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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
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33/54

 浅野に連れられるまま広い空間へと出た。

 道は真っ直ぐに大きな塔のような建物へと続いている。道の両側には短い柱のようなものが青白い光を放ちながらせめぎ合う様に規則正しく立ち並んでいた。

 (マモル)はその一つに目を凝らした。

 青白いカプセルのような管には液体が満たされているようだ。そしてその中になにかが浮いている。その形に目を凝らす。

 液体に屹立(きつりつ)するように浮いているもの、それは人間だった。


「ひっ」


 大きく後ずさり道の端で振り返る。そこにも同じようにカプセルに浮かぶ人間達の姿があった。この空間全てが人間で埋め尽くされているのだ。

 護の背に冷たいものが走った。じわじわと指先から震えが広がっていく。


「死んではいない」

 浅野がすぐ傍に立っていた。


「彼らは新たなエネルギー、新たなこの国の為に自ら望んでここにいるのだ。彼らの力がこの国の(いしづえ)となる。それはもうすぐ訪れる」


 護は周囲を見回す。男もいる、女もいる、老人も、子供でさえも。ウェットスーツのようなものを身につけたその身が液体にゆらりと浮かんでいる。幽鬼のような気配は既にこの世のものとは思えなかった。こんなものが新しい世界であっていいはずがない、そう護は思った。


「分かったら行くぞ」


 浅野は再び歩き始め、護は已む無く、渋々とそれについていった。

 塔はかなり大きなものだった。見上げていると首が痛くなる。正面に大きな階段があり、そこが入り口へと続いているらしかった。

 階段を登りきり内部に入る。ホールのような空間があり、数機のエレベーターがある。階段も見えた。エレベーターの一つに乗り込むと、それは静かに上昇を始めた。

 無音で上昇する箱の中で浅野が口を開いた。


「子供、お前は上原蓮(うえはられん)……(ゼン)の母親に会ったことがあるのか?」

 浅野は振り返りもしないでそう言った。


「ないよ。家族は全ニィと(マイ)ネェとジェイだけだったんだ。今は弟達がいるけど」

「舞? あぁ、そういえば女がいたな、恋人か?」

「家族だ」

「そうか、家族か。血の繋がりもないのだろ? そんなものが家族か?」

「家族は血じゃない。一緒にいる時間が家族を作る。いつか離れてもそれは変わらないんだってジェイが言ってた」

「…愚問(ぐもん)か」

 そう言っただけで浅野はもう何も言わなかった。


 エレベーターの扉が開いた。人の気配がする。

 エレベーターホールの先にある部屋の内部では、せわしなく動き行き交う白い影が見えた。

 部屋そのものは薄暗いが電子機器の光が照明のように輝いている。そして部屋の奥に大きな装置があり、一際強く光を発していた。


 奥にある装置の中心、そこにはには彼女、矢上景(やがみけい)の姿があった。

 身体の線が分かる程の薄いスーツを着せられ液中に浮かんでいる。力ないその姿は護にキリストの(はりつけ)を想起させた。

 ジェイが持っていた大きな本でその絵を見た。教会にあったのはマリア像というものだったからキリストの姿はその絵でしか見たことがなかった。景の姿はそのキリストのようにうな垂れている。意識が無いのかもしれない。


「景!」

 護は叫ぶと同時に駆け出した。


 装置の傍に居た白衣の数人がそれを阻止しようとしたが、護の手に握られた刀に気づくと道を開けるように逃げ出す。


「景っ、今助ける!」


 もう一度叫び装置に近づく。大きく刀を振り上げ、力いっぱいに振り下ろす。だがその刃は空を切り、景を囲う装置には届くことはなかった。

 大きな力が護を捕らえていた。後ろ襟を捕まれ後方へと引かれている。そのまま護は枯れ枝のように後方へと吹き飛び、エレベーターの扉にぶつかって地面に転がった。


「ぐぁ…」


 一瞬呼吸が止まり、ひゅうと音がすると大きくむせ返った。涙目で咳き込みながら顔を上げると浅野が見下ろしていた。


「残念だったな。もう少しだったが、それが現実だよ。お前には何も出来やしない。己の無力を呪うがいいさ」


 浅野の背後で輝く装置の逆光で影になり、その表情は見えなかった。笑っているのかもしれないと護は感じた。


「おいおい浅野真奈美。ソレは何だ。この大事なときに余計なモノを持ち込むなよ。既に最終段階に差し掛かっているんだ。邪魔されては困る」

「分かっている。何もさせないさ柳沢(やなぎさわ)博士。事実防いだだろ?」

「ふん、野蛮人め。これだから軍人は好かん。思慮というものがなさ過ぎる。何かあってからでは遅いんだ。何しにきたのか知らないが邪魔だけはするな」

「あぁ何もしない。ただでさえ遅れている作業を更に遅くはしたくないからな」


 浅野の露骨な皮肉に、色白の不健康そうな目を尖らせた柳沢と呼ばれたは、ふんと鼻を鳴らし、くるりと踵を返すと中央にあるコンソールへ向かい合った。二人の関係は決して良好ではないということは護にも分かった。


