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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
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ロスト・ヒストリー

「悪魔に選ばれた? それは、なん――」

 その時、入り口の扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。背の高い色白で長い金髪が眼を引く、優男(やさおとこ)のような印象を受けた。


「シュナイダーか」

「やぁ梶尾さん。約束どおり彼女は渡したよ」

 男はまるで邪気を感じない無垢(むく)な少年のような笑顔を浮かべた。


 (ゼン)もシュナイダーという名には聞き覚えがあった。

 六紋天王(ろくもんてんのう)の一角を担う木の属性、ホワイト・E・シュナイダー。

 表舞台にはあまり姿を現さない六紋天王の中でも特に異質でその姿を知るものはほぼ居ない。他の六紋天王も姿を見せないとはいえ、主要な人物である以上、メディア報道程度であればその姿を見ることもある。各人の人となりや簡単なプロフィール情報くらいは耳にする。

 だが、この男に関する情報はどこのメディアでもアンノウンの状態というのが実際だ。


 それにしても、まさか六紋天王が梶尾側についていたというのは予想外だった。

 梶尾と六紋天王は直轄(ちょっかつ)の関係でありながら、力関係は極めて微妙であるというのが一般的な認知だ。


「やぁ、彼が上原博士の息子さんかい。さっきまで上原博士とは一緒にいたんだけど」


 父と一緒にいた、その一言につい反応してしまう。


「あんた、親父は一体どこに!」


 問いかけは無視してシュナイダーはこちら側に近づいて来た。その表情は常に笑顔で何を考えているのか読み取ることが出来ない。

 立ち止まり、しばらく値踏みするように全を見ると、向きを変え梶尾に声をかけた。


「さて、約束は果たしたんだ。今度はそっちが約束を守る番だよ」


 梶尾は一瞬(けわ)しい表情をした。


「それは今でなくともいいだろう。客人がいるのだぞ」

「客人? 別にいいじゃない、どうせ解らないことなんだから。彼一人が知ったところで何の問題もないさ。さぁ渡してもらうよ。ロスト・ヒストリーのデータを」


 ロスト・ヒストリー? シュナイダーの言う通り、それが何なのかは皆目(かいもく)解らなかった。二人のやり取りを静観(せいかん)するしかなさそうだ。


「貴様、何故そんなものを欲しがる。あれは既に抹消されたものなのだ。それを今になって掘り起こそうというのか?」


 シュナイダーは表情を変えない。


「それはあなたには関係のないことさ。必要か、必要でないか、それを判断するのはあなたの仕事じゃない、でしょ?」


 何の話かは解らないが凡そろくな話ではなさそうだと全は感じた。


「ロスト・ヒストリーって何のことだ」

「君には関係のない話だ、上原全」


 梶尾は露骨に不快そうな表情を浮かべる。それを見てシュナイダーが笑った。


「あはは、まぁいいじゃない。全君だっけ? 君は滅んだ街のことを知っているかい? 今は何もなくなってしまった場所があるだろ」


 それは知っている。矢上景と出会った場所もそうだった。他にもいくつかあると聞いたことがある。


「どうしてあぁなったと思う? ああいう場所には昔大きな街があったんだ。それが忽然(こつぜん)と消えてしまっている。今や不毛の大地だ」

「それは、魔犬が現れた影響で…」


 それが通説だ。魔犬が発生した為に荒廃していったと言われている。だが、今までそれを疑問に感じなかった訳ではない。


「違うんだよ全君。あれらの場所は魔犬が発見されるよりも以前に、もうあの状態だったんだ。そもそも魔犬の歴史だって五十年程度の話だしね」

「じゃあ一体あそこで何があったと?」

「さぁね、わからないなぁ」


 そう言ってシュナイダーは首を傾げた。

 この男の言うことが事実かどうか判断出来ない。その軽い話し方のせいもあるのだろうが、そもそも何の確証もないというのは如何にも胡散(うさん)臭い。

 しかし、先の梶尾の反応を鑑みれば事実なのかもしれなかった。


「それが何だって言うんだ」

「つまりその時に何かしらの力が行使されたと考えられないかな。とてつもなく大きな力だ。そしてそれは紋章の力ではない何か」

「そんな話を信じろと?」

「そうは言わないさ。だってその事実を知る者たちの手によって一切の記録やデータは抹消されてしまったからね。信じろと言うほうが難しい。よほど都合が悪かったのだろうなぁ、関係者も殆どその姿を消して今やそれを知る者はいないとさえ言われている。でもね――」


