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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
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26/54

隠された道

 もう誰かに頼っていい状況ではなくなってしまった。

 爆音が遠くに聞こえた。襲撃者は火の紋章官だろう、ならば十中八九、紅蓮に違いない。

 景の脳裏に浅野の冷徹な顔が浮かんだ。

 こうなれば自力で父の元へ行くしかない。

 父はセントラルに居るはずだから何とかしてゲートを越えなければいけない。

 景は総理大臣の親族だが、それでもゲートの通過はBまでが限界である。それに普通に通過したのでは自分の居場所を知らせることになりかねない。

 だが景には一つだけ心当たりがあった。

 セキュリティの厳重な東京だがその複雑さ故に、極めて(まれ)盲点(もうてん)のように通過できる場所があるという噂を聞いた。それを見つければ可能性はある。見つけるのも容易ではないのだが……。


 進む通路は狭いが景の体格ならば苦ではない。

 ここまで分岐は無かったが、いま目の前には三方向に伸びる通路がある。

 どれを通ればよいものか、だが迷ってもいられない。こうしている間にも敵は迫ってきているかもしれないのだ。

 感覚を()()まし意識を集中する。

 右の通路からほんのりと水の臭いがした。追手があった場合、戦うことも考えれば水があった方がいい。景はその道を選んだ。


 景は今更自分が狙われる理由を考えた。

 既にオーブは手放し、それは梶尾にも伝わっているだろう。その上で自分を狙う意味はなんなのか。連れ戻すのが目的なら放って置いても構わないのだ。そう掛からずに柴木の手で父の元へ戻るのだから。だが梶尾は上層風紋院を襲撃するという強行にまで出た。

 やはり理由は()()()()を見てしまったからだろう。アレを知っているということが彼らにとって相当に都合が悪いのだ。もう残された時間は無いと景は感じた。


 通路の先に格子が見えた。

 格子の先の空間は広い部屋のようになっている。中央に見える橋のような通路を挟んで大小様々な黒い直方体が不規則に並び、その隙間を縫うように大量の水が流れている。

 東京の水は上層に()み上げられ数多(あまた)のルートを流れて全体に行き渡る。ルートは体内を血液が巡るように東京中に張り巡らされているのだが、このルートを辿ったところでセントラルには入れない。中枢には全く別のルートが独立して存在しているからだ。

 東京の外に出るのはどうにかなるが、中央には進めない。実際に景は一度ルートを利用して外へ出ているが、その時も中枢ルートではなかった。

 格子は容易くはずれた。

 周囲を窺い、石柱を渡り中央の通路に出る。人影は無く安全に思えた。問題はこれからどうするかだが、何をすべきか景は思考が行き詰った。


 次の瞬間、妙な気配が周囲に満ちた。


 辺りに人の姿は無いのに、間違いなく誰か居ると景の紋章は告げている。

 静かに紋章の力を発動させる。誰かが近付けば周囲に流れる水が槍になって襲いかかる。そうやすやすと捕まる訳にはいかない。


「景様みっけ!」


 耳元で聞こえた声に戦慄(せんりつ)した。

 次の瞬間にはその場所を水の槍が貫いていたが、そこには何もなかった。


「おぉ怖いなぁ。いきなり何てことするのさ」


 背後から声がしたかと思うと両腕を掴まれ自由を奪われる。景は掴まれたまま首だけを(ひね)り声の主を見た。

 そこには金髪の端正な青年の笑顔があった。景はその男を知っている。


「あなたは、ホワイト・E・シュナイダー」

「もう、景様まで。シローって呼んでって言ってるのにさぁ」


 つまらなそうな表情でシュナイダーは両手を放す。

 美しい金髪をなびかせ、エメラルドグリーンの瞳はこの世の先を見つめるように静かな潤いを湛えている。すらりと伸びる長身。その姿はそのものが神の手で完成された美術品のような幽玄(ゆうげん)を纏っている。同じ人間であるとは到底思えない。


「あなたは東京を離れていたと聞きました。どうしてこんな所に」

「まぁまぁいいじゃない。僕だって遊んでいる訳じゃあないんだよ。ほら、ジオフロントの森のお世話だってあるしね」


 屈託のない少年のように話すシュナイダーを見て、一瞬呆気(あっけ)に取られたが直ぐに景は目的を思い出す。

 六紋天王は梶尾の配下ではない。それどころか、これまでも梶尾の行動を抑制してきた勢力だ。今の景にとってはこの上ない助けになる。


「そうだ、そんなことよりも大変なのです。風紋院が襲われて、私も追われています。梶尾が何かをしようとしていて、何とかして早くお父様に会わないと大変なことに」


 伝えたいことが言葉にしようとすると(まと)まらず、己の不器用さをもどかしく思った。

 シュナイダーは景のその姿を(しば)し眺めると無言で歩き出した。


「ちょっと、待ってください。お願い、今頼れる人は貴方しかいないの、だから…」


 シュナイダーの背中は何も答えずに通路を進む。

 景はその無言の背中に絶望を感じて立ち止まった。

 自分は何故こんなにも無力なのか、子供である自分がこれほどにもどかしく感じたことは無い。

 シュナイダーは(しばら)く進んで立ち止まると通路の壁に触れた。すると、触れた壁が開き通路が現われた。

 景は何が起きたのか分からず固まった。

 何故そんなところに通路がある?


