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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
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29/54

真実か虚言か

 空中庭園の木々が騒騒(ざわざわ)と鳴る。その音を聞いた梶尾現十は不敵な笑みを浮かべた。


「景は上原に出会ったか、ならば」

 扇子を閉じた梶尾(かじお)は迷いの無い歩調で歩き出した。


「これで我が悲願は成就する。ようやく世界は目覚めるのだ」




 その間は一言の会話も無かった。当然そんな雰囲気じゃない。

 浅野という人の表情には微かな微笑が湛えられていたけれど、本心は違うということくらい分かる。奥底にある気配を(マモル)は敏感に感じ取っていた。

 彼女の先導に黙って付いていく。気が気ではないけれど、(ゼン)は警戒する様子もなくその後に付いていくので、護は全の後ろに隠れるようにして進む。

 そうしているうちに何かの施設のような部屋に入った。

 部屋はさほど広くはなく、部屋には二つの階段が見える。

 階段を上っていく浅野がその上で立ち止まった。

 上った先は行き止まりだが、その向こうに扉が見える。そこは十人ほどが経てそうな広さだ。

 三人がその上に立つと、不意に彼女の足元が赤い光を発した。模様のそうな赤い線がうっすら広がると、正面の扉が開き、護たちの立つ場所が音もなく進みだした。


「護、こいつはリフトだ。どうやらここからは歩く必要が無さそうだぜ、ありがたいじゃねぇか」


 楽しそうにそう言う全の言葉を聞きながら、リフトはトンネルのような通路へと滑り出した。部屋の外に出た途端、外の明るさで目が眩んだ。実際には外ではないのだろうけど。

 リフトはそのまま透明なガラスのトンネルを進んでいった。

 楕円のリフトパネルの進む通路の途中にはウェルバレーが望める巨大な空間や、幾何学的に光の走る廊下や壁面、建物内に流れる川に架けられた橋など護にとって初めて観るものが次々に現われたりもしたが、それらに一喜一憂できるような状況でもない。それ以上に浅野と共にする無言の時間の圧力、そして景への心配ばかりがあった。

 暫くして全が口を開いた。


「なぁ解らない事があるんだけどよ」


 一瞬だけ背後を気にした浅野は再び正面に意識を戻す。


「これだけの事を起こして、例えばあんたらの思い通りにいったとしてだ。確かに大きな力を日本は手に入れるんだろうさ。だがそいつはあくまで梶尾の独断、他の連中だって黙っちゃいないだろう。どうやって収拾をつけるんだ? 国が分裂したんじゃあ本末転倒だろう」


 浅野は何も答えない。


「となると、誰かが反対派を納得させなきゃいけないんだろうが、それだけのことが出来る人間は限られてくる。そうなると手っ取り早いのは――」

矢上征二郎(やがみせいじろう)はこの計画の中心人物だ」


 その名を出す前に浅野は口を開いた。全は予想通りだという表情で女の背中を見る。

 (けい)の父親が黒幕だという事実に護は衝撃を受けた。

 自分の娘を、国の為に自分の娘を犠牲にしようとしている。そして自分達が敵視している頂点にいるのは景の父親なのだという事実に護は動揺した。

 全がちらりと護を見る。


「ずいぶん簡単に答えるんだな、いいのか?」

「良いも悪いも無い、それがこの国の方針であり意思だということをお前に解らせる為だ。正義は我々にあるのだとこれで分かったろう?」

「正義を語るにしちゃあ随分と陰でせせこましいことばかりしているように見えるがなぁ。本当に国の総意だってんならもっと地盤固めてどうにでも出来るんじゃねぇのか? 時間が無いって言ってたな、どうしてそうまで急ぐ?」


 浅野が右のピアスを(いじ)っているのが護に見えた。


「もっと体力馬鹿な人間かと思ったが意外に頭は回るようだな、流石に(かえる)の子は蛙か」


 皮肉を(はら)んだ浅野の言葉に全は苦笑する。


「そうだな、尊敬してくれていいぜ。昔のあんたがそうしていたみたいにな」


 電気の走るような二人のやり取りに護は何の介入も出来ず、未だかつて無いほどの緊張感に満ちた空間でただひたすら神経をすり減らすだけだった。




 そこは執務室のような場所だった。

 部屋の中央には、膝高(ひざだか)のテーブルを挟むように向かい合う形で黒いソファーが並んでいる。奥には豪奢(ごうしゃ)な木製の机があり、その向こうにある大きなはめ込み窓の外を眺めるように背を向けた男が立っていた。

 全たちが部屋に入ると、男は巨岩が回るようにゆっくりと振り向いた。

 恰幅の良い身体を漆黒のスーツに包んでいる。無感情な表情にそぐわない威圧的な目が全たちを見下ろす。

 扇子がパチリと閉じられた。


「初めましてと言うべきかな、上原全。もっと早くに会いたかったのだがね。死んだと聞いていたから正直それも諦めていたのだが」


 浅野が頭を下げて一歩下がった。

 梶尾現十(かじおげんじゅう)

