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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
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家畜の幸せ

 コロニー内部に臭気が充満している。ややもすれば換気され何も臭わなくなるだろう。だが問題なのはそんなことではない。これだけの状況だというのに、何故こんなにも(しん)としているのか、そのことの方が異様だ。


 柴木(しばき)が居る筈の上層風紋院。

 母に連れられて訪れたことがあったと思うが、何ら記憶と一致する様子は見当たらない。せいぜい建物のシルエットに見覚えがある程度で、初めて見るのと大差ない。

 周辺に植えられた草花は、否、草花であったものは灰となって辺りに奇妙な水玉模様を描いている。これは、余計なものを焼かぬように炎を操っていたからだ。そして同じように人であったものもまた数体確認できた。火事ではない。火事であったなら消化の為に装置が作動して専門のチームが活動を行う筈だ。しかしその気配もない。


「遅かったか、まさかここまでやるとは、あちらさんも余裕が無いらしい。だがこれで静間の爺さんの予感は的中ってこったな」




 昨夜遅くに静間(しずま)老人が全を見舞いに来た。


「こいつを調べてみたが厄介なトラップが仕掛けられていたぜ」


 オーブを摘んでかざし、(しわ)の多い顔を歪めてみせる。薄暗い部屋でゆらりとオーブが瞬く。部屋の明かりを点けないのは一応の警戒だ。


「ブラックボックスの中にメモリ破壊のプログラムが施されていたよ。下手にいじれば全部駄目になる。機密を守るにゃもってこいの策だ」

「じゃあ何も出来なかったってことか?」


 へっと老人はオーブを全に放る。


「おい小僧、俺を誰だと思ってんだ。そんじょそこいらの連中と一緒にされちゃあ堪らねぇな、俺は世界最高のオーブ技師だぜ」

「自称な……。それで、何がわかったんだよ」

「せっかちな野郎だ。物事には順序ってもんがあるんだからよぉ。出来ることならオーブの生い立ちから説明してやりてぇところだが」


 静間老人は全を一瞥(いちべつ)し、諦めた。


「まず一つ、こいつを作った奴は天才だってことだ。確かにプロトコルとしては未完成と言えるが、混ぜ合わせていること自体がとんでもねぇ、いや、正確には混ざってはいないんだが…」

「よくわかんねぇな」

「混ざるってのはミクロの世界じゃあ分子だの原子だの、そういったもんがバラバラになって離れたりくっ付いたりすることだ。だからこそオーブもそれに則り干渉しあって作用反作用が起こる。デリケートなもんだからな、これを全ての属性使ってバランスを取るのは非常に困難だ。だから今まで成功例が無かった。だが、こいつは混ぜるってとこから少し違っているんだ」


 老人は一般的なノートほどのサイズのパネルを取り出すとおもむろに差し出す。受け取るとそこに六色の弱光が浮き上がった。


「こいつが原子だと思え。俺らが言うところの混ぜるってのはこれらを一つにするってことだ」


 六つの光の粒は一つに集束し、消えた。


「普通はこうなる。だがそのオーブはこうしている」


 再び現われた光は一つに纏まるでもなく規則正しく並んだままクルクルと回りだして円を描く。次第に円は形を変えて螺旋(らせん)を描き始めた。


「これがこのオーブの正体だ。正確には混ざってはいないのさ。解りやすくいえば並んで走っているようなものだ。だが俺たちにはそんな細かいものは見えん。規則正しく並んだエネルギーはその数を増やしても同じように流れる。螺旋を描くような構造は止まること無くエネルギーを循環させ続けるのさ。そして更に二重螺旋を形成し、それを織り込むようにしながらこのオーブはその構造を密にしていっている。混ぜるのではなく、離すことによって全属性を掛け合わせることに成功しているのさ。こいつは混ぜるという概念に囚われたままでは決して辿り着けない領域だ」