「シュナイダー、あなた、それは――」 

「ちょっと景様、早くおいでよ。じゃないと来ちゃうよ、こわーい人達が」


 そう言ってにっこり笑った。ふと後方に意識を飛ばすとこちらに迫っている気配があった。追手はもうすぐ其処(そこ)まで来ている。

 手招きすると彼は通路に入っていった。景は問いを飲み込み、一先ずは見失わぬように彼の姿を追った。


 そこは通路というよりも隙間(すきま)と言う方が正しいのかもしれない。

 人一人が横向きでようやく通れる程度の幅しかなく、景でさえも歩き難さは実感できた。だが景よりも遥かに大きいはずのシュナイダーは滑るように苦も無く進む。その後もどこを歩いているのかも解らないまま景は彼を追った。

 それから幾度か坂を上り下りを繰り返し、どれほど経ったか彼が不意に立ち止まった。


「ここを抜ければ目的地だよ」


 壁に大きな亀裂(きれつ)が見える。その先は今まで歩いてきた石材の壁とは違い土壁だ。土を木の根が切り開き洞窟のようになっている。その道はトンネル状に続いていた。


「お父様のところにいけるの?」


 まさか、違うよとシュナイダーは笑う。


「それじゃあどこへ。私はお父様に会いたいの、もう時間がないの」

「いいから、いいから、もうすぐだからついてきなよ」


 シュナイダーは暗闇に進む。いや、暗闇ではない、辺りは薄らと蛍光色(けいこうしょく)に光っている。


「これは…」

「ここの木の根から出る樹液にだけルミノティクキスっていう微生物が集まるんだけどね。そいつが体内で樹液と体液を混ぜて作る有機化合物が光るんだよ。雌雄同体(しゆうどうたい)のそいつがどうしてそうするのかは解ってないけどさ。面白いよね自然って、それに比べたら人が考えつくことなんて高が知れてる」


 光は柔らかく生命の温かみを帯びて見える。景はその輝きの中で久しく忘れていた心の安らぎを僅かだが感じた。


「さぁ、着いた」


 シュナイダーがそう言ったのはトンネルを出て正規の通路を暫く進み、行き着いた極小規模のコロニーに出たときだった。

 芝生の生えた空間の先には球状の施設らしきものが見える。数本の階段が伸びて繋がっているのが見えた。


「ここは一体」


 シュナイダーは階段の一つに進み昇り始めた。景もまたそれについていく。


「ここはね、エリアSの更に奥にある研究室さ」

「エリアS? まさかゲートも通っていないのに?」


 そこまで言ってこれが噂にあったセキュリティの穴だったのかもしれないと思う。

 この上なく複雑でもう一度通れといわれても無理だと思う反面、こんなに簡単に抜けてよいのかとも思う。


「まぁ普段は僕が通れないようにしているからね」


 見透かすようにシュナイダーが笑う。この男は何か底の知れない雰囲気がある。

 通れないようにしている、どうやってそんなことを。


「それよりも景様、ほら。聞きたいことがいっぱいあるんだろ?」


 階段の先にある扉がゆっくりと開き、そこから初老の男が出てきた。

 男のその目は(くら)く感情が見えない。雰囲気そのものはみすぼらしいと言っても間違いではないが、見た目ほど年齢はいっていないのかもしれない。無精髭(ぶしょうひげ)を剃り、伸ばし放題の髪を整えれば一回りは若く見えるはずだ。

 そして景はこの男が誰なのか気がついた。

 階段上から抑揚の無い声が投げられる。


「なんだお前達は、新しい助手という訳ではないようだな。助手などいらないが。梶尾の手のものでもなさそうだ。こんな所まで入り込むとは物好きな連中だが、早く立ち去りなさい、もし見つかれば只では済まないぞ」

「やぁ、僕は六紋天王・ホワイト・E・シュナイダー。シローって呼んでくれていいよ。それからこちらのレディは矢上景様」


 名前を聞いた男はピクリと反応する。


「六紋天王、それに矢上だと、総理の娘が何だってこんな所へ……」


 男はじっと景の瞳を見つめた。そして辺りを窺うと再び景を見る。

 その間、景は一瞬たりとも視線を外さなかった。

 男は小さく頷く。


「いいでしょう、中にお入りなさい。こんなところで誰かに見られれば厄介だ。今だって監視されているやもしれないが。話は中で聞こう」


 景達は男の後に続いて建物の中へ入った。

 彼なら何かを知っているはずだ。

 景は大きな確信を持って、奥の部屋へ進みソファーに腰掛けた男を見る。

 その身に年月と苦悩の日々を感じさせる変化は見られるが、柴木の写真で見た姿は間違いなく十二年前の彼だ。


「さぁ、お座りなさい」


 上原祐二(うえはらゆうじ)は掌を組み、(しず)かに二人の珍客を眺めていた。



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