 この男が母を死なせた張本人。厚顔不遜(こうがんふそん)なその顔は己が世界を動かしているのだとでも言わんばかりの自信に溢れているように見える。


「あんたが梶尾現十か」

「そうだ」


 浅野が攻撃的な視線をよこしているが無視する。梶尾は座りたまえと扇子を動かした。全と護は警戒しながらソファーに腰を下ろし、梶尾が向かい合う形で座る。浅野は梶尾のすぐ後ろに立った。


「気が利かなくてすまないね。すぐに飲み物をお出ししよう」

「そんなものはいい」


 夕焼けの窓の外を飛行機が飛ぶのが見えた。恐らくこの部屋は東京の屋上部にあるのだろう。だとすれば見えている空は本物だ。


「その子はチルドレンか? 弟はいなかったはずだな」

 護に視線を向ける。


「何でも知っているんじゃないのか? たいしたこと無いな、政府も」

「これは手厳しい、我々も総ての個人情報を網羅しているわけではないのだ。特に東京の外の者はね」


 護はじっと梶尾を見ている。どちらかと言えば圧力で視線を外せなくなっているのだろう。


「私はずっと君と話がしたいと思っていた。叶わないと思っていた瞬間に、私は喜んでいるのだよ」


 梶尾はすっと手を上げた。浅野が護に近づいてこっちへと言った。


「なにをするつもりだ」

「なに、心配しなくていい。君と二人きりで話がしたいのだ。その間、別の部屋で待っていてもらおうというだけだよ。その方が話しやすいことも多いだろう?」


 確かにそうかもしれない、護には聞かせたくない話も出てくるかもしれない。


「全ニィ…」

 心配そうな護に(うなづ)く。梶尾の意識を自分だけに向けさせておいたほうが護も動きやすくなるだろう。問題は浅野の存在だが梶尾と二人きりになると思えば、浅野もこちらが気になるはずだ。隙も出来るかも知れない。


「浅野、私の客だ。丁重にお連れしろ」

「ですが……」


 言いかけ、再度無言で目を向けられた浅野は、しぶしぶ護を連れて部屋を出て行った。

 暫くの間沈黙が流れた。

 梶尾をこの場で制すのは簡単だが、形として護は人質でもある。計算ずくなのだろう。


「親父はどこだ」


 梶尾は懐から葉巻を取り出すとケースをテーブルに置き、先端をカットして火を点けた。


「キューバ産の最高級品だ。君もどうだ?」

「親父はどこにいる」


 梶尾が煙を吐き出す。ほんのりと甘い臭いが漂った。

「柴木に聞いたのだね。安心したまえ、君の父上は元気だよ。君が生きていることを知れば博士もさぞ喜ぶことだろう、君達が亡くなったと知った彼の落ち込みようは、それは痛々しいものだった。時間を作って会わせてあげよう。だが、今はまだ駄目だ。彼は今大事な研究をしている」

「何の研究だ」

「残念だがそれは言えない。国家機密なのでね」

「矢上景を生贄(いけにえ)にするような研究か」


 ぴくりと梶尾が反応した。


「様子見はもういい。あんたが紅蓮を使って景を捕まえようとしているのは知っているし、今だって上層風紋院を襲わせたのも見たばかりだ。これだけの動きをしていて時間が無いのはあんたの方のはずだ。総理が黙認していたとしても他の者は黙っていないだろう」


 梶尾は笑った。


「さすが上原の息子というところか」

「浅野にも言われたよ」


 葉巻の灰を灰皿に落とすと梶尾はその目を全に向けた。


「俺にはわからない。確かにエネルギー問題は重要で、その為に動くのはわかる。この国の未来を考えればいずれはやらなければいけないことだろう。でも、なぜここまで強行にやる必要がある。たくさんの人の命を奪ってまでやらなければいけないことなのか?」

「何か勘違いをしているようだな」

「なに?」

「これはあくまで矢上総理が望んでいることだ。総理は二次大戦以後の日本の自我の消失に心を痛めておられる。日本という国は誇りを失ったとな。外の国を見ろ、それぞれの国が独自の価値観と誇りを持っているのに引き換えこの国はどうだ。同盟国だなどと言ってはいるが上辺ばかりの属国としていいように利用されてきた。そのことも忘れ国民は平和だなんだと勘違いし堕落した。自分たちが蹂躙されていることにも気づかずに生きてきているのだ。だから今こそ日本という国が、人が、本当の日本国民としての誇りを取戻さねばならない。と、総理はそうお考えなのだ」