 不敵に彼は笑った。梶尾の方へと視線を向ける。


「僕は思ったのさ、それだけのものが完全に抹消できているのだろうかと、どこかに僅かにでも残っているんじゃないか? だとしたら国の中枢には残っているはずだとね。そして色々と調べていく内に辿り着いたのさ。ロスト・ヒストリーのデータ。彼はそれを持っているはずなんだ」


 黙っていた梶尾が口を開いた。


「貴様、そんなものを手に入れてどうするつもりなのだ?」


 窓の外の日はかなり落ち、濃紺の空に変わっている。腕を組み、問いに暫く考えるようにしたシュナイダーは一つ頷くと微笑んだ。


「面白そうじゃない。ひた隠しにされた歴史があるんだ。それを知りたいと思うのはおかしなことじゃないでしょ。全君、君は知りたくない? 一体過去に何があったのか。その力とは一体何か」


 何も答えなかった。知りたくないと言えば嘘になるが、知りたいと言えば彼の掌で思うように遊ばれているだけのような気がしたからだ。そんな全の煩悶(はんもん)など意にも介さずシュナイダーは梶尾に向って手を差し伸べた。


「さぁ、データを出してよ」


 差し出された手を梶尾は黙って見つめた。そして一つ俯くと、小さく笑い出した。


「くくく、残念だが君も用済みだ、シュナイダー。よくやってくれたよ。君には感謝しているが、データはやれん」

「へぇ、約束を破るんだね。後悔するよ」

「そうでもない」


 梶尾がそう言うと部屋中の扉が開け放たれ、金色の装甲を(まと)った兵士が大量になだれ込んできた。二人を取り囲むようにして銃口が向けられる。


「なんだ、こいつらっ」

「おやおや、こんなにMOH(エムオーエイチ)を控えさせていたとはね、さすがと言うかなんというか」

 シュナイダーに抵抗する様子は見えない。


「あんた六紋天王なんだろ、こいつら何とかしろよ」

「何とかしたいのは山々だけどねぇ、ほら、僕って木の紋章使いだからさぁ。こういう無機物だらけの場所って苦手なんだよねぇ。それに君は知らないだろうけど、彼らの基礎エネルギーになってるヘキサってさ、紋章の中和作用みたいなものも多少あるみたいでさ、見た目より対処は難しいかなぁ」


 そう言って笑う。どこまでも緊迫感のない男だ。

 だが、護も人質と変わらない以上、下手に動かないほうがいいのかもしれない。

 後ろ手に全とシュナイダーは拘束される。梶尾は二人の前に立つと扇を広げた。


「一つ教えておこう、シュナイダー。ロスト・ヒストリーのデータなど存在しない」

「へぇ」

「かつて私は確かにそれを探し出そうと必死になったことがあった。しかし、どれだけ重要なデータにアクセスしようと、どれだけ大量の資料に目を通そうともその片鱗さえも見つからなかったのだ。最早あんなものは確証の無い伝説に過ぎん」

「それで諦めたと? あやしいもんだねぇ~」

「信じる信じないは勝手だが、無い(そで)は振れぬ。事実は伝えたのだ、約束は守ったぞ。さて上原全」


 梶尾は全に向き直る。


「君とはもう少し話したかったがこうなってしまった以上は仕方ない。会見はお開きだ」

「俺らをどうしようってんだ? もしかして景のように人身御供(ひとみごくう)にでもされんのか」

「それはない。あれは誰でも良いというものではないのでな。なぁに、君たちには事が済むまで少々静かにしていて貰うだけだよ。君が言ったように、もう時間が無いのでな」

 梶尾はにやりと笑った。



 部屋には全とシュナイダーだけがいる。

 MOHの集団に連れられて、とある部屋に辿り着き、二人だけを残し入り口は閉じられた。

 二人だけになった瞬間にシュナイダーはすぐさま両手の錠を外した。どうやったのか分からず全は目を見開いた。同じように自分の錠を外そうとしたがガッチリと固定された拘束具はびくともしなかった。

