは止まっていた。


 実際、上原夫妻の研究は素晴らしいものだった。詳しい内容は理解できようもなかったが紋章の力の多岐に(わた)る利用法には目を見張るものがあった。

 特に軍に大きく貢献したのはABSシリーズという自動小銃である。

 現在でも後継型が公式採用されている。属性弾を込めることで実弾では考えられない程の多様性、実用性を生み出した。この紋章弾『オーラブレッド』の開発は魔犬駆逐の現場で大きな意味を持つこととなったが、やはり兵器であることに違いは無いと夫妻は褒章を辞退した。

 しかし、この成果だけではなく、今後の研究に危惧を抱く者も少なくなかった。旧人(くと)の反乱組織しかり、紋章官の中でさえも研究を危険視する者達はいた。


 護衛についてひと月が経とうという頃、刺客が姿を現した。

 その時その場にいたのは浅野と上原蓮、そして上原全だった。一層へ買い物に出たところを狙われた。


「貴様らどこの手のものだ?」


 仮面を被り表情の(うかが)えない刺客達は何も答えずに襲い掛かってきた。

 彼らは思いのほか手練(てだれ)、しかも彼らは紋章官だった。数も多く、十人はいる。一人では守りきれないかもしれない、と浅野は思った。

 だが、その心配は杞憂(きゆう)だった。

 上原蓮は研究者であったが、それ以上に強い力を持った紋章官だったのだ。

 それまでそのことに気づきもしていなかった。不利を感じ取った刺客達はほうほうの体で逃げるのが精一杯になっていた。

 倒れている一人を掴み上体を起こす。仮面を()ぎ取ると顔をはたいて男の目を覚まさせた。


「誰に命令された? 言わなければ殺す」


 本気だった。こんな者達に遅れを取りそうになった自分、蓮の力を見誤っていた自分に苛立ちが積もっていた。こんな奴殺してしまえばいい、そう思っていた。

 男はこちらを(にら)み付けるだけで何も言おうとはしなかった。二度三度殴りつけた。鮮血が飛ぶ。だが男は何も言わない。右腕を炎で切断した。叫び声が響く。


「さぁ、次はどこがいい?」


 男の目には(おび)えが浮かんでいた。脂汗が額に(にじ)んでいる。浅野は手を振りかざした。


「歩きにくくなるな」


 無感情に言い放ち手を振り下ろした。

 しかし、その手は別の手に捕まれて振り下ろすことが出来なかった。


「何故邪魔をするんですか?」

「もう十分よ。全がいる。もうやめて」

「でも、狙われたのは貴女です。放っておけばまた狙われることになる」

「それは分かるわ。でも、お願い」


 蓮の瞳は悲しそうに私を見据えていた。その隙をみて男は逃げ去った。追おうとしたが手を捕まれたままだった。静かに蓮は首を振った。そして、私を抱きしめた。


「駄目よ真奈美ちゃん。人の命を奪うことは。そんなこと、あなたはやってはいけない」


 その言葉の意味はよく分からなかった。必要ないものは切り捨てる。邪魔なものは叩き潰す。そうやって生きてきた浅野には理解できなかった。

 でも、微かに漂うふわりとした蓮の甘い香りはどこか心を落ち着かせてくれた。


 後日、逃げた刺客につけた追尾火(ついびか)でアジトが分かった。犯人は政府幹部の旧人だった。政府への紋章官権力増加を危険視してのことだった。

 早々に組織の構成員は紅蓮が全て抹消。私はリーダー格の男を殺した。炎で包まれた男は絶命するまで命乞いしていた。

 何故かその時、上原蓮の言葉を思い出し、どこか据わりの悪い感覚に包まれた。


 三ヶ月が経った頃、その頃には先の事件の効果もあって平穏な日々が続いていた。

 紅蓮内部では何か動きがあるようにも感じていたが、紅蓮所属とはいえ、まだ一兵卒では情報が制限されすべては伝わって来なかった。


「お茶淹れたわよ、全も真奈美ちゃんも中に入りなさい」


 蓮の淹れるお茶はいつもジャスミンティーだった。さわやかな香りが嫌いじゃなかった。全もこの頃には私に慣れて格闘を習いたがった。紋章の力の無い彼なりに強くなろうとしていたのだろう。


「まるで姉弟みたいね」


 蓮にそう言われて家族というものが分からず戸惑った。何よりも戸惑う自分に戸惑っていた。その時に全員で写真を撮った。これが自分にとっての最初で最後の写真だ。柄にも無く緊張したことを覚えている。

 ある時、上層部から呼び出しがあった。

 ジオフロントへと降り、ノア司令部に向かうと、司令部では梶尾元帥が待っていた。


「浅野真奈美中尉、参りました」


 一礼すると元帥が言った。


「今までご苦労だった。浅野中尉、君の上原夫妻の護衛、及び監視任務を解除する」

「それはどういうことでしょうか? 私に何か不手際があったのでしょうか?」

「いや、貴官は充分に役割を果たした」

「では何故?」

「上原夫妻には反逆罪の容疑がかけられた。彼らを拘束する。よって貴官の任務は完了したということだ」

「反逆罪? 一体何を? 私にはそうは見えませんでしたが」

「浅野中尉、これは決定事項なのだ。君が全てを知る必要は無い。これから君には別の任務についてもらう。それについては追って通達がある。下がってよい」


 自分にとって元帥の言葉は神の言葉に等しい。だが、どこかで納得できていない自分を感じていた。本当にこれでいいのか?

