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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
バベル

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24/54

僕が付いててあげないと

 大きな川が見えた。

 川の向こうに岸は無く、代わりに巨大な壁がそびえている。道は川を(また)()けられた橋の先、壁に穿(うが)たれた穴の一つへと続いていた。

 初めて東京を手の届く位置にまで近づいて眺めた(マモル)は、その圧倒的なスケールに目を見張った。遠くからでもその大きさは分かったが、いざ目の前にすれば本当にただの巨大な壁でしかない。どこまで続いているのかも想像できなかった。

 橋の手前で簡単な光学審査を受けるとゲートを抜けた。バイクは橋を渡り東京内部に入るとしばらくトンネルを進む。そしてトンネルを抜けた先には巨大な街が広がっていた。

 街の景色に護は一人困惑する。

 確かにあの巨大建造物の中へ入った筈だが、護が目にしているものは青い空だった。


「全ニィ、なんで? 空があるよ。僕たち東京に入ったのに」

「あぁ、ありゃスカイビジョンだ。天井に映っているだけの映像さ」


 全は背中にしがみ付く護を一瞬振り返りそう言った。会話はヘルメットの通信機能を使用しているからよく聞こえる。


「トンネル内部に屋上から空の映像を取り込んでそのまま映してんのさ、少しでも外の雰囲気を味わいたいんだろ」


 そう言われても護の目には普通の空にしか見えず、実物と映像の違いさえ見分けがつかない。(ケイ)が言っていたのはこれかと思い出す。


「東京で昔の姿を残しているのは歴史ある神社だの皇居だの、そういう所だけであとはみんな無くなったんだとさ。それだけの大規模な都市改造も土の紋章官の力があればそれ程難しい事でもなかったみたいだが、酔狂(すいきょう)なこった」


 全はちらりと空に目をやる。


「こんな偽物の空でも、東京っていう閉鎖空間に生きる連中には大切なんだろうがな」

 その顔はバイザーの反射で良く見えなかった。


 一層以外の場所は小さなコロニー空間を形成しており、それぞれを細い通路で繋ぎ合わせたようになっているそうだ。大小幾つものコロニーを繋ぎ都市を構成している。その様は蟻の巣だと全は言う。

 一層の街そのものは護の知るものよりも遥かに綺麗だ。崩れてもいないし、錆びてもいない。何よりも真っ白な建造物の乱立する街はそのものが輝いているようにさえみえる。こんな場所もあるのだということが驚きだった。

 護の知る街は、防壁で区切られたみすぼらしいものだ。人々は魔犬の脅威に(さら)され陰鬱な気配が街全体に(おり)のように漂っている。だがここには、そんな澱は感じられない。

 そして次に護が目にしたのは群衆だった。次から次に押し寄せる人の波を見た護は目を丸くした。信号で止まると人間の壁があたりの景色を埋め尽くした。


「全ニィ、す、凄いところだね。東京って」

「まぁ一層にはいろんな奴らが外からも来るからな、特に人は多いんだよ。外よりも安全だってこともある。それよりも、あそこに行くぞ」


 全の指差した場所には大きな円柱の建物が見えた。周囲の建物と比べても圧倒的に大きく、一層の天井まで続いているのがよく分かった。まるで空に突き刺さっているように見える。


「何なのあれ?」

「ヘブンズドア。上層へのアクセスが出来る場所だ。まぁ実際は検問みたいなもんだが、まったく悪趣味なネーミングだ」


 ヘブンズドアの地下駐車場にバイクを止めてホールへのエレベーターに乗り込んだ。扉が開くと興奮を抑えつつ足を踏み出した。

 大きな空間を擁するガラス張りのロビーは開けていてとても明るい。正面には透明なチューブが束になったようなものが遥か上空に向かって伸びているのが見える。その中をエレベーターが走っているらしく頻繁に光が上下に流れて見えた。その手前には門のようなものが幾つか見える。

 全はカードを護に手渡した。


「お前の分だ。無くすなよ」


 柴木(しばき)に渡されたカードは三枚だった。一枚は(マイ)に預けてある。C級のアクセスが可能であり、末端の政府機関レベルまで進むことが出来る。とにかく今は柴木に会わねばならない。景もそこに居るはずなのだ。

 二人はゲートに進む。一見骨組みだけに見える門に扉はないが、見えないエネルギー防壁があるらしい。門の上方にもそれは張り巡らされているので強硬突破は出来ないと全は言う。端末の前に立つと音声が流れた。


『ようこそヘブンズドア品川ノースゲートへ。生体登録をしている方は生体部を、アクセスパスポートをお持ちの方はパスポートをリードパネルに翳して下さい』


 全は右手に見える黒いパネルにカードを(かざ)した。グリーンのランプが点灯し、再び音声が流れる。


『パスポート確認。アクセスレベルC。オールグリーン。エリア優先・ウインド。4号ラインにお進みください』


 ゲートの何も無い空間に一瞬赤い光が走る。見えない壁のようなものがあるようだ。そしてゲートのフレームにグリーンのランプが灯った。全がそのままゲートを進み中に入ると、再びゲートのランプは消えた。

 護も見よう見真似で同じようにカードを翳して門を潜りぬけた。

 そこからすぐ数字の4が記載されたエレベータに進み、乗り込むと扉が閉まる。扉の上部にパネルがあり、細々とした線の交錯した模様が見える。青い光が現在地らしい。どうやらこれはエレベータのルートマップになっているようだった。

 エレベーターは音もなく上昇し始めた。外部の景色は見えないのでどうなっているのかは分からないが、パネルの表示を見る限りものすごい速度で運行しているらしいということは分かった。

 それから間もなく二人は上層へと辿り着いた。

 降り立った上層階は先刻までよりも遥かに質素だった。

 一層で見たものとはまるで違っている。通路も比較的狭く、天井に空もない。基地、宇宙戦艦内部、迷宮、そんな言葉が護の頭に浮かんだ。


「それで何だぁ…、どっちだ…」

「全ニィ知ってるんじゃないの?」

「あのなぁ、住んでたことがあったって言ってもな、俺だって東京を全部網羅(もうら)してるわけじゃねぇんだぞ、しかもこんな迷路みてぇな細々した場所は嫌いなんだよ」

「方向音痴なの?」

「馬鹿やろう、自慢じゃねぇがこの俺が道に迷った例はねぇ!」


 護は思い出した。以前狩りで森林部に入った際、方向を見失った全は真っ直ぐに木をなぎ倒して進んだ。それ以外の時にも進む道に邪魔になる壁は、乗り越えるか……破壊していた。


「おらおら、何してんだ。とっとと行くぞ」


 直感のみで歩き出した全を追う。


 そして思う「僕が付いててあげないと」と。


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