 シュナイダーはそのまま入口周辺を調べだしたが、あっという間に諦めた。


「う~ん、こりゃあちょっと開けられないね。四重のスライド式シェルタードアだ。完全に僕の専門外」


 そんなシュナイダーに呆れつつ、部屋の奥に目をやった全は息を呑んだ。


「あんた、俺の錠も外してくれ」


 いいよと答え、手を触れると面白いように拘束具は外れた。

 どうやら小さな植物を媒介(ばいかい)にしてほんの僅かな隙間から干渉させているようだったが今はそれどころではない。

 白く殺風景な天井の高い部屋だ。

 正方形のその部屋の中央には2メートルほどの塔のようなものが立っている。中央にある塔から幾何学模様(きかがくもよう)が拡がって見え、左右の壁面は湾曲しスピーカーのようだ。正面の壁は一面のガラス張りのようだが、その壁面に背をもたれるように項垂れ座っている男の姿が見えた。


柴木(しばき)のおっさん?」


 全は柴木に駆け寄った。しかし、異変に気がつくとピタリと足を止めた。その横をシュナイダーが追い抜き、柴木の身体に触れた。

 柴木は死んでいた。

 明らかにそうと分かる流血の跡がどす黒く変色している。死んでから大分時間が過ぎているようだった。


 東京での数少ない味方であろう柴木の死は少なからず全を動揺させた。彼ほどの力を持つものでさえこれほどあっさりと死ぬものなのか、信じ難い光景から目をそらすことが出来なかった。


「なるほど、そういうことか…」


 柴木の身体を調べていたシュナイダーは立ち上がり長い金髪を後ろへと払う。遺体はシュナイダーの手で丁寧に横たえられ胸の上で両手が重ねられた。


「何か分かったのか?」


 珍しく彼から笑顔が消えていた。しかし、その表情は涼やかで仏か何かのようにも見えた。シュナイダーの視線は全の後ろにある台座のような塔に注がれ、またガラスの向こうの巨大な塔へと移っていった。


「なんだありゃ」


 ガラスの向こうにある光景は今うしろにある塔を巨大にしたようなモノが鎮座(ちんざ)する広大なコロニーだった。ディープブルーの淡い光を発する湖の中心にその塔が立っているように見える。塔へと続く道が一本、二本、全部で四本確認できた。


「こりゃあ思った以上にヤバイ研究をしていたみたいだなぁ」


 シュナイダーがそれを眺めながら言った。


「何だってんだこれは? なんで柴木のおっさんは……」

「彼には外傷らしきものは無い。そもそも風紋官第三位の彼をやすやす倒せる人間はまずいないだろう」

「だったらなんで? まさか毒ガスとか」

「違うね。でも、違うが近いかもしれない。彼には内側からのダメージが見られる。ここで何かされたのは間違いないだろう。そしてこの施設。こりゃあ僕らも危ないかもねぇ」


 周囲を見渡すシュナイダーの表情は、言葉とは裏腹に、言うほどの危機感を感じているようには見えなかった。しかし、何にしても閉じ込められたこの状況は何とかしなければならない。

 辺りを見回す。だが、殺風景なこの部屋に抜け道があるとはとても思えなかった。それはシュナイダーも同意見のようだった。


「ところであんた。さっき親父と一緒だったって言ってたな。親父はどこだ?」

「さぁ?」


 シュナイダーは首を傾げる。


「とぼけるなよ」

「本当に分からない。僕の仕事は矢上景(やがみけい)を引き渡すことだったからね。まぁその過程で上原博士も一緒になったんだけどさ」

「貴様、矢上景を梶尾に。なんてことを」


 この男は信用できない、全は間合いを取った。


「僕だってそんなことはしたくなかったんだよ。でも仕方が無かった」

「そんなにロスト・ヒストリーってのが大事だってのかよ。柴木のおっさんだってあんたの仲間じゃないのか。仲間を殺されてもあんたは平気だってのかよ」

「平気じゃないさ」


 寂しそうにそう言った彼をみて(たかぶ)った感情は一気に冷めていった。

 彼の目は柴木を見ていた。慈しむような視線には偽りが感じられなかったのだ。


「わるい、言い過ぎた。だがあんたのやったことは許せそうに無い」

「いいさ、仕方ないことだよ」


 少し考えるようにして彼は言った。


「もし彼らがいるとすれば、あそこだろうね」


 腕を組み、くいと顎を突き出した先には塔がそびえている。

 大きな窓の向こうにあるコロニーの風景に視線を戻す。

 その時、視界の端に動くものが見えた。塔へと続く通路を二つの影が歩いている。


「あれは」


 全は驚き窓に張り付くようにして眼を凝らす。

 迷い無く歩く女、あれは浅野だ。

 そして、浅野に付いていくようにして護が塔へと続く道を歩いていた。


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