「大丈夫か?」

 声を掛けられたことに気づいた護は、何とか呼吸を落ち着かせて男の声がした方を見た。


 そこに居た髭面の男は白衣を着ていた。初めは柳沢という男の部下か何かかと思ったが、その男は両脇から金色の兵士に拘束されていた。仲間割れでもしたのかもしれない。そう思うと同時に、どこか懐かしいような気配を護はその男から感じ取っていた。

 男は顔を上げると浅野の方へ向ける。


「こんな子供にもその力を向けるとは、そこまで落ちたか君は」


 浅野は男の言葉そのものより、彼の姿を見るとわずかに驚きの表情を浮かべた。


「お久しぶりです、博士。こんなところでお会いするとは思いませんでしたわ。あそこから出られたのは何年振りでしょうか? もう出てこないのかと心配していました」


 男は苦笑する。


「心配など、白々しい。出たくとも出さなかったのは君たちじゃないのか? 私にも非が無いとは言わないが」

「心外ですね。博士のご希望にそう形であのエリアをご用意したというのに、研究に必要なものはすべて準備したはずです。だからこそ博士はこのシステムを創り上げることが出来た。違いますか? このシステムは世界の姿を大きく変える。我々は歴史の変わり目にいるのです。その素晴らしい発明は我々の協力無くしてはあり得なかったのですよ。もう少し感謝して頂きたいものです」

「協力? 感謝? 笑わせるな。こんなもの私の創ったものとは違う。君たちは判っているのか、これから何がおこ…ぐあっ」


 男の腕が兵士に捻り上げられた。柳沢という小さな博士が振り向き(にら)んでいる。


「少し黙っていたまえよ上原。五月蠅くて集中できないじゃないか。あと少しなんだ。浅野、お前も少し黙れ」


 それだけ言うと柳沢はコンソールへと再び向き直った。浅野は忌々(いまいま)しそうに柳沢を見る。

 今、何と言った? 上原と呼ばなかっただろうか。言われて思う。彼に感じた気配、それは全の、上原全のそれに近いものだった。この人が、この人が――


「全の、お父さん?」


 上原は驚いたように護の方へと顔を向けた。締め上げられた苦痛から額には汗が浮かんでいる。


「君は、君は全を、息子を知っているのか?」


 懇願してくるようなその瞳の圧力に護は答えられず、黙って頷いた。


「その子は上原全の家族だそうだよ」

 浅野は腕を組み二人の邂逅を眺めている。


「家族…」

「そして、上原全と共に矢上景を救いに来た王子様。そうだろう?」

「全が…来ているのか?」


 (あざけ)るように浅野は口元を微笑ませる。護は浅野を睨みつけた。壁にぶつかった衝撃で体のいろいろな場所を痺れが走っている。しかし、それに抗うように護は刀で身体を支えて立ち上がろうとした。


「だが残念だ。少年、お前には何も出来ないよ。景を助けることも、上原博士を救うことも、所詮は子供なのだよ」


 次の瞬間、刀を構えた護は力を振り絞り浅野へ向って走った。

 もう恐怖は無かった。いや、ソレを感じることも出来ぬほどに今の護は感情に支配されていた。怒りや絶望、無力感や焦燥が護の身体を浅野に向わせた。

 しかし、浅野は振り下ろされた刀をなんでもないように避けると、その細い足で護を蹴り飛ばした。

 くの字に身体を曲げたまま先刻よりもずっと強く壁面に身体を打ちつけた護は、全身に走る痺れや体が砕けたような激痛に動くことが出来ずに崩れ落ちた。

 自分が巨大な鉄球に潰された蟻のように感じた。意識を失わないのが不思議なくらいである。薄ぼんやりとした視界に浅野の影が見えた。


「そう、その顔。その顔を見るためにここに連れてきた。お前は無力。身の程を知るがいい、お前などには何も分かりはしないのだ」



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