「その為には犠牲も厭わないと?」

「そうだ」

「娘さえも犠牲にしようと?」

「そうだ」

「それが大きな悲劇につながってもか」

「そうだ」


 梶尾は微動だにせずそう言い放った。


「それが矢上総理の意思なのだ。だから私はその言葉に従って動いているに過ぎない」


 浅野は言った、家畜は幸せなのかと。その言葉はそのまま総理の意思であるということに間違いはなさそうだった。

 だが、どこか腑に落ちない。


「納得できねぇ、あんたのそれはただの責任転嫁だ」

「納得してもらおうとは思っていない。ところで、君の紋章は発動したのか?」


 突然話の矛先が変わった。

 一瞬戸惑いも覚えたが一呼吸おいて落ち着かせる。

 確かに梶尾は以前からこの紋章を気にしている節があった。すべてはそこから始まっている。すんなりとこの場に連れて来られた理由はそれなのかも知れない。


「何の関係がある」

「興味があるのだよ。聞けば君は先日、浅野と互角に渡り合ったそうじゃないか。あれで一応は東京で十指に入る使い手なのだ。そうそうやりあえる者はいない」


 実際、同等クラスの力を持つのは六紋天王(ろくもんてんのう)と一部の紋章官がいいところだろうと思う。結果はどうあれ普通の人間は触れることさえ難しいのかもしれない。

 だが、それが疑問なのは誰あろう自分なのだと全は思った。


「発動してなどいないよ。そもそも渡り合ってもいない、俺の負けだ」

「ほう、潔く負けを認めるか。思ったよりも器が大きいな」


 口元だけ梶尾は笑った。その目は観察するように全に向けられたままだ。


「俺の紋章が何だって言うんだ。出来損ないの判を押したのはそっちじゃないか」

「私はそう思っていない」


 言葉が鋭さを増した。そしてそれは意外な言葉だった。


「あんた、何を知っている?」

「何も、何も知らないさ」

「だったら――」

「だが、分かる」

 強い口調だ。


「何が分かるって言うんだ」

「君は選ばれた者だ」


 選ばれた者? 何に? 何のことだ。

 全は梶尾のペースになっていることに気がつく。呑まれそうになるのを何とか踏みとどまろうとする。


「選民思想って奴か、紋章付きが偉いとでも言うつもりか? 確かにチルドレンの力は凄いってのは素直に認めるよ。だけど、それと命の価値は話が別だ。あんたらの見下す旧人(くと)だって人間だ。選ばれようが選ばれまいが関係ない。そしてチルドレンだけで世界が動いているのでもない」

 不意に梶尾が立ち上がる。

 梶尾は手を後ろ手に組み、ゆっくりと歩き出した。


「君はまた勘違いしているようだな。君が選ばれたのはチルドレンではなく、もっと別のものに、だ。そしてもう一つ」


 窓際へと進み、振り返りもせずに言った。


「私は、旧人だよ」

「なんだって?」


 考えもしなかったことだった。紋章官の頂点に立つ人間はチルドレンであるのが当然だと思っていた。でなければ能力者達をまとめあげるなど不可能だとそう思い込んでいたのだ。紋章を持たない人々に対する暴挙もチルドレン故であると思っていた。


「嘘をつくなよ。だったら何で、あんたと同じ人々にあんなことが出来る。あんたは紅蓮を使ってどれだけの人間を燃やし尽くしたと思っているんだ。あの川崎の大火葬で!」


 つい声が大きくなる。冷静でいようと思うが抑えられなかった。

 梶尾はすぐに答えようとはしなかった。残響だけが残るような感覚を全は感じていた。

 静かに梶尾は言った。


「大火葬。あれは私にとっても思いがけない事件だった。だが、総ての始まりだったのだ」

「思いがけないだと? ふざけるな。四万人の人間があんたに殺されたんだ。それをまるで他人事のように」


 梶尾は変わらずに外を眺めている。また一機の飛行機が飛び立った。


「そうだな、アレは私がやった――ということになっているのだから、そう思っても仕方が無い。だが真実は人智が及ぶべくもない非現実的な出来事だったのだ」


 一瞬だけ全を見たその瞳に漂うさびしげな光に、全は言い返す機を逃した。


「大火葬はわたしがやったのではないのだよ、上原全」

「そ、そんなこと」


 信じられるはずが無かった。嘘に決まっている。


「本当だとも。それに君は今わたしが紅蓮を使ってといったが、紅蓮を創ったのはあの後だ。後年真実(まこと)しやかに流れた噂だ。だが、信じられないのも無理は無い。私がやった、そうすることで反抗勢力に対して牽制や抑止力になるのならばそれでいいと考えたからだ。事実それはよく効いた」


 淡々と梶尾は話している。一方の全は僅かに混乱していた。

 反抗勢力の活動抑制の為に大火葬を利用したというのか。ありえる話ではあるが、だとしたら大火葬とはなんだったというのか。実際に目にはしていないが現場の話はジェイからも聞いた。その他の情報からも、それが実際に起きた人類史上稀に見る大きな悲劇であるということは間違いない。

 そして舞もその大事件の被害者なのだ。その犯人が梶尾でないというのなら大火葬とは一体何だったというのだ。


戯言(ざれごと)だ」

「どう受け取ってもらっても構わん。所詮は過去の話だ。だが、君が選ばれた者であるという事実はこの世界の未来において大きな意味を持つ。それは間違いの無いことなのだよ」

「だから一体何に選ばれたって言うんだ、あんたは!」


 梶尾が振り向いた。

 その目には冷たい光が宿っていた。


「悪魔に、だよ」



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