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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
バベル

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31/54

狂科学者

柳沢(やなぎさわ)、貴様なにを考えている」

「くっくっく、いいザマだねぇ上原」


 柳沢は青白い顔をした小柄な男だ。

 生体科学を専攻し研究室に篭りっぱなしでその顔を見ることは極めて少ない。彼の研究のやり方が命をゴミのように扱うようなものばかりで、いかな研究者とはいえ許容できず好きになれなかった。最近はその名を聞くこともほとんどなかったが、まさか梶尾の助手をしているとは予想外だった。


「僕はねぇ、ずっと君達が嫌いだったんだ。君たち夫婦がねぇ。でも、やっとこの日が来た。くくっ、楽しいなぁ」


 紅蓮(ぐれん)に拘束された後、シュナイダーはいなくなった。何とか抜け出す機会を探っていたがそう上手くもいかなかった。両手を拘束され金色の装甲兵に引き渡されてこの場所に連れてこられた。バベルシステムの中枢にあたるコントロールセンターだ。


 矢上景の話は本当だった。

 数十倍の規模に拡大されたシステムは確かに存在し、祐二はその光景に愕然(がくぜん)とした。

 一つのコロニーほどもある空間の中央には、円錐台(えんすいだい)を高く重ねた様な巨大な建造物が建っていた。

 バベルシステムの中枢、彼らは塔と呼んでいた。

 塔を取り囲むようにして隙間なく青い光を湛えるカプセルが無数に並んでいる。遠くから見れば湖に浮かぶ塔のようにも見えるだろう。

 だが、その光景は美しいものなどでは決してない。

 円柱のガラスケースを上下端の金属部で固定し、内部には伝導率を上げるための特殊な溶液が満たされている。そして、そのカプセルの中には人間の姿が浮かんでいた。

 『シード』柳沢はカプセルをそう呼んだ。


「まだ人体実験の段階ではないはずだ。しかもこれだけの人間を! 何をするつもりだ。今の段階で紋章のエネルギーを取り出すことなど――」

「それは君の研究の話だろう? いいかい上原祐二。我々は君の本当の目的を知っているんだよ」

「なんだと」

「君はさぁ、チルドレンの紋章の力をまとめ、新たなエネルギーとして利用するという梶尾君の手伝いをする振りをしてさ。本当はその力を全部抜き取ろうとしていたのだろう?紋章さえなければ家族は平和に暮らせていたかもしれないものなぁ」

「ぐっ…」

「図星だろう? でも君のやり方は悪くない。だから梶尾君も黙って君のやりたいようにさせていたんだよ。そして君は紛れもなく新しいエネルギーを生み出すことに成功した。いやぁまさか並列にしてしまうなんてね。ほんと、盲点だったよ。流石だ」


 言葉とは裏腹に柳沢の眼は恨みがましい光を放っている。


「でも君のやり方だとさぁ、駄目なんだよ。遅すぎるのさぁ」

「遅い?」

「そこに居るのは君のヘキサを利用して作った強化服を着た連中さ。僕が作ったんだ。すごいだろ? メイル・オブ・ヘキサ。MOHって言うんだ」

「遅いとはどういうことだ」

「下手に逆らわないほうがいいよ。着ているのは紋章官ではない普通の兵士だが、半端な紋章官より強いからねぇ。これが今後の日本の主力になるんだ。僕の作ったものがスタンダードになる。こんな素晴らしいことはないだろう?」


 天を仰ぐようにして柳沢は笑っている。


「戦争でもするつもりか…」

「戦争? くくくくっ。案外分かってないんだねぇ、戦争なんてもうとっくに始まっているんだよ。まぁ君には分からないかもなぁ。灯台下暗しっていうもんなぁ」

()に落ちないとは思っていたが装置を見て確信した。いいか、貴様らのやり方は人間の皮を肉体から無理に剥ぎとるような強引な方法だ! そんなことをすればシードの中の人間は精神崩壊を起こし死に至る。エネルギーの代価に命を捨てる気か! こんなものが外部に知れたら反乱が起きるぞ。川崎の大火葬規模の反乱では済まない。今度は世界中のチルドレンの反乱が起きるんだぞ」


