金色の光柱
「なんということだ。景様の仰ることが事実であれば何としても止めさせねばなりません。だが今は六紋天王の全員が日本を離れてしまっております。先日まではシュナイダー殿がいらっしゃったものを。まさか、奴はこれも計算ずくで」
景から聞いた話は信じ難いものであったが、紅蓮や梶尾の動きを見れば腑に落ちる部分もある。何よりも柴木には寸分たりと揺るがぬ強い意志を湛えた景の瞳が嘘を言っているようには到底見えなかった。嘘をついている者にこんな目は出来ない。
「急がなければいけないの。オーブが無いといっても他の方法がないとも言えないし。父に取り急ぎ会えないでしょうか。父ならきっと」
「そうですな、だが総理に会うとしても梶尾が手を回している可能性も否めません。私が何とか致しましょう。景様はもう暫くこちらでお待ちください」
「よろしくお願いします。もう貴方に頼るしかありません」
柴木は景の姿に今は亡き景の母親の面影を見た。
景の母もまた人々の為に尽力し、優しさと慈しみを兼ね備えた素晴らしい女性だったが、惜しむらくは不慮の事故で亡くなった。
だが、その血は間違いなく景に受け継がれていると感じられる。
ほんの十二歳の子供が国の大事を憂いている姿は必ず守らねばならぬ、と柴木に思わせるに十分だった。
柴木は宗田、若葉、彼ら直属の部下に警戒するように命じて永田町エリア、通称・セントラルへと向かった。
セントラルはそう遠くは無い。上層エリアからエレベーターで降り、中層からゲートを抜ければ良いだけだ。ゲートを抜けるにはB級以上のパスが必要で、更に執行機関の存在するエリアにはA級のパスが要る。パスはDNA認証がその代わりだが柴木クラスの人間であれば当然登録されている。
阻害の様子も無く柴木はA級ゲートまで辿り着いたが、その手前で足を止めた。
このゲートを抜ければ首相官邸は目と鼻の先、しかしやはり簡単に通しはしないか、と心内で苦笑した。
柴木の目の前に人影が立ち塞がった。
漆黒のスーツに身を包み、口元に扇子を翳しているその男からは異様な圧力が滲み出していた。
誰あろう、元帥・梶尾現十であった。
「これは梶尾殿、護衛も無くどちらへ?」
白々しいとでも言うかのように薄い笑いを湛えて梶尾はゆっくりと歩き出す。
「柴木殿、景様のご機嫌はいかがですかな? 総理も大変心配していらっしゃいます」
右手に持つ扇子を閉じ、胸元に支持したまま立ち止まる。
「それは何より。景様も早く総理にお会いしたいと仰っております。それでは私は急ぎますゆえ」
立ち去ろうとする柴木を留めるように梶尾は話を続ける。
「景様は他に何か話されましたかな?」
来た、と柴木は思った。
「さて、特にはなにも」
「そうですかな? 実は柴木殿に話しておきたい事がありましてな」
「話しておきたい事?」
「うむ、だがここでは話しにくいのでな。こちらへ参られい」
「それほど重要な事なのですかな?」
「それは聞けば十二分に御理解いただけよう」
柴木は罠だと思ったが真実に近付く絶好の機会だと考えた。ここまでは想定の範疇だ。
「分かりました。お供いたしましょう」
柴木は梶尾の後に続いた。
ゲートは通らずにB級エリア内を進む。しばらくの間、無機質な乳白色の通路が続く。さらに進むと曲がった通路の先に扉が見えた。
深部へと続くA級エレベーターが姿を現し、DNA照合を行うと扉が開く。
エレベーターが動き出すと梶尾はどこを見つめるでなく話し始めた。どうやらエレベーターは上昇している。
「柴木殿は今の日本をどう思われる」
「今の日本ですか。現状では恥ずかしながら魔犬討伐も平行線を辿り、国民の生活は未だ脅かされたままです。討伐の為の企業など独自の活動も見られますがそれでも足りない。もっと国として大規模な行動を起こすべきかと思いますが」
「なるほど、特務部隊長らしい意見ですな」
「では、梶尾殿はどのように?」
梶尾は扇子を開き口元へと運ぶ。
「現在、世界のエネルギーシェアの七割をチルドレンが担っている。チルドレンを良しとせぬ国も多数ありますからな、完全にとはいかない。我が国はチルドレンを多数抱え、列強諸国を凌ぎ、国力は今や世界の頂点と言ってもいい。
だが実際はその力に反し、他国の圧力を受け続け、その力を十分に発揮できていない。世界の国々は未だ日本を恐れている。かつて小国でありながら世界に楯突いた狂国という記憶に縛られている。現実には遥か二次大戦に措いて敗れた日本はその時死んだというのにも関わらず。今となっては過去の呪縛に縛られるのは双方ともに愚かなこと。だからこそ我々は起たなければならない」
エレベーターの扉が開く。それから幾つもの扉を抜けると縦長の広大な場所に出た。
ウェルバレーかと思ったが上下は封じられ卵のような楕円の空間になっている。眼前には真っ直ぐに延びる橋が見える。
空間には巨大な繭の様なコロニーが浮かび、橋は繭へと続いていた。
恐らく実験用コロニー施設だが、これほど大規模なものは柴木も初めてだった。
橋を渡る間、柴木は周囲の警戒に徹した。