 老人の言葉に合わせるようにパネルの映像も球体へとその姿を変えている。


「だがそれは逆に言えば干渉作用を生まない。だからエネルギー値が上がらんのだ」

「それで、こいつで何を?」

「まぁ待て。それはともかくとして、実はな、こいつによく似た構造のものがある。そいつを代用することで同様の作用を導くことが出来るかも知れんのだ」


 老人は分からんかと全の目をじっと見る。

 全はパネルの映像をしばらく注視し、刹那思い至った答えに不快感を覚えた。だがそれで紅蓮の行動にも納得がいく気がする。


「分かったみたいだな、そう『人間』だ。あくまでオーブの構造がDNAの構造と似ているというだけで本当にそんなことが出来るのかは怪しい。だが、紅蓮ってのの動きを考えれば可能性はゼロではない」

「だったら急いでこいつを」


 全はオーブを差し出した。ところが老人は申し訳なさそうに消沈する。


「ブラックボックス内にあった自壊プログラムは何とかなったんだが、その奥にまだ何か隠されていたようでな、もうそいつは動かんのだ。申し訳ない。だが現状でもかなりのデータが取れた。なんとかここまでのもので推測するしかない」




 全は懐から出したオーブを取り出し眺める。使えなくなったオーブは未だ薄らと光を放っているが昨日よりも更に弱まった気がする。

 オーブをしまおうとした直後、爆音が響いた。

 全と護は爆発のした方へと目を向ける。その先には黒煙と白煙が混じって建物から立ち昇っていた。二人は建物の内部へと駆け出した。

 建物の構造は全くわからないが、目星はついている。全は迷わず階段を上がった。

 まだ誰かが抵抗しているのだ。ピリピリとした殺意がここまで伝わってくる。

 この感じを見紛うはずも無い。再びまみえて勝てる見込みなど欠片も無いだろう。だが今は確かめなければならないことがある、そう思えば此処で会うのはむしろ都合がいいといえる。

 彼女――浅野真奈美はこの先にいる。

 何かを焦るような微震を纏った殺意はことさら異様な気配を発していた。


 4階まで上がり、フロアに出る。熱風は無い。先刻から音も止んだ。戦闘が終わったのかもしれない。周囲に漂う科学的な臭気が鼻を衝く。

 辺りは何事も無かったかのように静まり返っている。廊下は中央付近を分断するかのようにえぐれ、壁が吹き飛んでいる。奥は煙に包まれていて鮮明に見えない。

 倒れている人影が見えた。制服の灰地に緑のラインは風紋官の制式兵装、柴木と同じ制服だが彼ではない。

 全は急いで駆け寄った、まだ息があるようだったからだ。


「大丈夫か? しっかりしろ!」


 抱き起こした男は若かった。全身傷だらけで普通ならば立ち上がるのも難しいように見える。そんな状態でありながらも青年はまだ起き上がろうとしていた。その口は何かを呟いている。目は焦点も合っていないが、口元は笑っていた。

 ゆっくりと立ち上がると青年は一陣の突風を起こした。だがそれは一瞬でかき消え、再び膝から崩れるように倒れた。

 支えた全を見るでもなく青年は廊下の先へとその虚ろな眼を向けている。

 その目が不意に全の方を向いた。細められた瞳に薄膜(うすまく)の安堵が浮かび、彼は何かを呟いているようだった。


「…あぁ、全君…わざわざ迎えに来てくれたんだね……僕は許してもらえたろうか…、どうしたんだい…そんな心配そうな顔をするなんて…、平気…さ…君の苦しみにく……僕はまだ……」


 彼は(うつ)ろなままうわ言のように話している。とてもではないが戦闘どころか現状を理解できる状態にも見えない、おそらく目も今は見えてはいない。

 しかし彼は全の名を呼んだ。なぜ自分を知っているのか、全は青年の顔を見る。過去の記憶を呼び起こす。そういえば見覚えのある顔だ。一体どこだったか、どこで彼を見たのか。