 笑いを止めた柳沢が祐二に近づいてくる。

 息のかかりそうな距離まで寄ると囁くように柳沢は言った。


「君のように逆らった紋章官がいたけどね。無駄だったよ。正義感を振りかざすのはいいけどね、誰が悪なのか理解したほうがいいよ。じゃないと彼のようになる」

「彼? 一体誰のことを言っている?」

「冷たいなぁ君も。お友達じゃなかったのかい? 小旋風(しょうせんぷう)も報われないなぁ」

「小旋風だと? 柴木(しばき)殿に何をした」

「いやぁ、何。ちょっとした実験をね。彼も梶尾君に害意を持っていたから仕方なく。反乱はいけないよねぇ」

「何をしたかと聞いているんだ!」


 こわいこわいと(わら)いながら柳沢は虚空を見つめて言った。


「彼には消えてもらったよ」

「きさまぁ!」


 乗り出す祐二の身体を装甲兵が押さえつける。パリリと電気が弾ける。


「無駄だよぉ。君の紋章、雷の力もMOHには通用しない」


 発した電気は吸い取られるように消えた。抵抗が無駄だと分かった祐二は大きく深呼吸して柳沢を睨みつけた。


「さっき実験と言ったな。柴木殿がそんなに簡単に貴様らにやられるはずがない。一体何をした!」


 柳沢は両手を後ろ手に組んでうろうろと歩き回る。


「そう、君程度の力ならともかく将官クラスとなるとそう簡単にはいかなくてねぇ。何しろ化け物ぞろいだから。MOH使っても被害は大きいだろうから中途半端なことは出来なくてさ」


 柳沢は中央のコンソールに近づく、コンソールの先には円柱の装置が青白い光を発している。

 意識を失った矢上景が巨大な円柱の溶液に浮かんでいた。

 彼女は液体との干渉抵抗を下げるスーツを着て、口元には呼吸用のマスクが装着されている。溶液内部には上部と下部にそれぞれにつらら状のオーラ・コンダクターが複数伸びているのが見えた。

 柳沢はそれを眺めるようにしてニヤついた。


「そこで我々の研究成果が試されたのだよ。君の考えた紋章を抜き取るというコンセプトは悪くない、だが効率が悪いだろ? 一々装置に入れなきゃいけないのはさ。それに、力を抜き取ることを良しとしないチルドレンだっているだろう。柴木君のようにね。君の言う通り反乱などされた日には大いに厄介だ。そこで我々は考え方を変えたのさ。チルドレン同士には共鳴する力があるのを知っているね?」


 高位のチルドレンであれば、もちろん個人差はあるが力の干渉によってその存在をある程度感知する力があるのは報告されている。


「つまり、そもそも紋章同士は干渉する訳だ。そこに目を付けた。そして我々はある波長を発見した」

「波長?」

「そう、それはチルドレンにのみ干渉する波長だ。通常は何となく気配を感じる程度のものでしかない。だがそこに固有の情報振動を加えるのだよ。これが大変だった。幾度も幾度も幾度も幾度も、それはもう気が狂うほどの実験を重ね……まぁそれはいい。

 その振動は紋章に伝播して振幅を増す。振動を与え続けることで振幅は重なり続けて紋章の力を過剰に活性化していく。活性化したエネルギーは…もう分かるよね」


 いやらしい笑いを浮かべる。


飽和(ほうわ)状態を超えると外へと流れ出す、という訳か」

「だがね、それにも問題があったんだよ。現状ではヘキサの力を利用したとしても有効範囲が恐ろしく狭い。広域に広げるには膨大なエネルギーが必要なの。こればかりはどうしようもなかった。とてもじゃないがレプリカのプロトコルでは目的には程遠い。だが、そんなものでも何とか小規模のコロニー程度の範囲には出来る」


 そういうことか…。

 ならば如何な小旋風と呼ばれる柴木でもどうにも出来ないだろう。


「その振動を受けたチルドレンは力の制御が出来なくなる。そして内部からエネルギーが逆流、暴走し細胞を損傷、破壊を繰り返して最後には」

「ご名答、そして君の友達は天国に行きましたとさ。ふふ、あっはっは」

「貴様、何ということを…」


 笑い声がホールに響き渡る。


「そんなに怒らないでくれよ、これは決して君の願いと遠いものではないだろ? この装置と矢上景の存在がこの国を、世界を綺麗にしてくれる」


 血の味を感じて初めて自分が唇を噛み締めていることに気がついた。

 自分も知らなかったこととはいえ結果的には力を貸したことになる。利用していたつもりが利用されていた。梶尾らの計画は想像を遥かに超えたものだった。

 エネルギー問題の解決。

 日本の台頭。

 戦争。

 そんな話じゃない。


 これは――

 チルドレンへの大虐殺だ。


 柳沢は勝ち誇ったように祐二を見下して(わら)い続けていた。



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