 任務は終わった。それでも何となく足は研究所へと向っていた。

 途中で妙な感覚を感じた。俄かに空気が騒ついている。小銃を構えた兵士が三個小隊はいるだろうか、彼らが通路を駆けていく姿が見え、それを追った。

 その時はそうしなければいけないような気がした。ざわつく心に動悸(どうき)が重なる。

 どうやら外層部にあるテラスの方へと向っているようだった。

 言い争っているような叫び声が聞こえた。兵士の間を割るように真っ直ぐに進んだ。兵士達は怪訝(けげん)な顔をしたが、紅蓮のバッジを確認すると黙って道を開けた。

 テラスには蓮の姿があった。

 反逆罪。そう言われても浅野にはよく分からなかった。蓮は私に理解できないことをよく話した。今でも理解は出来ていない。だからこそもっと話してみたいとも思い始めていたのだ。


「上原博士、抵抗はおやめください。貴女の頭脳はこれからの日本に必要なのです。お気持ちは解りますが…」

「今のあなたには解りません」


 蓮の言葉には今までに無い断定的なものがあった。その言葉に体の中心が揺さぶられるような気がした。視界が揺れる。積み上げた何かが崩れるような錯覚さえ感じた。


「あなたは私の気持ちが分かるといった。でも今のあなたには決して理解は出来ないでしょう。その内解るときが来るわ、それはまだ先のことね。あなたが人を愛し、その身に命を宿した時にはきっと…。楽しみね」


 蓮は私には分からないのだと言った。

 何故だ? 何か劣っているのだろうか? 

 自分は父や母に恐れられて捨てられたも同然だった。それでも必死にやってきた。

 力を認められ、紅蓮にも入ることが出来た。

 そして、今まで共に過ごし、上原一家が好きになりかけていた。

 何かを手に入れかけていた気がする。

 そしてそれを与えてくれそうだった蓮に、今――

 見捨てられた。


 あなたには決して理解は出来ないでしょう。

 その言葉だけが頭の中を駆け巡った。そこから先の会話は何も頭に入ってはこなかった。

 なぜ? なぜ?

 ただそれだけだった。その答えを蓮は知っているのか?

 私に分からない理由はなんだ?

 答えを、知りたかった。

 次の瞬間、蓮は全をそっと抱きしめ、そして、テラスから飛び降りた。


「逃がすな、撃て! 撃て!」


 銃声が響いた。

 蓮が、行ってしまう。答えを聞かなければならないのに。火炎が、雷が、マズルフラッシュが辺りに煌く。


「やめろ、やめろ!」力が入らない。

 もう、いやだ。

「やめろー!」

 叫んでいた。次の瞬間、次々に兵士を殴り飛ばしていた。


「何をする。命令に逆らうのか、貴様! 紅蓮とて容赦はしないぞ」


 聞こえなかった。もう、どうでもよかった。

 銃口が一斉に自分へと向けられる。それもどうでもよかった。

 不意に兵士の壁が割れる。梶尾元帥だった。

 その顔を見て力が抜け、その場に座り込んだ。

 力が入らず、立つことが出来なかった。


 翌日、上原蓮、全、双方の死亡報告がきた。

 答えは、もう手に入らない。

 上原祐二は生きていると聞き、拘束されている監房に向った。

 彼は障壁の向こうで椅子に座りうな垂れていた。それは既に見知った祐二の姿ではなかった。

 祐二が顔を上げた。泣いたのだろう、目は腫れて瞳も真っ赤に染まっていた。よく見れば服の隙間から見える体には幾つもの傷が見えた。彼も酷く暴行を受けたように見える。

 彼が小さく口を開く。その言葉は酷く聞き取りにくかった。だが、一言、たった一言だけ。それだけは鮮明に届いた。

「お前達が殺した…」と。


 どれだけ考えたところで答えなど分からなかった。それから幾つもの任務をこなし、沢山の反乱分子を抹消していった。

 何も考えないように戦いに身を浸し、そのうちに段々と何も感じなくなっていった。それが救いに思えた。しかし、蓮の名を思い出すと無性に苛ついて身体を蝕まれているような感覚は消えない。そしてある時、答えに辿り着いた。


 彼女は私を見下したのだ。

 

 あざ笑ったのだ。

 あの眼、彼女は私を憐れんだ。

 許せなかった。絶対に許せない。

 騙されていた。彼女は私という存在を認めてなどいなかったのだ。

 だからこそ、あの時、彼女はああ言ったのだ。

 許せない――。



「何が私を変えた? 変わってなどいないよ。私は私だ。変わったのはお前だろう?」

 今目の前にいる祐二の眼はあの障壁の向こうにあったものではなくなっていた。あの怒りに満ちた眼は今そこにはなかった。

 装置のほうが騒つく。柳沢が振り返った。インジケータがグリーンの光を発しているのが見える。どうやら準備が出来たようだった。


「これで準備完了だ。もうじき元帥もこちらへ来る。さて上原博士、よく見ていたまえよ。世界が変わる瞬間が間もなく見られるのだから」


 奇声を発して柳沢が笑う。

 不快だ。この男はどこまでいっても好きになれそうもない。

 柳沢が両手を掲げて叫んだ。


「さぁ! 起動だ!」

 ごうんと大きな何かが動き出す気配がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