橋の幅は人がすれ違える程度で、落ちれば底まで真っ逆さまだ。高さは100mはありそうだ。襲撃に適した場所ではあるが、風を操る柴木にはそれは然程の問題ではない。梶尾もそれくらい理解しているはずだ。
結局、そのままコロニーに到達し、襲撃が行われることは無かった。
コロニー内部に入り、暫く進むと更に厳重な扉が現われた。扉にはS級を示す紋様が見えた。
「国家最高機密レベル。ここは一体…」
柴木でさえもS級ゲートは初めて通る。これは常にあるものではなく目的に応じて設置されるものだからだ。平時にそうそう目にするものではない。
梶尾は無言で扉を開くと柴木を中に導いた。
入り組んだ通路が続き、そして目的地らしい部屋の前で立ち止まった。
中へ入るとそこは大きな部屋だった。
柴木は中央近くまで進み周囲を見渡す。
部屋の中は殺風景と言っていい。部屋自体は広く、ちょっとした講堂ほどの広さがある。天井が高いので余計広く感じるのだろう。床面には中央から幾何学模様が拡がって見えるがそれ自体は珍しいものでもない。ただし中央に据えられた、円錐台の台座が奇妙に目立つ。
左右の壁面は湾曲し凹レンズのように曲がっている。正面の壁は一面のガラス張りのようだがフィルターがかかっていて、その先は見えない。
梶尾は、柴木を見ようともせずに正面のガラスに向かった。
柴木は辺りを窺う、先刻から辺りに神経を伸ばしているが、どうやら伏兵の気配はないようだった。
「ここは一体何なのですか」
「ここは、日本を、いや、世界を目覚めさせる力が生まれる場所」
梶尾は振り向く。
「私はね、思うのだよ。今の世は間違っているのだと。それを今こそ正さねばならないとね。だから私はこのシステムを作り上げた」
両手を広げて掲げた梶尾の背後に掛かったフィルターが消える。
ガラスに仕切られたその奥には更に巨大な空間が広がっていた。
球体を潰したような楕円の空間。中央には三段に積み重なったような塔がある。塔の下方にはまるでそれを囲む池のように青い光が見えた。青く輝く光は数え切れぬほどの数をもって規則正しく中央を取り巻くように並んでいる。
柴木はその巨大な空間を目の当たりにし絶句する。
景の言葉がまぎれも無い真実だったとをこの光景が証明していた。
「馬鹿な! 梶尾現十、貴様何を考えているのだっ」
「だから先程から言っているではないか」
その口調と表情は、先程とは打って変わった冷酷な気配をまとっている。
「小旋風、我々には新たな力が必要なのだ。今のままでは世界は滅ぶだろう。お前の力を貸してはくれないか」
「何を言う、これが世界を救う力だと言うのか? こんなものが! 真に滅びを呼ぶのは貴様ではないのか」
「違うな、もっと大局を見るべきだ。我々の敵はとてつもなく巨大なのだ」
「敵? 貴様の言う敵とは何だ。アメリカか? オーストラリアか? その他の国か? いずれだとしても、私は貴様を認めるわけには行かない」
「小旋風、貴殿らには見えていないのだ。他の国々など所詮は傀儡、問題の本質とはそこにない。気付くべきなのだ、人類は玩具を与えられた子供に過ぎないことを」
柴木は未だかつて無い怒りと戦慄を覚えていた。梶尾現十、この男はこの国に害をなす危険な存在だと心から感じている。今のうちに始末をつけてしまうべきだ。幸い紅蓮の姿も無い、今ならば奴をやれる。
「梶尾、貴様は危険すぎる。今、この国を救う為、義を持ってお前を倒す」
「交渉決裂か……予想通りだ。愚かだな、真実を見つめることの出来ぬ者というのは」
梶尾は自分の置かれた状況を理解していないのか冷笑を浮かべ扇を揺らす。
風の紋章官三位に位置している柴木の力を持ってすれば、一瞬でその身を切り裂くこともできる。その右手を振るえば竜巻状の鋭い鎌鼬の群れが梶尾に襲い掛かる。
「護衛を連れていなかったのは失敗だったな、さらばだ。梶尾現十」
柴木がその腕を振りかざした。
旋風は真っ直ぐ梶尾に向かってその牙をむく
――筈だった。
しかし、実際には柴木の腕は何も無い空間を掻いただけだった。
「なにっ」
柴木は再び同じ動作を繰り返す。しかし風は小さな渦さえ生まない。
梶尾の嘲笑が響く。
「残念だったな小旋風。そしてさらばだ」
突如、柴木の身体ががくがくと痙攣を始める。体内で何かが暴れるような違和感が全身に満ちる。身体が言うことを利かない。
「か…梶尾…、貴様……一体何……を……」
梶尾は含んだ嗤いを発している。
柴木はひざを着き、そのまま幾何学模様の浮かぶ地面に倒れこんだ。
一体何が起きた。
柴木は自分の置かれた状況が理解できない。起き上がることも出来ず横たわる。
体の内側から溢れてくるような熱を感じる。
柴木は視線だけで梶尾を睨んだ。
梶尾の嗤い声が次第に大きくなっていく。
意識が薄れ思考がぼやけて嘲笑が遠のいていく、見下ろす梶尾の姿も揺らいだ。
全身から血が滲み出す。
――景……さま……
言葉にならぬ言葉を脳裏に描き、血塊を吐き出した柴木はそのまま絶命した。
柴木の背後には、いつの間にか現われた金色の光柱が燦然と輝いていた。