「全ニィ…」


 思索(しさく)を中断し護の声に顔を上げると、廊下の先に気配を感じた。

 崩れた廊下を抜ける風が煙を僅かに散らしていく。女の上半身が煙の中から浮かび上がった。こちらへ向かってきているのだろう、一歩進む毎にチャリチャリと装飾が鈴音のように音を鳴らす。ゆるりとした動きは先日とは別人のような印象を受けるが、その瞳に浮かぶ殺意は間違いなく彼女のものだった。

 こちらを視認した直後一瞬はその瞳に驚きも走ったがそれも直ぐに消えた。

 全は男を護に託して立ち上がった。


「こんな所までやってくるとは。また私の邪魔をしようというのかしら? その男を渡しなさい」


 細い肘を掴むように腕を組む。


「もう十分だろ、戦える状態じゃないんだ。それでも止めを刺したいとでも言うのか?」

「勘違いするな上原全。そいつは景の居所を知っている、吐いてもらわねば困るのよ」


 景という言葉に護が反応する。どうやら景はまだ梶尾に捕らわれてはいないらしい。


「どうして景が必要なんだ? お前らが本当に欲しかったのはオーブじゃないのか? 風紋院襲撃なんて大事件、いくら梶尾といえど只では済まないぞ。そこまでしてまでやらなけりゃいけないことか、あんたらのやりたいことは」


 浅野は静かに全を見つめる。


「家畜は幸せだと思うか?」

「何だって」

「家畜は幸せなのかと聞いている」


 その声には妙な迫力があった。


「家畜は住処を与えられ、餌を与えられ、外敵から守って貰うことができる。生きるということだけ考えるのならば、平和この上ないだろう――」


 確かにそうだろうと全も思う。


「――だが何故家畜は守られるのだと思う」

「そりゃあ、肉だの牛乳だの卵だのを…」

「そう、搾取(さくしゅ)される為に存在しているのだ。そうでなければ困るのは飼い主だからな。飼い主が生きる上で必要なものを家畜から搾取する、それが家畜の価値となる」


 確かにそれは一理ではある。


「再度聞こう。家畜は幸せなのか? 仮初(かりそ)めの平和の中にあり、搾取され続ける存在は幸せなのだとお前は思うのか?」

「それは…」

「この国は目を覚まさねばならない」


 浅野は窓の外へ目を向ける。


「人々の多くは自分が家畜に成り下がっていることに気づいていないのだ。奪われ続けていることに気づいていないのだ。この日本という家畜小屋の中でのみ生きてきた者達にはそれが判らない。梶尾様は、この国を目覚めさせようとなさっている。日本人としての誇りを取戻し、日本という国をただの属国ではなく、一つの国家として世界に認めさせようとしている」


 浅野は強い意志を湛えた瞳を全に向ける。(よど)みの無い目だった。


「それであんたらは紋章の力を使って世界の頂点に君臨しようと、そう言う訳だ」

「飛躍しすぎだが否定はしない。今や世界レベルで見ても紋章の持つエネルギーは国営に欠かすことの出来ぬほど大きなウェイトを占めている。我が国は小国ではあるが抱えるチルドレンの数は群を抜いている。この力を他国が干渉できぬほど更に大きなものに出来れば、世界の国々は日本を認めざるを得なくなるだろう。これは二百年の時を経てやってきたチャンスなのだ。日本が真の日本となれるチャンスなのだ。その為ならば」

