子供だなんて
早朝、全はビルを後にした。
体力もそこそこに戻っているし松葉杖も必要なかった。未だ鈍痛は残るが動けぬほどではないし、何よりも早く東京に行かねばならないという思いがあった。
東京までは距離があるので徒歩で行くには遠い。
全は教会へと向かった。あそこにはバイクがある。
東京の中層以上には紋章官と限られた者しか入れないが、地上一階部に位置する第一層に限っては一部簡単な審査で誰でも入ることが許されている。その先に進むには生体認証もしくはパスの所持が必要だが、柴木に渡されたパスはC級までのアクセス権限を持つカードだった。これがあればそれなりの場所まで行くことが出来る。
教会は煤で黒ずみ、辺りも無残な様相を呈していた。未だ爪痕は生々しく刻まれたままだ。
全は風圧で砕けた扉に触れる。
「こいつは大変だな」
修繕をしている自分を思い浮かべて苦笑する。継ぎはぎだらけの教会。この場所に戻ってこられるのだろうか。過ぎ去った過去と以前とは違ってしまうだろう未来に一抹の不安を感じていた。
全は、時折背後から送られてくる視線に漸く振り返った。ビルを出るときから気配を感じていたがあえて何も言わずに放っておいた。戻ることもまた選択肢だったからだ。
「おい、こそこそしてんじゃねぇよ。遅いんじゃねぇのか、来んのが」
ゆらりと影が動く。物陰から俯いた護が姿を現した。
護は何も言わずにじっとしている。その両手には愛刀・ジェイがしっかりと握られていた。
「昨日の話、聞いてたんだろ」
護はゆっくりと頷く。
「そんで、お前はどうすんだ。行くのか? 行ってどうする」
ぎゅっと刀を握り沈黙している。よく見れば小さな身体は微かに震え、その迷いは全にも見て取れた。
「帰れ」
全の言葉に護は顔を上げる。
「いいか、お前が見たのは事実だ。現実でもある。俺や景に関われば命だって危ない。お前も見ただろう、浅野って紋章付きの力を。いざとなりゃ自分の身は自分で守らなけりゃいけないし、何をどうするのかも自分で決めなけりゃいけない。下手に迷えば死ぬ、そういう所に行くんだ。その覚悟がお前にあるのか?」
無いなら帰れと全が言うと、護は首を振った。
「景を助けたい…」
「何でお前がそこまでしなくちゃいけないんだ? 高々数時間過ごしただけの相手だろ。それに俺もお前達を騙してきたんだ。そんな俺と行くってのか?」
沈黙が流れる。全はくるりと背を向けて歩き出そうとした。
去ろうとするその背中に小さな声が届いた。
「僕は子供だから何も出来ないと思う。でも、子供だから……分からないから、だから知りたい。チルドレンが何なのか、僕達と何が違うのか。でも…」
護は顔を上げる。その双眸の奥には先刻までとは違う、曲がらぬ意思の光を宿していた。
「よく分からないけど、騙されたとも思ってない。僕にとって全ニィは全ニィだ。景も景だ。だから、僕は全ニィと一緒に行って、景を助けたいんだ」
「言いたいことはそれだけか?」
「だめ……かな」
弱々しい表情になった護に近づき、全は頭をクシャクシャに撫でた。
「さっきも言っただろうが。来んのがおせぇってな」
「じゃあ、いいの?」
「お前が決めたんだろ?」
その言葉に表情を輝かせた護は置いてあった荷物を引っ張り出して担ぐと、バイクのある教会に向って小走りに駆けだした。
全はその背中を眺めニッと笑う。
「もう子供だなんて呼べねぇんだな」
呟いた全は護の後を追って歩き出した。