「どんなことでもやってやるってか。それが例え人殺しだろうと何だろうと構わない、ってツラだな」

「大きなことを為す時、犠牲は必ず出るものよ。それが罪じゃないとは言わない。ならばそれも一緒に我々が汚濁を被りましょう。それが紅蓮の役目なのだから」


 敬虔(けいけん)殉教者(じゅんきょうしゃ)でもあるかのように浅野は薄らと微笑を湛えている。ある意味では梶尾という神に仕える巫女と言えるのかもしれない。

『紅蓮の巫女』言葉面は良いが笑えないと全は思った。自分が正しいと信じ込んでいる狂信者ほど質が悪いものは無い。


「それで嬢ちゃんをその犠牲にするって訳か、プロトコルオーブの代用品として」


 その瞬間、微かに浮かんでいた笑みが浅野から消えた。

 後ろの護からも息を呑む気配が伝わってくる。先刻から男の声が聞こえなくなった。意識を失ったようだった。


「あんたらが嬢ちゃんを追っているのはその為なんだろ? 自分達の創り出したオーブは不完全なものだった。だが、その研究過程で人間をその代わりにすることを思いついた。なぜならオーブは人間のDNAに近い構造を持っていたからだ。人を使うことで旧型にあった欠陥を補えると気づいた。血液型か性別か、何が理由かは知らないが嬢ちゃんにはその資質がある――だから手に入れねばならない」


 違うか? と全は浅野に向かって指さした。

 暫し黙して浅野は諦念(ていねん)を浮かべて笑う。半ば鎌を掛けたつもりだったが彼女の笑いはそれが正しいと告げていた。


「驚いたな、そこまで知っているとは、やはりお前は危険すぎる。梶尾様がお前を気にする理由が分かった気がするよ上原全。やはりここで消しておくべきか」


 熱波が走る。護を庇うように立ち、全は浅野を睨みつけた。

 一触即発、その言葉が示すように張り詰めた緊迫感が周囲に立ち込める。

 全はほんの微細な変化にも対応する為に意識を集中させる。


 来る。


 そう思った次の瞬間、熱波は跡形も無く消えた。

 戦闘態勢に入っていた全は肩透かしを食らった形になった。


「ここで決着をつけたいのは山々だが、今は時間が惜しい。それに今お前を殺すことを梶尾様は望んでいない。邪魔も入りそうだしな」


 耳を澄ますと遠くが俄かに騒がしくなっているのが分かった。外には帰還してきたか、騒ぎを聞きつけたかしたらしい紋章官が集まってきているようだった。


「景が見つからないのは誤算だったがお前に会えたのはまだ運がある証拠だ。梶尾様がお前にお会いになるそうだ上原全、一緒に来てもらおう。それにこのままここに居たところで面倒に巻き込まれるだけ、お前も知りたいことがある筈、例えば…上原祐二(うえはらゆうじ)


 浅野は不敵に微笑む、明らかに罠の気配が漂っているがここで迷っている暇は無い。今紋章官に捕まれば罪は無いといっても時間を食う。そこで梶尾の企みが露見したところですぐさま手が講じられるとは思えない。ましてその間に景が捕まるようなことがあっては取り返しがつかなくなる。ならばついて行く方がいざという時には都合がいい。

 それに。


「やれやれ、選択の余地はないな」


 振り向くと倒れた男を抱えながら護が心配そうな目を向けている。そして刹那、抱えている男の顔に微かな面影が重なった。

 宗田保人(そうだやすひと)。幼い時分の数少ない友達だった男。確か両親はパン屋だったと思う。不意に懐かしさが込上げた。宗田は意識を失っているが命に別状は無いだろう、その内やって来る紋章官に保護されれば問題ない筈だ。

 そうか、俺のことを覚えていてくれた奴もいるんだな。


「ありがとうよ」

「え? 全ニィ、なに?」

「いや、なんでもねぇ。護、そいつはそのままにして行くぞ、大丈夫だ死にはしない」


 でも、と護は浅野の方を見た。


「お前の気持ちも分かるが今は従うしかない、お前は何をしにきたんだ?」


 その言葉に頷いた護は、鞄から取り出した布切れを丁寧に畳んで宗田の頬の汚れをぬぐった。


「さぁどこにでも行ってやる、案内しな」


 二人の視線を意にも介さずに踵を返した浅野は廊下の先へと消えていく。

 全と護はその姿を追った。

 一度だけ全は振り返り、寝ている男に視線を移して微笑んだ。



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